第二話 「爆走じゃぁぁぁ」と思ったが
「そういうわけなんだ。すまんなリョータ。希望に添えなくて」
竜舎長さんは申し訳なさそうに言った。
緊急依頼の一件から、俺と竜舎の人達は知らぬ仲ではない。
「いえ、あの、そういうことなら。いいんですってば」
俺はアンファング城壁外の走竜の竜舎に来ていた。
身だしなみを整え、走竜に嫌われないようにクリーンで清潔になり、走竜を貸してもらう為に財布を持ってだ。
俺の沈んだ気分を変えるにはアレしかない。
つまり「走竜と爆走じゃぁぁぁ!」と思ったのである。
少々危険だが、あのスピードは素晴らしい。
一瞬もぼけっとなんてできない。
何より、あの一体となって走る感覚は最高だ。
心に溜まった鬱屈は吐き出して、走って気分爽快作戦だ!
俺は久々にわくわくする気分でアンファングを歩いた。頭の中は走竜と走ることでいっぱいだった。
アンファングの外周をぐるりと一周してみるか。あ、いっそのこと、今日はグリーンじゃなくてグレイいっちゃう?! いっちゃうか?! マジで?!
荒野をどこまでもってのもいいなあ。
沈む夕陽を追いかけて疾走する。
疾走すると書いてはしると読む、ってやつだ。
鬱勃とした感情など風に置き去りだ!
チョーゴッドスピードだ。
ぶっちりぎりだ。
あ、走竜絡みの依頼が無いかギルドに寄った方がよかったのか。
いやちがうな。
「今はただ疾走るために疾走る」がいいんじゃないか!
疾走る走る俺達。
さあ、限界までいこうぜ相棒。
ああ? 俺達には女なんていらねえ!
No Souryu, NO Life.
スピードと荒野だけが全てだ。
俺達に触れると怪我するぜぃ。
どこまでも駆けて行こうぜぃ。
夕日がまぶしいぜ。
なんてことをしこたま妄想しながら俺は竜舎に行って、思い切って「頼もー! グレイランドラゴンを!」と声をかけたのだが、残念な結果になったのだった。
竜舎長曰く。
今まで緊急時には早馬以外にも「魔法使いの使い魔による情報伝達」や「費用が高く運用が難しいが通信魔法での連絡」等が使われていた。他にも「維持費も馬鹿高いが少々の物資なら運べる飛竜」や「陸上手段では高速だけど乗り手の限られる走竜」等が使われている。
過日のサスレンダ魔呪禍病騒ぎで緊急時の対応が見直されて、走竜についても改善されることが決まったのだ。
地区拠点になる町に配備頭数を増やし、より円滑な運用をする。
各町の走竜舎を大きくしたり新しく建設したり、調教師や厩務員を増やす。
そして走竜レースの規模を今より大きくする。その為に走竜ギルドはいろいろと多忙で大変なんだそうだ。
走竜ギルドでは管理頭数を増やすのは、費用や運営の手間がかかることから反対意見も有ったそうだ。
目的は素晴らしいが平時に遊ばせておく走竜が増えれば、餌代や人件費などの維持費も増える。王宮主導であっても全ての費用が賄われるわけではなく、実際の運用をするのは走竜ギルドだ。反対意見が出るのも当然のことだった。
ところが領主の一人が、走竜の数や搭乗者を増やす目的で「走竜レースの規模拡大」を提案した。走竜が人気になれば平時の維持も楽になる。何よりレースは賭けの対象にもなっている。税収も見込めるというわけだ。
規模を一気に広げることは出来ないが、これなら緊急時に備えつつ、走竜ギルドも大きくなれる。なかなかいい方法だと思う。
現在はその方向で準備を進めているそうだ。
走竜の繁殖や訓練で現在は忙しい。もちろん依頼や非常時に備えて数頭は常に準備をしているが、彼らにも休息は必要だ。
そういう事情なのに、「個人の失恋の憂さ晴らしに爆走」という目的で借りようなんてできない。いや、頼んだら借りれそうだったけど。むしろ走竜レーサーにならないかと誘われちゃったけど。
俺はただただ爆走したかったわけで、勧誘はありがたいですが俺冒険者ですのでとお断りした。
そんなわけで俺はしょんぼりと帰ったのである。
でも、町の外に出てちょっとだけ元気が出た。
元気な走竜を見れて良かった。
それから数日間はアンファングの名所観光をしてみたり、酒や美味い物を食べて過ごした。
そしてふと思い立った。
「そうだ――」