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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第四章 ウニと勉強会
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その35 「ボクってやればできるじゃないか!」

 それから一週間。ボクは毎日立夏と共にエンタメ部の部室に通い、夕方までほとんど休憩なしで机に向かった。一人で勉強していたのであれば、高確率で茜とちさと同類になっていたのだが、立夏に教えることになってしまった立場上、遊ぶわけにも気を抜くわけにもいかなかった。そして気付けば試験当日までまるで颯や沙紀のような秀才組と同じくらいの時間を勉強に費やしていた。そのためだろうか、今回のテストはいつになく落ち着いていた。前の日に徹夜することもなく、諦めたわけでもなく、これなら大丈夫だと自負し、日付が変わる前に布団に入った。その結果、全教科において、どの問題を見てもとくにつまることもなく、スラスラと答えが出てきたのだ。こんなことは初めてだった。さすがに最後の応用問題的なものは悩んだが、それでもいつもよりそれっぽい解答が出来た。


 テストを終えたボクはいつになく清々しい気分だった。おかげでちょっとだけ問題を解く楽しみが分かった。……とは言え、それはそれ、これはこれ。勉強が面倒臭いのは変わらない。立夏みたいな人がいなかったら元通りになる自信がある。うん。


 ◇◆◇◆


 そんなこんなで試験結果発表当日。曲がりなりにも進学校を自負している我が校では、中間、期末テストの結果は廊下に張り出されることになっている。それはトップ10だけなどという生やさしいものではなく、全生徒分の順位が白日の下に晒されるのだ。意図的なのかどうなのか分からないが、順位がある一定以下になると、張り出された掲示板の枠から出てしまい、通称『欄外』という烙印を押されてしまう。まあ、これは一部の順位至上主義の勉強マニアが他人を見下すときに使うくらいの言葉であまり広まってはいないけど。


「高校生になって初めてのテスト。あたしとしてはかなーり頑張った方だと思うけど、一体何位ぐらいなんだろう……」


 試験の結果が張り出された掲示板の前。立夏と二人で見に来たのだけど、そこは凄い人の数だった。もちろんこうなることは分かっていたので、昼休みくらいに見に来たかったのだが、立夏が眼光鋭く「結果を見に行こう」だなんて言うから首を横に振れなかったのだ。


「はあ……どきどきする。あれだけ司に勉強を教えて貰っておきながら順位が微妙だったら、なんて司に謝ったらいいのか……」


 別にそんなこと気にしなくてもいいのに。むしろボクなんかを頼りにしてくれて嬉しかったくらいだから。


「……よし。ここでうだうだしてても仕方ない。覚悟を決めて見に行くかっ」


 立夏がそう言って隣にいるボクを見た。


「う、うん。そ、そそ、そうだね」


「緊張しすぎだろ……」


 立夏が呆れたとでも言いたげに半眼を送る。恥ずかしいことに、ボクは立夏以上に緊張していた。まるで大学の合格発表を見に行ったときと同じくらいに、胸がドキドキと張り裂けそうなほどに脈打っている。その理由は簡単だ。


「だ、だって、教えてたボクが立夏より順位低かったら、立夏に申し訳ないやら情けないやらだし、今までで一番頑張ったのに、それでも順位が低かったらもう立ち直れそうにないし……」


 ぶっちゃけ、大学試験勉強より頑張った気がする。徹夜なんてしていないから時間的な意味で言えば大学のそれとは比べものにならないけど、これ以上にないくらい効率よく勉強が出来たのだ。理解度で言えばダントツで今回の方が勉強していると思う。これでもし順位が低かったら、あの大学合格はたまたま運が良かっただけで、とてもじゃないが、もう一度試験を受けて合格を勝ち取るなんてことはできないような気がする。


「大丈夫だって。司はあたしよりもちゃんと理解してたじゃないか。心配するなって。むしろトップ10に入ってたりするかもしれないぞ?」


「ないないないない……」


 ぶんぶんと首を横に振る。そんな漫画の主人公みたいな展開があるはずがない。


「いつもは結構前向きなくせに、なにネガティブになってるんだよ。ほら、いくぞ」


「あ、ちょ、待って」


 立夏に手首を掴まれてずるずると引きずられていく。そんな光景が珍しいのか、周囲の生徒の視線を集めている。


「ね、ねえ、立夏」


「なんだ?」


「じ、自分で歩くから、手を離し――」


 そのときだった。


「あぁぁ! やっちゃったぁー!」


 前の方から、どこかで聞いたような、というか良く聞く声が聞こえた。立夏もその声が気になったらしく、ボクを捕まえたままその方向へ向かう。


「終わった! いろいろと終わった! とりあえずこれから一週間の放課後が補習のせいで終わった!」


 そこにいたのは、廊下に膝をつき、頭を抱えて天井を仰ぐ茜だった。そしてその横には呆れ顔の沙紀もいる。


「自業自得じゃない。私はあなたが赤点取らないようにとあんなに頑張ったのに、その努力を全部無にしちゃったんだから」


「あたし何かした!? 沙紀が呆れるくらいのことをしでかした!?」


「放課後まったく勉強しない。夜に家で勉強させようとしてもすぐに漫画読んだり休憩だと騒いだり、トイレと行って部屋を出てったきり戻らなくて、不思議に思って見に行けばリビングでテレビを見ていたり。他にもいろいろしでかしたじゃない」


