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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第七章 彼氏彼女ごっこ
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その65 「取れて良かったね」 ◆

 吸血鬼の力を使っている間、微少な空気の動きを肌で感じることができるくらいに感覚が研ぎ澄まされる。その人間離れした超感覚が遺憾なく発揮されたのが、二度に渡ってナンパ野郎を撃退したプリンとウニの投てき術だ。プリンに至ってはほぼ投げ終わり、指先からプリンが離れようとしたところからの使用で見事軌道を修正し、真っ直ぐ変態おとこに向かって飛んでいき、命中した。


 この超感覚にあの力が合わされば、ボーリングなんて朝飯前だ。力を使うのはずるい気がしたので1回目はやめておいたけど、ここまで点差があるとそうも言っていられない。すべては颯さんの微妙に高いボーリングスキルのせいだと諦めて貰おう。そう言い訳をして、手加減なんて文字を辞書から掻き消して2ゲーム目に臨んだ。


 で、その結果。


「反省したか?」


「はい……」


 ボーリング場を出てすぐのベンチに座り、颯さんの説教を受けていた。公衆の面前で正座は目立つということで普通に足を地に着けているわけだけど、それでも充分に人目を集めるらしく、伏せめがちに視線だけを上げて巡らせれば、往来する老若男女の方々と視線があってしまった。見世物じゃないのでそんなに見ないで下さい。


「ったく。お前は昔から加減という物をだな……」


 しかしどうしてあんなことに。変態にプリンやらウニを投げたときは特に深く考えることもなく、ただぶん投げただけなのに、ちゃんと狙ったところへ寸分違わず命中した。それがさっきはどうだ。じっくりと時間をかけてレーンを見て、どういう軌道でピンに当てるかイメージし、指先に全神経を集中させて適度な加速を付けてボールから手を離した。それが――


「さっきからキョロキョロして、ちゃんと人の話を聞いてるのか?」


「へっ? も、もちろん聞いてます、はい」


「本当か? 今俺が何を話していたか、復唱できるか?」


 颯さんのキツイ目が突き刺さる。スッと目をそらし、ぼそっと呟くように応える。


「ちょっと考え事をしてました」


「……はあ」


 ため息をつかれてしまった。さらには頭に手を置かれ、雑にぐしゃぐしゃと撫でられた。ボーリングのせいで軽く乱れていた髪がさらに大きな乱れに上書きされる。「時間かけてセットしたのに~」と朝の段階なら言いたいところだけど、事が事だけに甘んじて受け入れる。あー、頭も揺れるー。


「まあ、隣の人も怒ってはいなかったし、許してやるか」


「それはどうもありがとうございます……」


 やっと颯さんの手が離れる。最近ことある毎に颯さんがボクの頭を撫でてるような気がする。髪は乱れるし子供扱いされているようで嫌なのに、撫でられるのは気持ちが良く、何故かその後の颯さんがすこーし優しくなるような気がするので、強く止めてとも言えず、大抵されるがままだ。


 ……それはあまりにも酷かった。ボクの手を離れたボールは意図した方向へ進むどころかレーンを真っ直ぐ進むことなく、ガターさえ飛び越えて隣のレーンにいってしまった。丁度運悪く隣のレーンでもボールを投げたところで、ゴンと低い音を響かせて両者のボールはぶつかった。唖然とするボク達と隣のレーンの人達。先に動いたのは颯さんで、慌てて頭を下げてゲームの邪魔をしたことを謝罪した。


 怒るのは後だと言うことで、とりあえず終わらせようとゲームを再開する。さすがに力を使うわけにもいかず、結局また大差で負けてしまった。結果なんて既にどうでもよくなっていたけど。でも良かった。隣の人は笑って許してくれたし、ぶつかったボールにもヒビは入っていなかった。隣のレーンで投げた人が女の人でそれほど強く投げなかったのが幸いした。


「ほら、喉渇いただろ?」


 険しい表情から一変。柔和な顔で、いつの間に買ったのか、スポーツドリンクをボクの手に握らせた。見上げるボクの先で、カシュッと音をさせてスポーツドリンクに口を付ける颯さん。缶ジュースは久しぶりだなと思いつつ、プルタブに指をかける。ここでひ弱な女の子なら「開けられなーい」とか言うんだろうか。もちろんボクにそんなことはありえないので、一瞬だけ目を輝かせてプルタブを起こした。


