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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第四章 ウニと勉強会
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その32 「お兄ちゃんに薦められたんです」

 校門を出たところで前を歩いていた茜が振り返り、「これで解散っ」と今日の部活を締めくくった。部室で勉強しただけなのにいつもより部活っぽく感じたのは、たぶん気のせいじゃない。


「みんなまた明日ねー。さっ、早く家に帰ってテレビ見ようっと」


「残念。茜は私と勉強よ」


「マジで!?」


 電車通学な茜と沙紀は左へ、学校の塀沿いに進んでさらに左に曲がる。


「つーちゃんまた明日ですー」


「またなー」


 帰り道が同じなちさと立夏は右へ、


「そんじゃな」


 颯は目の前の道路を渡っていった。さっきまでわいわいと騒がしかったのに、途端に一人になって寂しさを感じる。なにを子供みたいなことをと自嘲していると、ふいにポケットの中の携帯電話が震えた。びくっとしたのはここだけの話。相手は美衣だった。


『司は今どこにいるの?』


「校門だけど、何か用?」


『やった、セーフ。ねえ、あと二十分、いや十五分待ってて。一緒に帰ろうよ』


 十五分もあったら帰り道の折り返し地点を余裕で越えられるじゃないか。まあ、用事があるわけでもないし、妹のお願いを聞き入れないほどボクも鬼じゃない。あ、そうだ。待つついでに図書館で参考書を借りてこよう。さっき立夏に数学を教えているときに解けなくて詰まった問題があるんだよな。しかも「明日また教えるから」と言ってしまった。別に「難しすぎて無理でした、はっはっはっ」でもいいと思うけど、せっかくボクなんかを頼ってくれたのだからちゃんと答えてあげたい。だから明日までに解けるようになっておかないと。


「いいよ。その間に図書館で本を借りてくるから」


『りょーかい。私より遅くなっても待ってるから早く借りてきてね』


「み……お姉ちゃんこそ早くね」


 電話をしまいながら図書館へと歩き出す。それにしても、初日から勉強したこともそうだが、こうして自発的に参考書を借りようだなんて自分の事ながら驚きだ。立夏の勉強に付き合うことになったおかげだけど、それでも昔のボクじゃ考えられないことだ。あの頃は今と逆で颯に勉強を教えて貰う立場だったからな。心の持ちようでこうも違うとは。


 図書館は第一校舎の横にある。正面には階段があり、二階から入るようになっている。階段を上って自動ドアを通った先にある改札口のような機械に生徒証をかざして中に入る。入口の案内板の前を素通りして数学関係の本が置いてあるコーナーへと向かう。どこに何が置いてあるかぐらいは四年目だからだいたい分かるのだ。


 目的の本棚が並ぶ列にたどり着き、斜め上を見上げて眉間に皺を寄せる。


「ぬぅ……」


 ……高い。どうして図書館の本棚はこんなにも高いんだ。上の方なんてそこそこ身長のあるヤツしか届かないだろ。心中で愚痴りつつ最上段左端から希望の参考書がないか目を走らせる。できれば下の方、ボクの背でも届くところにあればいいんだけど……。


 そういうときに限って嫌な位置にあるもので、案の定最上段から一つ下に探していた参考書はあった。手を伸ばしてみる。予想通り届かない。しかし、台さえあれば苦労せず取れそうだ。ただ、努の時は使ったことのない台を使うというのは、なんかこう、負けた気がする。たとえるなら、練習してやっと補助輪なしで乗れるようになった自転車が、翌日には乗れなくなっていた、みたいな感じだ。もう補助輪にご厄介にはなりたくない。


 それでも届かないのは事実。一応と、近くに台がないか探す。いらないときはすぐ横にあったりするのに、こういう時に限って見当たらない。隣の列を覗いても見つからない。その隣の列にはあったけど、見知らぬ男子生徒が何故か上に乗ったまま本を読んでいた。降りろよっ。


 やっぱりこの身だけで取るしかないようだ。そういう運命なんだと無駄に壮大に考え、元の本棚の前に戻る。


「よっ……と」


 つま先立ちになって手を思いっきり伸ばす。お、本の角にあとちょっとで手が届きそう。


「ぬ、ぬぬぬ……」


 手と脚がプルプルと震える。バランスを崩しそうになって、右手で本棚を掴んでバランスを保つ。


「が、がんばれ、ボク……」


 あと少し、あと少しなのに届かない。


「むぅ~っ……。はあ、はあ……」


 つ、疲れた。ひとまず休憩。息を整えながら本棚を見上げる。そびえ立つそれが酷く憎たらしい。もう少し身長の低い人に配慮すべきだ。脚や腕がつったらどうしてくれるんだ。とにかく、やっぱりここは台を持ってくるしか――


「お、司じゃないか」


 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはさっき分かれたはずの颯がいた。


「どうしたんだ、こんなところで」


「参考書を借りようと思って。そう言う颯先輩は?」


「司と同じだよ」


 見るとその手には一冊の本があった。表紙は……うげっ、英語の参考書だ。しかも大学受験の時にお世話になったというか苦しめられたというか投げ捨てそうになった一冊じゃないか。また目にすることになろうとは……。


