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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第六章 吉名司
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その47 「ファンクラブってなに?」

「なあ、司。出間先輩っていう人を振ったって言うのは本当か?」


 席につくと、立夏が目を輝かせて聞いてきた。


「だからなんでそんなに広まるのが早いの……」


 呆れつつ立夏に目を向ける。今回は出間先輩と別れて、というよりこちらから一方的に走り去って、一階から四階まで駆け上がり、教室までやってきた。ボクを追い抜いていくような人もいなかったし、ここにきたとき、放送部や新聞部らしき人もいなかった。あの僅かな時間にどうやって下で起こったことを広めたのだろう。


「また放送部と新聞部?」


「ああ。まあ、他にも理由はあるけど……」


 立夏は言葉を濁し、視線を逸らす。なんだろうと首を傾げる。しかし、それ以上立夏は何も言わなかったので、特にボクも聞くことはせず、別の話をしようとした。そのとき、


「最近はその二つの部より司ファンクラブのネットワークが凄いよね。どっちの部にも会員はいるから、そこからメールで一斉送信してすぐに情報が行き渡るみたい」


 と、隣の席の堀見さんから耳を疑うような発言が飛び出した。


「ば、ばか!」


 立夏が堀見さんに怒鳴る。でも、もう遅い。聞いてしまった。ボクは考えるよりも早く立夏の両肩を掴んだ。彼女は笑っているような、驚いているような、微妙な顔をして固まっている。そのままずいっと顔を近づける。


「ファンクラブってなに?」


「……え?」


「だから、ファンクラブってなに?」


 今ボクはどんな顔をしているのだろう。鏡がないから分からないけど、たぶん怖い顔をしているに違いない。だって目の前の立夏が、怯える犬のように眉をハの字にしているのだから。


「……えっと、まさか司って、ファンクラブのことご存じなかったとか?」


「知らない。ファンクラブなんて初めて聞いた」


「そ、そうだったのか。あ、あははは……」


「笑って誤魔化さない」


 立夏の表情が凍り付く。ちょっと可哀相な気もしたけど、聞きたいことを聞き出すまで、立夏を離すつもりはなかった。


 意識を周りへ向けると、いつの間にか教室は静まりかえっていた。顔を上げ、ぐるりと周囲を見る。みんなこっちを見ていたはずなのに、ボクと視線が合いそうになると、サッと顔を伏せた。


「ま、まあ、落ち着こう」


「落ち着いてるよ」


 立夏に視線を戻す。彼女は小さく悲鳴を上げた。


「で、ファンクラブってなに?」


「わ、分かった。話す、ちゃんと話すから、そんな怖い顔するな。司は笑った顔がかわいいんだから、笑ってくれ。な?」


 立夏があははと引きつった笑いをする。リクエストにお答えして、ニッコリと笑ってみせる。


「つ、司、笑ってくれたのは嬉しいけど……目、目が全然笑ってない」


「えー、ちゃんと笑ってるよ?」


「こ、怖いから! それ凄く怖いから!」


 まったく大袈裟な。涙まで浮かべることないのに。


「司さん、もしや怒ってます?」


「んーん。怒ってないよ。いいから早くファンクラブのこと教えて。ね?」


「やっぱり怒ってる!」


 イヤイヤと頭を振る彼女の両頬に手を添えて、というより抑え込んで、今できる最高の笑顔を披露する。


「早くしないと本当に怒るよ?」


「ひぃっ。は、はい!」


 その後、立夏は涙目になりながらもキビキビとファンクラブのことについて教えてくれました。


「つ、司って、怒ると怖いんだな……」


 そんなことはありません。たぶん。


 ◇◆◇◆


「で、何か言いたいことはある?」


「ないです……」


「茜先輩は?」


「あります!」


 シュンと縮こまっているちさとは真逆に、元気に手を上げる茜先輩。表情も攻撃的で、いかにも「異議あり!」と言いたげだ。


 放課後、立夏から『司ファンクラブ』について聞いたボクは、エンタメの部室でごろごろとしていたちさと茜先輩を正座させて問い詰めていた。床はさすがにかわいそうだと思ったので、ソファーの上に正座させている。


「なんであたしだけ怒られてるの!? 沙紀は!? 颯先輩は!?」


 茜先輩が二人を指さして声を上げる。


「沙紀先輩と颯先輩はいいんです」


「不公平! 沙紀だって隠してたんだよ!? 颯先輩は天然入ってるから気付いてなかっただろうけど」


「なんで気付けなかったからって天然なんだよ……」


 颯先輩が文庫本から顔を上げて反論する。沙紀先輩が肩を竦める。


「私はあなたみたいにファンクラブの会員じゃないもの。隠していたのは、司には教えない方がいいと思ったから」


「あ、あたしだって司のためを思って――」


「茜の場合はそうした方が面白いと思ったからだろ?」


 颯先輩の言葉に、茜先輩が怯む。なるほど、面白いと思ってたんだ。


「話をまとめるけど、つまり五組でファンクラブを作ろうって話が出てきて、ちさが会長になって発足。その後にボクの二組にも支部ができて、そこの支部長にちさの推薦で立夏がなった。そういうこと?」


 自分で自分のファンクラブのことを説明するのってちょっと恥ずかしい。鬱憤なら朝のうちに立夏へぶつけたので、気分的にはかなりすっきりしていた。けれど、今は事実確認と二人への説教が優先事項。できるだけ我慢して、顔も赤くならないようにしないと格好がつかない。……そんなことできるのかな?


