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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第五章 初夏のお話
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その43 「まさか、ね……」

「親戚のおじさんが朝、急にぎっくり腰になったらしくてさ、代わりの人も見つからないし、バイト代をはずむから行ってくれって頼まれたんだよ。せっかく寝てたのにたたき起こされた俺の身にもなってほしいよ」


「あ、あははは。そ、それは災難でしたね」


「まあその分キッチリバイト代は貰うから別にいいんだけどな。あのおじさん気前いいから結構くれるんだよ。それにちょうど金欠で、ぶっちゃけると願ったり叶ったりだったよ」


 プールサイドに腰を下ろし、足だけを水に浸けて話をするボクと颯。他に人はおらず、静かにBGMだけが流れる室内プールに、ボク達の声がとてもよく響いた。とは言っても、会話の主導権は颯であり、ボクは俯いて相槌をうつだけだった。……なぜなら。


 颯に水着姿を見られた。恥ずかしい。とにかく恥ずかしい。ありえないくらい恥ずかしい。穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。絶対今顔真っ赤だ。間違いなく今までで一番真っ赤だ。だってこんなに熱いし!


 平静を装いつつ、内心動揺しまくっていた。心臓はバクバクとうるさく、手は小刻みに震え、嫌な汗がさっきから止まらない。


 なんでこんなところに颯がいるんだよ!? バイトとかそんなこと知らないよ聞いてない! 聞いてたらこんなところこなかったのになんで教えてくれなかったんだ! 相変わらずコイツは人のことをかき回してばかりで、少しはボクのことも考えろ!


 司になった今ではそんなこと無理なのは百も承知している。それでも理不尽な怒りをぶつけずにはいられなかった。百歩、いや千歩譲って同年代、大盤振る舞いで学校のヤツがいたとしよう。それなら多少緊張しようが、まったく知らないヤツなら無視、もし知ってるヤツなら会釈だけして距離を置き、あとは"決して近寄るな"オーラをこれでもかと出して、なんとかその場を乗り越えようと考えたはずだ。この目だって"普段着ではカラコンするような痛い子"と思われれば……いや、それはどうだろう。痛い子と思われるのはそれはそれで問題だ。それにプールじゃ普通コンタクトを外すから、コンタクトをしたままというのは考えにくい。きっと裸眼だということがバレてしまう。…………まあ、それはとにかく、たとえバレたとしても知らぬ存ぜぬを貫けば、学校で噂になっても、それはその人の見間違えで済まされる可能性もある。ここ暗いし。水着見られたことも……うん。なんとか我慢できる。たぶん。


 しかし、相手が颯じゃ話が別だ。颯は努にとって親友であり、司である今でもエンタメ部の先輩で、下手な友達よりも仲がいい。その元親友現先輩に水着姿はおろか左目までバレてしまったのだ。これが恥ずかしくないわけがない! とくに水着!


 きっと颯的には後輩の水着姿を見た&隠し事を知ってしまった程度の感覚なんだろうなぁ……こっちとしては、それプラス女装しているところを見られた気分だ。制服はぎりぎりセーフだとしても、水着はアウト過ぎる。胸の膨らみやら腰のくびれやら……あそこに何もないやらが制服よりも否応なく強調される格好だ。恥ずかしすぎて死にそうだ。むしろ死ね。


 こうなったらいっそのこと吸血鬼の力を使って颯のお腹を一発殴って気絶させてしまおうか。しかしそれはさすがにやり過ぎだ。我慢しよう。それに、目が光るところを見られるのだけは避けたい。「豆電球仕込みました」じゃ誤魔化せそうにないし。


「にしても驚いたな。司の目が右と左で色が違うなんて。俺、青い目は見たことあるけど、赤い目なんて初めて見たぞ」


「そ、そうですよね。珍しいですよね。赤い目なんて」


 颯がこっちをじっと見ている気がして落ち着かない。今日の彼は何故か饒舌だ。見ようによっては無理して話しているようにも思える。部員になって二ヶ月しか経っていないし、まだボクに対しては女嫌いが優先するのかもしれない。でも……あれ? この前図書館で一緒になった時は普通だったような……。


