第20話 ゆびきりをしよう
剣を構える。
風の魔法【風刃】の一閃を放つ。
風の中に生まれる真空の刃。
クロス状にもう一閃。
太刀筋に乗せ放ってから地を蹴る。
魔法剣士の戦い方は遠い間合いで身体強化と射撃系魔法。
そして接近し剣で倒す。
俺は剣で戦いながら魔法を唱えて無双じゃーとか思ってたけどそれは無理だった。
戦いながら魔法を放つなんてもう絶対無理。
接近してからの一撃に仮想敵の立ち木が木片になって舞った。
「すごい! さすがマテウスさん!」
「ふ。まだまだなまってはおらんようだ」
はい、以上マテウスさんの魔剣士の戦い方の実践でした。
俺にはあんなことは出来ない。
何とか盾を使って攻撃を止めたり受け流したりしてから、隙があれば剣で攻撃という基本を覚えられたにすぎない。それでもマテウスさんの指導の賜物だ。
「ではリョータ殿。いくぞ」
マテウスさんが木剣を構える。
「はい! お願いします!」
俺も盾と木剣を構える。
マテウスさんが打ち込んでくる。
ガキッと受けた盾が恐ろしい音を立てる。衝撃に腕が持ってかれそうになる。
ちゃんと受けるか流すかしないと、木の盾があっさり砕けてしまうほどの剛剣だ。
もちろん間違って体に当たると大怪我をする。下手すると死んでしまう。
うん。何度かポーションの世話になった俺の実感だから間違いない。
俺は教えられたとおりに盾で受け流し、反撃の一撃を見舞う。
あっさりと避けられる。
「次。行くぞ!」
「はい!」
それを延々と繰り返す。
「うん。良く頑張った。一人でも修練し続けるように」
「はい。あ、ありがとうございます」
やっと終わった頃には俺はもうへろへろだった。
これで旅立つに何の憂いも……いや、ランジュのことがあった。
どうしたもんだろう。
ランジュは俺が出て行くことに反対した。
泣くし喚くし駄々っ子パワー全開だ。
そのランジュの魔法の才能については……すごいとしか言いようがない。
今日のこと。
俺がついにファイヤーが完璧に出来てやったーと喜んでいる時に。
「おにいちゃん見て見て! 我命じるは炎の時。天より来たれ。白き炎。ファイアメルトストーム!」
「うわちゃちゃぁぁぁぁ」
俺は驚き叫び転げた。
火系魔法の上級呪文だそうです。
直径数十メートルの火柱ですよ。
仮想敵の大きな岩が蒸発しよりました。
「さすがわしの孫じゃ!」
マテウスさんはやっぱり孫馬鹿です。
しょうがないのでランジュに説明しました。
一般の人が使えるのがファイヤ。
そんでマテウスさんほどの熟練者でファイヤーボールです。
あなたのは大魔道士級です。
これって素人の俺が説明するもんなんだろうかと思いつつ。
「危険なので火の取り扱いには充分注意しましょう」
「はい。おにいちゃん! 火には気をつけるね。じゃあこれ見て! 我命じるは氷の時。とわに砕けよ。冬寂の檻。ウィンターミュート!」
「ひやぁぁぁぁ」
再び俺は叫び転げた。
水系魔法の上級呪文だそうです。
極寒の世界が出現です。
仮想敵の大岩その2がさらさらの氷になって崩れよりましたよ。
「さすがわしの孫!」
だから、どこまで孫馬鹿やねーん。
夜、俺が星空を眺めているとランジュが来ました。泣いている。
「ど、どうしたランジュ」
とりあえず横に座らせた。
ぐすっぐすっと泣きながら言うには、マテウスさんに上位呪文は殺傷力が桁外れに強いからもし生物に、例えば人に使うとどうなるかについて説明を受けたそうだ。
うん。マテウスさんはただの孫馬鹿爺ちゃんじゃないもんな。
強すぎる力が妬みを受けることも話して聞かせたそうだ。
ただこの世界は甘いもんじゃない、使うべきときは使えと。覚悟も必要だと。
厳しいようだけどそういう心構えは大事なんだろうな。
「でも……こわいの……わたし……普通じゃないの?」
あ。
最近は村でお友達も出来て楽しそうだったし、すこし子供っぽさも抜けてきたように思ったけど、まだまだ彼女は子供だ。
