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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
アフターエピソード
82/83

その後のバレンタイン後編 「ネット通販」

 ――そして翌日。


「じゃっ、あたしは試食係ね!」


 そう言って沙紀の家にきた途端に、茜はどこから持ってきたのかナイフとフォークを手にして席についた。


「あなたはステーキみたいなチョコを食べるつもりなのかしら?」


「どっちかと言ったらステーキが食べたいなあ」


「食べたいなら今からスーパーに行って肉を買ってきなさい」


「そんなお金はない!」


 カッと開いた目で沙紀を見上げる。対して沙紀は残念な人を見る目で茜を見下ろしている。


「さすがお年玉を二週間で使い切る人は言うことが違うわね」


「正確には二週間と二日ね」


「どちらにしても早すぎるわ」


 早すぎる以前にお年玉を使い切ってどうするんだろう。あれは少しでも将来のために貯金するものだと思うんだけど。


「……というのは冗談で、さっさとチョコ作りをはじめましょうか」


 茜がナイフとフォークを懐にしまって立ち上がる。……自前だったのか。


「あ、ちなみにこのナイフとフォークは、バレンタインとは別にチョコレートを作る予定なので、それを切り分けるために持ってきました」


「なるほど。でも別に持ってこなくても、沙紀の家で借りればよかったんじゃ?」


「……」


 今気付いたとでも言うように無言で目を見開き、僕を指差す。


 キッチンに行くと、既に調理器具と材料が使いやすいように並べられていた。


「昨日話していたとおり、私はマカロン、茜はチョコスティックケーキ、司は生チョコですね」


 それは昨日の買い出し中に決めたことだ。ただ、


「生チョコって難しそうだから、普通のチョコレートでいいんだけど……」


 元々ボクにこだわりはなく、とにかく手作りのチョコを颯に渡したいというだけだった。


「いやいや司先輩。チョコなんて溶かしてかたどって冷やして完成なんですから、もっと冒険しましょうよ。せっかくのバレンタインなんですから!」


 というふうに、昨日も茜に同じことを言われて押し切られたのだ。


「生チョコと言っても、作り方としてはほとんどチョコに生クリームを混ぜるだけです。そう難しいことではないですよ。……まあそれを初めての人が一人で作ろうとすると、よく失敗するのですが」


 料理はレシピがあればなんとか形にはなるけど、きちんと作るならレシピだけじゃ足りない。温度やタイミングなど、その他の要素も重要だということを、家で母さんの手伝いをしていたときに知った。


「そうそう。ちょっとコツさえ掴めば簡単。なのに美味しい。気付いたら全部なくなっちゃってるぐらい美味しい」


「そうよね。生チョコ作ったらその場で全部食べちゃうような人だものね」


「……それ、去年のこと言ってる?」


「察しがいいわね」


「ええと……去年はすみませんでした、ってこれは昨日も弄られたし、そろそろ――」


「あれじゃ足りないわよ」


 沙紀の口元は笑っているのに目が全然笑っていない。茜がそれを見て顔を引き攣らせながら頭を下げた。


 そういえば去年、二人からもチョコをもらったけど普通のチョコレートだったっけ。その日はやけに沙紀が殺気立ち、茜の態度がいつもより弱々しかったのは、作った生チョコ全部を茜が食べたせいだったのか。


「では下準備から始めましょうか。司はチョコを包丁で細かく刻んでください」


「分かった」


 コートとブレザーを脱いで、家から持ってきたエプロンを着ける。茜がそれを見て、


「ウニ柄のエプロンなんてどこに売ってたんですか?」


「ん? ネット通販」


 ネット万歳。この街になくても、そこを探せばたいていの物は見つかるのだから。


 材料の入った袋から板チョコを取り出し、包装を剥がしてチョコを刻んでいく。茜と沙紀も同じ作業に入るが、マカロンを作る先だけが、二種類のチョコを刻んでいた。ボク達と同じ黒と、白。白はホワイトチョコレートだ。


