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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第三章 ある日の一日と携帯電話
26/83

その25 「ぐさっ」

 休みが明けて月曜日。念願だった携帯電話を手に入れてテンションの高かった昨日から一変。ボクは朝からグロッキーだった。ふらつく体で教室に入り席につくと、すぐに鞄を枕にして机にぐだぁーっと上半身を倒した。


「おはよう司」


「おーはよぉー……」


 立夏がボクの顔を覗き込む。怪訝な顔をしていたが、すぐにピンときたようで、


「辛そうだな。薬は飲んだのか?」


 と聞いてきた。さすが同性といったところなのだろうか。一発で当てられてしまった。


「朝飲んだよ。半分が優しさでできてるヤツ」


「そうか。司は重い方なのか?」


「さ~……」


 女になってまだ一ヶ月も経ってないんだ。重いかどうかなんて分からない。ただ、これが我慢できるような類いのものでないことは確かだ。手足をパタパタされていると、立夏の表情が曇った。


「本当に大丈夫か? なんなら保健室に――」


「だいじょーぶだって。朝から保健室なんて重病人みたいじゃん」


「重病人に充分見えるんだけどな……」


「もう、立夏は心配性だなぁ」


 立夏を安心させるために、上半身を起こして普通に椅子に座ってみせる。でもやっぱり辛くて頬杖をつく。


「……しんどい」


「ほら見ろ。無理してもいいことなんてないんだぞ?」


「んぅー……。でも別に体が怠いだけで痛くはないから」


 薬が効いているおかげで、朝に感じた頭痛や下腹部のシクシクとした痛みはなかった。しかし、どうも薬を飲むと、その副作用で頭がぼーっと、体は怠く、視界が霞んでしまう。ちゃんと痛みは治まっているのだから、この薬はボクの体に合っているのだろうけど、副作用も大きいようだ。まあギブアンドテイクだと思えば許容範囲内だ。……誰にギブするんだろう?


「まったく……。お前がそんなだからみんなも心配してるじゃないか」


 立夏につられて教室の中へ目を向ける。窓際の席だから教室中が見渡せる。いつものように他のクラスより談笑の声が小さい一年二組の教室。しかしそこの生徒の視線は、今はそのほとんどがボクに向けられていた。潤んだ瞳のせいで表情までは見えないけど、なんとなく視線がいつもより柔らかい気がした。


 立夏が「なっ?」と笑みを浮かべ、頭を撫でた。だからどうしてボクの頭を……しんどいからそのままでいいや。


「にしても、今日の司はかわいいなぁ……」


 やけに顔を綻ばせて呟く。


「ほー。つまりいつもはキリッとしててカッコイイと」


「はっはっはっ。司のそのナリでカッコイイなんて言葉は絶対出てこないって」


「ぐさっ」


 冗談で言った言葉が、予想通りにかるーく笑い飛ばされたのに、案外そのことを気にしていたらしく、心に深々と突き刺さった。


「今日は特にかわいいってことだよ」


 フォローのつもりだろうが、まったくフォローになっていない。ショックで机に突っ伏す。


「お、おい。大丈夫か? 痛いのか?」


 立夏が真剣に心配してきた。とどめを刺したのが自分だということにまったく気付いていない。


「痛くないし大丈夫だけど、大丈夫じゃなぁい……」


 顔だけ上げて立夏を見る。そしたら立夏が目を見開いた。


「……くっ、くぅーっ。お前それ分かってやってるのか!? 分かってやってるだろ!? 分かってやってないんだろうなあ! 司ってそんな器用なヤツじゃないし!」


 頭を撫でられる。よく分からず首を傾げるとさらにわしゃわしゃと撫でられた。立夏の表情が嬉しそうなのでそのまま撫でられっぱなしにする。案外気持ちよくてふにゃっと力が抜ける。


「やばいなこれ。五組のヤツらの気持ちも分かる……」


「んぅー?」


 いつも静かな教室が、今日はやけにどよめきたっている。一時間目から小テストか何かあったっけ?


