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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
最終章 ボクはボク
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その71 「ウニ!?」

 その夜。


「……お母さん、今日はヤケ酒してもいいかい」


「仕方ないわね。今日だけよ」


 許可を取ってヤケ酒をするというのはどうなんだろう。なんか変な気がする。


 しかしボクに止める権利はない。お母さんも原因が原因だけに止めはしなかった。まあ、これぐらいは許してあげないとかわいそうだ。ボクもお酌ぐらいは付き合ってあげようかな。


 ヤケ酒の原因はもちろん昼間にあった出来事のせいだ。端的に言えば、ボクに彼氏が出来、それを許してしまったことだ。


「司がどこの骨とも知らない男に……」


「どこの骨かは分かったじゃない。なかなか好青年だったでしょ?」


「そうだが……」


 頭では理解しても心がついてきていない。そんな感じだろうか。今の僕もそんな感じだから分かる。もう颯さんが帰って結構時間が経ったというのに、まだそこのソファーに座って両親と話しているかのように、心臓がドキドキしている。頭ではもう終わったことだと理解しても、心はまだ引きずったままみたいだ。


 颯さんはお昼ご飯を家で一緒に食べて、それから少し話して帰って行った。彼は終始好青年を演じ……というか、演じるも何も日頃から好青年なのでとくに演じることもなく、ただ少し緊張した面持ちで両親との会話を無難にこなした。おかげでお母さんはより一層気に入り、お父さんに至っても反論しない程度には認められた。颯さんが心配していた髪についても、クォーターだということを伝えたら特に何も言われることはなかった。ボクという前例がいるしね。


 とにかく、これで問題は片付いたわけだ。良いのか悪いのか分からないけど、晴れて颯さんとボクは親公認となった。……お父さんはまだこんな感じだけど。


「うっうっ……」


 すっかりできあがったお父さんがビール片手に泣いている。空になったグラスにビールを注ぐと、涙を隠そうともせず「ありがとう」と涙声で言った。


「たしかに彼の目は綺麗だった……あれなら間違いがなかった……彼は本当に司のことを……」


 さらにはぶつぶつと独り言を言い始めた。小さく途切れ途切れなので何を言っているのかは分からない。


「……なんか気持ち悪い」


 ぼそっとお姉ちゃんがお父さんを見て悪態を吐く、同じ気持ちだけど言葉にしたら可哀相だ。


「まあまあ。始めて自分子供が他人に取られたのよ。今日ぐらいは泣かせてあげなさい」


「はーい」


 渋々といった様子でお姉ちゃんが席に付く。頬杖をつき、ちらりとお父さんを見てため息を吐いたあと、キッチンに振り返った。


「お母さん、今日のご飯は?」


「今日はご馳走よ」


 ご馳走!?


「ウニ!?」


「もちろんあるわよ」


「やった!」


 ガッツポーズ。こうなったらお父さんの晩酌をしている場合じゃない。美味しくウニを頂く準備をしないと。


「お父さん。あとは自分で注いでね」


 ビールの缶を握らせて、席を立つ。背後で「見捨てないでくれぇ」とゾンビみたいな声が聞こえるけど無視。ウニとお父さんを天秤に掛けたら一瞬にしてウニに傾くぐらいにはウニが優先だ。


 まずはとウニの状態を見るためにキッチンへ。殻付きの紫ウニだ。じゅるり。


「今日はどういった献立に……」


「手巻き寿司よ」


「お母さん愛してる」


「あらありがとう。用意はお母さん一人でできるから、もう少し待ってなさい」


「らじゃ」


 それじゃお風呂に入ってこようかな。ウニのためにお腹を空かせないと。


「先にお風呂入ってくるね」


「いってらっしゃーい」


「司ぁ……置いていかないでくれぇ」


 置いていきますとも。お風呂だから。


 お姉ちゃんに手を振られ、お父さんには引き留めるように手を伸ばされ、ボクはリビングを出て行った。


 ◇◆◇◆


 おかしい。


「お菓子? 甘い物が食べたいってのは分かるけど、さすがに朝からは」


 一限目が終わった後の休み時間。立夏がボクを見てそんなことを言った。


「あれ、声に出てた? でもお菓子じゃなくておかしい、ね」


「なんだおかしいか。チョコ持ってたのに」


 立夏が机の中から長方形の箱を取り出す。蓋を開けると中にはチョコが入っていた。数が減っているから立夏がいくつか食べているようだ。人にはさすがに朝からって言っておきながら。


