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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
アフターエピソード
83/83

その後の卒業式 「……あれ」

 時は常に流れているもので、決して止まったりしない。それは必然であり、その日はいつか来るものだ。実際、ボクは一度経験している。この季節に、この場所で。


 そういえば、一年前の二人はどうだっただろう。あの時颯は留学していたからいなかった。エンタメ部としてボクを見送ってくれたのは、沙紀と茜だった。


 そうだ。たしか二人は笑顔で見送ってくれた。「大学はすぐそこなんですから、たまには遊びにきてくださいよ!」と言われて。その瞳に、うっすらと涙のようなものが浮かんでいたのを覚えている。


 ――そして今日、その彼女達が旅立っていく。今度はボクが見送る側になって。


「そっつぎょー!!」


 桜が咲く校庭で、茜が在校生から受け取った花束を高々とかざして叫ぶ。そんな彼女を見ても沙紀は止めることなく、むしろ微笑ましく見つめる。気持ちは同じということだ。


「まあ卒業なんてぶっちゃけ嬉しさ的には二の次なんですけどねっ」


 そうだと思う。別に茜は卒業だけを喜んでいるわけじゃない。なぜなら――


「千里に無事合格!」


 通知が来たのはついさきほど。千里学園大学の合否通知は直接公式サイトを見るか、そこでメールアドレスを登録して、合否メールを待つかの二択になる。公式サイトは当日その時間になると見れなくなってしまうことがあるので、たいていの人はメールを待つことになる。


 そのメールは式中に届いた。卒業式の真っ只中、茜は文字通り椅子から飛び上がって喜んだ。式の最中に騒げば、普段なら体育館から連れ出されて説教を受けるところなのだけど、蓮池で千里学園大学を志望している人は多く、結果を今か今かと待ち望んでいたのは茜以外にも大勢いた。そんな人達と今日までやきもきしていた担任教師が混ざって歓喜する姿を見せられたら、誰がそれを止められるだろうか。式は一旦中断。校長教頭も混ざった教師全員で合格者を胴上げし、大いに盛り上がった。実はこれが蓮池の卒業式での恒例行事となっている。初めて見る千沙都や立夏の一年生はかなり驚いていたけど、ボクは経験済みだったので笑顔で拍手を送った。


「良かったね」


「はい!」


 今まで見たどの種類とも違う、心から弾けるような満面の笑みだった。それはそうだろう。ここ最近ずっと勉強に勉強を重ね、それでも合格スレスレのラインで、担任の教師からは他にも滑り止めを受けた方がいいと言われても頑なに目指し、最後の方は徹夜続きで追い込みをかけ、全力を出したのだ。それが報われたとなれば感慨もひとしおだろう。


 当然颯と沙紀も合格している。これで全員第一志望に無事合格だ。


「茜先輩、おめでとうです!」


「ありがとう!」


 千沙都が用意していた花束を渡す。茜、そして沙紀へと。颯にはボクから。


「おめでとう。心配してなかったけど」


「ありがとう。もし俺だけ落ちてたら今頃茜が残念祝勝会とかやってんだろうな」


 模試や内申点から、ほぼ確実に受かると思われていても、やっぱり合格を知らされるのは嬉しい。それを隠せなくて、ボクも颯も軽口を叩きながら、思わず笑顔になる。


 喜びムードのなか、やはり茜というか、


「……うへへ。千沙都はそんなに浮かれていていいのかな?」


 茜は茜だった。


「ど、どういうことです?」


「あたしが千里に受かったということは、これで再来年に千沙都が千里を受けて受からなければ、千沙都だけが落伍者となり、エンタメ部の真のアホが決定してしまう!」


 普通なら一年生であるボクと千沙都の二人になるところなんだけど……ちょっとボクが特殊な人生を歩んでいるせいで、ボクだけは去年に一度千里学園大学に合格しているのだ。なので茜の言うように、この中だと千沙都だけが千里学園受験未経験者となる。