「あー、そうだ。昨日携帯買ったんだ」


 ごそごそと鞄から昨日買ったばかりのばかりのスマートフォンを取り出す。じゃーんと効果音を付けて立夏に見せびらかす。子供みたいだが、嬉しいのだから仕方ない。昨日だって帰ってからずっと説明書片手に弄り続けていたんだから。おかげで大抵の操作は覚えたけど寝不足だ。


「おー。スマホの春モデルか。あたしもそれほしかったんだよな~。去年買ったばかりだから両親が買ってくれなくてさ」


「ふふーん」


 ボクのスマートフォンを手に取り操作しながら「いいなぁ」と呟く立夏。ちょっと鼻高々。


「これでやっと立夏にボクの番号とアドレス教えられるよ。えっと番号はね、090の――」


「ち、ちょっと待て!」


「んー!? んーんー。……んーん?」


 立夏が慌てた様子で僕の口を塞いだ。「なんで?」と尋ねた声までうめき声みたいになってしまったので、首を傾げて仕草でアピールする。


「だからそれ分かってやってるのかと……ああ今はそんなこと言ってる場合じゃない」


 立夏が顔を寄せて耳元で囁く。


「周り見てみろ」


 素直に従い、周りを見る。相変わらずみんながこっちを見ていた。でも手には何か持っているし、さっきよりもずっと教室の中が静かだ。手に持っているのは……携帯電話?


「番号を盗み聞こうとしてるんだよ」


「……んーっ」


 相変わらず口は塞がれているのでコクリと頷く。


「番号とアドレスは赤外線でもらうから、ちょっと静かにして待ってろ」


 コクコクと首を縦に振る。そうしてやっと立夏が手を離した。あ、涎が付いた。ポケットからハンカチを取り出し、離れていく立夏の手を両手で掴み、拭う。ふきふきと……。よしっ、綺麗になった。満足して視線をあげる。


「やっぱりそれわざとだろ?」


「なにが?」


 何故か立夏に睨まれながら頭を撫でられた。


 それにしても今日の朝は酷かった。朝目覚めたら血だらけだったんだから。太ももの辺りでも盛大に切ったのかと思うくらいダバァァって血がぶちまけていた。それを見て血の気が引いて強制二度寝に突入しそうになるわ、なんとか耐えて意識を覚醒させると今度は感情が抑えきれなくなって女みたいにキャーと叫ぶわ、驚いてやってきた美衣とお母さんの前で大泣きするわでもう大変だった。


 ぐしぐしと泣きながら「ごめんなさい」と言うボクに、二人は気持ち悪いぐらいに優しくしてくれた。そして、こういうときはどうすればいいのか、これからはこうすればいいと、懇切丁寧に教えてくれた。美衣なんて「お姉ちゃんは授業受けてないから」と、小学生の頃に使っていた保健の教科書まで持ってきた。そのあまりの包容力に自然と美衣のことを「お姉ちゃん」と呼んでしまった。くぅぅ……。過去に戻って朝からやり直したい……。


 そんな女の子特有の体の事情により、今日のボクは朝から常時満身創痍なのだ。ゲームでいうと常にHPゲージがピコンピコンと警報を鳴らしている状態。本当にこれがゲームなら攻撃力や防御力が強化されたりするんだろうけど、実際は瀕死でそんな力が出るわけもなく、ぐでぇ~としている。


 女の子の中には、それを男に悟られないように平静を装う人もいるらしいけど、無理、こんなの絶対無理。薬飲まなかったら眉間に山脈ができる。ノーマルポジションが机にうつ伏せたアルマジロモードになる。


 だから薬を飲むんだけど、副作用のせいでこれはこれで危険な気がする。吸血鬼だから普通の人間とは効き目が違うのかもしれない。ふとそんなことを思うけど、確かめるすべはなし。まあ今日一日乗り切れば少しは楽になるらしいから、大人しくしていよう。


 朝は騒がしかったけど、以降の休み時間は平和だった。「しんどいなら少しでも寝ろ」という立夏の言葉に甘えて、腕を枕にして寝ていた。そのときの教室は授業中よりもしーんとしていて眠りやすかった。さらには寝ている間に先生にもボクの不調を誰かが伝えていたらしく、起きたら授業中だったということがしょっちゅうだった。トイレに行くときは立夏がついてきてくれたし、至れり尽くせりだった。


 けど、休み時間にたまに立夏が立ち上がり、小さな声で誰かと口論していたのはどうしてだろう。「教えられない」とかなんとか言ってたような気がするけど。


 ◇◆◇◆


 そして昼休み。「今日は屋上で食べよう」と、一人で食堂に行ってパンやら飲み物を買ってきた立夏と屋上に行くと、そこには待ち構えていたように茜と沙紀とちさがレジャーシートを広げて昼食を食べていた。