「まだ少し時間あるが、これからどうする?」


「うーん」


 スポーツドリンクに口を付けながら思案する。近くにあった時計を見て、そう遠くに行くこともできないと判断し、ここのアーケードで出来ることを考える。しかし、すぐにこれだという良い案が浮かぶはずもなく、パッと思いつくのは定番のものばかり。映画は時間が足りないし、ウィンドウショッピングかゲームセンターに行くくらいしか思いつかな――


「ゲーセンでも行くか? 最近行ってないだろ」


 考えていたことは同じらしい。クスッと笑うと颯さんが怪訝な表情を見せた。


「うん。いいですよ」


 と、そこで口調に違和感を覚える。ああ、そうか。丁寧語に戻ってるんだ。気を抜くとすぐこれだ。後輩という立ち位置に慣れてしまっている証拠だろう。思考はどちらかというと努のそれに近いのに。


 ……正確には、あの日司になると決めた頃と比べると努の思考に戻ってきた、が正解だ。無理をしていた、ということなのだろう。今、この時も、多少は。別に二重人格ってわけじゃないから当たり前か。器用でもないし、いずれは努と司の境がなくなるのかもしれない。そうなる前に、また心の中を整理して、二つをわけないといけないなあ。


 フルフルと頭を振って立ち上がる。考えるのは一人の時にしよう。ほら、颯さんが早くも心配そうにボクを見ている。


「さあ、いきま――行こうか」


 ぐいっとスポーツドリンクを飲み干して、近くにあったゴミ箱に捨てる。クルリと振り返り、颯さんの手を取る。自分から取った行動に驚いて、やればできるもんだなと感心する。意識してやったわけじゃないから、だけど。


 颯さんをリードするように、彼の手を引いてアーケードに戻り近くのゲームセンターを目指す。すぐに颯さんが隣に並ぶ。が、相変わらず手を握っただけで頬を赤くしていた。


「そういえば、颯さんが勝負に勝ったわけだけど、どうする?」


「ん、ああ。何でも一つ聞くって話か。別に無効でも良いぞ。元から俺はお前が勝つなんて思ってなかったしな」


「むぐ……たとえそうだとしても、約束は約束。ほら、何でも言ってよ」


「何でもって言われてもなあ……」


 顎に手を当て、困ったような表情で首を捻る。せっかく一つ言うことを聞くと言っているのだから、もっと嬉しそうにすれば良いのに。颯さんはいい人なので、ボクが嫌がるような願い事は言わないだろう。だからなおさら悩んでいるのかもしれない。


「……保留、でもいいか?」


「うーん。それでもいいか。でも決まったらすぐに言ってね。保留、保留で忘れてナシっていうのはダメだよ」


「分かってる」


 頷く彼を見て満足し、視線を前に向ける。しばらく歩くと左沿いにゲームセンターを見つけた。特に何かやりたいゲームがあるわけでもないのにやってきたけど、さてどうしよう。そんなことを考えつつゲームセンターに近づくと、ふと何台か並んだクレーンゲームの一つが目についた。中の景品が大きなぬいぐみで、遠目に見てもインパクトがあったからだ。


 中を覗き込み、釘付けになった。


「か、かわいい……」


 それはハムスターだった。デフォルメされた大きなハムスターのぬいぐるみ。抱いて寝ることを想定しているのだろうか。抱いて寝るのにちょうどいい大きさと形をしている。寝るときに何かを抱いて寝たことはないけど、あれを抱いて寝たら気持ちよくぐっすり眠れたりするのだろうか。ちょっと抱いて寝てみたい気もする。


「司、これがほしいのか?」


「うん。……ん? 颯さん、今何か言った?」


「さあ、忘れたな。よし、俺はこのクレーンゲームするわ」


 言いながら財布から小銭を取り出し、投入口に入れる。ガチャリと硬貨が落ちて、ゲームが動き出した。颯さんってクレーンゲーム好きだったっけ。そんなことはなかったような……。もしかして、颯さんもこのぬいぐるみが気に入ってほしくなったとか?


