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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第七章 彼氏彼女ごっこ
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その55 「細かいこと気にしない」

 翌日の朝。今日もボクはお母さんと並んでキッチンに立っていた。ただ一つ違うのは、昨日よりもさらに一時間早く起きたこと。理由は簡単。


「唐揚げに卵焼きにポテトサラダ、それにおにぎり……」


 朝早くに起きて作った料理をせっせとお弁当箱に詰めていく。盛りつけも一応凝ってみたりして、唐揚げに旗なんかも立ててみる。お弁当に旗は欠かせないと思うんだよね。


「うん。これでよしっ」


 隙間なく詰まったお弁当箱を見て満足して頷く。隙間があると横にずれたりして形が崩れるらしい。


「上手に出来たじゃない」


「会心の出来です」


 料理自体に焦げ目もないし、さっき味見したときも悪くない味だった。初めてのお弁当にしてはよくできたと思う。ちょっと自画自賛。お母さんからのお墨付きももらい、気分よく蓋を閉めて保温箱に入れる。


「でもどうしたのかしら? 突然お弁当作りたいだなんて」


「えっ? そ、それは、あの……学食ばかりは飽きるから、たまにはお弁当もいいかな~って友達と話してたら、じゃあ作ってこようって話になったんだよ」


「ふぅ~ん」


 お母さんが意味ありげに口の端を釣り上げてボクを見つめる。


「……友達と?」


「と、友達と」


「本当に?」


「本当に」


「男の子じゃなくて?」


「お、男の子じゃなくて!」


 否定してもお母さんはニヤニヤと笑い続ける。完全に疑われている。こうなっては太刀打ちできないので、早々に話題を変えることにする。


「そ、そうだ。朝ご飯作らないと!」


 逃げるように目をそらしてキッチンへと戻る。


「なるほどねぇ~。そうよね。司も高校生だものね」


 お母さんはまだその話を続けるつもりらしい。反応したらダメだ。反応したら負けだ。一人頬に手を当てて良からぬ事を想像しているであろうお母さんを無視して包丁を握る。


「いつでもいいから、家に招待してお母さんとお父さんに紹介してね」


「だ、誰を?」


「誰をって決まってるじゃない。彼氏をよ」


「は、颯先輩とはそんなんじゃないよ!」


「あら、やっぱり颯君なのね」


 ……あ。反射的に答えてしまった。ニコニコと微笑むお母さん。かあっと顔が熱くなる。


「颯君ならお母さん大歓迎よ!」


「~~っ!」


 何も言い返せなくて、行き場のない怒りのようなものをまな板にぶつけた。ダンッと大きな音を立てて振り下ろされた包丁の傍には、真っ二つになったスイカが転がっていた。


 ◇◆◇◆


 いつもとは少し違う通学路。その途中にある小さな公園の前でボクは人を待っていた。道行く人をなんとはなしに眺めつつ、やることがなくて寝癖が残ってないかと髪を撫でたり、制服はおかしくないかとチェックする。少なからず人の視線を感じるものの、今はまったく気にならなかった。


 しかし、昨日の今日でこんなことになるなんて……。手に持った保温箱を見下ろしてから、携帯電話を取り出してメールを開く。送信者の名前は『立仙茜』。


『朝は待ち合わせして学校に来ること!』


 顔文字やら特殊文字をふんだんに使用してデコレーションした茜先輩らしい賑やかなメール。内容は簡潔ながら、なかなか難しい要求だ。……もう、茜先輩は楽しんでいるのかちゃんと協力してくれているのか、よく分からないなあ。


 昨日の会議を思い出す。結局ボクも颯先輩も茜先輩にいいように振り回されて終わったような気がする。でもあの時の茜先輩は笑ってはいたものの、茶化してはいなかったし、至って真面目だった。だからボクも颯先輩も茜先輩が決めたことを特に反対もしなかった。とは言っても時間がなかったので、話し合ったことといえば、付き合うことになった経緯とその後の二人の変化、そしてこれからの大雑把な予定くらい。細かなことは随時茜先輩がボクと颯先輩それぞれにメールをしてくれるらしい。それが朝起きたら届いていた、さっきのメールだ。


 ちなみにお姉ちゃんには部室でのことを昨日のうちに伝えてある。だから今朝も先に家を出ていくボクに不満を言うこともなく、むしろ「頑張ってね」と応援してくれた。いつものお姉ちゃんだったらお母さんのようにからかってきていたのだろうけど、学校であれだけの騒ぎになったので、今回は自重してくれたみたいだ。それどころか調子に乗るお母さんへボクに変わってウニを投げつけてくれたほどだ。それは妹を気にかける姉のようで、ちょっと頼もしく思えた。


 待ち合わせ場所に着いてから十分後。予定の時間より十分も早く颯先輩は現われた。


「おはよう、司。悪いな、待たせて」


「おはようございます。颯先輩。いえ、ボクもさっき着たばかりですよ」


 挨拶を返すと颯先輩は小さく笑った。何かおかしなことを言っただろうか。


「昨日決めただろ? 敬語と先輩はなしって」


「……あ、そういえばそうでしたね。忘れてました」


 付き合ってるんだから他人行儀なのはダメ! という茜先輩的理論によりもっと親しく会話をするようにと言われたんだった。


「でも、いきなり話し方を変えろと言われてもそう簡単には……」


「前に戻るだけじゃないか」


「そんなに単純なことじゃないんですが……」


 単純に『吉名努』に戻るだけなら簡単なのだけど、『颯先輩の後輩の吉名司』のままで、颯先輩の言うように喋り方だけを努にするのは、正直かなり難しい。今ボクは『吉名努』と『吉名司』と使い分けているけど、その二つは立ち位置が大きく異なる。それを安易に混ぜてしまうと、必ずどちらかに偏ってしまう。喋り方を努にすれば、考え方まで努になってしまうだろう。


