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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
最終章 ボクはボク
75/83

その73 「いつも通りだよ」

 ずっと続くはずがないと知っていても、変化のない日々はそれを忘れさせて、あたかもずっと続くかのように思わせてしまう。そんなことがあるはずないのに。


 それは唐突にやってきた。


 夏休みが差し迫った週の初め。半恒例となった颯さんとのデートの翌日。


 両親に颯さんを紹介して以降、何もかもが順調に進み、ボクは楽しい毎日を過ごしていた。


 いつものように第二校舎の最上階最奥にある部室へ向かっていたときのことだ。


 ……あれ、まだ誰もいないのかな。


 最近は常に流れている民族音楽っぽいものが聞こえない。廊下に置かれたCDプレーヤーは沈黙して、とても静かだった。


 はっきりと決めたわけじゃないけど暗黙の了解みたいな感じで、最初に部室へ着た人がCDプレーヤーの再生ボタンを押すことになっていた。それが止まったままということは誰もまだ来ていないと言うことになる。早く来すぎたのかなと思ったけど、携帯の時刻はいつもの時間を差していた。


 ボクが一番? いつも誰かが先にいるから無意味に不安になる。5人しかいない部だからボクが一番に来ることなんて当たり前にありえることだけど、これが初めてだから不安になるのは仕方ない。でもむしろ今まで一番に来たことのない方が確率的には凄いことなんじゃ……。


 なんてことを考えつつ部室の前にたどり着き、ドアに手を伸ばそうとしたときだった。


『……そろそろじゃないでしょうか』


 中から声が聞こえた。聞き慣れた声。それは間違いなく茜先輩だった。けれど、様子が変だ。


『あたしとしてはもう充分だと思います』


 普段聞かない真面目な声色だ。本人に言ったら怒られそうだけど、あの茜先輩なら先生相手にでさえこんな風にはならない。実際部活紹介という大舞台でも茜先輩は新入生プラス何人かの先生を前にしても気の抜けた態度で演説をしてみせたのだ。


 そんな茜先輩がこれ以上はないぐらいに真面目だ。誰と話をしているのだろう。……もしかして高度な独り言?


 聞き耳を立てる。聞こえてきたのはやはり聞き慣れた声だった。


『そう、だな』


 ――っ。思わず息を飲む。颯さんだ。茜先輩の相手は颯さんだった。こちらも茜先輩同様、この前家に来たときに聞いたような声色だった。


 他には誰もいないようだ。今部室にいるのは茜先輩と颯さんだけ。いったい二人は何を真面目に話しているんだろう。気になって、部室に入るという選択肢も彼方に置き忘れ耳をそばだてた。


『心配なのは分かります。まだ早いんじゃないか。そう思っているんですよね?』


『……ああ』


 ドア1枚だから、中の声は籠もりがちになりつつも何を話しているかは聞こえる程度に筒抜けだった。


『颯先輩には他人事に聞こえるかもしれませんが、きっと大丈夫です。もちろん100パーセントじゃないですけど、きっと、きっと大丈夫です。ずっと近くにいたあたしが言うんだから信じて下さい。もしダメだったら腹を掻っ捌いて見せますよ』