「あれが!? たったあれだけが!?」


「何があれだけよ。充分すぎるくらいだわ」


 沙紀の言葉に心底驚いたらしく、目を見開いてからガクッと地面に手をついた。


「あ、あんなことのせいで、赤点を取るなんて……補習受けないといけないなんて……お母さんに叱られないといけないなんて……」


 ブツブツと呟く茜。それを見下ろす沙紀がふいに顔を上げ、目が合った。彼女は苦笑を浮かべて肩を竦めてみせた。どうやらこれは毎度のことらしい。ご愁傷様。とりあえず手を合わせておいた。


「あ、茜先輩……」


 そこに人垣をかき分けて小さな女の子が現われた。


「た、大変です。じゅ、順位が……赤点が……」


 ちさは膝をつき、プルプルと震える手を茜に差し出す。


「千沙都もなのね……。千沙都も一週間補習なのねっ」


 ガシッとその手を取る茜。なんだこの展開。


「あんなに、あんなに……頑張ってはいませんけど、それでも眠くなるまでは毎日頑張ったのです。それなのに、それなのにっ」


「わかる。その気持ちわかるっ」


「なにが悪かったのですか!? テスト前なのに借りてきた映画を見たからですか!? それともテスト中に夜中まで映画を見ていたせいで眠くてウトウトしてたからですか!?」


 どっちもだよ。


「悪くない、千沙都は何も悪くないよっ!」


 抱き合う二人。そんな二人を見下ろす沙紀が、


「悪いに決まってるじゃない」


 と、容赦のない一言を打ち付ける。


「マ、ママにばれたら殺されるです。沙紀ちゃん、黙ってくれますよね……?」


 怯える猫のように沙紀を見上げるちさ。沙紀はニコッと微笑み。


「言うに決まってるじゃない」


「ひぃぃっ」


「もちろん茜のお母さんにも言うわよ」


「ひぃぃっ」


「二人とも、しっかり怒られなさい」


『ひ、ひとでなしぃぃ~!』


 にやりと楽しそうに笑う沙紀と、恐怖に震える茜とちさ。なるほど、この一連の流れは定番のコントに違いない。


「あれ。司じゃない。こんなところでどうしたの?」


 呼ばれて振り返ると、そこには美衣がいた。無言で視線を茜達に向けると、美衣は「ああ……」と呟きながら小さく頷いた。やっぱり恒例のコントなのか。


「それより、司はもうテストの結果見たの?」


「ま、まだだけど……」


「だったら早く見ないと。ほらっ」


「え、ちょ、ちょっと!?」


 美衣に手を引かれて強引に連れて行かれる。それに少し遅れて気付いた立夏が慌てて追いかけてくる。連れてこられたのはもちろん掲示板の正面。一年の順位が張り出された場所だ。


「ほら、見てみて」


「まだ心の準備が……」


「準備ならここに来るまでに出来たでしょ? ほらっ」


「わ、分かったよ……」


 そっと目を掲示板に向け、おそるおそる自分の名前を探す。欄外から上へ上へと。よし、とりあえずは補習ラインじゃなかった。ほっと胸を撫で下ろしながら、さらに上へ――


「どこ見てるの。こっち」


「にゃっ!?」


 顔を両手で挟まれて無理矢理上を向かされる。首がぐきっと鳴った。僅かに涙で滲む視界で見つめた先には、


『六位 一年二組 吉名司』


「……え?」


 目をゴシゴシと擦ってもう一度見る。


『六位 一年二組 吉名司』


 やっぱりそう書かれていた。見間違いじゃなかった。ギギギ油の切れた歯車のごとく首を回して美衣に視線を向けると、ニコニコと嬉しそうに笑っていた。


「……六位?」


「うん。司凄いよ。頑張ったんだねっ」


「誤植じゃなくて?」


 ふいに肩を掴まれる。振り返るとそれは立夏だった。


「やったな司。六位だぞ六位! あたしも司のおかげで25位だったよ。こんな順位取ったの生まれて初めてだ! 今回は頑張ったもんな-。いつもだったら一日か二日で要点だけ教えて貰ってそれで終わりなのに、司がやけに気合い入れて教えてくれるから引くに引けなくなって、毎日柄にもなく勉強しちゃってさ、こんなにもあたしに時間を割いて貰っておいて下手な点は取れないなと家でも勉強してさ、それがこれだよ。頑張ればいい点って取れるんだなっ」


 興奮した様子で立夏が早口で捲し立てる。……これは誤植じゃないってこと? ということは本当にボクが六位? ……。


「凄い! ボクってやればできるじゃないか!」


 やっと理解したボクは両手を上げて喜びを体で表現する。子供っぽいとかそんなこと知ったことじゃなかった。周囲から感じる視線を無視して、ボクは美衣と立夏と手を取り合って喜びを分かち合った。


 ◇◆◇◆


 翌日。下駄箱を開けると、そこにはいつもの倍の手紙が入っていた。何故だ? と首を傾げるボクに立夏は、


「昨日掲示板の前で大喜びしてただろ? そのせいだよ」


 と言った。意味が分からず詳しく聞くと、どうもボクは普段ぶすっと不機嫌そうにしていることが多いそうで、あんなに笑っているボクを見たのはほとんどの人が初めてだったのだとか。そのせいでボクの人気とやらが急上昇したらしい。……解せぬ。


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