「……うん……怖いよな。そうだよな」
そして思った。
異世界に来た時の俺はチートだなんだと言ってたけど、普通の人がそんな能力をいきなり持って普通の精神でいられるかなと。
例えば、俺が町一個を瞬時に壊滅できるような力を何の労力もなく身につけていたとしよう。
そりゃあ最初は、ヒャッハー俺は最強だー、になるだろう。
だけど、うっかり怒ったりもできない。
自分の力に天狗になって嫌な人間になるかもしれない。
力を持った自分が変わってしまうのも怖い。
強大過ぎる力は怖いものなのだと、俺はランジュの言葉に反省する。
「でも……怖いと思うってことは……ランジュが普通だからじゃないか」
俺はそう思った。
「怖いと思うから、普通?」
過ぎたる力を恐れるのはきっと俺とランジュが普通の人だからだ。
「そう。普通だから怖くなったんだよ」
伝わったかどうかわからないけど、ランジュはなにやら考え込んでいた。
「おにいちゃんは、あの時怖くなかった?」
あの魔物のときのことだな。
「あれは……無我夢中だったから。でも、思い出すと怖かったよ」
「でも、助けてくれた」
そうだな。あの時ああしていなければ、こんな時間もなかった。
それも怖いことだと俺は思った。
いや、この時間が無かったなんて。
その方が怖い。
そうだ。あの時、無茶したけど。よかったんだ。
二人とも生きて、こうして話していることはなんて凄いことなんだろう。
俺はそう思えた。
「おにいちゃん。こわいのもって、いろいろあるんだね」
「うん。そうだな……だから。俺は思うよ。こうしてランジュと一緒に星を眺められるのって、ありがたいことだなって」
「うん」
泣き止んだランジュとしばらく星を眺める。
俺が旅立つ最大の理由であり最大の関門は、ランジュだ。
はっきり言うと、俺は恥ずかしいことに、たまにえっちな目で彼女を見ていることに罪悪感で一杯だ。もちろん毎日が剣の修行に必死で、ほんとたまにだったけれど。
一般知識も学んで知ったら、この世界は12、3才くらいで結婚することもあるし、男女の年の差なんて全く気にしないそうだ。
魔法薬や治癒魔法で年を取っても健康なので何十歳差の結婚が普通にあるらしい。
マテウスさんは奥さんと15才違いだったという。
15才と27才。
普通だそうだ。
ランジュは魔物から助けた俺に愛情を向けてくれていて。
年齢もこの世界の基準からしたら何の問題はない。
俺も美少女は大好きだ。
だから、俺はそうしてはいけないと思った。
最近は村で同世代の友達が出来たとはいえ、まだまだランジュは世間を知らない。
俺に向ける気持ちをこのまま利用するのはだめだ。
これだからDTはと笑われるかもしれないけど。
「次の巡回の商人さんが来たら。俺は旅に出るよ。でも、また会いに来る。それに。ランジュが困っているとき、俺は全力で助ける。約束だ」
二人には前から話してあった。
俺には探さなければいけないものがある。
剣も魔法もまだまだだけど、一通り教えてもらったらここを出て行くと。
剣は「毎日するべき基礎をちゃんと覚えた」というレベルだけど。
マテウスさん曰く、後はとことん練習し工夫だ。
そして魔法は、目標にしていた5個目の魔法「ファイア」を今日やっと完璧に覚えたんだ。
ランジュがまた泣き出す。
それでも彼女は言ってくれた。
「絶対だよ。おにいちゃん。でも、今度はわたしが助けるんだから!」
「……ありがとう」
感謝の言葉しかない。
再びわんわん泣いた後にランジュは言ってくれた。
「行ってらっしゃいおにいちゃん。でも、ぜったいわたしのところに帰ってきて。約束して」
ありがたすぎて俺も泣いた。
「うん。約束だ……ランジュ。指きりげんまんをしよう」
「ゆびきりげんまん?」
「俺の故郷で、大切な約束をするときのおまじないだよ」
再会を約して俺とランジュはゆびきりをした。