「け、決して赤い目が悪いって言ってるんじゃないぞ!? むしろ赤と青が合わさって綺麗というか神秘的というか引き寄せられるというか……」


 俯きがちなボクを見て、落ち込んでいるように見えたのだろうか。颯はしどろもどろに弁解のようなものを口にした。


「だー! とにかくその目は司に似合っている! だから落ち込むな。絶対誰にも言わない。茜や沙紀にも言わないから、安心しろ!」


 こちらから口止めする前に約束してくれるなんて、勝手に面倒な手間を省いてくれた。相変わらずいいヤツだ。羞恥心も幾分薄まってきたところで顔を上げる。


「ありがとうございます。目が赤いとどうしても目立ってしまうので。あ、別にこの目が嫌いってわけじゃないので気にしないでください」


「そうか……。良かった。司を傷つけたんじゃないかと焦ったよ」


「あはは。そんなにボクは弱くないですよ」


 声を上げて笑う。目なんて些細なことだ。女になったのに、それくらいで傷ついてたら笑ってなんかいられないっての。


「そういえばお前は両親から離れてずっと入院してたんだっけ。俺なんかよりずっと強くて当たり前か」


「それは買いかぶりすぎですよ」


 たしかに女になったことを受け入れるのにはそれなりに苦労したけど、結局は「なっちゃったもんは仕方ない」の一言で不安を吹き飛ばした。強いと言うより、単純というかバカというか。いやいや自分でバカといってどうするんだ。まあ、そんなボクよりも一人で海外へ一年間旅立った颯の方が凄いと思う。英語喋られないのに。


「そんなことないって、絶対司の方が……って、何話し込んでんだ俺は。悪い。司は泳ぎに来たんだろ?」


 ばつが悪そうに頭を掻く颯。ボクは「はい」と頷く。


「もしかして来週からの水泳の予行練習か?」


 なんで分かるんだ!? と言いそうになって、言葉を飲み込む。入院していた子が水泳の授業の前にプールに来る理由。少し考えればそれくらいのこと分かるじゃないか。


「最近全然泳いでいなかったので、ちゃんと泳げるかどうか見ておきたくて」


「いい心がけだ。優等生はやっぱり違うな。茜に司の爪の垢を煎じて飲ませたい」


 優等生? ボクが? やっていることは前と同じはずなのに。外見が変わるだけで印象も変わるということだろうか。


「茜先輩が聞いたら怒りますよ」


「本当のことだから仕方ない」


「それに、学年成績トップだった颯先輩の方がボクより優等生じゃないですか」


「俺は一年休学してるから、一年分他のヤツよりアドバンテージがあるだけだよ」


「一年で一位になれるならみんなしていると思いますよ」


「そうか?」と聞いてくる颯に「そうですよ」と笑って返す。俺なんて大学受験で総復習したのにそのほとんどを忘れて、立夏の勉強に付き合ったおかげでなんとか取り戻して、それで六位だったのだ。いかに颯が凄いのかを身をもって知っている。


 ふいに颯が立ち上がった。自然と彼を目で負う。


「そんじゃ、そろそろ俺はバイトに戻るから」


 軽く手を上げて去って行く。と言ってもまたプールサイドをグルグル回るだけだろうけど。


 立ち上がり、軽く準備運動をする。努の時は即行飛び込んだものだけど、この体で飛び込んだら足をつる自信があった。面倒だと思いつつも全身を曲げたり伸ばしたり、特に足は入念にストレッチする。努の時より柔らかくなっている体にいまだ違和感を覚える。きっとこの違和感が原因でバレーなんかも全然上手くならないんだろうな。……決して運動音痴が原因なんじゃなくて。


 準備運動を終え、さあ飛び込もうとしたそのとき、プールサイドをグルッと一周回ってきて、ボクの近くを通りかかった颯が、


「ああそうだ。その水着似合ってるぞ」


 なんてことを言って通り過ぎた。突然のことに何を言われたのか分からず、数瞬置いて意味を理解したボクは「あ、ああありがとうございます」と動揺を隠しもせず返事し、急いでプールに体を沈めた。今頃何を言ってるんだアイツは!


