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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第五章 初夏のお話
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その41 「美衣って胸大きいよな」

 平日の休みというのは、土曜日や日曜日よりもどこか特別な気がする。いつもなら一限目が始まるような時間に、創立記念日で学校が休みなボクはティーシャツにスパッツという楽な格好をして、リビングで面白くもないワイドショーをぼーっと眺めていた。何かやればいいのだけど、何かやる気も起こらない。そういえば、もう二ヶ月も経つのに、立夏とどこかへ遊びに行ったことがないことに気付く。部活やら何やらとなんだかんだで時間が合わないのが原因だ。エンタメ部の面々とは何度か遊んだけど、結局どこかのお店に入って喋って終わりってことが多い。部室でやってることと同じだ。あ、でもこの前はボーリングに行ったかな。その前は服を買ったっけ。どっちにしても、茜が暴れて沙紀がそれを止めて、ちさはボクを見て騒ぎ、ボクは呆気にとられ、颯がそれら全てにツッコミを入れるというのは変わらない。ちなみに今日はみんな用事があるらしい。


「まっ、こんなダラダラした日があってもいいよな」


 時間の無駄遣い。もとい、時間の贅沢な使い方。ボクがこうしてソファーでゴロゴロしている間も、他の学校の子は授業中で、今頃酷い睡魔と戦っていることだろう。少し優越感、そして罪悪感。


「ちょっと悪いことをしているような気がする」


 ちゃんとした休みなのだからそんなことはないのだけど、どうしてもそう思ってしまう。小心者ですから。ふいに後ろでガタッと大きな音がした。振り返ると、有休消化のため会社を休んだお母さんがこちらを見てワナワナと震えていた。どうしたのだろう。そう思っていると、


「ど、どうしたの司。突然変なこと言って。別にお母さんは悪いことなんてしてないわよ? 今月のアルバムの写真を整理してるだけ。ええ、何もやましいことなんてしてないわ。ただちょっとお風呂やお部屋で隠し撮りした写真をどこに貼ろうかと悩んでいるだけで、全然まったくオールオッケイよ」


 …………え。何言ってんのこの人。隠し撮り? 隠し撮りって言った? 隠し撮りってあれだよな。テレビでも話題で流行の本人に了解なくこっそりパシャリと撮っちゃうアレだよな。って今月!? 月単位!?


「今自分が何言ったか覚えてる?」


「さ、さあ……おほほほほ」


 お母さんが顔を引きつらせて無理矢理笑う。ジト目で睨んだら、彼女の頬にタラリと冷や汗が伝った。ダイニングテーブルで一人ガサガサしていると思ったら、また変なことを……。急いでソファーから起き上がり、アルバムを奪い取る。


「ちょっと返しなさい! それお母さんの宝物なのよ!」


「犯罪行為が横行していないか確認したらね」


「横行しているのはお母さんのあふれ出る愛よ!」


「愛が重い!」


 お母さんが取り返そうと手を伸ばすが、そうはいくかと目を赤く光らせて押さえ込む。ジタバタする彼女を横目にやたら高価そうなアルバムを捲ると、そこには脱衣所でバスタオルを巻いたボクが、お風呂に浸かって気持ちよさげに歌を歌っているボクが、自室で布団を蹴り上げ、だらしなくお腹を見せて寝ているボクが、月刊海産物を開いて涎を垂らしているボクが……などなど。とてもじゃないが人には見せられないような写真がこれでもかと収められていた。もちろんどれもカメラ目線ではありません。


 ……どう見ても犯罪です。本当にお母さん今まで育ててくれてありがとうございました。アルバムを脇に挟み、ポケットから携帯電話を取り出す。


「えっと110番、と」


「待ちなさい司!」


 お母さんの手が携帯に伸びる。それでもアルバムは諦めてないようで、もう一方の手はアルバムを狙っている。両手が塞がっているので足蹴にして遠ざける。


「早まってはダメ! 大事なところ! 司の大事なところは見えてないからギリギリセーフよ!」


「隠し撮りしてる時点で余裕でアウト!」


「見えちゃってるのは厳重にお母さんのパソコンのDドライブに保存してあるから!」


「見えちゃってるのもあるの!?」


 途端に顔がカッと熱くなる。いくら両親でも見られたくないものはある。裸なんてとくにそうだ。


「ええ。しかもRAID5構成の外付けハードディスクへ定期的にバックアップしているから万が一にも消える心配はないわ!」


「むしろ消えろ! ウィルスにかかって消えろ!」


 なんだよRAID5って。そんな専門用語まで使われてボクの恥ずかしい画像が保存されてるなんて今初めて知ったよ。……よし。


「そのハードディスクはどこにあるの? ちょっとご挨拶に行きたいんだけど」


 手刀をシュッシュッと振り下ろしながらお母さんを睨む。


「あら、ご挨拶という割には物騒ね」


 しかし彼女は不敵に笑った。


「でも残念。あなたの求めているものはこの家にはないわ。それは会社の倉庫の片隅にある金庫に厳重に保管してあるの。データ転送は全てネット経由よ」


「あんたほんとに何してんの!?」


「かわいい娘の為なら会社のネットも電力も私物化よ! ちゃんと転送の際は暗号化してあるから安心しなさい」


「バレて首になればいいのに!」


「社長から了承を得ているわ。これでもお母さん、会社からの信頼は厚いから」


 お、おかしい……。こんなに家じゃ変態なのに、一歩外へ出れば上司からは信頼され、後輩からは慕われるやり手のキャリアウーマンで、ご近所での評判もいいと言うのだから……。


