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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第七章 彼氏彼女ごっこ
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その61 「ですよね」

「なんで自重したんですか! 介抱されてる時はともかく、せめて窓抜けの時は男らしく欲望全開でいくべきところでしょう!? 司を下から支えるという絶交のポジショニングアンドチャンスだったじゃないですか! あそこは手が滑ったと嘘をついてお尻をガッと掴み、キャッ、あっわりぃ目の前に旨そうな桃があったもんでついグヘヘ、もうえっちぃ、ついでにお前も食べちゃおうかなー、きゃーおおかみさんこわーい、という一連の流れに持っていくところでしょう!? なんですかあの体たらくは!? あれですか、ウニが怖かったんですか!? 頭にささって血がピューと失血死するのが怖かったんですか!?」


「バカかお前は!? んなことしたら俺はただの変態だろ!」


 部室へとやってきた放課後。沙紀先輩が淹れてくれたお茶を啜りつつ、いつにも増してテンションの高い茜先輩と颯さんのコントを眺めていた。今日のお茶はほうじ茶。有名店のお茶っ葉らしく、箱入りのを沙紀先輩が持ってきた。あっさりした口当たりに独特の香ばしさのする、ボクの好きなお茶だ。


「男なんてみんな変態じゃないですか! むしろ変態じゃない男は男ではありません! そんなヤツは家に帰って電気の付けていない暗い部屋のパソコンの前で二次元嫁を見てデュフフ笑ってれば良いんですよ! あ、別に二次元を否定してるわけではないですからね? かくいうあたしも『起きたら美少女になって兄貴に迫られている件』の主人公兼ヒロインのトモちゃんに夢中過ぎてトモちゃんフォルダが司フォルダにつぐ勢いでハードディスクを圧迫してるんです。それでそろそろハードディスクを増設しなきゃなーと悩んでいるところで、どうせならどーんと4テラバイトのハードディスクを買っちゃおうかなーと。4テラもあればトモちゃんのあんな画像やこんな画像、そして司の写真に動画も無圧縮のまま余すことなく保存が可能に……デュフフ。おっと笑い方が移った」


「お、お前こそ変態じゃねーか!?」


「失礼な! あたしのどこが変態なんですか!?」


「その思考と言動全てが物語ってるだろ!」


「そんなまさか! 百歩譲って変態だとしても、変態という名の淑女ですよあたしは!」


 二人の話の内容はさっきの体育倉庫でのことらしいけど、よく話が脱線するせいで、聞いている側ではちょっとついて行けない。


「ぼーっと、深く考えずに聞いていれば良いのよ」


「ですよね」


 沙紀先輩に同意してお茶を啜る。いちいち茜先輩に全力で付き合っていたら疲れるだけ。今の颯さんがいい例だ。沙紀先輩は悟ったような顔でガリをポリポリと食べている。ガリが山のように盛られたお皿の横には胃腸薬が添えられていたので、今日は本気らしい。視線に気付いた沙紀先輩が、ローテーブルの下からガリの入った大袋を持ち上げ、ボクに見せてくれた。


「いいガリが手に入ったのよ」


 表情はあまり変化しないけど、目はキラキラと輝いていた。


「司も食べる?」


「遠慮しておきます」


「そう? 美味しいのに」


 美味しくてもガリだけ食べるのはキツイです。せめてお寿司と一緒に食べたいです。


「つーちゃんつーちゃん。モンドセレクションの最高金賞とやらを受賞した高級ウニ煎餅です。食べてみて下さいです」


「あ、うん。ありがとう」


 隣に一分の隙もなく寄り添うちさから煎餅を受け取る。パキッといい音をさせて割り、三分の一になった煎餅をボリボリと咀嚼する。ウニの風味がほのかにして、美味しい。沙紀先輩のお茶と良く合った。


「つーちゃんがちさの隣でちさがあげた煎餅食べてるです……ハアハア」


 ちさの鼻息が荒い。今更ながらこれが市販の煎餅のままなのか気になってきた。味や見た目におかしなところはない。おかしいのはちさの様子だけ。……考えすぎだ。うん。そういうことにしよう。若干現実逃避しつつ再び茜先輩と颯さんへ目を向ける。二人は飽きもせずまだ言い争っていた。