「んー……チョコだ」


「つまみ食いはほどほどにしなさいよ」


 指先についたチョコを舐める茜に沙紀が釘を刺す。


「わかってるよ。あ、沙紀。クッキーの材料ってある?」


「あるけど、どうするの?」


「クッキーも食べたいからそれも作る」


「いいけれど、生地を休ませる時間を考えると早く作らないと間に合わないわよ」


「うん。だから先に作る」


 言うが早いか、茜はチョコを横に退けて棚を漁り始める。


「んー。普通でいっか」


 薄力粉、卵、粉糖に塩にバターとバニラエッセンス。場所を知っているらしく、すぐに揃えた。茜はボールにバターを入れてほぐし、そこに粉糖と塩を加えて泡立て器で練り混ぜ始めた。


 沙紀はオーブンを予熱し、こちらもボールに卵白とグラニュー糖を入れ、ハンドミキサーで混ぜ始めた。


「あなたのチョコも刻んでおいたから、湯煎しておくわよ」


「よろしくー」


 ボールに卵黄とバニエッセンスを入れながら茜が返事する。


 二人とも慣れた動きだ。ここで何度となく二人で料理してきたことが見てとれる。沙紀はともかく、茜も手際がいい。いつもと違って普通の女の子っぽさが感じられる。


「よしっ。ここに薄力粉を……ぶはっ!」


 少し高めにボールの中へ落とされた薄力粉が宙を舞う。


「ちょっと、あまり汚さないでよ?」


 茜がキョロキョロと周りを見る。


「ごほっ……。セーフ!」


 いや、茜の顔は真っ白だ。


 そんなこんなで料理を進めていく。茜は作ったばかりのクッキー生地を冷蔵庫にしまうと、沙紀に湯煎してもらった溶けてチョコとバターが合わさった物に塩と上白糖を加えて泡立て器でまぜ始めた。そこに卵を一つずつ入れながらさらに混ぜていく。さらにふるいに掛けた薄力粉、ココア、ベーキングパウダーを加え、泡立て器からゴムベラに持ち替えて粉っぽさがなくなるまで混ぜる。


 沙紀も細かなことは違ってもやることはほとんど同じだ。さきほど作ったメレンゲにピンク色の食用色素を加えて色づけし、そこにふるいにかけた粉糖やアーモンドパウダーを混ぜていく。それを絞り袋に入れ、オーブンシートに円状になるよう絞り出した。


 どれも見てると難しそうで、それと比べるとボクのは比較的簡単そうだ。刻んだチョコをボールに入れて、そこに沸騰寸前まであたためた生クリームを注ぎ、湯気が出なくなってから泡立て器で混ぜ合わせる。あとは成型だけだから、生チョコはほぼこれで完成みたいなものだ。……まあ、随時横にいた沙紀に指導されつつなんだけど。


 クリーム状になったチョコを型に流し込み、表面をならして冷蔵庫へ入れると、茜の手伝いにつく。チョコスティックケーキならそう難しくないのに、クッキーも作っているから一人だけ忙しそうだ。


