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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第七章 彼氏彼女ごっこ
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その60 「もう、ちょっと。んしょ」

 薄暗い部屋でスマートフォンを操作する。指先で画面をなぞり、拙い手つきで文字を入力していく。特殊な文字やら機能を使っているわけじゃないのに、まだ使い方に慣れていなくて時間がかかってしまう。タッチミスを繰り返しつつ文章を形成し、やっとのことで最後まで入力を終えると、すぐさま最初に戻り、誤字脱字と文章構成のチェックのため読み直す。いくつか間違いを見つけて修正し、そうして出来上がったメールの送信先入力欄に、アドレス帳から呼び出したメールアドレスを入力する。何度も確認してから送信ボタンをタップした。


「ふう。疲れた。よくみんなこんなのをずっとやってられるなあ。肩が凝ったかも」


 一仕事をやり終え、疲れをため息に変えて吐き出す。肩をトントンと叩きつつ、薄暗い部屋で唯一光を発するスマートフォンをぼんやりと見つめる。弘末さんはたまに授業の間ずっとメールのやりとりをしているけど、ボクには無理そうだ。想像以上に疲れる。これがゲームのコントローラーだったらもう少し上手くできるかもしれない。


 送信者の性格上、たとえ授業中でも返事をするだろうと、スマートフォンを握りしめて待つ。予想通りすぐに返事がきて、手の中で震えるスマートフォンのメールアプリを起動する。開いたメールにはこう書かれていた。


 送信者:立仙茜


『邪魔者はいないので、存分にお楽しみください!』


 文字と共に、親指を立てて歯をキラリと光らせた動くイラストも添えられていた。


「何がお楽しみくださいですかっ!」


 思わずスマートフォンに向かって叫んでしまった。ハッとして下を向くと、颯さんは目を閉じて静かに寝息を立てていた。起こさなくて良かったと、ほっと胸を撫で下ろし、スマートフォンを睨み付ける。


 やっぱり茜先輩はボク達がここに入るところまで監視していたんだ。たぶん今は沙紀に連れ戻されて授業に出ているんだろうけど、休み時間ギリギリまで付けてきていたのはたしかなはず。


 この文章からして、彼女に助ける気は毛頭ないみたいだ。


「まあ、期待してなかったけど」


 元々ダメもとでSOSメールを送ってみたのだ。ダメだったらダメで、やっぱりそうかで終わってしまうような軽い気持ちだ。別に落ち込んだりはしない。でも本当に困ったらその時は手を貸してくれると思う。茜先輩はそういう人だ。たぶん。


 自分でも頷いているのか首を傾げているのか分からない微妙なリアクションをして、颯さんに目を向ける。そして今更ながらに気付いた。


 あれ、なんでボクは颯さんに膝枕してるんだろう。枕がないと寝づらいだろうと思ったのは分かる。そう思って膝枕したのも覚えている。問題なのは膝枕すること自体に何の疑問も抱くことなく、ごく自然にしてしまったことだ。努だったらこんなことしない。するはずがない。じゃあどうして? うーん……。おそらくは、昨日お姉ちゃんの部屋で読んだ少女漫画のせいだ。主人公の女の子が木陰の下で意中の男に膝枕をするシーンがあった。それに影響されたのだろう。……え、それだけ? それだけで膝枕? 我ながら安直すぎてビックリだ。


 膝の上で眠る颯さんの表情はとても穏やかだった。動くことを躊躇するくらいに。乱れた前髪を中央から左右に分けて整える。現われた綺麗な額に何か悪戯でもしようかと一瞬思ったけど、それは子供っぽいかなと考え直す。茜先輩だったら『魚肉』と描きそうだ。


 まあ、子供っぽいとかそれ以前に、ボクが彼に悪戯をする権利はない。颯さんが気を失っているのはボクのせいなのだから。吸血鬼であるボクが血を欲して、颯さんはそれに善意で応えただけだ。


 血を吸わなくても死にはしないのに、本能で血を欲してしまうので自分じゃどうしようもない。なんとも面倒な体だ。でも、これのおかげでお姉ちゃん……美衣を二度も助けたことがあるので一概に悪いとも言えない。どちらにしても、颯さんを巻き込んだのは事実だ。


「ごめんな。颯」


 努として颯に謝る。もちろん返事はないし、それで良かった。美衣の前以外で、ボクが努に戻ることはない。そう決めたのだから。でも、もしも颯が起きていて、今のを聞いていたとしても、きっと「気にすんな」と言うのだろう。颯はそういうヤツだ。


