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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第六章 吉名司
54/83

その52 「いつボクに気付いた?」

「そうか」


 彼は呟くように言って、小さく笑った。そしてドサッとベンチに腰を下ろし、深く息を吐いた。大きなことを成し遂げたと言わんばかりの動きに、失礼と思いつつもクスッと笑ってしまう。


 ボクも彼と向き合うように座って、目線を合わせる。颯先輩の方が背が高いから、座ってももちろん彼の方が高い。当たり前のことだけど、それが今のボクと彼の関係。後輩と先輩、女子と男子。昔とはまったく違う関係。姿だってそうだ。銀髪に赤目と青目のオッドアイ。小柄な体に、なによりも性別が女。変わり果てたボクを見て、颯先輩はどう思っているのだろう。気になる。でも聞かない。なぜなら目の前にいる彼を見て、ボクを拒絶していないということが十二分に分かったから。だから、聞く必要がなかった。


「颯は、いつボクに気付いた?」


 努として言うと、颯は体をビクッと震わせ、その目を大きく開いた。何か言いたげに口が動いたけど、すぐに閉じられ、その後懐かしむように目を細めた。


「確信を持ったのは今だよ。疑い始めたのはお前がエンタメ部に来たとき。まあその時は何かがひっかかる程度だったけどな」


 颯も最近ではなく、結構前から疑っていたのか……。つまりボクは、親しかった三人全員に早い段階でバレていたってことだ。嬉しいやら悲しいやら、変な気持ちだ。


「それがしっかり形になったのは一昨日。お前は寝てたから知らないだろうが、あの日、俺は一人でお見舞いに行ったんだよ。単純に本当にお前の具合が心配で行っただけなのに、お前んところの母さんに通された部屋が努の部屋でさ、努にあげた物がゴロゴロと転がってるのに、そこに司の制服や私物があって驚いたのなんのって。しかもお前は寝言で『颯』って言うし、あまりにもバレバレ過ぎて、隠す気あるのかとちょっと笑ったぞ」


 颯が笑い、それに釣られてボクも苦笑する。


「そういえば部屋はそのままだったな。沙紀と茜は一度も来たことなかったから良かったけど、颯は何度もうちに来てるもんな」


 灯台下暗し。颯に一度でも家に来られてたらその時点で終わってたってことじゃないか。風邪を引いていなくても、近々にバレていたんだろうな。


「それで今日、事実かどうか確認しようと思った、と?」


「ああ。でもそれ以上に、お前を楽にしてやりたいと思った。見舞いにいって、熱でうなされているお前が、傘から飛び出したときの、思い詰めた顔をしたお前と重なって見えたんだ。それが司として一人で頑張って苦しんでいるように思えてさ。少しでも楽にできればって」


「苦しんでいる、ね……」


 そう言われてみればそうかもしれない。最近のボクは司であることに固執している。特にあの時は、颯にボクが司だと言えなかったことに落ち込み、精神的にも参っていた。風邪を引いたのも、きっとそれが要因の一つになっていることはたしかだ。まあ、結局、それから三日後の今日にバレてしまったわけだけど。ボクは小さく笑う。


「ほんと、颯はお人好しすぎる。その口実を作るために、わざわざこんな高い物まで用意したのか?」


 ペンダントを左手で触れる。重なり合ったリングが擦れて音が鳴る。


「そ、それは単にお前に似合うだろうなと思っただけだ。他意はない」


 颯は顔を背けて言う。似合うからってことは、颯はこれを買うときに、ボクを想像しながら買ったって事だ。こういうものが売られているところは男一人じゃ入りにくいだろうに、よく頑張ったものだ。赤面しながら女性の店員にあれこれと聞く颯が目に浮かぶ。


「前みたいにウニグッズをやるのも変だろ」


「あはは。それはそれで嬉しいけどね。で、今似合ってるって言ったけど、それはお世辞抜き?」


「ああ。俺がお世辞なんて言うように見えるか?」


 見える、と言ったら怒るのだろうか。怒りそうだから言うのは止めよう。


「ふーん……。じゃあ、これ本当にもらうけどいい?」


「貰わなかったら捨てる」


「だったら有り難く貰う」


 鼻を掻きながら颯が「おう」と言う。恥ずかしそうにしている颯がなんだか面白い。内心笑いそうになるのを堪える。


「ところで、颯はボクに怒ってないのか?」


「どうして?」


「なんでもっと早く教えてくれなかったんだ、とか」


 颯は目を丸くした。その反応は予想外だったので、ボクもビックリしてしまった。


「それは考えたこともなかったな。経緯はどうであれ、お前がそんなことになって、一番困っているのはお前自身だろ? それをなんで教えてくれなかったんだって、さらにお前を追い詰めるなんて、自分勝手も甚だしいじゃないか」


 一理あるけど、そう誰もが考えるとは思えない。颯らしい考えだ。そう思った。


「まあ、努の方から教えてほしかった、という気持ちもないと言えば嘘になるけどな」


 自嘲するように笑っておどけてみせる。正直者め。こんなとき、ボクはごめんと謝った方がいいのだろうか。いや、彼はそれを望んではいないだろう。だからボクは代わりにこう言う。


