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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第四章 ウニと勉強会
30/83

その29 「こんなにしっかりしてるのに?」

 いやぁ~昨日のウニ丼は本当に美味しかった。あまりにも美味しすぎて翌朝までの記憶がないよ。美衣が言うにはウニ丼食べたらとっとと部屋に戻って寝たらしいけど、いつ布団に入ったのかさっぱりだ。きっと至福のまま次の日を迎えたかったんだろうな。うんうん。


 そんな感じで休日を終えた翌日の放課後。


「あー、憂鬱だ……」


 ホームルームを終えた途端、ぐったりと机に突っ伏す立夏。ボクもそうしたい気分だ。本当なら二日続けて晩ご飯がウニ料理(今日はウニの茶碗蒸し)なことにテンション上がりすぎてにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべてもいいはずなのに、その上向き気分を相殺し、さらにはマイナスに持っていくほどの力が『それ』にはあった。


「初日の一限目から数学なんて荒行すぎるって……」


 そう、今日からテスト週間。一週間後には中間テストが待っているのだ。そりゃ毎時間のようにテスト範囲を知らされて、否応なく『テスト』という単語を突きつけられては、憂鬱にもなるってもんだ。


 え? 前にテストでトップテンになって度肝を抜いてやるクックックッみたいなことを言ってたじゃないかって? たしかに言っていたかもしれないけど、それは単純に結果について語っただけで、たとえ二回目だろうがなんだろうが、テスト勉強とテストを受けること自体は嫌いなのだ。それはもう酢豚のパイナップルくらい嫌いだ。菓子パンに入ってるレーズンくらい嫌いだ。


「まあ、来てしまったものは仕方ない。真面目に勉強しますかね……。というわけで、」


 そう言うと立夏はガバッと勢い良く起き上がって振り返り、顔の前で手を合わせた。


「司、約束通り勉強を教えてくれ!」


 そういえば、初めて会ったときにそんな約束したっけ。しかしどう考えても人選ミスのような気がする。


「別にいいけど、ボク、人に教えたことないよ?」


「全然オッケー。教え上手な頭のいい他人より、赤点スレスレな口べたの友達に教えて貰う方があたしはいいよ」


 それはボクが口べたで赤点スレスレだと言いたいのだろうか。ジロリと立夏を睨むと、「たとえだよたとえ」と笑い飛ばされた。


「さて、と。ここでグタグタしててもテストの点が上がるわけじゃないし、行こうか」


 立夏が鞄を持って立ち上がる。その後に続く。


「どこがいいんだろ。ここは人の出入りが激しくて気が散るから却下。自習室は三年が優先的に使えることになっているからどうせ一杯だろうし、やっぱり図書館か」


「え? もしかして今から?」


「そりゃそうだろ。……まさか、このままうちに帰ってポテチでも囓りつつテレビを見ようとか考えてたのか?」


「おしい。このまま家に帰ってポテチ囓りつつゲームをしようと考え――」


 言い終える前に肩を掴まれた。


「……司、高校は中学と違うんだぞ。義務教育じゃないんだぞ。適当にやってると留年するんだぞ。分かってるのか?」


 ガクガクと肩を前後に揺らされる。


「わ、分かってるよ」


 これでもボクは高校生活四年目なんだから。


「本当か? ……まったく。これだから司はほっとけないんだよな。どこか抜けてそうで」


「こんなにしっかりしてるのに?」


「ないない」


 全否定された。ショックだ。


「さあ、ボケてないで、留年したくなかったらあたしについてきなさい」


 踵を返し教室を出て行く立夏。


「別に一夜漬けでも留年なんてしないって」


「なんか言った?」


 先に廊下に出たはずなのに顔だけ覗かせて半眼でボクを見る。


「な、なにも」


 ここは大人しく立夏に付き合おう。彼女の後を追って教室を出た。図書館は食堂棟のさらに奥にある。大学の図書館ほどの規模ではないが、三階建てのそれは高校にしては充分すぎる大きさだ。それぞれの階に設けられた読書スペースという名の勉強机に空きがないか二人で見て回る。


「いっぱいだな……」


「そうだね……」


 眼前の光景に呆然と立ち尽くす。考えることはみんな同じらしい。どの席も既に取られていて、空いている席はどこにもなかった。正確にはポツポツと空きはあるのだが、どこも一人分しか空いていないのだ。


「くぅ~。どいつもこいつもテスト前になった途端に勉強しはじめやがって……」


 ボク達も人のことは言えないと思う。立夏は図書室に来たのでさえこれが初めてらしいし。さっき図書館を見て「でけー」って驚いていた。


「他にいいところないかな~」


 いいところねぇ……。静かで机があって、勉強ができそうなところ。それらに当てはまって思いつくのはあそこしかなかった。図書室から出て携帯を取り出す。


「ちょっと空いてるかどうか聞いてみる」


「聞いてみるって、どこに?」


「エンタメ部。あそこの部室なら誰かが人を連れ込んでいない限りは、充分スペースがあるよ」


「エンタメ部って司や五百藏先輩達が所属してる部活だろ? 何してるかまったく分からないと有名な」


「うん」


「いやちょっとは反論しろよ……」


 立夏は呆れているが、本当なんだから仕方ない。えっと、今確実に部室にいるのは、今までの経験からして茜だ。連絡一覧から『立仙茜』を選びタップする。


『プルルル……もしもし、立仙です。ただいま電話に出ることができません。ピーという発信音のあとに「司は茜先輩のことが大好きですぅ」と甘い声で愛のメッセージをお入れ――』