 勧められるままに座った途端、茜に抱きつかれ、いつものように黄色い声を上げながら頬をすり寄せられた。いつもでさえ逃げられないんだから、今日なんて特に無理に決まっている。もうまな板の鯉だ。横目で立夏を見れば、初対面の沙紀と挨拶を交わしている。


「さすが千沙都のネットワークねっ。本当に司がここに来るし、その司はいつもより五割増しでかわいいし!」


「そうでしょうそうでしょう。つーちゃんの情報は全て五組に集まるようになっているのです。はぁ~……つーちゃんかわいいですー」


 どういうネットワークなのか知らないけど、ボクの今日の状態とお昼ご飯を食べる場所が筒抜けだったらしい。それで約一名を除いたエンタメ部の面々が屋上にいたのか。いつもならクラスも学年も違うんだから、ボク達がお昼を一緒に食べるなんてことはない。きっと話し合わせて来たのだろう。


「むっ、今日の司はなんかいい匂いがする。香水つけてる?」


「つ、付けてないです」


 だから人の体臭を嗅ぐな。それにそろそろ離してくれ。しんどくなってきた。そう目で訴えてみるものの、


「もー、潤んだ瞳が保護欲をくすぐるぅ~」


 僕の思いは伝わらず、余計にぎゅっとされた。


「あの、すみません。今日司は調子が悪いのでほどほどにしてやってくれませんか?」


 立夏が申し訳なさそうに茜に言う。立夏の優しさに涙腺が緩みそう。朝からずっと緩んでるけど。


「今日調子悪いの?」


「そこそこに……」


 茜が額をくっつけ、「ん~」と唸ってからゆっくりと離す。


「そうだったんだ。じゃあ安静にしないとね」


 そう言うと意外にもあっさりと茜は解放してくれた。ほっと胸を撫で下ろす。これでやっとお昼ご飯が食べられる。


「ほら、司の分」


 立夏から焼きそばパンと紙パックのオレンジジュースを受け取る。……焼きそばパン?


「ん、どした? もしかして、焼きそばパン食べたことないのか?」


「うん」


 炭水化物オン炭水化物の、炭水化物界の特攻隊長焼きそばパン。実は毛嫌いして食べたことがなかったりする。


「旨いから、騙されたと思って食べてみなって」


 不満そうにしていたのが顔に出ていたらしい。茜の魔の手から助けてくれた手前、無下にするわけにもいかない。躊躇しつつも、まだ少し温かい焼きそばパンにかぶりつく。


「どう?」


「……意外と美味しい」


 焼きそばとパンなんて合うはずがないと思っていたけど、案外いけるもんだ。立夏が満足げに「だろ?」と笑う。でもちょっと気持ち悪い。これは焼きそばパンがというより、体調の悪さのせいだ。ソースがキツくて胸焼けしそう。おかゆのようなさっぱりしたものを食べたい気分だ。オレンジジュースで焼きそばパンを流し込む。また今度調子がいいときに買って食べてみよう。


「ねぇ司」


「はい?」


 茜が茶色い麦わら帽子の形をしたパンを食べながら言う。あれは帽子のつばみたいなところが、メロンパンの外側みたいにカリッとしていて美味しいんだよな。


「生理?」


「ぶっ!?」


 茜の顔にオレンジジュースを吹いた。避けることなく顔面全体で受けた茜の頬をオレンジ色の液体が伝う。


「そっか。やっぱり生理か」


 気にした様子もなく再度同じ台詞を言いながら、手にしたハンカチで顔を拭く茜。コ、コイツにはデリカシーというものが……いやまてよ。もしかすると、女の子の間では、こういう会話は日常的に交わされているのかもしれない。定期的にくるのではあれば、この辛さを知る者同士で痛みを分かち合いたいと思うのが人という者だ。きっとそれで、同性同士であれば恥ずかしいなんて思わないのだろう。現に努だった頃に茜からそう言った話は聞いたことがない。まあ、たとえ日常的な会話だとしても、ボクは恥ずかしいから言わないけど。


「大丈夫ですか?」


 沙紀が耳元で囁く。この中で唯一ボクが努だったことを知っている人物だ。


「今回が初めてですよね?」


「うん。大丈夫とは言えないけどなんとかなってるよ。本当に毎月こんなのがあるのか?」


「個人差はありますが、生理自体は一ヶ月に一回はきます。ただその度合も人それぞれであり、辛さも毎回同じというわけではありません。私の場合、辛いのは二ヶ月に一回です」


 つまり何度か経験してみないと分からないってことか。毎月こんなんだと鬱になりそうで怖いなあ……。


「……ところで、どうして先ほどからずっと泣きそうなのですか?」


「ボクが知りたい」


 そしてなんで沙紀までボクの頭を撫でる?