「ありがとう」


「どう致しまして」


 そうして笑い合えたボクは、本当にいい親友を持ったと思う。


 その後、ボクは颯に、どうして吉名司になったのか、正確には司に戻ったのだけど、その経緯を伝えた。


 昔、ボクは吉名司という女の子として生まれたこと。先祖返りの吸血鬼であったこと。その先祖返りの特異性のせいで自己防衛のためだと言われている男への性転換を強制的にさせられ、それ以来努として生きてきたこと。そして成人間際になって解け、元の司に戻ったこと。


 あまりにも突拍子のないことなのに、彼は「努がそう言うんなら、そうなんだろ」の一言で全てを疑うことなく信じてくれた。そして、


「ボクはこれからも、君の前でも、誰の前でも司であり続ける。そうすることに決めたんだ。それでいいよな?」


「ああ。努……いや、司がそれでいいなら」


 ボクが努としてではなく、司としてあることも同意し、応援してくれた。


 その日の帰り道。一人で帰れるというのに、颯先輩は送ってやると言って譲らず、結局ボクが折れる形で、ボクの家の近くを通るルートで一緒に帰ることになった。二人並んで江角川の土手を歩く。


「さっきからずっと弄ってるけど、邪魔なのか?」


 左手でペンダントを触っているボクに、颯先輩が話しかけてきた。


「いえ、違います。こういうアクセサリーって今まで貰ったこともないし、自分で買ったこともないんです。だからその……珍しくて」


 嬉しい、と言うのが恥ずかしくて言い換える。


「そ、それにしても、女の子の扱いが前より上手くなったんじゃないですか? その様子なら女の子嫌いも克服したとか?」


 動揺を隠すようにニヤニヤと笑って隣を歩く颯先輩を見上げる。


「は? 別に俺は女嫌いとかじゃないぞ?」


 ……え?


「いや、だって、いつもクラスの女子が来たら途端に口数少なくなってたし、実際初めて司のボクと手を握ったときも震えて……」


「あ、あれは単純に緊張してただけだ。うちは兄弟が弟だけで女子に免疫がないんだよ」


「……本当に、ですか?」


「ああ」


「……ほんとに?」


「マジだって」


 何度尋ねても、颯先輩は大まじめな顔をした。対してボクはぽかーんと口を開けた後、肩の力を抜いてため息をついた。ずっと女嫌いだと思っていたのに、勘違いだったらしい。それで一時期、というかそれのせいで颯に正体を明かすことを諦めたくらいだ。まさかただ緊張していただけだったなんて。


「なんですか、もう……」


 苦笑に近い笑みを浮かべる。……でも良かった。


「とにかく、それだったら今のボクでも全然大丈夫ってことですよね?」


「もちろんだ」


 颯先輩は力強く言い、頷く。それが本当に本当なのか、ためしにと手に触れてみた。彼は一度ビクッと体を震わせたけど、振り払うことはなく、それ以上何をすることもなかった。


「ほら、大丈夫だろ?」


 赤くなった顔で言われても説得力にかけるなあ、と思いつつ、本当にただ女の子に対して免疫がないのだと知る。


「まあ、合格点ということで」


「どういうことだよそれは」


「手を触られただけで顔を赤くしてどうするんですか。中学生じゃあるまいし」


「う、うっさい!」


 颯先輩が自由な方の腕を振り上げたので、大袈裟に彼から離れて逃げる。


「暴力反対です」


「これはただ脅しただけだ。女の子に手を上げるわけないだろ」


 と言いつつも、恥ずかしそうに手を下ろす。ボクはそれを見てくすくすと笑う。


「はい。そうだと思いました」


 土手を下りて住宅街へ。もう少しで彼と別れる交差点へたどり着く。青になるのを待ちながら、ふとボクは思い出した。


「そういえば、颯先輩」


「ん、どうした?」


 相合い傘の時とまでは行かないまでも、今までよりずっと近くなった距離で颯先輩がボクを見下ろす。


「この前、プールでボクに付き合っている人がいるかどうかって聞いたじゃないですか。あれってなんだったんですか?」


「え……あ、いや。たいした意味はない。ただ、彼氏がいるかどうか聞いてくれってせがんでくるヤツがクラスにいたからさ、それで聞いたんだ」


「あー、そうだったんですか」


 なるほど。それで颯先輩はあの時、とても言いにくそうに聞いてきたんだ。頼まれたことを聞くのはちょっと気が引けるものだし。うん。理由を聞いたらなんかスッキリした気がする。


