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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
最終章 ボクはボク
69/83

その67 「いいの?」

「颯先輩を家に連れてこい、と……」


 茜先輩、沙紀先輩、颯さん、ちさのいつものメンバーが集まった第二校舎最奥突き当たりの教室。出入り口にどこかの国の怪しげな民族音楽を垂れ流すCDプレーヤーを配置したエンタメ部の部室で、教壇に立った茜先輩は軽く目を閉じて腕を組み、そう呟いた。


 放課後。週に一度あるかないかのエンタメ部の会議という名の雑談会。今週は月曜早々から議題が持ち上がった。内容はもちろん、例のアレ。颯さんがボクの家にお呼ばれされた件についてだ。


 ボクじゃ何も思い浮かばず、颯さんは一辺倒な回答しか返ってこなかったため、他に何か良い案がでないかとみんなに相談してみたのだ。


 しかし――


「なるほどなるほど。それは面白くなってきましたね!」


 やっぱり……。案の定茜先輩が悪のりしてきた。これじゃ話が進みそうにない。先の展開を予想して、肩を落とす。


「それじゃ今からみんなで、どうやって颯先輩を好印象にご両親へ紹介するか話し合いを――いだっ!?」


「落ち着きなさい」


 沙紀先輩がどこからともなく取り出した巨大ハリセンで茜先輩を叩きつけた。当たり所が良かったらしく、スパーンと乾いた音が放課後のエンタメ部の部室に響き渡る。茜先輩が頭を押さえて蹲り、沙紀先輩が口の端を僅かに釣り上がらせ、満足そうに腕を組み見下ろした。


「あら、思ったよりいい音がしたわね。頭が空っぽだからかしら」


「あ、当たり所が悪かっただけで、ちゃんと脳みそぎっしり詰まってるわよ!」


 茜先輩が勢いよく立ち上がり、涙目で反論する。それなりに痛かったらしい。いい気味だと思ってしまったのは仕方のないことだと思う。


「ふーん。だったら皺がなくてツルツルなのかしらね。昨日もあれだけ教えてあげたって言うのに、全然知識として吸収されていないようだし。ほらこれ」


「うぐっ……」


 A4サイズのコピー用紙を突きつけられ、一歩後ずさる茜先輩。右上に見える大きな赤文字を読むと『2/10』と書かれていた。10問中2問正解、ということだろう。沙紀先輩が鬱憤を晴らしたくなる気持ちも分かる。


「どうしてあれだけ教えたはずの公式を綺麗さっぱり忘れてしまうのかしらね」


「き、昨日はちょっと調子が悪かったの。ちゃんとやればあたしだって公式の一つや二つあっと言う間に……。そもそも微分積分なんて将来社会に出ても絶対使わないんだから、別に出来なくてもどうってことは――」


「出来て悪いということはないのよ。それに、使う使わないの実用性の観点から言うのであれば、すぐ目の前に迫ったセンター試験で使うじゃない。理由としては充分すぎるわ」


「センター……試験……? うっ、頭が……」


 途端に茜先輩が頭を抱えて苦しみだした。そんな彼女を沙紀先輩はため息混じりに一瞥して、ハリセンをソファーに立て掛け腰を下ろす。


「司、面倒なことになったわね」


「えっ。あ、はい。そうですね」


 やっと話が戻った。


「家じゃ大人しくて影の薄いお父さんが、まさかあんなことを言い出すとは思わなくて、ビックリしました」


 昨日のことを思い出しながら苦笑する。ドラマなんかでもたまに両親が彼氏を連れてこいと捲し立てるシーンがあるけれど、現実として自分に降りかかるとは考えてもみなかった。ましてやそれがこういう色恋沙汰が好きそうなお母さんからではなく、お父さんからだと言うから驚きだ。


「自分の子供に影が薄いと言われるなんて、あなたのお父さん、ちょっとかわいそうね」


 沙紀先輩が頬を引きつらせる。ボクは右手と首を横に振ってみせた。


「いえいえ。実際薄いんですよ。いつ帰ってきたのか分からないくらいに、気付けばソファーに座ってるし、みんなでテレビを見ていたと思っていたら、いつの間にかお風呂に行って出て来るし。目立つのは、たまにお母さんの悪のりに便乗して変なこと口走ったりする時くらいでしょうか」


「戦闘員Aみたいな扱いなのね……」


 それは言い過ぎだ。一応我が家の大黒柱なので強化戦闘員Aくらいの扱いだと思う。物語後半に出て来る色違いの戦闘員だ。


「で、どうするのです? 言われたとおりに颯先輩を連れて行くのです?」


 パソコンを弄っていたちさが手を止め振り返った。ディスプレイには何かのゲーム画面が表示されている。もちろん学内でのゲームは禁止されているので、見つかったら注意だけでは済まない。いい度胸をしている。


「あれ、意外と千紗都は冷静なのね。愛しのつーちゃんが両親公認の仲になるかもしれないって言うのに」


 いつの間にか沙紀先輩の隣に座っていた茜先輩が茶化すと、ちさはふんっと鼻を鳴らした。


「どこの馬の骨とも分からない男だったら包丁片手に『お兄ちゃんどいてソイツ殺せない!』くらいはしたのですけど、相手が颯先輩だというのなら仕方ないのです。血涙を流しつつも大人しく応援するのです。二人はお似合いだと思いますし」