「そういうわけだから、そのアルバム返しなさい。お母さんが元データを有している以上、いくらでも取り出せるのよ」


「ぬぐぐ……」


 ここでアルバムを引き裂いても、お母さんの言うように意味はないのだろう。それは分かっている。しかし、だからと言って素直に返せるわけもなく、


「……お、お母さんのど変態ぃー!」


「ぐふっ!?」


 全力でアルバムを投げつけた。目を赤く光らせたままだった気もするけど、この際どうでもいい。


「さ、さすが司……これなら痴漢に襲われても心配ないわ……ね」


 バタリと倒れたお母さんに目もくれず、ボクはリビングを出て行った。


 ◇◆◇◆


「下が騒がしいと思ったらそんなことしてたの?」


 ノートを開き机に向かっていた美衣が手を止めて振り返る。せっかくの休みだというのに宿題が出たらしい。


 逃げるようにしてリビングを出たボクは美衣の部屋へやってきていた。別に盗撮されるのが怖いとか、今は誰かと一緒にいたいとか、そういうわけじゃない。美衣の部屋にある少女漫画がまだ途中だったので、それを読みに来たのだ。男だったときは1巻を読んで投げてしまったのに、久しぶりに読んでみたら、早く続きをと思ってしまうくらいに面白かった。それ以来暇を見つけては美衣の部屋に来て読み進めているのだ。今は主人公の女の子が一度振られた男の子にもう一度告白するという山場のシーン。漫画の緊張がボクにも伝わってきてちょっとドキドキしている。


「なあ美衣、どう思う?」


 ベッドに仰向けになって漫画を読みながら、美衣に問いかける。


「どう思うって、別にいいんじゃないの?」


「どこが!?」


 思ってもいなかった答えに素っ頓狂な声を上げる。体を起こし、美衣を凝視する。


「お母さんだもん。仕方ないよ」


「いやいやいや、まったく仕方なくないだろ」


「そう? 私はお母さんの気持ちも分かるんだよね。だって私もお姉ちゃんみたいな子供がいたら、たぶんそうすると思うから」


「隠し撮りを!?」


「お母さんの子供だしね」


 ニシシと笑う。そんな不必要なところは受け継がなくていいと思うんだけど。


「きっとお母さんは子供の成長を記録したいんだよ」


 お母さんに限らず、親ならそう思うのは当然かもしれない。ただ、ものには限度というものがある。


「百歩譲ってそれはいいとしても、裸はだめだと思うんだ」


「お母さんなら家族以外には誰にも見せないよ? そういうところはちゃんとしてるから」


「そういうところじゃないところもちゃんとしてほしい」


「無理だよ。お母さんだもん」


「その言葉の説得力が恐ろしい」


 ボク達を溺愛しているお母さんのことだ。美衣の言う通り、ボク達から本当に嫌われてしまうようなことはしないだろう。しかし、


「それでも恥ずかしいよ……」


 ぼそぼそと言って俯く。たとえ見られるのが身内だけでも恥ずかしいものは恥ずかしいんだ。自然と頬が熱くなる。そうしていると、ふいに美衣が立ち上がって駆け寄り飛びついてきた。


「なんで抱きつくんだよ!」


「お姉ちゃんがあまりにもかわいいから。あ、いい匂いする」


 スンスンと美衣が鼻を鳴らす。


「嗅ぐな! 離れろ!」


「いーやー」


「噛むぞ!」


「どうぞ」


 美衣が首を差し出す。それがとても美味しそうに見えたので、我慢できずに噛んでしまった。犬歯を突き刺し、流れ出す血を吸う。やっぱり美衣の血は美味しい。


「ぷはっ。ご馳走様でした……って何やってるんだよボクは」


 本能に負けてしまうなんてお母さんと同レベルじゃないか。そんなことを思いつつ、まあ美味しかったからいいやと開き直るボクもちょっとダメな気がする。唇に残った血を舐め取って美衣の様子を窺う。


「……はあ」


 美衣が熱っぽい吐息を吐く。少し様子がおかしい。俯いた彼女の顎に手をやり、クイッと上を向かせる。瞳が潤み、頬が上気していた。血を吸いすぎたのかもしれない。すぐにベッドに寝かせて、額と額をくっつける。……熱はないようだ。


「大丈夫か?」


「ちょっと体が怠いかな……。少し休めば治ると思う」


 美衣の頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細める彼女は猫みたいだ。


「ごめんな」


「ううん。お姉ちゃんも一緒に寝よ?」


 ポンポンと横を叩く。こうなった原因はボクにあるので、彼女のお願いを無下に断ることもできない。躊躇したあと、美衣の隣でころんと横になった。


「よしよし」


「なんでボクがあやされるんだよ」


 クスクスと美衣が笑う。それにつられてボクも笑ってしまう。


「あー、お母さんの気持ち分かるなあ」


 そう言って美衣がボクの頭を抱きかかえる。彼女のふくよかな胸に顔が押しつけられる。……ボクより全然大きい。


「美衣って胸大きいよな」


「そんなことないよ。私より大きい人なんてたくさんいるし」


「うーん。相対的にというか、必要量的に。女の子って胸があった方がいいんだよな?」


 堀見さんと弘末さんは時々お互いの胸について話している。それを思い出した。


「ないよりはあった方がいいのかなあ。やっぱり胸って女の子らしさが出るところだから」


「なるほど……」


 ないよりはあったほうがいい、か。たしかにそうかもしれない。大は小を兼ねるというし。ボクのはどうだろう。うん、絶望的だ。これじゃあ……あれ、これじゃあの後はなんだっけ……?


「突然そんなこと聞いてくるなんて、どうかしたの?」


「うーん、それが自分もさっぱり」


 何か意味があって聞いたはずなのにそれが分からない。結構重要な事だった気がするのに。


「……忘れた」


「変なお姉ちゃん」


 美衣に笑われてしまった。

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