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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第七章 彼氏彼女ごっこ
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その63 「ウニ丼」

 颯さんと手を繋ぎ、商店街のアーケードを歩く。不慣れな厚底の靴に苦戦するボクは、見た目だけでも普通にと悪戦苦闘。おかげで歩く速度はいつもの半分以下になっている。なのに颯さんは「なんでそんな歩きにくい靴を履いてくるんだよ」とツッコミを入れることもなく、むしろ無言で歩幅を合わせてくれた。イケメンの所業です。


 道行く人々と目が合い、やっぱり目立つんだなと再認識していると、ボクと颯さんの携帯が同時に振動し、メールを着信した。タイミングからして、このデートを企画し、今もきっとどこかから見張っているであろう茜先輩からのメールかと思いきや、送信者は沙紀先輩だった。


『茜は私の方で捕獲しました。どうぞお二人だけで休日をお楽しみ下さい』


 飾り気のない丁寧な文章と共に送られてきたのは、泣きながら机に向かう茜先輩と、彼女を指差して薄くニヤリと笑う沙紀先輩の画像だった。


「そういやアイツ、宿題が溜まりすぎてどうしようとか頭抱えてたもんな」


「昔の自分を見てるような気分」


 笑うに笑えず、微妙な気持ちになる。去年のボクもこの時期はまだ自主的な受験勉強を始めていなくて、量の多くなった日々の宿題にヒーヒー言ってたような気がする。頼りにしていた颯が海外に行っていなかったから、泣く泣く自力でなんとかしたけど、それから三ヶ月後にはもっと酷いことになるとは、あの時は知るよしもなかった。


「昔って、今は違うのか?」


「今はちゃんとその日のうちに済ませるようにしてる」


「へぇー。いい心がけじゃないか」


 褒められて、上機嫌に胸を張る。その行動が子供っぽかったかなと後悔しかけて、高校一年生なんだから許容範囲だと自分に言い聞かせる。


「茜先輩の監視がないと思うと、肩が軽くなった気がする」


「そうだな」


 どちらともなく目を合わせ笑う。ここ最近ずっと茜先輩にはストーカーもドン引きするほどに付きまとわれていたのだ。一週間ぶりに解放されたのだから、自然と気分が高揚するのは仕方のないことだろう。


 と、そこで気付く。茜先輩が監視していないのなら、ボク達がこうしてデート紛いのことをする必要はないのでは、と。学校の中はともかく、外でまで彼氏彼女のまねごとはしなくでもいいだろうというのがボクと颯さんの考えだ。今ならこれを企画した茜先輩の監視もない。このまま解散して家に帰っても、口裏さえ合わせておけばバレることはない。『もう帰ろう』ただ一言そう言えばいい。少なくともあと半日はお互い自由に休日を使えるのだ。


「あの、颯さ――」


「邪魔なヤツがいないことも分かったし、少し早いが昼飯にするか。ついでにこの後の予定も決めようぜ」


「えっ。う、うん」


 口を開いたのは同時だった。しかし颯さんの声の方が大きく、気圧されたボクは口を噤み、さらにはいい提案だと言わんばかりに表情を明るくする彼に頷いてしまった。自分が意に反する行動を取った事に気付いたときには、今まで以上にきつく手を握りしめた彼に引っ張られるようにして、とある建物に足を踏み入れていた。


 店員さんに案内されて、一番奥にある二人掛けのテーブルへと通される。ここでようやく手を離してくれたけど、今更「帰りましょう」とも言えず、促されるままに腰を下ろした。


 照明を間接照明だけにした薄暗い店内。音量を絞って流れるクラシックだかオペラだかの品のいい音楽。アンティークっぽい壷やグラスにテーブルや椅子などの凝った内装。落ち着いた雰囲気のあるいいお店だと思うけど、ボク達のような高校生が来るところではない気がして、落ち着くどころか落ち着けない。


「ここ、千紗都に教えて貰ったんだよ。騙されるつもりで入ったのに結構よさそうな店だよな」


 コクコクと頷く。教えて貰った、ということは颯さんもここに来たのは初めてということ。そのわりには動揺した様子もなく、颯さんはいつも通りだ。こういうお店に来慣れているのか、それとも単純に肝が据わっているのか。……って、どうしてちさがこういうお店を知っているんだろう。そっちの方が気になる。


 颯さんがテーブルにメニューを開く。メニューも革張りで高級感が漂っていた。しかし中身は意外とリーズナブルだった。それでも大抵のメニューが4桁だから、高校生的にはちょっとお高いけど。


「司って何が好きなんだっけ?」


「ウニ」


「脊髄反射みたいに答えるなよ……。素材じゃなくて料理の方だ」


「ウニ丼」


 颯さんが開いていたメニューごとテーブルに突っ伏した。ちゃんと答えたのに失礼だ。ゆっくりと上体を起こした颯さんはメニューを開店させてこちらに向ける。


「店の雰囲気的に、どう考えたってウニ丼なんてここにはないだろ」


 たしかにメニューを見る限りウニ丼はなかった。そもそも日本料理がない。ボクの中でこのお店の評価が急激に下がった。お店の側からすると理不尽なんだろうなあと思いつつ、お客のニーズに応えるのがサービスマンの仕事なので、ボクは悪くない。


