第7話 リョータ。魂がとぶ。
歴史を感じさせる石畳の通路。
水晶で出来た窓がある聖堂。
黄金に光り輝く天塔。
町の中央にある巨大な白亜の城。
虹色に輝く噴水がある庭園。
そのほかにもいろいろと、この世界の建築物は本当にすごい。
魔法によって作られる建物はありえない材質や形状だったりする。
先日は巨大な環状城壁の上に行ってみた。
町の外に広がる大自然もいいが、内側に広がる都市の景観は凄かった。
石造りの街並みが続いている。
ところどころにある高くて大きな建物は、内部に進入した魔物を撃退するための場内要塞で、いくつか見える高い塔は物見や飛行魔物用を撃退するためのものだが、古い物は改修されて高級宿屋やレストランになっていたりするそうだ。
そして。
なんといっても中央の巨大なアンファング城は豪壮かつ美しかった。アンファングは数百年の歴史を持つが、あの白の美しさはまったく変らず保たれているらしい。
「では、行ってきまーす」
「危なそうなところには入るんじゃないよ。行ってらっしゃい」
カラハさんに見送られ、俺は『通称。輝け! 楽しき憩い亭』を出る。
新人研修中での訓練で疲労も溜まっていた俺は、今日を休みにして休息がてら町を観光しようと出かけた。
んだが、なかなか進まない。
「なんてすごいんだ」
俺は町中の公園に飾られている数対の彫像を眺めていた。
ツヤの薄青色をしたその石造達は、まるで生きたまま彫像になったかのように、ローブの皺や剣や鎧の装備品などまで、細部まで細かく再現されている。表情も生きているみたいだ。
何かの物語や歴史上の出来事の一場面を再現しているようだった。
ギルド職員さんが教えてくれたけど、町のあちこちにこのような芸術作品がある。他にも珍しい建物や物体に出くわすたびに俺は見入ってしまった。
おかげで、まだ宿屋からそんなに離れていないはずだ。
たぶん。
すでに道に迷っているのでよくわからないのだ。
たが気にしない。
俺はぶらぶらと町を歩いた。
「リョータさん」
またすばらしい建築物を見つけて惚けていると声をかけられた。
俺を知っている人は少ないし、この声はっ。
「ルナちゃんこんにちは! 今からギルドへ出勤?」
いつもと違い今日はふわっとしたスカート姿だ。
少し赤みがかった栗色の髪やネコミミが可愛い。
しっぽもかわいい!
この二週間で俺はルナをちゃんづけで呼ぶようになっていた。
なんという進歩だ。
カウンターに馴染みの子がいてちゃんづけで呼ぶなんて。
俺すごくリア充になった気がするよ。
「こんにちわです。いいえ。今日はおやすみなんです。新人講習お疲れさまでした。リョータさんは何してるんですか」
俺は建築物のすばらしさを語った。
ルナちゃんは見慣れているだろうからイマイチぴんときていないようだ。
「あはは。リョータさんって変わってますね」
ルナちゃんが笑いながら言った。
その笑顔を見れるなら俺は幾らでも変になるぜ。いやそれはあかん。
「この町には慣れましたか? 何か困っていることはありませんか?」
ルナちゃんは優しいなあ。
実は俺の部屋にドアが無いんです理由は俺が――とは相談はできないので、ここは美味しい食べ物屋さんを教えてもらうことにしよう。まだ夕食には早いのでできれば喫茶店とかがいいけど、お勧めはあるかな。
「お勧めの喫茶店ですか。ありますにゃ!」
おお。即答だにゃ。どんな店だろう。
「えーと。どこらへんにあるの?」
「では、今から一緒に行きましょう」
え。え。
これって誘われた?
こここここんなことあるんですか。誘ったのは社交辞令で「はい。行きます」と返したら、冗談ですよーなんて言われたりしませんか。
「よ、よろしければ、行ってみたいです」
頑張って言ってみた。
「はい。では一緒に行きましょう」
にっこり笑うルナちゃん。
おお。神様。ありがとう!
ちなみにこの世界に本当に神様はいるらしい。しかもたくさんいるそうだ。
でも神界にいて直接干渉はしてこない。ごく稀に祈りに応じて解釈するのがやたらと難しい神託を授けたり、実行できない奇蹟級魔法の力の源であったりするそうだ。
講習中に僧侶さんに治癒魔法をかけてもらった御礼を言いに教会へ行った時に、なんとか神の神父さんが教えてくれた。
「講習で仲良くなった皆さん、帰っちゃいましたもんね」
二人で歩いているとルナちゃんが言った。
「……うん」
そうなんだ。
彼らは自分の村へ帰っていった。
たった2週間の付き合いだったけど別れはやはり寂しい。
「先輩が言ってました。出会いも別れも冒険者の常だって。だから、すごく美味しい紅茶におやつを食べて元気を出しましょうにゃ」
出会いも別れも冒険者の常か。
そうか。そうだよな。
冒険者になれば命を落すこともあるんだ。これくらいで寂しがってどうする。
ありがとうルナちゃん。
「よし、そのお勧めのお店へ向かって、れっつごーだ!」
「れっつごーってなんですかにゃ?」
俺が寂しくなってたのわかってかまってくれたのかな。
ほんと猫みたい。
ルナちゃんはお母さんが人族でお父さんが猫獣人族というハーフ猫獣人だそうだ。
ハーフと言っても普通の猫獣人とかわらないし、そもそも人族との違いは獣耳と尻尾があるくらいで、後は顔立ちが猫っぽいところだ。熊獣人とかになると毛深かったりするけど。
ルナちゃんは14才なのに、とてもしっかりしている。
ベテランの冒険者にもギルド職員として厳しく注意をすることもある。
でも、依頼に失敗して落ち込んでいる冒険者を優しく元気付けたりもする。
たまに業務にあわてている様子が可愛らしく、アンファングは冒険者の数も職員の数も多いけど、ルナちゃんはみんなの人気者だ。
「ありがとうルナちゃん」
「なんですか急に」
小首をかしげるルナちゃん。
「感謝の気持ち」
「にゃっ。きゅうに言われると照れます」」
恥ずかしがるルナちゃん。
なんて可愛いんだ。
よし。そこの会計は俺が持つからっ。
もし壷でも絵画でも勧められたら買っちゃうよ!
俺は感謝しつつルナちゃんお勧めのお店へと向かうのだった。
「な、なんだと……」
ルナちゃんお勧めの店に、俺は異世界に来て最大級の衝撃を受けた。
喫茶『陽だまり猫』は猫カフェである。
子猫と戯れる猫耳少女。
俺の魂は萌えすぎて意識がとんだ。