「……はあ。分かりました。とにかくやってみます」


 ためさずに断るのは良くない。努力はしてみよう。努というより、司のままで立夏と話すように、砕けてみればいいのだ。


「よし。んじゃ挨拶のところからやり直しな」


「え、いえ、別にやり直す必要はないと思うんですけど……」


「はじまりが肝心って言うだろ? ほら、やるぞ」


 颯先輩が楽しそうに見える。もしや茜先輩に毒されたのかな。


「おはよう、司」


 本当に挨拶からやり直しらしい。颯先輩が軽く手を上げて言う。仕方ないのでぎこちなく笑みを作り、返事する。


「お……おはよう、颯さん」


 先輩でもなく呼び捨てでもない。初めて女の子以外を『さん』付けで呼ぶのは背中がむず痒くなる。


「やればできるじゃないか」


「いっぱいいっぱいですよ……なの」


 う、ううん。難しい。立夏相手なら簡単なのに、相手が颯せんぱ……颯さんだと抵抗がある。とくに司となってからはずっと先輩と呼んでいたから、そっちの方が普通になってしまっている。違和感が凄い。


 慣れるしかないのかなあ。携帯電話が振動したのでメールを確認する。


『ちゃんと颯さんって呼ぶように。あと敬語もナシ! どぅーゆーのぉー?』


 むかっ。最後のがなんか腹立つ。とくに『の』の後の『ぉ』が腹立つ。言われなくてもしてるっての! 携帯電話をしまって顔を上げる。颯さんにもメールが来ていたようで、スマートフォンを見ていた。


「颯さんはずるいですよ……ずるいよね。こっちは凄く変わったのに、颯さんは前と変わらずだし」


「まあな。……でも、これで帳消しじゃないか?」


 颯さんがスマートフォンを差し出す。受け取り、画面を覗く。


『ちゃんと手を繋いで登校すること! 男の子の先輩がリードするように! 繋ぎ方はお好きなように』


 また茜先輩はとんでもないことを……。手を繋いで登校なんてしたら、みんなに付き合ってますっていうようなもの……って、元々それが目的だった。茜先輩、これはなかなか効果的です。効果的ですが、もの凄くやりたくないです。


 颯さんが手を伸ばしてきたので、その上にスマートフォンを乗せる。一度その手は引っ込んだけど、すぐにまた戻ってきた。他に渡すものはない。意味が分からず見上げる。颯さんの顔は赤かった。


「……手、繋ぐぞ」


「ほ、本気でやるんですか? じゃなかった。やるの?」


「司がやって、俺がやらないわけにはいかないだろ」


「じゃあ止めます!」


「なんでだよ!」


「恥ずかしいからです! だからやめましょう!」


「今更そうはいくか!」


 颯さんがボクの手を強引に掴んできた。


「行くぞ!」


 ぶっきらぼうに言い放ち歩き始める。振り払おうにもボクの力じゃどうしようもないので、仕方なく彼の隣に並ぶ。ちらりと見上げた彼はまっすぐ前だけを向いている。握った手も汗ばんでいるし、緊張しているようだ。それが子供っぽくて笑いそうになってしまう。


「そんなに緊張するなら止めればいいのに」


「一度決めたことはちゃんとやる」


「律儀だなあ」


「笑うなっ」


「笑ってないよ」


「どう見ても笑ってるだろが!」


 颯さんのチョップが頭に振り下ろされる。まったく痛くはなかったけど、頭を押さえて「いたたっ」とわざとらしく痛がってみせると、「お前が悪い」と表情を緩ませた。と、突然携帯が震える。


『二人ともいい感じです! 今の先輩方ならどこから見ても彼氏彼女にしか見えないです!』


 メールの内容に絶句する。


「アイツ、どこからか見てるのか?」


「みたいですね。さすが茜先輩、やることが斜め上を言ってるというか……」


 周りを見回しても茜先輩の姿はない。上手く隠れている。もうほんとご苦労様です。


 いつもよりも多くの視線を感じながら通学路を進む。ただ手を繋いだだけだというのにこの注目度。公開処刑に等しいものがあるというのに、颯さんは手を離す気はさらさらないようで、むしろ手の力が徐々に強くなっている。


「そ、そうだ、司」


「ん、なに?」


 そんな颯さんを間近にみているおかげで、返ってボクの方は落ち着いていた。


「昼は弁当なんだろ? 場所どこにする?」


 決まり事により、これからお昼は颯さんと二人で、しかもボクが二人分のお弁当を作って食べることになっていた。それでボクは朝早くに起きて頑張ってお弁当を作ったのだ。


「んー……。屋上はちょっと照り返しが暑くなってきたし、食堂は人でいっぱいだし……中庭かな?」


「中庭な。了解」


「先に言っておくけど、期待はしないでね」


「すんごいする」


「だったらあげません」


「敬語に戻ってるぞ」


「細かいこと気にしない」


 くすくすと笑って言うと、「それもそうだな」と颯さんも少しだけ苦笑気味に笑った。そうして校門を通り校舎へと歩いて行くボク達は、言わずとも分かるように、とてもとても目立っていた。 

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