「というか茜、お前やっぱ見てたんだな!? どうやって中まで覗いたんだよ!」


「どうやってって、何のためにあたしが監視カメラ一式とウィンチェスターM70を用意したと思ってるんですか」


『あー』


 それはほぼ同時だった。ボクと沙紀先輩とちさが両手で自分の耳を塞ぎ、声を上げた。聞こえない。ボク達には何も聞こえていない。


「犯罪くさい単語が出てきたがそこはあえて無視して……。見てたんなら助けろよ!」


「助けるなんてとんでもない。むしろ五限目開始ギリギリの沙紀に耳を引っ張られるまで誰も来ないよう狙撃体勢のまま待機していたあたしを褒めて欲しいくらいですねっ」


「褒めないから胸を張るな! 沙紀、お前もいたんなら助けてくれても良かっただろ?」


 あ、火の粉が沙紀先輩に移った。でも沙紀先輩はマイペースに、ガリを食べてお茶を啜ってから、ゆっくりと颯さんに目を向けた。


「そうしようとも思ったのですが……」


 沙紀先輩が再びガリの入った大袋を持ち上げる。


「誘惑に負けました」


「買収されたのかよっ!?」


「ガリには勝てません」


 颯さんから逃げるように顔を背け、ポリポリとガリを食べる沙紀先輩。なるほど、それは茜先輩からもらったんだ。


「それ結構高かったんですよ。有名なお寿司屋さんから取り寄せたんです」


「お前は金の使いどころがおかしいだろ……」


「有意義な使い方だと思いますけど?」


「どこがだよ! ……ああもうお前の相手は疲れる」


 どかっと颯さんがソファーに腰を落とす。すかさず沙紀先輩がお茶を淹れて差し出すと「さんきゅ」と言って受け取り、湯のみに口を付けた。


「まったく……。颯先輩は何を紳士に気取ってるんですか」


 茜先輩も腰を下ろし、右手に湯のみ、左手にウニ煎餅を持ちバリバリズズーッと下品な音を立てた。


「気取ってねーよ。これが普通なんだ」


「司のパンツ見て興奮したくせに」


「ぶっ!?」


 颯さんがお茶を吹き出す。ボク、沙紀先輩、ちさは慌ててローテーブルに並べていた湯飲みやお皿を持って退避した。ぎりぎりせーふ。


 ……。


 ……。


 …………え。ちょっと待って。今茜先輩、なんて言った?


 部室がシンと静まりかえる。茜先輩は颯さんをジロリと睨み、颯さんは驚愕したまま茜先輩を見て動きを止めている。沙紀先輩は胃薬の箱に視線を落とし、ちさはボクを見てフンフンと鼻を鳴らしている。


 そしてボクは、ぼんやりと颯さんを見つめていた。


「……司のパンツ見て興奮したくせに」


「く、繰り返すなよ!」


「ホントのことじゃないですかー」


 茜先輩がニシシと笑い、颯さんは耳まで真っ赤にする。颯さんは今にも噛みつきそうな勢いなのに言い返すことはなく、まるで茜先輩の言葉を肯定しているようだった。つまりそれは本当に颯さんがボクのパ、パンツを見て……いやいやいや! それはないっ。きっとそれはない!


「あ、あははは」


「つ、つーちゃん、突然笑い出してどうしたのですか……?」


 本気で心配そうな目を向けてくるちさ。大丈夫、ボクは正常だから。ちょっとありえない妄想をしてしまった自分を嘲笑してるだけだから。


「でも仕方ないですよ。うんうん。誰だって司のスカートの中を覗きたくなりますよ。ガン見したくもなりますよ。見れば興奮もしますよ。理性も吹っ飛んで本能の赴くままに行動してしまいますよ。こんなにかわいい女の子の禁断のエリアですからね。あわよくば侵入して、その清楚なパンツと綺麗なお尻を鷲づかみして、ハアハアと息づかい荒く、その柔らかさを堪能したくもなりますよ」


 茜先輩がうんうんと何度も深く頷く。背中にゾワッと寒気がした。


「お、おおいまて! その言い方だとまるで俺がスカートの中に手を突っ込んだみたいじゃねーか!」


「あれ、違いましたっけ?」


「適当に言うな! 俺はパンツを見て興奮しただけだ! ……あっ」


 一瞬にしてその場の全員が凍り付いた。いや、約一名、沙紀先輩だけはガリを食べていた。ポリポリとガリを噛み砕く音が響く中、油の切れたロボットよろしく、ギギギと颯さんの真っ赤な顔がこっちを向いた。


「つ、司……その、な?」


 な? と言われても。


「つーちゃん大丈夫でしたか!? 何もされなかったですか!?」


「だ、大丈夫、大丈夫だからガクガクしないで」


 ちさがソファーの上で膝立ちになり、ボクの両肩を掴んで前後に揺らす。相変わらず鼻息は荒いし目は血走っているしでちょっと怖い。


「も、もももしかしてチューとかされたのですか!? 胸とか触られたのですか!?」


「どうしてそうなるの!?」


「間違いましたそれはちさの願望でした」


「ポロッと何言ってるの!? とにかくちさは落ち着いて」


 何故かやたら力の入った両腕を押し返し、無理矢理ソファーに座らせる。フーッと猫のように興奮するちさに湯のみを握らせると、一気にそれを飲み干した。


「ごめんなさいです。取り乱しました」


「そ、それは良かった」


「でも今の発言は本心なので」


「ボクとしては本心じゃない方が良かったかなぁー」


 明日からはもう少しちさに気をつけよう。明日と言わずに今からでも。


 しかし、颯さんのパンツ発言を聞いても、意外とボクは冷静だった。もちろん顔は熱くて死ぬほど恥ずかしい。でも、それ以上に颯さんがボクのパンツを見て興奮したと言う事実に、何故かほっと安堵してしまったのだ。もしかして、ボクにそういう露出趣味な一面が? と不安になってしまったけど、たぶんそうではないと思う。元々ボクは努の頃から人に肌を見せるのは好きじゃなかったし、ましてやパンツを自分から見せるなんて変態行為はしたことがないししようとも思わなかった。しかし、だったらなんだろう、この気持ちは……?


「とりあえず。颯さん?」


「な、なんでしょう。司さん」


 ……まあ、どちらにしても、だ。


「ウニ、投げて良いですか?」


 鞄からウニを取り出し、満面の笑みを浮かべて颯さんに言った。

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