 ……。


 それにしても……と、颯さんに顔を寄せる。部屋が薄暗いので、さっき血を吸った時と同じくらいに、鼻と鼻がぶつかる寸前まで近づける。


 こうしてじっくり正面から見てみると……


「颯さんって実は結構かっこいい?」


 彼は目が細くつり目がちなうえに背が高いので、よく相手を見下ろし、無意識に威圧してしまう。本人にその気はなくても、相手からしてみればそれは睨んでいるようにしか見えず、結果、第一印象が高確率で『不良』にカテゴライズされる、ちょっとかわいそうな人だ。だけど今はそのネガティブイメージな目は閉じられている。強烈な部分が影を潜めれば当然他が目立ってくる。颯さんの肌は女の子のように綺麗で、触ってもスベスベとしていた。顔立ちも整っているし、下手なアイドルよりアイドルしてそうな顔だ。


「うーん……」


 首を捻り、真剣に悩む。なんでモテないんだろう。たしかに見た目は怖いけど、少しでも話せばそんなことないのはすぐ分かるし、性格も良いから人づてで人気が出ても良さそうなのに。やっぱりあれかな。人は見た目ってことなのかな。でも、そういえば二年の頃に颯さんがラブレターを貰っているのを見たことがある。相手の女の子は一年生で、それなりに可愛い子だったと思う。「良かったじゃないか」と、その時のボクは茶化したのに、颯は苦笑するだけで、お昼休みには断りの返事を出していた。もったいないと内心思ったのは内緒だ。


 全然モテないってわけじゃないんだよね。ただ、第一印象があまりよろしくないから、お近づきになろうと思う人が少ないってだけで。まったくおしいことだ。


 元は親友と言えども顔をこれほどマジマジと見ることはないし、何より同じ男だった颯さんをそういう目で見たことがないから気付かなかった。うんうん。なかなかに美男子じゃないですか。ボクが女だったら惚れてるよ。


 間近でジッと颯さんを見つめる。見つめて見つめて、ハッと気付く。


 いやいやいや。ボクは何を考えてるんだ!? 男相手に値踏みなんかして、やるなら女の子にーーってそれも違う! 今のボクは女なんだから男の方が普通に健全で……健全? 健全なのかな。……と、とにかく健全、健全としよう。だから今のは何ら問題はなく、女であるボクが男である颯さんに興味を持つのはごくごく自然な成り行きで、かっこいいなーとか思っちゃってもそれは性別的に仕方ないことで……。でもその相手が元親友の颯さんというのはやっぱりおかしいんじゃないかなっ!? なんというか、ほら、うん、あれだよ! 颯さんに失礼だし! ああもうっ、自分で何言ってるのか分からなくなってきた!


 頭を抱え、悶えていると、颯さんがもぞりと動いた。頭を抱えたままピタリと動きを止め、彼に視線を向ける。


「うぅ……。司?」


「へっ!? は、颯さん。お、おおおはようございますっ」


「ああ。おはよう……」


 目を覚ました颯さんに動揺を隠すことなく挨拶する。返事をした彼は何度か瞬きをして目を擦り、ボクを見た。


「……。……どぇぇ!?」


 彼の目が限界まで開き、どこから声を出したのか分からない奇声を発して勢いよく体を起こした。そしてボクから逃げるように座ったまま器用に手足を動かして距離を取った。


「お、おおお前今何してた!? と言うか俺今何されてた!?」


「な、なんのことでしょう?」


 もしかしてジロジロ見ていたいたことがバレたかな!?


「起きたらお前の顔が真上にあって、頭に柔らかな感触が……」


 なんだよかった。バレていないみたいだ。内心ホッと胸を撫で下ろす。


「お、俺何してた? それにここは何処だ?」


 かなり混乱している様子。忙しなく視線を巡らせる姿が少し滑稽だ。寝ているときはあんなにかっこよかったのに。……いやいやいや。かっこいいってなんだよ。冷静に冷静に……。