「はっ! た、たしかにそういうことに……。なんで茜先輩合格しちゃうのですか!?」


「合格して喜んでる人にそれ言う!?」


 さっきまで祝っていたというのに。でも茜が悪い。


「……き、きっと運が良かっただけです。頭のいい人が試験会場に行く道すがら行きで滑って頭をぶつけたとか」


「いやここ雪積もるどころかほとんど降らないからね?」


「試験会場を間違えるとか」


「会場は大学キャンパス内だから間違えるはずないと思うんだけど!?」


「――はっ! もしやカンニング!?」


「隣とかなり空いてたのにカンニングなんてできな――ってそもそもやってない!」


「問題が足し算だけだったとか?」


「どこまであたしがアホだと思ってんの!?」


「うう……アホだと信じたい……。茜先輩はなんだかんだでやればできる人だから、ちさだと本当に落ちちゃうかもしれないです……」


 千沙都が頭を抱えて首を振る。千沙都もどちらかといえば勉強があまりできないほうだ。成績も似たようなものだから、茜の今日までの数ヶ月の姿は、二年後の自分の姿ということになる。……たしかに茜より苦労しそうだ。


「これがあたしの真の実力というものよ。ハハハッ!」


「笑い方がちょっとアメリカンスタイルっぽくて腹立ちます!」


 と、千沙都がこちらを向き、ボクの両手を取って包み込んだ。


「つーちゃん……ちさも千里に行きたいので、勉強教えて下さい」


 千沙都の方から教えて欲しいというなんて珍しい。それだけ茜が合格したことに危機感と、希望を抱いたのかもしれない。頑張らないと、頑張れば受かるかもしれないということに。


 ボクも千沙都が千里に進んでくれると嬉しい。二年後にはもう一度ボクもそこを受験するつもりだ。千沙都が来れば、また大学でみんなが――


「……三年の秋あたりから」


『……』


 さすがにこれには茜も絶句。たしか茜でも夏休みにはもう勉強を始めていたし、秋には沙紀という家庭教師を付けてのスパルタが始まっていたはず。態度がそう見えるだけで、そこまで危機感は覚えてないらしい。


「そこは三年になったらすぐとか、せめて夏休み前って言わないの!?」


「イヤです茜先輩みたいにクマみたいな顔をして夏休みを勉強漬けにして潰すなんて! 夏休みは遊びたいです!」


「クマみたいな顔じゃなくて目にクマじゃないの……?」


「あ、それです」


 千沙都。さすがにそれはちょっと……。


「あたしよりアホなんだから早く始めないと本当のアホになるわよ!?」


「茜先輩に真面目にアホって言われると凄いショックです!」


「ショックってこっちの方がショックなんだけど! 後輩がこんなにアホで本当に千里に来られるのかと心配で心配で……よし、沙紀、今から千沙都に受験に対する心構えを伝授しよう!」


「受験は再来年なんだから、千沙都にはまだ……そうね。そうしましょう」


 沙紀がにやりと口角を上げ千沙都の左腕を、同じく茜が右腕を抱える。


「えっ、ちょっ、沙紀さん? 茜先輩?」


 そうして二人が千沙都を奧へと連れ去っていく。角を曲がって消えゆく間際、沙紀と茜がこっちを見て笑った。


 ……あ、なるほど。


「最後までなにしてんだろな、アイツら」


 三人が消えていった方を見て颯が言う。


 沙紀と茜が気を遣ってくれたらしい。


「ええと、その」


「ん? ……ああ。そういうことか、アイツら……」


 少し遅れて颯も気付いたようだ。ボクから目を逸らして頭を掻いた。


「ここじゃ人も多いし、中庭へいくか」


「うん。そうだね」


 中庭も人が多いだろうけど、ここほどではないはずだ。颯と共に校舎の裏に回って中庭へと移動する。


 そこは閑散としていた。おそらく、校門前やら教室、部室など思い出の場所で記念写真を撮っている人が多いからだと思う。


「ここでいいか」


 秋頃までよく二人でお昼を食べていた場所へとやってくる。すぐそこにはベンチがあるけど、颯は座ることなく、ボクに向き直った。


「……まさかお前に見送ってもらうことになるなんてな」


「思ってもみなかったよね」


 颯の胸ポケットには一輪の赤い花が付けられている。手には円筒上の卒業証書入れ。それらは一年前のボクももらっていたものだ。


「でもボクは見送られてないけど。去年颯は在校生だったのに」


「いやそれは……知ってるだろ」


「まあね。おかげでこうして見送れるから、ちょっとだけ良かったかなって思ってる」

 颯が留学していなければ、ボクは今と同じく高校へ、颯は順当に大学へと行っていただろう。だから、颯に正体がバレるなんてことはなかっただろうし、そもそもこうして仲良くなっていなかったかもしれない。決してこういう関係にはなっていなかったはずだ。


