第22話 別れ
「リョータ殿」
コンコンっと合図のノックがあった。
「はい。ふーー。暑かったー」
俺は樽から出た。
樽から出た俺がすることは。
「とりあえずクリーン!」
魔法を唱える。
これで汗をかいた体も服もきれいになった。
馬車から降りる。
そこは小さな丘の上だった。
一本の道が森へと続いている。
その道を半時も歩けばヌーベルという村にたどり着く。
そこにグリアスさんという商人が待っている。
エクゲートに出入りできる商人は少ない。マテウスさんも知っている人で信用できる人物だという。
俺を町まで連れて行ってもらうよう頼んでくれた。
「マテウスさん。ランジュ。今日まで本当にありがとうございました」
俺は深々と頭を下げた。
もうコモン語の会話はばっちりだ。
地理もだいたい覚えた。超絶田舎者旅人くらいには。
「リョータ殿。こちらこそありがとう。とても楽しく充実した日々だった。達者で。冒険者として落ち着いたら、いつでも顔を出しに来なさい」
マテウスさんが穏やかに言った。
それは俺のセリフだ。
二人には感謝の言葉しかない。
「はい。ありがとうございます。本当にお世話になりました」
俺が目指す町は遠い。数週間もかかる距離だ。
簡単に来れる場所ではない。
「ふふ。こんどはエクゲート村からな」
マテウスさんが笑って言う。
「あははっ。はい」
俺が来たら関を通れるように手続きをしておいてくれるそうだ。
いつ来れるかわからないけど。
「おにいちゃん……」
ランジュの瞳には涙があった。
「ランジュ」
「リョータおにいちゃぁっ」
胸に飛び込んできたランジュを抱きとめる。
「また訪ねてくるから」
ちきしょう。異世界に来て俺の涙腺は脆くなってしまった。
俺は孤児だった。
誰かから守ってあげると言われたことなんてなかった。
こんなにも満ち足りた生活があるなんて知らなかった。
俺は異世界に来てはじめてそれを知った。
「うん……絶対だよ! ゆびきりしたんだから!」
「うん。約束だもんな」
お互いに簡単に会える距離じゃないことは知っている。
俺が目指す職業を考えればなおさらだ。
でも約束した。
必ずまた会うと。
「おにいちゃん……これ」
泣きながらランジュが差し出したのはハンカチだった。
そうかあの時の。
「これはあげるよ。ほら」
俺はハンカチでランジュの涙を拭いてから、その手に渡した。
「ありがとう。またね、おにいちゃん」
「うん。またな」
俺は道を行く。
振り返ると遠く丘の上でマテウスさんとランジュが手を振っている。
俺も手を振った。
強い青色の空に緑の丘。
そこに立つマテウスさんとランジュ。
俺はこの光景を一生忘れないと思った。
第一章が終わりました。
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次章から アンファング~冒険者の街~編 が始まります。
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