 ◇◆◇◆


 その後、試しに何往復か泳いでみたところ、結論から先に言うと、努の頃と遜色なく泳ぐことができた。水の中という陸上とは違う環境のせいだろうか。浮力が生まれ体が浮くことで無駄な力が入らず、体の変化も少なく感じられたせいなのだろうか。理由は分からないけど、体力がなくて50メートルしか続かなかったことを除けば、四種の泳法のうち元々できなかったバタフライ以外の三種は以前と変わらず泳ぐことができた。


 これならいけるっ。と一人ほくそ笑んでいると、颯が話しかけてきた。


「なんだ。司泳ぐの上手いじゃないか」


「はい。これなら授業も大丈夫そうです」


 垂れてきた髪を耳にかけ、プールサイドにいる颯を見上げて言う。しかし颯は驚いたように目を見開いてからスッと視線を逸らした。


「どうかしましたか?」


「な、なんでもない」


 よく見ると顔が赤い。もしかしてと、慌てて自分の姿を見下ろすが、とくにおかしなところはなかった。ちゃんと胸は水着に収まっている。


 ぶるっと体が震える。寒い。長い間水に浸かったせいで体温をかなり奪われたようだ。それなりに疲れたし、泳げることも確認した。颯の様子が気になるが、ボクはプールを出ることにした。


 はしごを使ってプールから出ると数十分ぶりの重力を体に受けてすぐには立ち上がれなかった。軽い吐き気と頭痛を感じて、思っていた以上に疲労していることを知る。


「気分悪いのか?」


「ちょっと疲れただけです」


 颯が手を差し出す。ボクはそれを握って立ち上がる。少しフラッと来たけど、たいしたことはない。


「泳ぐのって結構疲れますね」


「水泳は全身運動で、いつも使ってない筋肉使うからそりゃ疲れるって」


 なるほどと納得する。たしかに変なところが疲れている気がする。明日筋肉痛にならなければいいけど。


「今日はこの辺で帰ります。颯先輩はまだバイトですか?」


「ああ。6時までだからあと2時間ってところか。ちゃんとシャワー浴びて体暖めてから帰れよ」


「はい。それではお先に失礼します。バイト頑張ってくださいね」


 一礼して踵を返す。ぺたぺたと濡れたプールサイドを歩き、女子更衣室へと向かう。


「つ、司!」


 更衣室へと続くドアを開けようとして呼び止められた。ドアノブに手をかけたまま振り返る。監視員だというのにプールサイドを走ってきたらしい。すぐ後ろに彼はいた。


「その……」


 言いにくそうに口ごもる。腕をさすりながら「なんですか?」と問うと、颯は顔を真っ赤にしてこう言った。


「つ、司は誰か付き合っているヤツとかはいるのか?」


「いえ、いませんけど……?」


 とくに考えもせず反射的に答えた。


「そ、そうか。そうかそうか。分かった。ありがとうな!」


 何故かお礼を言われて走り去る颯。首を傾げながらドアを開け、中に入る。しんと静まりかえる部屋でさっきのことを振り返る。


「……えっ?」


 一瞬思考が止まる。しかしすぐに動き始め、今度はぐちゃぐちゃと頭の中をかき乱す。


 ……あれ、なんで颯があんなこと聞いてくるんだ? 付き合っているヤツがいるかどうかって……それはつまり……。


「あ、あはは。ま、まさか、ね……」


 とある可能性が頭を横切り、すぐさま掻き消す。泳ぎとはまた違う疲労を覚えつつ、ボクはシャワー室へと向かった。

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