「今、本棚の上の方を見ていたよな。届かないのか?」


 ぐさっ。不意打ちの言葉がボクの心に突き刺さる。「このチビめっ」と蔑まれた気分だ。ただの被害妄想だけど。ぎこちなく「はい」と答えると、


「どの本だ?」


 親切にも取ってくれるらしい。ここは素直に甘えよう。相手が颯なら遠慮することもない。


「一番上から一つ下にある数学の参考書です」


 ボクが指さした本を颯が楽々と手に取る。なんて羨ましい。その身長を少し分けてほしいものだ。「ありがとうございます」と下級生らしく礼を言って本を受け取る。


「その参考書は分かりやすくていいぞ。俺も努もそれを使ってたしな」


「へ、へぇー。そうなんですか」


 だからこれを選んだんだ。他の参考書の善し悪しなんて知らない。颯に勧められたこれしか見たことないのだから。


 ボクも颯も目当ての本は一冊だけだということで受付へ向かう。手続きを済ませ、颯と共に図書館を後にした。


「そういや司ってどうしてうちの部なんかに来たんだ?」


 図書館前の階段を降りたところで颯が言った。


「うちの部って生徒会や他の部から同好会に格下げしろと言われているくらいの、特にこれといった活動内容もない底辺クラブじゃないか。なんでわざわざいくつもある部の中からこんなところを選んだんだ?」


 底辺とはなんだ、底辺とは。二人で作った部をそんな風に言うもんじゃない。……たしかにボクが部長をしていたときに出席していた予算会議での部費争奪戦を見ていて、エンタメ部が部として有り続けることに後ろめたく思ったのは事実だけど。それでも貰えるものはきっちり貰ってたけどなっ。歓迎会やら合宿に使いました。


「に、入部した理由ですか。えっと……」


 しかし困った。なんて答えればいいんだ。「実はボクは努で、沙紀に正体がバレたことをきっかけにまた入部した」なんてことが言えるはずもない。何か、何かいい理由は……そうだ!


「その……。お、お兄ちゃんに薦められたんです」


 ぬぁーっ! 自分のことをお兄ちゃんって、何言ってんだボクは! 恥ずかしいし、なんか気持ち悪いなおい!


「努にか?」


「はい……」


 ……でも仕方ない、仕方ないんだ。司からすれば努は兄なんだから。両親に聞いた司の経歴を思い出しつつ話を続ける。


「中学では通院していたこともあって、部活には入ってなかったんです。だから高校では絶対に入ろうと思っていたんですけど、運動はあまり得意ではないし趣味もないボクには、これといって入りたい部活がありませんでした。それでお兄ちゃんに相談したら、だったらとりあえずエンタメ部にでも入ったらどうだ、って勧められて、それで決めました」


 よし、即興で考えたわりにはいいんじゃなかろうか。


「なるほど。努の差し金か……」


 颯が苦笑する。


「入って後悔はしてないか?」


「はい」


 沙紀にバレたことがきっかけではあるが、結局は自分で考えて決めたから後悔なんてない。


「それは良かった。茜が鬱陶しいと思うが、アイツも全てが全て悪気があってやってるんじゃないんだ。あれがアイツなりのスキンシップなんだよ。多分に私情も入ってるが……。まあ、我慢できなくなったら遠慮なく言ってくれ」


「は、はい。ありがとうございます」


 ……なんとも変な気分だ。友達だった颯が先輩になり、そんな彼から気遣われるボク。見下ろすその顔には微笑みを浮かべている。完全に後輩を見る目だ。しかし、不思議と悪い気はしない。


「でもそうか。司も俺と同じだったんだな」


「同じ?」


 颯を見上げると目が合った。


「俺も中学の頃は親の都合で何度か転校させられてさ、そのせいで部活には入ってなかったんだよ。それで高校になったら絶対入ってやるって意気込んだものの、よくよく考えたら、俺はただ部活そのものに憧れていただけで、何に入りたいのか、入って何をしたいのか、そういうことは一切考えてなかったんだよ。そんなときに君のお兄さんから『部を作ろう』って誘われたんだよ」


 初耳だ。一年の頃の颯がそんなことを思っていたなんて、まったく気付かなかった。ボクが鈍感だっただけか?


「あの時は嬉しかったな。……あ、今のは努には内緒な」


 残念。今ここにいるのがその本人です。そうかそうか。嬉しかったのか。ボクが部を作ろうとしたとき、颯は「めんどくせえ」だとか「仕方ねえな」だと言って、渋々ボクに付き合ってやってるって感じだったのに。なるほどなるほど。颯はツンデレだったのか。


「お、おい。なに笑ってるんだよ」


「へ? ボク笑ってます?」


「どう見ても笑ってるじゃないか」


 頬に手を当てると口角が上がっていた。ホントだ、笑ってる。


「これは颯先輩がかわいいなと思ったからですよ」


 ツンデレさんだからな。


「は、俺が!? それを言うならお前の――」


 言いかけた言葉を飲み込み、口を噤む颯。何故かみるみるうちにその顔が赤くなっていく。


「それを言うなら、なんですか?」


「な、なんでもない!」


 颯は大股でズンズンとボクを置いて歩き進み、校門を出たところで振り返った。


「と、とにかく、絶対努には言うなよ? 分かったな!?」


「は、はい。分かりました」


 そう言い残してさっさと道路を渡って行ってしまった。よく分からないけど、きっとこれがツンデレというものなのだろう。勉強になった。


 さてと、ボクも帰るか。そう考えてから、何か忘れていることを思い出す。なんだったっけ……ああそうだ。美衣と待ち合わせしていたんだ。時計を見ると美衣と約束した十五分はとっくに過ぎていた。しかし周りを見回しても、美衣とおぼしき人影は見当たら――


「つーかさっ」


「――っ!?」


 唐突に背後から声をかけられ、その声色に背筋がゾクッと震える。ゆっくりと振り返ると、そこには桜の木の陰からひょこっと顔だけを出した美衣がいた。


「みーちゃったみーちゃった」


 小学生のようにリズムに乗せて、楽しそうに告げる。その満面の笑みに嫌な予感を覚え、無意識に後ずさってしまった。

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