「……そう言って貰えるなら、去年の俺も無駄じゃなかったんだろうな」


「留年してるけどね」


「休学だっつの。そういうことなら司は……再入学か?」


「履歴書的には書かなくていいからセーフ」


「基準そこかよ」


 学歴なんて突き詰めれば履歴書の項目が綺麗ならいい……と、酔っていた父さんが言っていた。そういう意味ならボクに落ち度はなく、むしろ颯の方が高校の欄で留学していたことを説明する必要がある分面倒だと思う。まあ颯の方が頭いいから、総合的には颯の方が就職に有利なのは間違いない。そういえば、短期留学していた場合は履歴書ってどう書くんだろう。そもそも颯のは留学になるのかどうか。


「……こうして学校で話をするのも、次は二年後か」


「そうだね……」


「平日は会えない日も出て来るかもな」


「仕方ないんじゃない? いくら近くっていっても、学校が違うんだし」


 学校が違えば、会えるのは放課後か休日のみ。今までみたいに廊下や屋上でバッタリ会うことも、食堂でご飯を一緒することもなくなってしまう。待ち合わせもしづらくなる。


 二年。それはボクがここを卒業し、颯達と同じ千里学園大学に入学するまでの期間。この一年色々とあったから、その倍と聞くと凄く長く感じる。


「時間があれば連絡する。なんなら俺が高校まで迎えに行くぞ」


「当然」


 大学生は暇なんだし、それぐらいしてもらわないと。


「もし司の方から大学に来るときは連絡してくれ。校門前で待つようにする」


「うんうん」


 正直、千里には合格したけど入試の時にしか行ってないので、どこに何があるかさっぱりだ。大学は高校と違って広い。颯がそうしてくれるならそうしてもらおう。


「最近まで試験勉強やらで忙しくて遊びに行けなかったから、その分春休みは遊ぼうな」


「うん」


 なにして遊ぼう。どっちかの家でゲームもいいし、春だから公園でまったりするのもいい。茜達を呼んで、クリスマスパーティの時のようにカラオケもいい。


「そういえば一週間後には卒業旅行か。さっそく明日にでも買い物に行くか」


「うん」


 来週になれば在校生も冬休みに入る。だから茜、沙紀、颯、そしてボクの四人で二泊三日の旅行に行くことになっている。三人の中に僕も入っているのは、去年ボクが卒業したときにどこへも行けなかったから、その代わりも兼ねているからだ。……というのは建前で、単純に三人がボクもどうぞと誘ってくれたからだ。


「……電話もメールも今まで以上にする」


 ……うん? まあ今までみたいに頻繁に会えなくなるから、そうしてくれるのは嬉しいけど。


「できるだけ司を寂しくさせないようにする。だから――」


 いや別に寂しいとは――


「泣かないでくれ」


 …………えっ?


「泣かないでって……あれ」


 ポタリと落ちた水滴がボクの手の甲を濡らした。雨かな、と空を見ても雲一つない晴天だ。


 颯が手を伸ばし、ボクの目尻に触れる。指先には透明な雫がついていた。


 もしかして――


「ボク、泣いてる?」


 気付いてしまったら、もうダメだった。人前で、しかも颯の前で泣くなんて恥ずかしい。とくに今日はめでたい卒業式だ。喜びの涙ならともかく、かなしくて泣くなんて、ただただ颯を困られるだけだ。だというのに――


「……ふっ……ひっく……」


 止めたいのに、次から次へと溢れ出してくる。悲しくて悲しくて、どんなに我慢しようとしても抑えることはできない。


 おめでとうと笑顔で送り出したいのに。いつもみたいに冗談を言って、笑って送り出したいのに。


「ごめん。ごめん……颯……ボク……」


「気にすんな」


 ふわりと、颯の温かい手が僕の頭を撫でた。クシャクシャとするんじゃなくて、ゆっくりと静かに、優しく、その手は動く。


「いくらでも泣いてくれ。ここには俺しかいないから」


「颯……」


 キザなセリフ。そう言って笑い飛ばしたかったのに。そんな言葉で、もうボクはダメだった。


「う……ううっ……うわああああ――」


 次から次へと溢れ出る涙を拭いながら、子供のようにしばらくの間、泣き続けた。

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