第2話 ハンカチは2枚持っています
「どういうことなんだ……」
自分は帰宅途中の駅にいたはずだ。
おかしな霧が出てきて、地震があって階段を落ちた。
それが今は森の中にいる。
周りに人は居ない。
ホームにいたあの人たちはどうなったんだろう。
あの怪しい霧は何だったんだ?
「そうだ。スマホ!」
ここがどこだか調べるんだ。
「カ、カバン……どこだっ」
二つの月明かりで充分明るいが、見たところ周りに鞄は落ちていなかった。
階段を転げ落ちる時に離れてしまったのだろうか。
「スマホ……財布もだ……」
スマホも財布もカバンの中だ。
俺は落ち込んだ。
持ち物はハンカチと小銭くらいしかない。
ちなみにハンカチは2枚ある。
スーツのポケットに入れてあるハンカチはいつか『道端でこけて困っている美少女に、お嬢さんこれをどうぞ、と綺麗なハンカチを差し出す作戦』のためなのだが、もちろんそんな機会はまったく訪れていない。
「どうしよう……」
電車で寝過ごして寝ぼけて遠い田舎の駅で降りて今に至るとか、今も夢の中だとか……うん、頬をつねってみても痛い。というか怪我で体が痛いです。
改めて回りを見回す。
ここは少し開けた場所だが、周囲は樹木に囲まれている。
空はどんだけ田舎だよと思うくらいにすごい星空だけど、どこの田舎にもない月が二つある。
混乱する頭で散々考えてみたが、ここが尋常な場所で無いのは明らかだった。
気候が変だ。師走の街に居たはずがダウンジャケットを着ていたら暑いのだ。
気候まで違ってしまっているなんて。
「こ、これはもしかして……」
信じられない状況に困惑していた俺は、ふと思った。
もしやこれは小説などにある異世界トリップというやつではないかと。
我ながら変な考えだと思うが、そうじゃないと説明が付かない。
地球には双子の月が昇る場所など、どこにもないのだから。
定番はゲームの世界に閉じ込められたりトリップしたり異世界に転生だそうだ。
しかし完全没入型VRゲームはまだ開発されていない。
親しんでいたもRPGも特には無い。怪我はしたが死んではいない。
ということは、あの霧か?!
あの霧は何か不思議な力で、召喚とか次元の裂け目とかそういうもので、俺は別世界に来てしまったんじゃないか。
昔読んだ小説にそんなのがあったぞ。
次元の境目の霧に巻き込まれて異世界へとか。
あれ、そういえば階段を落ちて異世界に行くとかもあったな。
おお。地震でぐらっときて異世界とかもあったかも。
ということは、それが三つ重なったんだから異世界にきてたっておかしくない!!!
「……うーん。しかしなあ」
そう思いながらも、すぐに納得なんてできない。
どうして自分が、という感情もある。
確かに自分には既に両親や親類なども居ないし、友達もネットの数人だけだ。
社会に大きく貢献しているわけでもなく、いなくなっても困るという人間ではないけど突然にこんな世界に飛ばされるなんて……
「異世界にトリップしてTueeeに憧れていたのは事実だけど……」
って、あれ?
異世界トリップということは、そういう流れなのか?!
異世界に行った主人公は大抵すごい能力を得る。
反則とも言えるほどの超越した戦闘力や魔法でいきなり最強である。
ここがファンタジーの世界で俺にチート能力があれば、最強の剣士とかになれちゃったりするんじゃないか。あと魔法使いにも成れるかも。
えっと、DTのまま30才になると成れるほうの魔法使いじゃなくて。
あ、両方。魔法使える魔剣士とかになれちゃったりして。
あ。超賢者とかもなれるかも。
専門技能や知識は無いけど、現代日本の知識を持ってすれば異界の文明などイチコロよ!
そして。最強の俺は。
「ご、ごくり……」
喉がなってしまった。
美女とか美少女とか奴隷とか猫耳少女とかと、あんなことやこんなことやそんなことまで、おおおおおお。
「テンション上げていくぜッ!」
俺は自らを叱咤して立ち上がった。