「だったらどうして俺は睨まれてんだ……?」


 口では肯定的なことを言うちさだけど、目はジロリと颯先輩に向けられていた。手には沙紀先輩が持っていた物よりも一回り大きいハリセンがある。なんで二つもハリセンがあるんだろう。


「これくらいは許されるべきです……」


 ちさがゆらりと立ち上がり、パシッとハリセンを左手に振り下ろす。そしてニコリと笑みを浮かべる。額に青筋を浮かべて。


「いろいろと溢れ出す前に一発叩かせてもらってもいいですか?」


「断わる」


「じゃあ茜先輩でいいです」


「なんであたし!?」


 降って湧いた災難に、茜先輩がすかさず立ち上がり臨戦態勢をとる。が、沙紀先輩に腕を引っ張られて無理矢理ソファーに座らされた。相手がいなくなったちさも小さくため息をついて、ハリセンをパソコンデスクに置いて、ボクの隣に腰を下ろした。


「どうするもこうするも、颯先輩は行くしかないでしょう。ご両親にどう説明するかは別にしても、司のお父さんの様子からして、実際本人を連れて行かないと話が前に進まないと思うわ」


「だよねー。父親という者はかわいい娘を嫁に出したくないっていうじゃない? 自慢の娘をどこの誰かに取られるなんて有り得ない。もしそれを許すなら、自分のお眼鏡に合った人でなければならない。親馬鹿っぽい努先輩のお父さんなら考えそう。だからここはとりあえず、小細工抜きで颯先輩とお父さんを会わせるのが良いと思う」


「いや、そうじゃなくて……」


 話が思わぬ方向へと向かう。ボクが望んだのはそういう答えじゃない。どうしたら颯さん抜きでお父さんを納得させることができるか、だ。これじゃまた颯さんに迷惑がかかってしまう。


「ちなみに当事者である颯先輩はどうするつもりですか?」


「もちろん司の家に行く」


「さすが颯先輩っ」


 即答した颯先輩に驚き、彼の顔を凝視する。


「え、あの、颯さん。いいの?」


「何がだ?」


「何がって、昨日も付き合って貰ったばっかりなのに、またボクのせいでせっかくの日曜日を潰してしまうのは――」


「気にすんなって言ってんだろ?」


 何度言わせるんだと言いたげに、颯さんが半眼でボクを見る。


「ある程度は覚悟してお前に付き合ってんだ。さすがに親にまで呼ばれるとは思わなかったが……まあ、乗りかかった船だ。最後までちゃんと付き合うぜ」


 そう言って颯さんが微笑む。


「そうですよ。努先輩が気にすることはありません。颯先輩はこき使った方が喜ぶ変態なんですから」


 何故か茜先輩も微笑んだ。すぐに颯さんが彼女を睨み付ける。


「茜、お前なに言ってんの?」


 茜先輩が真顔で首を捻る。


「もちろんSかMかについてですが? あ、ちなみにSというのはサディストと言って、相手に苦痛を与えることに性的興奮を覚える人を言い、Mはマゾヒストと言って、相手から苦痛を受けることに性的興奮を覚える人を言います。言うまでもなく颯先輩はM、マゾヒストであり――」


「……千紗都」


「はい、これをどうぞです」


 何故か颯さんの隣で片膝をついたちさが、うやうやしく巨大ハリセンを差し出した。それ、さっきまでパソコンデスクにあったはずじゃ……。


「ちょっと黙れ!」


 颯さんはハリセンを受け取ると、茜先輩目掛けて振り下ろした。スパーンと沙紀先輩のハリセンと負けず劣らずないい音を響かせた。


「~~ったい! ちょっと千紗都! あんたはこっち側でしょ! なんで敵の颯先輩に渡してんのよ!」


 再び涙目になった茜がちさに詰め寄る。


「せっかく作ったハリセンを無駄にするのもアレなのです」


「それだけの理由で寝返ったの!?」


「ちさにとっては結構重要なのです。これを作るのにどれだけの授業時間を消費したか」


 授業中になにしてるんだろう。ってこのハリセンはちさが作ったものなのか。たぶん沙紀先輩が持っている物もちさが作ったのだろう。


「颯先輩。使い心地はどうでしたか」


「出来は良いが……ちゃんと勉強しろよ」


「考えておきます」


「いやしろよ」


「イヤです」


 ハリセンを見つめて呟きながらちさがボクの隣に戻ってくる。自由研究という単語が聞こえてきたけど……もしかしてこれを夏休みの自由研究にするつもり?


「とにかく俺は行くからな。悪いようにはしないから安心しろって」


「……うん」


 力強い口調で言う颯さんに、ボクは頷くしかなかった。


「両親から公認を貰えれば、今以上に司宛に手紙書くヤツも告白してくるヤツも減るだろうし。いいだろ?」


「うん。まあ、そうだね」


 実際颯さんと付き合っていると公言したあの日から、手紙の数や直接告白してくる人の数が目に見えて減っていた。そして、それでもなお信じられないという人からのアプローチに困っていることも事実。両親と会ったとなれば、それもなくなるだろう。ボクとしては願ったり叶ったりなはずだ。


 結局話は進まず脱線しまくった挙げ句、当初から颯さんが言っていたように、颯さんが両親と会うことが決まってしまった。


 まったく、ボクはいくつ彼に借りを作ればいいのか。返すときが怖い。


「ところで、一つ疑問に思ったことがあるのですが」


 なんてことを考えていると、スッとちさが手を上げた。


「努先輩って誰なのです?」


『……あ』


 すっかり忘れてた。

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