「せっかくだから一つ頂戴」


「ほいよっと」


 開いた口にチョコが放り込まれる。ちょっと大きくて噛むのに苦労したけど、程良い甘さで美味しかった。


「で、どうしたんだ?」


「ん~」


 なんと言えば良いのか。考えつつ、話せるようになるまでチョコを噛み砕く。あ、ピーナッツが入ってる。


「むぐ……。えっと、昨日から体の調子がおかしいんだよね」


「体の調子が? 風邪か何かか?」


「風邪ではないと思う」


 熱はない。体の怠さもない。頭もすっきりしている。むしろ調子良いぐらいに。


「具体的にはどうおかしいんだ?」


「うーん。ここかな」


 ボクは左胸の少し上のあたりを手で押さえる。


「昨日からここのあたりがきゅってなるんだよ」


 立夏が目を細め、押さえた箇所を見る。


「心臓か肺か……危ないところだな。ちょっと触って良いか?」


「どうぞ」


 立夏の手がボクの胸に伸びる。左胸の上半分を覆うように彼女の右手が触れる。


「うーむ……」


「どう?」


「……普通?」


 立夏が難しい顔をして首を傾げる。


「まっ、素人が触診しても分かるわけないか。でも大事なところだから、変だと思うなら病院に行った方が良いんじゃないか?」


「そうだけど、別に痛いとかそういうのじゃないんだよね。なんかいつもと違うなというだけで」


 むしろ痛いどころかちょっと気持ちいい。きゅっとなると、それが全身に広がり、心地良い痺れをもたらす。それが昨日から不定期に何度もやってくる。以前にも何度かこういうのはあったけど、その時は一回きゅっとなって終わりだった。立て続けにくるのは今回が初めてだ。


「ふーむ。まあ司がそういうなら……」


 立夏がボクを心配してくれている。そのことがとても嬉しい。持つべきは友達だ。


「ふーむ……」


「……」


 持つべきは友達、だけど……。


「ううーむ……」


「えっと、立夏、なにしてるの?」


 いまだボクの胸に手を当て唸る立夏を訝しげに見る。


「いや、司の慎ましやかな胸があまりにも気持ちよくて」


「――っ!?」


 よくよく見れば、立夏の手がふにふにと動いている。触診というよりは、ボクの胸を堪能するかのように厭らしく。


「ちょっと立夏!」


「ええのーええのー」


 立夏がおっさんに!?


「立夏、それ以上は怒るよ!」


「えー。もう少し―――」


「もう少しもダメ!」


「ちぇー」


 ようやく立夏の手が離れる。口調はつまらなそうでも、その表情はなんとも満足気だった。


「いやぁー。司の胸はいいもんだな」


「そ、そんなに触りたいなら自分のを触れば良いのに」


 また触れられそうだったので、体を捻り腕で胸を守る。


「いやいや、自分のじゃダメなんだよ。こういうのは他人のじゃないと。その中でも司の胸は格別だからさあ。ついつい」


 ついで触られるこちらとしてはたまったもんじゃない。


「――って、格別? 立夏は常日頃からボク以外のも触ってるの!?」


 変態だ。お母さんみたいな変態だ!


「言葉の綾だよ。司以外のは触ったことないって。それじゃあたしが変態みたいじゃないか」


 変態だと思ったんだけど。


「む、その目はあたしを変態だと思ってるな。違うからな、変態では断じてないからなっ」


「そんなにムキになるところがむしろ怪しい」


「ほんとだって。司以外の胸は触ったことないから! ……事故で触っちゃったってことは何度かあるけど」


「ん、何か言った?」


「いいや何も」


 両手を上げてブンブンと顔を横に振る立夏。


「おっとそろそろチャイムが……ほら鳴った。次の授業は数学だったかなー」


 タイミング良くチャイムが鳴り、立夏はわざとらしい言葉と大袈裟な動作で背を向けた。


 やれやれ。立夏に呆れつつ机の中から数学の教科書を取り出す。顔を上げ、そこで周りの雰囲気がいつもと違うことに気付いた。チャイムが鳴ったとはいえ、まだ先生は来ていない。それなのに教室はいやに静かだった。


 視線はあまり感じない。けれど、チラチラとこちらを見てくる人が何人かいる。


 ……もしかして、さっきのみんなに見られてた?


 休み時間の教室で、女の子が女の子の胸を触っている。客観的に見ればかなり注目されやすいシチュエーションじゃないだろうか。


 ……立夏が悪い。うん。


 責任を前の人に押しつけて平静を保つことにした。

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