その31 「なに読んでるの?」
ボクにも飛び火しそうだったので、一人ハンバーガーを頬張りながら雑誌を読んでいて静かだったちさに声をかける。
「なに読んでるの?」
「いつも読んでるファッション雑誌です。そろそろ夏物の洋服を買おうかなって思ってるです」
ちさがペラペラとページを捲っていく。時より小さく唸り声を上げては「いまいち」と呟いている。横で一緒に見せてもらう。まだ五月だというのに、誌面は夏色一色だった。気が早いなと思うも、よくよく考えれば来月は六月、暦上では夏だ。なるほどと一人納得する。
令嬢が避暑地へやってきたかのような涼しげなワンピースや、いかにも夏らしいノースリーブのシャツにハーフパンツなどなど、シーンや趣向別に分けられたコーディネートが紹介されている。バリエーションが豊富で見ているだけでも楽しい。雑誌のモデルの子もかわいいし。お、今のは男目線だ。
「このモデルの子、かわいいです」
そうでもないらしい。しかし、男と女の「かわいい」は違うと聞く。きっと服の着こなし方を含めた全体的な印象が――
「ニーソとスカートの間から覗く太ももがいいです。このスタイリストは分かってますね……」
そうでもなかった。
「このワンピース、つーちゃんに似合いそうです」
ちさが指さしたそれは、偶然にもこの前ショッピングセンターで半強制的に買わされた服だった。白と青の花柄を基調とした裾の長いスカートに、胸の中央から伸びた布を首の後ろで結ぶホールターネックになっている。
「そ、そうかな」
「はいです。つーちゃんのイメージにピッタリです」
誌面のモデルの子は、そのワンピースの上に白のカーディガンを羽織っている。横に添えられたキャッチフレーズには『セクシーなホルターワンピでリゾート気分に!』と書かれている。セクシーでリゾートなのがボクのイメージにピッタリなのか? どの当たりが? ……あ、このカーディガンもクローゼットにあったかも。読み進めていくとモノクロのページに入った。読み飛ばそうとしたちさの手がピタッと止まる。
「そういえば、今月の運勢を見てなかったです」
開いたページには『今月の12星座占い』と書かれてあった。
「えーと、おひつじ座は……。あぅー、62点です。習い事は身につかずいい結果は望めないでしょう、らしいです。ふ、不吉です……」
明らかに気落ちする。占い通りであれば、来週のテストは悲惨なことになりそうだ。
「なあちさ。あたしのも見てくれないか? さそり座だ」
「私もいいかしら?」
「あーじゃあ、あたしもあたしも」
「はいはい。立夏がさそり座、沙紀ちゃんがおとめ座、茜先輩がインディアン座ですね」
「いて座! 変なボケしなくていいから」
茜や沙紀はともかく、まさか立夏が乗ってくるなんて思わなかった。やっぱり女の子は占いが好きなのか。
「さそり座は……お、89点です。心が穏やかで、リラックスした一週間を過ごせるでしょう、だそうです」
「ほうー。まあ日頃からストレスなんて感じてないんだけどな。はははっ」
点数が良かったからか、立夏がご機嫌だ。
「おとめ座は……あらら、59点。友人に振り回されるでしょう。体調管理には気をつけて、だそうです」
「バッチリ当たってるわね……」
沙紀が嘆息して茜に目を向ける。吹けない口笛をヒューヒューと吹きながらあさっての方向を見る茜。
「いて座は……51点。大人しく家に引きこもってた方が周りのためです、だそうです」
「なんでいて座だけそんなに辛口なのよ……?」
まるでちさが悪いかのように睨み付ける。ちさはその視線から逃れるように雑誌を立てて顔を隠す。
「あなた一人でいて座全体の運気を下げているんじゃないの?」
「あたし一人……はっ。あたしってそんなに大きな存在だったの!?」
茜が大袈裟に体を反らせる。
「前向きな受け取り方ね……」
沙紀が肩を竦める。
「ついでです。颯先輩と……つ、つーちゃんの占いも見るので、た、誕生日を教えてほしいです」
雑誌で顔を隠したままさちが言う。
「俺は9月20日のおとめ座だ」
「あーはいはい、おとめ座ですね。72点なのでそこそこいいみたいですよ」
「……え、それだけ?」
「はい」
「そ、そうか。なんか適当にあしらわれたような……」
あしらわれてます。雑誌にはちゃんと他の星座と同じくコメントが書かれている。ちさがシッシッと手を振っている。
「そ、それでつーちゃんは?」
「ボクはろくが……じゃなくて、1月26日」
危ない危ない。あやうく努の誕生日を言うところだった。どうしても誕生日というものは何かしらの書類等を書くときに必要でよく見聞きする物。さらには毎年その日にお祝いパーティーと称してお母さんがはしゃいでいたので、6月20日という数値はしっかりと刻み込まれてしまっている。1月26日なんて何か思い入れのある日でもないし、すぐには直せそうにない。
「1月26日ですね……覚えました」
ちさはスマートフォンを取り出してぶつぶつと呟きながら操作している。占いを見てくれるんじゃ……? よく見ると他のみんなもスマートフォンを弄っている。颯でさえも。まあ、占いに興味があるわけじゃないし、別にいいけど。
と、思いつつも気になってついつい見てしまう。1月26日はみずがめ座だ。どれどれ……。81点。金運、仕事運、恋愛運どれも平均以上だ。とくに恋愛運なんて12星座の中で一番いい。……恋愛運なんていらないけどな。どうせなら金運か仕事運あたりが良ければなお良かったのに。他にはえーと、「努力すればちゃんと結果として返ってきます。頑張ろう」か。……勉強しろってこと?