『……ふっ。戦国時代じゃあるまいし』


『あたしもそれだけの覚悟で望んでいると言うことですよ。あ、掻っ捌くときは颯先輩も一緒です』


『なんで俺まで巻き添えなんだよ』


 颯先輩が笑って、ようやく部屋の中の空気が変わったような気がする。


『お前が責任を感じることはない』


『先輩のことですからね。自分のことのように大事です。これでも一応2代目エンタメ部部長ですから』


『部長らしいことはほとんどしてないけどな』


『うっ……。ま、まあそれはこの際横に置いといて』


『置くのかよ』


『そもそも面倒事は副部長の沙紀がするべきだと思うんですよ』


『沙紀に全部丸投げか』


『どうせ投げ返されますけど』


『分かってるならやれっての』


『善処します』


『お前の善処はイコールやらないだろ?』


『さすが颯先輩分かってる』


『お前との付き合いも2年目だからな』


『感慨深いものがありますね……』


『いやそれほどでは』


『ひどいっ』


 さっきまでの話がなかったかのようないつもの二人の雰囲気だ。しかし少しの静寂の後、口を開いた颯さんの口調は元に戻っていた。


『……そうか。そうだな』


 そして、それを聞いたボクは驚愕することになる。



『ごっこは次のデートで止めよう』


 ◇◆◇◆


「司、どうしたんだ?」


 ぼんやりと廊下から窓の外を眺めていると、立夏に声を掛けられた。


「ん、何が?」


「いや、元気がないからさ」


「そう? いつも通りだよ」


「いいや、間違いなく元気がない」


 強く否定して、ボクの額に手を当てる。


「……熱はなし、と。まだ胸は痛むのか?」


「胸? ああ、うん。痛いかも」


 たしかに胸は痛い。でも前とは違う。きゅっと締め付けるような痛みには変わりないけど……なんというか、ただただ苦しかった。


「やっぱり病院に行った方が良いんじゃないか?」


「うーん」


 病気、なんだろうか。ボクとしてはそうじゃないと思うんだけど。


「面倒なのは分かるけど、一回行っとけって」


「……うん。そうだね。今度行ってみる」


 そう言うと立夏は安心したように笑みを見せた。でもきっとボクは病院には行かない。立夏を納得させるための方便だ。


 痛みなんてどう良かった。今の僕が気になっているのは昨日の話。颯さんが茜先輩に告げた言葉。


 ごっこは次のデートで止めよう。


 ……あれはどういう意味だったのだろう。いや、考える必要はない。ごっこ、デート、やめる。それらのキーワードと、それまでに話していた内容と話していた二人からして、思いつくのはあれしかない。ボクとの彼氏彼女のふりをやめる、ということだろう。それしか思い浮かばない。


 彼氏彼女ごっこの解消。それなら願ったり叶ったりだ。今のこの状態はボクのために茜先輩が立案し、颯さんが善意で協力してくれていることであって、二人が……特に颯さんがボクのために貴重な時間を、労力を割いてくれている。一方的にボクが颯さんに迷惑をかけているのだ。止めればそれがなくなり、ずっと抱えていた『颯さんに迷惑を掛けている』というボクの悩みも同時に解消される。ボクとしては大歓迎のはずだ。ただ、それを何故あの時、茜先輩と颯さんの二人だけで決めてしまったのかという疑問があるけど……元々これは茜先輩が提案した作戦だし、茜先輩も颯さんも、まずは二人で事前打ち合わせをと思って話していたのかもしれない。もしくは何かボクに気を遣ったとか……。


 とにかく、ボクがうだうだと考えることじゃない。それならそれで受け入れるだけだ。そうすればボクも颯さんも楽になるのだから。


 ……なのにどうしてだろう。凄く落ち着かない。


「しっかし暑いなあ。まさしく夏って感じの暑さだよなこれ。こんなんで外にいるやつなんて……うわ、いるいる」


 立夏が中庭を眺めて言う。視線の先を追うと、たしかに木々の隙間から一組の男女が見えた。そういえば中庭ってそういうところだったっけ。お昼になればボクもそこへ行き、颯さんとお弁当を食べるんだ。


 と、視界の端で何かが動いた。何気なしに目で追う。それを認識したとき、ボクの目は大きく開かれた。


 颯さんだった。そして後ろには見たことのない長身の女の子が一人。彼女は長い髪を棚引かせて走り、颯さんに追いつくと先回りして通せんぼするように両手を広げ颯さんの前に立ちはだかった。


 振り返った彼女はとても綺麗な人だった。楽しいに颯さんに何かを話し、声に出して笑った。颯さんは少しだけ顔を背けると、彼女の脇を通って校舎に入っていき、女の子もそれに続いた。颯さんは無愛想だったけど、女の子の方は終始楽しそうだった。


「司、どうした?」


「……えっ。ど、どうもしないよ。さっ、そろそろ教室に戻ろう」


 窓に背を向け、何か言いたそうな立夏を置いて教室へと戻った。席について落ち着くまで、自分のブラウスの左胸の辺りをぎゅっと握りしめていることに気付かなかった。

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