 クレーンが右へ、そして奧へと進んでいく。颯さんはボタンを押し、ガラスに張り付いて行く先を凝視する。ハムスターの頭上付近でボタンを離し、クレーンが下降を始める。いけたかな、と思ったのもつかの間、クレーンのアームはぬいぐるみを軽く押し潰しただけで何も掴むことなく上昇を開始し、元の位置に戻ってきた。まあ、そう簡単に取れないよね。とれたらお店が儲からないし。


 続いてもう1ゲームするものの、やはりアームは空を切った。颯さんの次にやろうと思っていたけど、颯さんでかすりもしないのならボクには到底無理だろう。残念だけど、諦めるしかない。そう考えていたボクの目の前で、颯さんはさらにお金を投入した。今度は一回り大きい500円玉だ。


「えっと、颯さん?」


「ちょっと待ってろ。すぐに取ってやるから」


 振り向くことなく颯さんが言う。その横顔は真剣そのものだった。彼の何かに火が付いたのかもしれない。


「司、この千円を500円にくずしてきてくれ」


 差し出されたのは千円札3枚。……何回やるつもりなんだろう。心配になってきた。言われたとおりにお店の奥の両替機で千円を500円玉にして戻り、颯さんに渡す。


 ん、お金? お金……ああ! そういえばボーリングのお金も結局颯さんに出して貰ってるじゃないか!


「颯さん! ボーリングの代金――」


「ちょいまち!」


 颯さんが手を突き出して制する。言葉を飲み込み視線をクレーンゲームへと向けると、ちょうどアームが下降を始めたところだった。


 心持ち、今までで一番いい位置かもしれない。固唾を飲んで見守るなか、アームはぬいぐるみを掴み、挟んで持ち上げた。だけどまだ安心できない。持ち上げられたぬいぐるみは前後にグラグラと揺れている。すぐにでもバランスをくずして、アームからするりと抜け落ちてしまいそうだ。


 手に力が入る。颯さんもボタンの上に置いたままの手がきつく握りしめられている。ゆっくりと元の位置にクレーンが戻ってくる。ぬいぐるみは揺れながらも落下することはなく、ストンと軽い音をさせて穴の中へと消えていった。


「よしっ」


 颯さんが小さくガッツポーズをする。取り出し口からぬっと現われるぬいぐるみ。近くで見ると結構な大きさだ。


「取れて良かったね」


「ああ」


 ぬいぐるみを見て颯さんが嬉しそうに微笑む。ボクじゃ取れそうにないから正直羨ましい。ボクもダメもとでちょっとだけやってみようかな。


「ほらよ」


 財布を取り出そうとしたそのときだ。颯さんがボクに今取ったばかりのぬいぐるみを差し出したのだ。思わず両手を広げて受け取ってしまってから、驚きに彼の目を凝視した。


「あの、これは……?」


「ほしかったんだろ? やるよ」


 突然のことに戸惑うボクに、颯さんはそっぽを向いたままで言う。それはつまり、自分がほしかったからじゃなくて、元からボクにこれをプレゼントするためにあんなに頑張ってたってこと……?


「先に言っとくが、金のことは言うなよ。これはクレーンゲームだからな。一発で取れなかった俺が悪い」


「でも」


「いいんだよ。……せっかく取れたんだ。出来たら笑ってありがとうと言ってくれた方が、俺的には嬉しいかな」


 颯さんが頬を掻きながらはにかむ。たったそれだけでいいのだろうか。それだけでこれを貰ってもいいのだろうか。こんなことを言わせておいて、今更ちゃんと払うとも言えない。彼の好意を蔑ろにするわけにもいかない。だったら彼の言うとおりに、精一杯応えてみよう。


 肌触りの良いハムスターのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。そうだ。このハムスターをはむはむさんと名付けよう。そんなどうでもいいことを考えつつ、ボクは彼に微笑みかけた。


「ありがとう」


挿絵(By みてみん)

イラストはレゥさんに描いて頂きました。

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