◇◆◇◆
「あぁ~……なんか胃が重い」
茜がお腹を擦りながら部室から出る。
「そりゃポテトをあれだけ食べればそうなるでしょうよ」
沙紀が不機嫌そうに言う。理由は簡単。結局あの後茜は勉強しなかったからだ。食事休憩と称して、ソファーに寝転び、どこからか持ってきたマンガを読み始めたのだ。いくら注意しても「あとちょっと」を繰り返し、気付けば下校時刻になってしまった。沙紀が怒っても仕方ないと思う。
「ふと思ったんですけど、なんでハンバーガー屋ってどこも油っぽいメニューしかないんでしょうね。もっとさっぱりとしたメニューもあればいろいろな客層を取り込めると思うんですけど。ほら、とんこつラーメン店の醤油ラーメンみたいな」
立夏が誰にともなく言う。それに茜が食い付いた。
「じゃあ聞くけど、実際ハンバーガーショップに行って、さっぱりしたメニューがあるとする。立夏はそれを注文する?」
「さっぱりしたメニューってどんなのですか?」
茜が「そうね……」と呟いて目を閉じる。しばらく唸り声を上げ、その後目を開いた。
「たとえば、サラダバーガーなんてのは? ハンバーガーやチーズみたいな高カロリー食材はなし、レタスやキュウリ、トマトだけのヘルシーなハンバーガー」
「ハンバーグが入ってないハンバーガーってハンバーガーって言えるんですか……?」
「たこ焼きにたこが入ってなくてもたこ焼きでしょ?」
……そうだろうか? たこが入ってなければただの小麦粉焼きな気がする。
「ねえねえ、つーちゃん」
くいくいとシャツの袖が引っ張られる。
「お好み焼きって、どの具材を抜いたらお好み焼きじゃなくなるのです?」
「う、う~ん……。お好みだから、何を入れても何を抜いても、お好み焼きなんじゃない?」
「な、なるほど。さすがつーちゃんです」
ちさが目を輝かせる。そんなに凄いこと言ったっけ……。
「あー。お好み焼きで思い出したんだけど、もんじゃ焼きって見た目――」
「それ以上言ったらその口にサラダ油流し込むわよ」
「なんでもないです」
沙紀がぎりぎりのところで止めたけど、茜が何を言いたかったのかは簡単に想像できたので、みんな眉間に皺を寄せている。
「そう言う茜はサラダバーガーがあったら注文するのかしら?」
「しない」
茜が即答する。沙紀が「どうして?」と問うと、
「いやだってハンバーガーを食べに来てるのに、代名詞でもあるハンバーグが入ってないハンバーガーなんて誰が頼むの? ハンバーグのないハンバーガーなんて、ただのガーだよ。ガー」
何故か両手を上げて「ガー」と連呼する。さっきたこが入ってなくてもたこ焼きって言ってなかったっけ……。
「俺は頼むかもしれないなぁ」
「あたしも。物珍しさで一回ぐらい頼んでみるかもしれません」
「あ、あんた達……」
颯と立夏が反論する。すかさず茜が二人を睨む。
「その顧客の安直な意見のせいで、メーカー側は新メニューを開発させられ、苦心の末に販売にこぎつけても、売れずにあっという間に店頭から消え、世間からその失敗を批判される。それなのにアンケートを取ると、また似たような意見が多数寄せられる。そして前回と同じ道を辿る。……メーカーはこの悪循環を強いられているのよっ!」
ぐっと拳を握って熱く語る。なんで客側がメーカー側の利益に荷担しなければならないんだろう。
「現場は新しいメニューが出て来る度に覚えないといけないからしんどいのよ!」
あぁ、そういうこと……。メーカー目線ではなく、バイト目線か。どうでも良かった。またくいくいと袖が引っ張られる。
「ちさはとんこつラーメン屋でも醤油ラーメンを頼むです」
あ、ここに茜の敵がいた。