「はい、そうです……」


 小さくなったちさが頷く。目にはうっすらと涙が浮いている。凄く罪悪感を覚える。ちらりと沙紀先輩を見る。沙紀先輩は首を横に振った。まだ許してはダメ、ということらしい。もう少し頑張ろう。


「なんでファンクラブなんて作ったの?」


 ちさと茜先輩に向き直り、腰に手を当てて二人を見下ろす。身長の低いボクでも、相手が座っていて、威圧的な態度を取れば、少しは迫力というものがあるはず。


「つ、つーちゃんのことは何でも知りたくてですね、情報共有できればもっとつーちゃんのこと知ることができるってみんなで話してて、そしたらファンクラブ作ろうって話になって……」


「集団ストーカーじゃないか」


「す、ストーカーとは心外です、颯先輩! ちさ達は一度もつーちゃんの後をつけて家にまで行ったりはしていません! あくまでも学校内だけです! 学校にいるときのつーちゃんの全てを知りたかっただけです! こんにちはからさようならまでを余すことなくじっくりねっとり見つめ続けたいだけなんです!」


「最後の一言で全て台無しね……」


 沙紀先輩が肩を竦める。分別がついているようでついていない。家にまでこなかっただけマシなのかな。


「た、たしかにたまに暴走することはありますが、それでもファンクラブのおかげである程度は抑制できているのは事実なのです! 必要悪というヤツです!」


「あ、自分で悪って言っちゃうんだ」


 茜先輩が案外冷静だ。


「ちさ達が外でやれば警察のご厄介になるかもしれないことは分かっているのです! それでも、やめられない止まらないなのです!」


「開き直るんだ」


「え、あ、いや、開き直るわけじゃ……」


 じろりと睨み付けて言うと、途端にさっきまでの威勢はなくなり、またシュンとなってしまった。


「……もう」


 肩の力を抜いてため息をつく。


「ちさと茜先輩。他に何か言うことは?」


「ごめんなさいです……」


「……ごめん」


 ちさは本当に申し訳なさそうに、茜先輩はいまだ不満そうにそっぽを向いて謝罪の言葉を口にした。


「ん、許します」


 そう言って表情を緩めると、ちさと茜先輩は嬉しそうにお互いの手を合わせた。


「さすがつーちゃんです。優しいです」


「うんうん」


 完全に反省したというわけではなさそうだけど、ちさの言うとおり、ファンクラブという存在のおかげでみんなが一歩引いてくれているのは事実。実際二組のみんなが大人しいのは、そのファンクラブ内でボクに迷惑をかけないという決まり事があるのだとか。立夏から聞いた話なので嘘は言ってないはず。今も実害という実害もないし、ここはちさと立夏に免じて許して――


「これならもう一つ三年でファンクラブができそうなこと話しても――」


「それどういうことですか?」


 両肩を掴み茜先輩を問いかける。「え?」と返してきた先輩は笑ったまま固まっていた。


「え? いや、その、あたしのクラスで支部的なものをという話が三日前程からありまして……」


「まさかそれ、言いだしたのは茜先輩、とかじゃないですよね?」


 先輩がサッと目を逸らす。ちさに目配せしてソファーを空けてもらい、そこに座る。冷や汗を流す先輩に微笑みかけ、肩をポンと叩く。


「詳しく聞かせてもらいましょうか」


 今日のエンタメ部の活動はこれで終わりそうだ。


 ◇◆◇◆


「うわっ、雨かぁー。天気予報では今日は降らないって言ってたのに」


 昇降口を出て空を見上げた茜先輩が呟く。その両目は赤くなっているけど気にしない。全然気にしない。


「この時期の天気予報なんてあてにならないわよ。茜、傘は?」


「もちろん持ってきてない」


「だと思った」


 沙紀先輩が水色の傘を広げる。


「入ってく?」


「ぜひっ」


 茜先輩が沙紀先輩の傘の下に入る。


「折りたたみ傘持ってきておいて良かったです」


 ちさがピンクの折りたたみ傘を広げる。ボクも今日はいつも使っている傘を持ってきていなかったけど、こういう時のためにと、いつも折りたたみ傘を鞄に入れて……


「……あれ、傘がない」


 しまっていたはずの傘がなかった。道理で今日は鞄が少しだけ軽いなあ、と……ああ、そうだ。昨日鞄が濡れて、乾かすために中の物を全部出したんだった。きっと朝に傘だけ入れ忘れたんだ。


 どうしよう。下駄箱にある誰かの置き傘を借りようか。でも無断で使うのは気が引ける。ちょっと濡れるけど、コンビニまで走って傘を買うというのも――


「傘ないんだったら、入ってけよ」


 声に顔を上げる。颯先輩が黒い傘を広げてボクの隣にいた。


「え……でもいいんですか?」


「ちょっと遠回りすれば司の家の前も通るし。他のヤツじゃ方向からして逆だろ?」


 たしかに颯先輩の家はボクの家から南の方にある。遠回りになるけど、家の近くの交差点を曲がれば帰れる。


「いいじゃない。送ってもらいなさい」


「颯先輩。司をちゃんと送って下さいよ」


「つーちゃんとは家の方角が真逆……仕方ないですが颯先輩に任せます」


 ボクが何か言う前に断れない雰囲気に。見上げると、颯先輩が少し頬を赤くして視線をそらした。


「ほら、行くぞ」


「……お願いします」


 小さく会釈して、颯先輩の傘に入れてもらう。


「ちゃんと最後まで送ってあげてくださいよー」


「こら、茜。傘から出ないの」


「つーちゃんまた明日ですー」


 校門で三人と別れる。いつもならここで颯先輩とも別れるのだけど、今日は違う。


「んじゃ行くか」


「はい」


 昔と今。昔のほうが仲が良かったはずなのに、その頃よりも距離が近い。

 それが何故かおかしくて、自然と笑みが零れた。

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