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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第三章 ある日の一日と携帯電話
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その24 「これにします」

 美衣がお母さんと携帯電話で連絡を取り、さっきの場所で合流しようということになった。ちなみに美衣が電話したときには、すでにあの女の子をママに返した後だった。良かった良かった。


 待ち合わせ場所に行くと、すでにお母さんとお父さんが待っていた。「次はお母さんの番よねっ!?」とやたら鼻息荒くがボケきたが、相手する気力もなかったのでスルーした。


「はぁ……まさかの出費」


 手にした紙袋の中を覗き込む。そこにはさっきのお店で買ったワンピースが入っている。勢いで買ってしまったが、美衣曰く「サイズは合っている」らしい。なんでボクのサイズを知っているのかは謎だけど、着られる服を買ったのなら良しとしよう。って、どうせ買うんだったらズボンでも買えば良かった。


「司に似合うと思うよ?」


「……ありがと」


 いつもの調子に戻った美衣がフォローしてくれる。ボク的にはまったくフォローになってないけど。


 そうしてようやく携帯電話の代理店までやってきた。横一列に並ぶ主要携帯電話会社の中から、看板にsocomoと書かれたお店に入る。socomoは他社より割高だが、田舎や山間でも繋がりやすく品質も安定していると評判の会社だ。うちは両親も美衣もsocomoなので、家族割りなどの割引プランを考えると必然的にここになるわけだ。


 店内に入るとさっそくお父さんは近くのソファーに座った。別に自分の物を買うわけでもなく、何かしたいわけでもなく、クレジットカードを使われ、フォーマット予定のビデオカメラを片手に買い物に付き合わされるお父さん。帰ったら晩酌くらいには付き合ってあげよう。


「GPSよ」としつこいお母さんから離れて、先月発売されたばかりの春モデルがずらりと並ぶ店内を巡り歩く。機械に弱いお母さんはそれらに興味はないようで、お父さんの隣に座って待つつもりのようだ。美衣は「いいなあ」と呟きながらいろいろと手に取って弄っている。


 時期が入学シーズンということもあり、店内は多くの人で賑わっている。そのため店員さんも忙しいようで、見る限りは全員誰かしらの元について商品説明に追われている。飾られている携帯電話はどれもスマートフォンのようだった。もちろん店内の一角には従来通りの携帯電話もあるが、文字が大きいやら防犯ブザー付きやらと、小さい子やお年寄りをターゲットとした物が多い。なるほど、みんながみんなスマートフォンを持っているわけだ。


 整然と並ぶそれらの傍には、その携帯電話の性能を示す表のようなものが書いてある。しかし、それを読んでも何がなにやらさっぱり分からない。とりあえず目の前のスマートフォンを手に取って触ってみることにした。


 ……え、なにこれ。ボタンがない。どうやって操作するの? 大きな液晶画面の下にボタンが三つあるだけで、他にボタンらしきものはなかった。立夏や茜のを見たときは、どこかにボタンが収納されているんだろうと思っていたけど、今手に持ったスマートフォンは薄さが売りの機種のようで、ボタンを収納できるようなスペースはなさそうだ。

 操作方法が分からず、キョロキョロと周囲を覗う。よく見るとみんな液晶画面に指を当てて、上下左右に滑らせている。


 なるほど。画面を触ればいいのか。ためしに画面に触って指を右にスライドさせてみる。おぉ、中の映像が動いた。なんか面白い。スライドさせる度に後ろの背景画像も少しずつ動いている。ハイテクだ。これがITというヤツなのか。ITって凄い。ところでITってなに?


 しばらくそうやって指を左右にスライドさせて遊んでいると、突然肩をぽんと叩かれた。


「す、すみません。どうぞ」


 突然のことにビクッと体を震わせ、慌ててスマートフォンを元の位置に戻す。横に移動しながら謝った。


「よお、司。こんなところで何してるんだ?」


 そこにいたのはパーカーとジーンズという慣れ親しんだ格好をした颯だった。


「は、颯……先輩。どうしてここに?」


 危ない。あやうく「先輩」が抜けるところだった。


「親の携帯が修理から戻ってきたんで取りに来たんだよ」


 言いながら手に持ったsocomoのロゴが描かれた紙袋を持ち上げる。予定がなくなったところを両親にパシリにされた、というところだろうか。


「携帯買うのか?」


 さっきまでボクが触っていたスマートフォンに目を向ける。


「あー、そういえばこの前の寿司屋でそんなこと話してたな。買って貰えて良かったじゃないか」


「は、はい。そうですね。あはは……」


 顔を引きつらせながら笑う。なんとなく子供扱いされているようで若干イラッときた。たしかに颯から見たら子供なんだろうけど。


「司んちもsocomoか?」


「はい」


「どれにするかは決めたのか?」


「いえ、それがまったく……。どの携帯がいいのか見てもさっぱりで、店員さんに聞きたいんですけど、みんな忙しそうだから」


 颯が店内を見回して「ああ」と呟く。


「だったら俺が説明しようか? 店員みたいに的確とはいかないまでも、そこそこは知ってるつもりだぜ」


 そういえば颯は機械にめっぽう強かったっけ。前に一度パソコンが起動しなくなって直して貰ったことがある。その時はパソコンの電源とやらが壊れていたらしく、その部品を交換してもらって無事起動した。今もそのパソコンはボクの部屋で現役だ。