「突然あんなこと聞いてくるからビックリしましたよ」


「そ、そうだよな。悪かった」


 信号が青になる。ボクは早足で横断歩道を渡り、振り返る。


「送って頂いてありがとうございました。お疲れ様です」


「ああ。お疲れ様」


 点滅する信号の向こう側。軽く手を振る颯先輩に振り返して、ボクは家路についた。


 結局のところ、沙紀先輩、茜先輩、そして颯先輩、三人ともに、こんなに早くボクの正体がバレてしまった。しかし、みんなボクのことを認め、受け入れてくれた。最初から変なことを考えずに打ち明けていれば、もっと簡単にこうなれていたんだろうなと思いつつも、これはこれで良かったんじゃないかとも思う。まあ、どちらにしろ過去のこと。もう済んだことだ。だったらこれからのことを考えよう。だって、もうボクに障害はないのだから。あとは平穏無事に二度目の高校生活を満喫しよう。


 と、その時のボクは思っていました。


 ◇◆◇◆


 翌日。お姉ちゃんといつものように登校した学校はやけに騒がしかった。


「なんだろう。人が多い」


 昇降口のあたりにできた人だかりを見て呟く。


「うーん。有名人が来たとか?」


「こんな朝早くに?」


「じゃあ突然の廃校宣言」


「それだったら悲鳴が上がっていると思う」


 上履きに履き替えて廊下に出る。よく見るとその人だかりは、昇降口というよりは昇降口近くの廊下の壁にある掲示板を中心にできているようだった。


「掲示板。ってことは、新聞部?」


 あー。そういう可能性もあった。新聞部は月一回の部紙を昇降口の掲示板に張り出す。それが人目を引くような内容であれば、度々このように人だかりができるのだ。ちなみに前回人だかりを形成した記事は、人気者だった当時陸上部エースの三年生の男子がコスプレしてコンビニへ買い物に行ったところを撮られた写真が掲載されたときだったと思う。あれはちょっと可哀相だった。笑ったけど。


「お、司に美衣ちゃん。おはよう」


『おはようございます』


 人垣の一番外で颯先輩を見つけた。彼もこれが何か気になっているようだ。


「新聞部がスクープらしいぜ」


 やっぱり新聞部らしい。


「颯先輩ならここから見えたりしますか?」


「無茶言うな。さすがにここからじゃ文字が見えない」


「そこをなんとか」


「なんとかって。んー……。人が写ってるっぽい写真ならなんとか見えるぞ」


 颯先輩が眉間に皺を寄せ、目を細めて言う。人が写ってる、それだけじゃ何が書かれているのかさっぱりだ。やっぱりここは人垣を掻き分けて近くに行くしか――


「あ、吉名さん」


 声に目を向ければ、見知らぬ女子生徒と目が合った。数瞬彼女と視線を交わし、ゆっくりとお姉ちゃんに移す。


「吉名さん?」


「いやいや、司のことでしょ」


 やっぱりそうですか。


 ボクの名を呼んだ彼女を中心として喧噪が波紋のように消えていく。気持ち悪いほどの静寂。後ろの昇降口で靴を履き替える音まで聞こえる。集まる視線。背中に変な汗を感じつつ、ぎこちなく笑う。


「えっと……はい、吉名司です」


 それを合図に、ボクから掲示板までの人が左右に分かれ、道を作った。


「……モーゼの気分」


「こんな状況なのに、司って結構余裕?」


 お姉ちゃんが耳元で囁く。


「最近ちょっと慣れてきた」


「妹がいつの間にか大人に……」


 こんなときに感心されても……。せっかくできた道をぼーっと見てる訳にもいかないので、二人に目配せしてから、人と人との間を歩いて行く。すぐに掲示板の前にたどり着き、三人同時にカラーで彩られた部紙を見た。そして絶句した。




『吉名司、明坂颯と親密デート!?』


 部紙にはでかでかとそう書かれていた。




『……え?』


 誰かと声が重なる。ギギギと錆びたロボットのように頭を回して声のした方を見やる。ぽかーんと口を開けた颯先輩と目が合った。数秒見つめ合い、再び掲示板を見る。


『……え?』


 思考が止まる。というより止まってる。何も考えられないまま、ただただ目の前の写真に釘付けになる。それは左手に川が見える土手を蓮池の男子生徒と女子生徒が手を触れあわせて歩いているものだった。後ろからなので男子生徒はパッと見では誰なのかと首を傾げてしまうけど、制服の着崩し方や髪の脱色具合から、知っている人が見れば颯先輩だということが分かる。そして女子生徒の方は……長い銀髪のせいでボクなのが丸わかりだった。


 き、昨日のだ。颯先輩が女嫌いじゃないっていうから、試しにと触ったときのだ。なんでそれが写真に?


「あ、あの!」


 突然背後から声をかけられ、颯先輩と同時に振り向く。顔を赤くした女の子がボクと颯先輩を交互に見ながらモジモジとしていた。もちろんこの子が誰なのかは知らない。そんな彼女が何をしようというのか、ボクと颯先輩、お姉ちゃん、そしてたぶん、その他大勢が注目する。


 彼女は両手をぎゅっと握りしめ、勇気を振り絞るようにして叫んだ。




「ふ、二人は付き合ってるのですか!?」




『……はい!?』 

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