その72 「はい違います」
「祝! 颯先輩、親公認!」
「わーわー」
「さすが颯先輩です! 憎たらしいです!」
放課後の部室に紙吹雪が舞う。ノリノリの茜先輩に、おそらく買収された沙紀先輩がガリを片手に、こめかみに青筋を浮かべるちさは巨大ハリセンを振り回しながら盛大に紙吹雪をばらまいた。いつの間に用意したのか、部屋の四隅におかれた四台の扇風機は斜め上を向いて動作し、床に向かう紙吹雪を捉えては再び舞い上がらせた。
「颯先輩ならやってくれるだろうとは思いましたが、まさかお父さんの方まで懐柔するとはっ。その人心掌握術のコツはなんですか!」
「そんなんねーよ!」
颯さんは、クラッカーをマイクのようにして突きつけてくる茜先輩からふんっと鼻を鳴らして顔を逸らした。その頬はほんのりと赤い。恥ずかしがっているのが一目瞭然で、茜先輩がニヤニヤと笑う。
「あらあらそんなご謙遜を。もっと胸を張っても良いんですよ? なんせ学園のアイドルの親を手籠めにしたんですから」
茜先輩の手がわきわきと蠢く。
「その言い方だと、俺完全に悪者だな……」
「もちろん全校生徒からすれば悪者ですよ。学園のアイドルを自分だけの物にしたわけですから!」
ビシッと茜先輩が颯さんを指差す。
「ちさ的にもどちらかといえば悪者です!」
ちさも茜先輩の横に並び、巨大ハリセンを颯さんに向ける。
「味方じゃないのかよ!?」
「利害が一致しただけです。立ち位置的には敵なのです」
ちさがRPGで序盤は敵対するけど徐々に助けてくれるようになって終盤には仲間になるキャラクターみたいなことを言っている。
「安心して下さい。あの二人はともかく、少なくとも私は先輩の味方です」
先の二人とは違い、一人静かにソファーに座る沙紀先輩。しかし、
「ガリを食べながら言われても説得力がないぞ……」
その手にはお茶とガリ。言葉に説得力があっても買収されていては意味がない。
「はい。ガリには負けます」
「負けるのかよ!」
「正確に言うと、ガリと颯先輩を天秤に掛けた場合、圧倒的にガリの方に傾くだけです」
「言い直しても負けという事実に変わりはないからな?」
「ガリが魅力的すぎるのが悪いのです」
「単純に食べ物に釣られただけじゃないか……」
食べ物の恨みは怖いというように、たかが食べ物されど食べ物。颯さんは軽く言っているけど、釣られてしまうのは仕方ないと思う。ボクだって目の前にウニを出されたら大抵のことは買収されてしまうだろう。沙紀先輩の気持ちは痛いほどよく分かる。
「なにを頷いているんだ司は……」
「えっ、いえ何でもないです」
ふいに声を掛けられ、びっくりして声が上擦る。ちょっと恥ずかしい。
「司もガリが食べたいと言うことです」
「それは違うと思うぞ」
「はい違います」
「……美味しいのに」
二人に即座に否定され沙紀先輩が少しだけ拗ねてしまった。視線をそらし、一人ポリポリとガリを食べる。
「まあなんであれ、これで攻守とも死角なしですね」
「別に攻めはしないがな」
「むしろ攻めましょう!」
「……それはまた今度な」
「ぶーぶー」
茜先輩がブーイングに、何故か颯さんは何も言うことなく、ただ視線をそらした。攻めるって、この場合茜先輩の言う攻めるはどういう意味になるんだろう。
「努先輩も良かったですね。これで問題はほぼ解決ですよ」
「そ、そうですね」
茜先輩の言うように、たしかにこれで当面の問題はナシ。あとはそれでも諦めない人からの手紙の処理ぐらいで、それもそのうちなくなるだろう。目先の障害がなくなったおかげか、今の僕の心はとても軽くなっていた。悩みがないって素晴らしい。
「これであとは……」
「茜先輩、どうしました?」
「へっ? な、なんでもないですよ」
そのわりには焦ってるように見えるけど……気のせいかな。
「さあっ、今日はお祝いってことでパーリィーと洒落込みましょう! お代は気にしないで。全部部費だから!」
「余計に気にするわ!」
テーブルの上に並ぶお菓子やピザの数々。結構な金額になっていると思う。なんという部費の無駄遣い。
「そうは言ってもですね。エンタメ部の部費なんてこのためにあるようなものですし、他に使い道もないじゃないですか」
「ま、まあそうだが」
颯さんでさえ反論できないところがこの部の悲しいところ。
「後生大事に取っておいても、来年の予算が削られるだけです。いいんですか? 努先輩や千沙都が路頭に迷っても?」
「酷いです颯先輩!」
「路頭には迷わないだろ……。ああもう分かったよ。好きにしろ」
シッシと颯さんが二人を追い払うように手を振る。
「既にしています」
「だろうな」
ずらりと並ぶ払い戻し不可の品々を見れば誰だって分かる。
「ということで、颯先輩からの許可も得たところで、みなさんグラスを手にご起立下さい。あ、沙紀は湯呑みで良いからね」
言われたとおりジュースを注いだグラスを手にして立ち上がる。
「それじゃみなさんご一緒に」
茜先輩が腰に手を当て胸を張り、グラスを高々と掲げた。
「チンチン!」
「乾杯でいいだろ!」