 ◇◆◇◆


 風のない屋上は四月の陽気でくつろぐにはちょうどいい暖かさだった。食べたら寝るという人間本来の欲求通りに応えてみせた茜とちさは、フェンスに背中を預けて絶賛爆睡中。沙紀は文庫本を開き、立夏はスマートフォンを弄っている。ボクは立夏にもたれかかってぼーっとしている。休み時間に寝ていたせいで眠れないのだ。


 そんなまったりとした雰囲気のなか、ふいに扉が開いた。


「あれ、お前らこんなところでなにしてんだ?」


 やってきたのは颯だった。彼はボク達を見つけて目を丸くしている。


「颯先輩こそ、どうしてこんなところに?」


 沙紀が文庫本を閉じて応対する。


「いつも昼食べたらここで寝てるんだよ」


「ああ、なるほど。ここが颯先輩の休憩スポットでしたか。道理でお昼休みに颯先輩を見かけなかったわけです」


「ここだと叩き起こされる心配ないからな。……お、司もいるんじゃないか。なんか調子悪そうだな」


 めざとくボクを見つけて近づいてくる。


「は、はい。ちょっと体が怠くて」


 ……気付くなよ。颯にだけは絶対に知られたくない。恥ずかしいから。


「そうか。辛かったら保健室へ行けよ」


 よしっ。まったく気付いていない。これほどコイツが鈍感で良かったと思ったことはない。


「あーそうだ。メールサンキューな。昨日の夜のヤツ、届いてたのさっき気付いて登録しとい――」


『メールってなんですか!?』


「うおっ!?」


 さっきまで寝ていたはずの茜とちさが颯に詰め寄る。って、今の一瞬のうちにフェンスから颯までの数メートルを移動したのか!?


「魚とかどうでもいいんですよ! メールってなんですか!?」


 茜が颯の襟首を掴み顔を寄せている。傍から見るとそれは、見た目不良な颯からかつあげをする女子高生だ。しかしそこは腐っても女の子。女の子らしく、足りない身長をつま先立ちで補い、両手で襟首を掴んでいる。


「け、携帯のメールアドレスのことだよ。昨日偶然司と会って、携帯買うって言うから、番号の交換をしたんだよ」


『携帯!?』


「――っ!?」


 茜とちさが声を上げ、こちらに振り返った。悲鳴を上げそうになって、なんとか飲み込む。


「司携帯買ったの!?」


 二人が詰め寄る。


「は、はい」


「颯先輩に番号教えたの!?」


「お、同じ部活の先輩ですから」


 め、目が血走ってて怖い……。


「お、同じ部活という理由なら、ちさとも番号の交換をしましょう! さあしましょう!」


 ふんふんと鼻息荒くちさが詰め寄る。もちろんその手にはスマートフォンが握られ……って凄い速さで操作してる!?


「う、うん。それじゃ赤外線――」


『いつでもどうぞ!』


「ひぃぃっ!?」


 スマートフォンを突きつける二人の必死な形相に、ついに悲鳴を上げてしまった。


 その後、二人に続き沙紀とも携帯の電話番号とメールアドレスを交換した。元からエンタメ部の面々とは交換する予定だったのに、どうしてこんな怖い思いをしなくちゃならなかったんだ。……そうだ。元はと言えば颯が全員の前でメール云々なんて言うからだ。しかも茜とちさにペラペラと教えるからだ。全部颯のせいだ。


 睨んでいると、それに気付いた颯がボクに目を向ける。見下ろすその顔が、何故か徐々に赤くなっていく。


「な、なんだよ……?」


「べっつに……」


 ふんっ、と顔を背ける。はずみで目尻に溜まっていた涙が頬を伝う。ぐしぐしと乱暴に手の甲で拭う。


「お、おい、司。泣いてるのか?」


「泣いてないですっ!」


 なんともないのに涙を溢れさせる自分の顔を、颯に見られたくなくて背を向ける。


「え……ち、ちょ。えぇ!?」


「やーいやーい。颯先輩が司を泣かせた~」


「お、俺!?」


 茜がはやしたて、颯か激しく動揺する。別に颯のせいじゃないけど、フォローする気にはならなかった。いい気味だ。

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