 電話を切った。立夏が首を傾げる。すぐに電話が鳴り、渋々出る。さっきの茜を真似て話す。


「ただいま電話に出ることができません。ピーという発信音――」


『冗談、冗談だから切らないでよ~! あ、でももし言ってくれるっていうなら、ぜひ――』


「切りますよ」


『嘘、嘘! ごめんなさい! 司から電話がかかってくるなんて初めてだったからつい嬉しくなっちゃって。それで用事はなに?』


「部室で立夏と勉強がしたいんですけど、空いてますか?」


『空いてる空いてる。いるのはいつものメンバーだけだから、立夏連れて来ていいよ。あの子もちっさくてかわいいし』


 相変わらずの小さい子好きだ。一応釘は刺しておこう。


「立夏に何かしたらすぐに出て行きますからね?」


『わ、分かってるって』


 だったらどうして声がどもるんだ。すぐに行きますと言って電話を切る。立夏に電話の内容を伝えて、部室へと向かった。


 ◇◆◇◆


「司ー!」


「うにゃっ!?」


 部室に入ると、ほぼ恒例となった挨拶をこの身に受けた。どうにかしてよけられないものかと考えるものの、吸血鬼の力がないボクは非力な女の子そのものなのでどうしようもない。最近じゃ万が一のことも考えて両目にカラコンを入れているけど、自重するに越したことはないんだ。


 部室の中央に置かれていたローテーブルとソファーが壁際に寄せられ、代わりに長机が二つくっつけて並べられている。そこに沙紀、ちさ、颯がノートを広げて勉強していた。ちさがボクに気付いて手を振ろうとしたけど、沙紀にハリセンで頭を叩かれて渋々シャーペンを握った。


「この数値をここに代入するの。そうすると……ほら、答えが出た。千沙都、分かった?」


「は、はい。分かったです」


「……本当に?」


「……分からないということが分かりました」


「はあ……。とりあえずその問題やってみなさい。……あ、颯先輩。この問題の解き方なのですが」


「ん。あー、それはな……」


 ちさは沙紀に教わり、沙紀は颯に教わるという流れができているようだ。たしかに颯は見かけによらず勉強ができて教えるのも上手だ。沙紀が頼るのも頷ける。


「茜。いつまでも司ちゃんの邪魔をしないの」


「は~い」


 やっと茜から解放される。ちさが隣の椅子をポンポンと叩いてアピールしてきたが、またもや沙紀に頭を叩かれて断念。立夏が「ごめんな」と謝りつつそこに座った。ボクは立夏の正面、颯の隣に座る。なんとはなしに颯を見上げると目が合った。けれどすぐにそらされた。


「そんじゃ、さっそくこれから教えてくれ」


 立夏が机に数学の教科書を開く。


「うん。でも本当に教え方下手だと思うけど、いいの?」


「おっけーおっけー。教えて貰うんだから文句なんて言わないさ」


「あー! ちさもつーちゃんに教えて貰いたいですー」


「ダメよ。千沙都は私に聞きなさい」


「さ、沙紀ちゃ~ん……」


 半泣きのちさが気になるが、二人も見ていられないので立夏に集中する。人の勉強を見るなんてなかったので、とにかく丁寧に教えていく。それが良かったのか、「司のは分かりやすい」と評価は上々だった。


 立夏は自分で言っていたように、あまり一人で勉強するのは得意ではないようで、新しい問題に取りかかる度に詰まり、一人でそれを解こうと悩み出すといつまでもその問題で停滞していた。ただし飲み込みが早く、とっかかりを教えてあげれば、あとはすらすらと一人で解いてしまう。教える側としては自分が役に立っていることを実感できてとても嬉しい。


 しかし、大変なことが判明してしまった。立夏のことではない、ボク自身のことだ。あれだけ大学受験のために一年から三年まで総復習の猛勉強をしたというのに、そのほとんどを忘れてしまっていた。やっぱり「ボクは追い込み型だ」と豪語してギリギリまで無駄にゴロゴロしたあげくに、最後の二ヶ月で目の下のクマが消える日がないほどの連日の徹夜で一気に詰め込んだのがだめだったのだろうか。『積み重ね』という言葉が頭にちらつく。と、とにかく、トップテンなんてバカみたいなことはもう言わない。学年順位で半分……いや、赤点を免れればいい。二周目で赤点なんて洒落にならない。取ろうものならお母さんになんて言われるか……。


 立夏に勉強を教えつつ、ボク自身も記憶を無理矢理引っ張り出しながら問題を解いていく。……む。分からない問題が出てきた。こんなの一年の時にやったかなあ? ……だめだ。さっぱり分からない。


 誰かに聞こうと視線を巡らせる。ちさと沙紀はマンツーマンで邪魔はしたくない。茜はシャーペンを机に立てては倒して遊んでいる。邪魔してやりたいけど関わりたくないので放置。消去法の結果、颯に聞くことにした。


「あの、すみません。ここを教えてほしいんですけど」


「お、おう。どれだ?」


「ここです」


 教科書がよく見えるように颯の前に置き、体を少しだけ傾けて問いを指さす。


「あ、ああ。それか」


 颯がノートの上でシャーペンを走らせる。ボクはそれを目で追う。ふむふむ……なるほど……そこでその公式を使うのか。それにしても懐かしいなあ~。三年前もこうやって隣に座って、颯に教えて貰ったっけ。昔を思い出していると、ふいに颯の筆が止まった。悩んでいるんだろうとしばらくそのまま待っていたが、一向に動く気配はなく、不思議に思って顔を上げた。颯と視線が合う。「あ」と声を漏らした颯の顔がみるみるうちに赤くなる。


「わっ、悪い。ぼーっとしてた」


 慌てた様子で再びノートに書き始めた。首を傾げるボクの視界の端で笑いを堪える茜の姿が見えた。

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