「ここは体育倉庫。颯さんは血を吸われた後に倒れちゃったんだよ」


「倒れた? ……あ、ああそういうことか。なんとなく思い出してきた」


 颯さんが頭を左右に振ってからあたりを見回す。まだ気分が悪いのか、右手は頭に添えられたままだ。


「たぶん貧血か、麻酔の後遺症だと思う。気分はどう?」


「少し頭がクラクラするくらいで、他はなんともない」


「それなら良かった」


 そう言って微笑む。颯さんは一瞬ボクと目を合わせたけどすぐにそらして部屋中をグルグル。やがてドアに目を向けた。


「で、この状況は……もしや」


 颯さんが向き直る。言わずもがな、ボクは肯定を示すため軽く頷いて苦笑する。


「閉じ込められました」


「やっぱり」


 ガクッと颯さんが肩を落とす。ポケットから携帯を取りだしスリープモードを解除、すぐにポケットへ戻した。


「五限目はじまってるじゃねーか」


「うん」


「うんって、暢気だな」


「焦るところは颯さんが寝ている間に済ませたので」


「なるほど」


 颯さんがため息をついて立ち上がり、ボクに背を向けてドアの方へ向かう。ガチャガチャと音がして、またため息が聞こえた。


「完全に閉まってるな」


「そう言ったのに」


「一応確認したんだよ。どうせ司はちゃんと確認はしてなかったんだろ? さっきの体勢じゃ――」


 と、颯がふいに口を噤む。ゆっくりと振り向いた彼の目はどこか遠くを見ていた。


「話を戻すが……司、お前さっきまで、もしかしなくても……ひ、膝枕してなかったか?」


「うん」


「うんて軽いな!?」


「枕ないと寝づらいかなと」


「そ、それはそうかもしれないが……」


 颯さんが言い淀み、ボクは怪訝に彼の顔を見つめる。が、ふとその理由を思いつく。


「……あー。嫌でした?」


「それはない」


 即行でNoと返された。ボクが元男だから気持ち悪かったのかと思ったけど、そうじゃないみたいだ。だったらなんだろう。


「膝枕をしてたらしてたでいいんだ。ただ知りたかっただけだ」


「それならいいけど」


「そんなことより、どうやってここから出る?」


 無理矢理に話を変えられた気がする。しかし今はそっちの方が重要だ。話を合わせることにする。


「鍵を壊そうか?」


「どうやって?」


 ボクは部屋の隅に落ちていた釘を拾って、親指と人差し指だけで曲げてみせる。


「こうやって。倉庫の鍵くらいなら両手にちょっと力を入れたら――」


「それはやめとけ」


 却下されてしまった。半分に折りたたまれた釘をポイッと投げ捨てる。それを目で追う颯さんの顔が若干引きつって見えたのは気のせいじゃないと思う。


「じゃあどうする? 誰かが開けてくれるのを待つとか? 午後から体育のあるクラスは……」


「いや、この状況を見られるのは不味いだろ」


「――っ」


 ん? 今体のどこかが痛んだような……。


「なんとかして、五限が終わるまでにここからでないとな」


「出ると言っても一体何処から……あっ。あそこからは?」


 ボクが指差した先を颯さんが目で追う。それは入口とは正反対にある小さな窓だ。手を伸ばせば枠に届きそうな、少し高い位置にある。あそこからなら外へ出られそうだ。


「俺は無理だな。司ならいけそうなのか?」


「たぶん。ただちょっと高いから、足元に台になるものが必要だけど。でもそっか。だめか。いいと思ったんだけどなあ」


 颯さんが出られないんじゃ意味がない。


「いや、良い案だ。ここの鍵は暗証番号のヤツだから、司が外へ出て開けてくれれば俺も外へ出られる。番号は1192だ」


 1192……。良い国作ろう鎌倉幕府。鍵なのに、そんなのでいいのかな。


「俺が支える。先に外へ出て鍵を開けてきてくれ」


「うん」


 頷いて立ち上がり、窓の前に立つ。


「……で、支えるってどうやって?」


「足を持ち上げるんだよ」


 なるほど。四つん這いにでもなって「背中に乗れ」とか言われるのかと思った。さすがにそれは御免被りたかった。ボクにそんな趣味はない。


「それじゃ行くね。よいしょっと」


 窓枠に手をかけ、懸垂の要領で腕を曲げて体を外へ押し出す。


「上げるぞ」


 颯さんがボクの足首を持って持ち上げる。


「ぬおっ!?」


「ぬお?」


「い、いいいや、何でもない。そ、それより外へ出られそうか?」


 颯さんが何故か酷く動揺している。


「もう、ちょっと。んしょ」


「ちょ、おまっ!? 変に動くな!」


「変にって、動かないと出られないよ」


 颯さんを無視して上半身を押し出す。腰のあたりまで出たところでクルッと前転して外へ。着地でふらついたけど、なんとか成功だ。


「すぐに扉あけるからちょっと待ってて」


「お、おう」


 まだ颯さんの声がおかしい。疑問に思いつつも正面に周り、鍵を開ける。本当に1192で開いてしまった。校舎の鍵はカードタイプの電子ロックなのにここはいまだにレトロな暗証番号式の錠前。なんだろう、このセキュリティーの差は……。


「開けたよ」


「助かった、ありがとう」


 言いながら、暗闇の中から颯さんが現われる。


「いえ、もとはと言えばボクが……」


 ボクは彼の顔を見て、ぽかーんと口を開いて言葉を失った。


 倉庫から出てきた彼の顔は、今日一番のトマト色だった。


 ◇◆◇◆


 その後、五限目が終わり休み時間に入ったところで教室にこっそり戻ったのだけど、立夏どころかクラスメイトのほとんどがめざとくボクを見つけて、執拗に五限欠席の理由を聞いてきた。本当のことを言えるはずもなく、しどろもどろに適当な嘘をついていると、何故か次第にニヤニヤする人、ガックリと肩を落とす人、寝てもいないのにギリギリと歯ぎしりをする人が出てきて、六限目が始まる一分前には誰もいなくなっていた。唯一前の席の立夏だけが残っていて、「みんなどうしたのかな?」と尋ねるボクに、彼女は「鈍感」とため息をついた。

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