「手伝うよ」


「ホント!? じゃあ、あたしはクッキー焼くから、司先輩はチョコを――」


「逆でしょ。チョコはあなたが作りなさい」


 沙紀のもっともな指摘。


「えー。だってクッキーって、この型抜きが楽しいのに……」


「オーブンは二台しかないんだから効率良くいかないと」


 二台しか。普通家庭には一台だと思うんだけど。沙紀の家ではよくオーブンを使うのかもしれない。


 茜が生地をオーブンシートに敷いた長方形の型に流し込むのを横目に、茜が作って寝かしておいた生地を冷蔵庫から取り出し、型抜きをしていく。


「それにしても、まさか司先輩とこうしてチョコ作るようになるとは思わなかったです」


「あはは。そうだよね」


 一年前まで、ボクは男でどちらかといえばもらう側だった。チョコどころかお菓子を自作した経験などなく、こうしてキッチンに立つなんてこともほとんどなかった。


「それがまさかあたし達より可愛くなって一緒にチョコを作るなんて……そのウニのエプロンはどうかと思いますけど」


「えっ、かわいくない?」


「どっちかというと漁港感出てて磯臭さが漂ってきそうです」


「……つまり美味しそうと?」


「ん~……少しだけ」


 なんでそんなに悩むのか。美味しそうならそう素直に言えばいいのに。


「でしょ?」


「え、ちょっと待ってください今のどこに満足する要素があったんですか?」


「美味しそうってことはかわいいってことじゃないの?」


「まったくイコールじゃないですよ!?」


 そうかな。味を見ずに美味しそうということは、少なくともそれを見た目だけで判断しているということだ。見た目が悪ければ美味しそうとは言わないはず。


 つまり、見た目だけで美味しそうと言うことは、それだけかわいいということだ。


「……納得できないという顔をされても困るんですけど」


 そんなこと言われても。


「相変わらずウニが好きなんですね。ほんとそこは昔から変わらないです」


 そう言って茜が笑う。


「昔と言えば、去年まではここで沙紀と司先輩のチョコを作ってたんですよ」


「ふ、ふーん」


 その言い方はちょっと反応に困る。なんとなく沙紀を見ると、手を動かしながらこちらを見て頷いた。


「もちろん颯先輩のも、ですけど」


 ついでとも言いたげに颯の名前がでてくる。かわいそうに。


「渡していた人と作るなんて、そうそうない経験だと思うんですけど……これもいいもんですね」


「そうかな」


「はいっ」


 茜が元気良く答える。その言葉にお世辞やそういう類いの物は感じられなかった。


「なので、これからもバレンタインの時は、こうして一緒にチョコを作りましょう。どうですか?」


「うん。こちらこそ」


「やった!」


 茜が飛び上がる。それはボクも願ったり叶ったりだ。


「となれば、なんとしても千里大学に受からないとねっ」


「そうね」


 茜と沙紀が見合って微笑む。かと思ったら、二人が真顔になる。


「……まあギリギリなんだけどね」


「この後も勉強よ」


「ほんと一瞬の息抜き! 今日ぐらいよくない!? 昨日も決行家でやったよ!?」


「そう。頑張ったわね。じゃあ今日も同じくらい頑張りましょう」


「スパルタは手を緩めない!」


 茜が頭を抱えて仰け反る。と、オーブンから電子音が流れる。芳ばしいいい香りのするそれを開けると、中からピンクと白色のマカロン、正確にはマカロンの土台が出て来た。


「美味しそう食べていい?」


「ダメ」


「ケチ」


 手を伸ばしてくる茜を避けてマカロンの並んだ鉄板をテーブルに置く。焼き上がったそれを二つ手に取り、作っておいたクリームをサンドしていく。


「一つ」


 茜はめげない。


「ダメ」


「そこをなんとか」


「……」


 ちらりと沙紀が茜を見る。茜はテーブルの縁に両手を置いて沙紀を見上げる。


「後でちゃんと勉強する?」


「それは保証できない」


 一瞬にして真顔。沙紀がため息を漏らす。


「勉強するなら一つあげるけど?」


「……二つ」


「はいはい」


 沙紀が作ったばかりのマカロンを茜に手渡す。


「司も食べます?」


「じゃあ一つ」


 差し出されたピンク色のマカロンを受け取り、一口囓る。


 美味しい。生地は軽くサクサクしていて、中のチョコと合っている。お店で売っている物と遜色ない。


「美味しい。沙紀って料理上手だね」


「ありがとうございます」


 素直に沙紀が礼を言って微笑む。


「あたしも美味しいからもう一つ!」


「あげるわけないでしょ」


 茜が伸ばした手をはたき落とす。……なるほど、これを許していて全て食べられてしまった、と。