「あ、でもウニとホタテのドリアってのがあるぞ」


「じゃあボクそれで」


 お店の評価が急激に上がった。ドリアにウニを使うとは素晴らしい。お客のニーズに応えていらっしゃる。


「……ちゃんと考えて言ってるのか?」


「もちろん考えてるよ。ホタテはともかくウニとドリアなんていい組み合わせだよね」


 ウニ丼にチーズやら牛乳をかけてオーブンでチンしたものだと思えば、二つに大きな違いはない。洋風版ウニ丼だ。


「ウニだったらなんでもいいと言ってるようにしか聞こえないんだが」


「そんなことない。ウニはウニでも安易な加工で味付けをしたウニは嫌い。あれはウニを冒涜してる」


「そういえば醤油漬けにされた瓶入りのウニが嫌いだとか、前に言ってたな」


「それなりに値段の張るものは手間暇かけてるから美味しいんだけどね。大抵失敗を引くから敬遠してる」


 旅行先で今度こそはと淡い希望を抱いて買ってきた瓶詰めのウニ。開ければ醤油の匂いがきつく、一口食べると殺意が沸いてくるような味に、何度瓶を壁に叩きつけてやりたくなったことか。あれならまだミョウバンに浸けて海外から輸入する安物のウニのほうがマシだ。


「それで、本当にウニとホタテのドリアでいいのか?」


「うん」


「んじゃ頼むぞ。すみません」


 颯が軽く手を上げて店員さんを呼ぶ。一瞬パチンと指を鳴らすのかと思った。やってたら指差して笑っただろうけど。


 注文を済ませて10分後、思っていたよりも早く料理が運ばれてきた。フォークとスプーンと共にやってきたウニとホタテのドリアは、未だ表面がグツグツと煮えたぎり、真ん中ではウニがこんもりと山を形成していた。チーズの香りが食欲をそそる。美味しそう、じゅるり。


 脳内舌なめずりを終えて視線を上げる。颯さんの前にあるのは鉄板の上で肉汁を踊らせるハンバーグとご飯……もとい、ライス。サラダとスープもついているから、ハンバーグセットといったところ。


「そっちも美味しそう」


「だろ? このハンバーグがここの一番人気なんだってよ」


「そうなの? そういうことは先に言ってほしいなあ」


「言ってもどうせ、それ頼んでただろ?」


「うん」


「だったらいいじゃねーか」


 それもそうかと、いただきますをして熱々のドリアをスプーンですくう。息を吹きかけてから、おそるおそる口の中へ。


「あふいっ」


 慌てて水を口に含み、熱さを和らげる。ジーンと痺れる舌の上で氷を転がしながらドリアを見下ろす。ドリアを甘く見ていた。カリッと芳ばしいチーズの下は予想以上に熱かった。


「だ、大丈夫か?」


「……なんひょか」


 舌の痺れはすぐに引き、火傷までには至らなかった。氷が解けきったところで、今度はいつも以上に息を吹きかけてドリアを口に運ぶ。チーズが強いけど、ちゃんとウニの味もして、結構美味しい。


「普通に旨いな。司のはどうだ?」


「おいひい」


「そりゃ良かった。明日千紗都に礼を言わなきゃな」


 颯さんはそう言って笑う。えっへんと胸を張るちさが容易に想像できた。


 それからしばらくは時より会話を挟みながらも、お互い食べることに集中する。お店の雰囲気的にも、ずっとあーだこーだと騒ぐようなところでもないし、なにより料理が美味しかったから話すことよりもそっちを優先したかった。


 半分ほど食べたところで、ふと颯さんのハンバーグが気になりだした。ハンバーグが好きってわけでもないけど、このお店のお薦めらしいので興味が沸いた。


 少し交換してもらおう。


「颯さん。一口交換しない?」


「ん? ああ、いいぞ」


 颯さんは快く応じてくれた。ハンバーグを一口サイズに切って、ドリアの上に置く。代わりにボクもドリアを颯さんの……って、お皿が遠い。颯さんはスプーンを持ってないし、いいや、そのまま口へ持っていこう。


「はいどうぞ」


「お、おお」


 数瞬躊躇うような素振りを見せてから、颯さんはスプーンを咥えた。薄暗くても分かるくらい赤い顔。あれ、これって数日前のお昼にやった『あーん』と同じ……。うん、これ以上考えるのはよそう。頭を振って雑念を消し、ハンバーグを食べる。これも美味しい。


「こ、この後の予定を決めるんだったな!」


「でしたね!」


 颯さんが声を張り上げる。慌てて同調しつつ、そういえばと当初の予定を思い出す。もう帰りましょう。せっかくの休日を潰さないために、ただ一言言えばいいのだ。視線が彷徨い気味の颯さんに、意を決して口を開く。


「……そのことなんですけど、もうこの後は――」


「司と二人で遊ぶなんて1年以上振りだからな。何するか楽しみすぎて迷うなー!」


 口が『あ』の形をしたまま固まる。こ、このタイミングでなんてことを言いやがりますかこの人は。そんなこと言われてしまうと、帰ろうとは言えないじゃないか。まったくコイツはホントに困ったもんだ。1年前も唐突にいなくなって、気付いたときには遠く離れた海外で、怒って問い詰めても理由は教えてくれず、それでも「1年後には必ずお前の元に戻るから待っていて欲しい」と、聞く人によったら良からぬ方へ誤解されかねない言葉を吐いて、仕方ないから渋々許してやったりと……ってボクは何を言ってるんだ? いつの間にか努の思考になっているし。


「で、司はどこか行きたいところとかあるか?」


「えっ、ボクですか? ……そうですね」


 まあとにかく、彼が乗り気なら、邪魔でないと言うのなら、付き合って貰おう。ドリアを一口食べて、どこへ行こうかと思考を巡らせた。

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