 その代わりと言いたげに、いいタイミングでオーブンから電子音が鳴る。出て来たのは茜が生地を作ってボクが型を抜いたクッキーだ。


「これはこれで美味しそう……」


 今度はクッキーの前で目を輝かせている。


「口に入ればなんでもいいのかしら」


 洗い物を片付けながら沙紀が呆れたように言う。


「まあ美味しければなんでも」


 クッキーはここで食べるために作ったものだ。それぞれのチョコは出来上がり次第箱に入れてラッピングし、クッキーはお皿に盛っていく。


「飲物ある?」


「紅茶なら」


「だったらあたしミルクティー」


「はいはい玉露ね」


「洋ですらない!?」


 三人で分担して片付けを終え、エプロンを外してテーブルにつく。


「じゃっ、いただきまーす」


『いただきます』


 紅茶をお供に、甘いチョコとクッキーの充満する部屋で出来たばかりの温かいクッキーを食べる。


「んー。あたし上出来」


「ええ。いいと思うわ」


 粉っぽさのないサクッとしたクッキーだ。茜が凄まじいスピードでクッキーを平らげていく。たぶんこんなことになるだろうと思って多めに焼いておいて良かった。


「紅茶片手にクッキーを頂くアフタヌーンティー。まるでセレブ」


 セレブはガツガツしないと思う。


「外はもう暗いのだけどね」


「うそっ!?」


 茜が乱暴にカップを置いて壁掛け時計を見る。いつの間にか時刻は十八時を過ぎていた。


「そろそろ沙紀の両親が帰ってくる頃合いかな」


「父も母も今日は少し遅くなると言っていたので、まだ大丈夫です」


 焦る必要はないけど、時間が時間だし、そろそろ帰らないと。持ってきた紙袋にラッピングされた生チョコを入れ、着替えて立ち上がる。


「ごちそうさま。今日はありがとう。ボクは帰るけど、茜はまだいるんだよね?」


「あたしとしてはもう帰りたい」


「ダメよ。勉強するって約束でしょ?」


「天から地獄へまっさかさま」


「せめて現実といってほしいわね」


 言いながら、沙紀がテーブルに参考書とノートを広げる。


「はあ……。まあでも、やりますかね……」


 言葉のやる気のなさとは裏腹に、茜の目は真剣そのものに参考書へと向けられていた。その姿を見て、ボクと沙紀は顔を合わせて笑う。


「頑張ってね、茜。沙紀も」


「はい。今日はお疲れ様でした」


「また明日~」


 二人に見送られて沙紀の家を後にする。はぁ、と息を吐くと目の前に白い雲が出来て、外に上っていった。芯まで冷えるような寒さだけど、なんだか今日はそれが心地いい。


 作ったばかりのチョコを胸に抱き、家路を急いだ。


 ◇◆◇◆


 ――そして翌日。バレンタイン。


 登校すると机の上には数え切れないチョコがあった。休み時間には廊下を歩くと見知らぬ人からチョコを渡され、放課後には「預かった分のチョコです!」と千沙都から、おそらくファンクラブ的な人からの大量のチョコを受け取った。おかげで立夏からもらった大きな紙袋二つが一杯になってしまった。


 ……今日ホワイトデーだっけ? お返しが凄いことになりそうだ。


 ちなみにボクが作ったチョコは八つ。母さんと、美衣と、父さんの家族三人分に、クラスメイトの立夏、エンタメ部の千沙都、茜、沙紀の四つ。そして、颯に一つ。


 本命である颯に恥ずかしさを押し殺して渡すと、彼も顔を真っ赤にしながらも、平静を装ってそれを受け取った。


『……あ、ありがとう。凄く嬉しい』


 顔どころか耳まで真っ赤だ。でも、そんなに恥ずかしそうにしながらも、その表情は嬉しそうだった。手作りだと伝えると、颯はなおさら驚き、再度『ありがとう』と笑って言った。それを見て、手作りして良かったと思えた。


 その帰り、ふと紙袋の中を覗くと、いつのまにか入れた覚えのないチョコが二つ入っていた。その包装紙には見覚えがあった。家に帰り開けると、中身は別物だった。あのあと二人で作ったのだろう。


 ……ボクはいい後輩を持った。


◇◆◇◆


 ――。


「本命だけど、付き合いたいとかそういうんじゃないチョコはなんて言うんだろうね」


「本命でいいと思うわ。だって私があの人のことを好きなのは、今も変わらないから」


「なるほど……。じゃああたしもそれってことで」


「ふーん。あなたもやっぱり好きだったのかしら?」


「んー。難しいことは分からないけど、たぶん。沙紀と同じくらい」


「……お子様ね」


「なにおー」

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[良い点] ウニのエプロンって……w しかし良い経験です
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