「いいんですか?」


「ああ。どうせ暇だしな。努と遊ぼうと思ったんだが、アイツ最近大学で忙しいんだろ? 電話してみたら今日も大学で用事があるとかなんとか……。というか大学生にもなって携帯持ってないってどういうことだよ。毎回家に電話するのは気が引けるってのに」


「あ、あはは……」


 まさかその朝の電話に出て断った本人が目の前にいるとは思うまい。おかげでこっちは笑うしかない。


「まあアイツのことは置いといて。で、どんなのがほしいんだ?」


「電話とメールとネットと、あと防水機能が付いてるのがいいです」


「防水か……。それならこの列だな」


 颯がずらっと並ぶスマートフォンを指さす。数が多くてあんまり絞れてない。


「最近のは大抵防水機能付いてるしな。それ以外には?」


「そ、それ以外……うーん……」


 首を捻る。そういえばなんとなく携帯電話がほしいだけで、詳しくどういうものがほしいかなんて考えたこともなかった。それが顔に出ていたのか、颯が苦笑した。


「んじゃこっちから質問するから答えてくれ。それでもう少し絞る。携帯で音楽は聴くか?」


「聴きます」


「それならミニプラグがあるヤツがいいか。それじゃ次の質問」


 そうしていくつかの質問に答えていくと、やがて颯が二台のスマートフォンを手に取った。


「条件に合うのはこれだな。右手のがMD005Gってヤツで、防水機能がありながらも、他のより若干薄いのが特徴だな。ただ搭載しているOSが一つ前のバージョンだし、薄いせいで電池の容量も若干小さい。まあパンフには夏までにバージョンアップするって書いてあるし、電池容量もそう大きく違うわけじゃないから誤差の範囲だと思う。で、左手のがRG004H。ワンセグを除いた、他機種が搭載する機能の全てが詰まったヤツだ。代わりに他のよりちょっとでかいし重い。あと熱を持つから長時間持つのはしんどいかもな。まあ、機能充実してるから、迷ったならこれを買っとけばいいってヤツだ」


 説明を一通り聞いてから、一台ずつ受け取り、ためしに操作してみる。む、この大きい方、僕の手には大きすぎて扱いづらい。それに見た目が無骨であまり好きじゃない。こっちの薄い方が僕の手にあっていて使いやすい。よし、決めた。


「これにします」


 そう言って薄い方を提示する。颯がこれがいいと言ったんだ。この二台以外は眼中になかった。


「MD005Gか。俺もどっちかって言うとそっちを選ぶだろうな。とにかく、決まって良かった」


 自分のことのように颯が嬉しそうに微笑む。お、ちょっとかっこいい。


「はい。付き合ってもらって、ありがとうございました」


 礼を言って携帯を見つめる。なんだかんだでこれが初携帯だ。嬉しくないわけがなく、もうすぐでこれが自分の物になると自然と顔がにやけてしまう。そこでふと気がつく。


「そういえば、颯先輩の番号って聞いてませんでしたよね? 携帯に登録したいので、教えて貰ってもいいですか?」


 もちろん既に知っているのだが、こっそり登録して、何かの拍子でそれを見られては面倒なことになる。辻褄を合わせるために、ちゃんと番号を聞いているという既成事実が必要なのだ。


 ないとは思うが、断れないようにとバッグからメモ帳とボールペンを取り出してアピールする。後輩がこんなにスタンバってるんだ。あの颯が断るわけがないだろう。


「あ、ああ。いいぞ」


 案の定、颯は了承して、ポケットからスマートフォンを取り出し操作する。しかし、少し余所余所しいのは何故だろう。しかも顔も赤い。


 スマートフォンに表示された番号とメールアドレスをメモ帳に書き写す。


「ありがとうございました。ボクも番号とアドレス決まったらメールで知らせますね」


「分かった」


 素っ気ない態度をとる颯に首を傾げる。もしかして怒って……るわけないか。別に何かしたってわけじゃないし。


「そ、それじゃ俺は帰るわ。また明日学校でな」


「はい。また明日」


 ぎこちなく手を上げてお店を出て行く颯。それを見送る。アイツがいてくれたおかげで良いのが選べた気がする。お世話になったし、今度何か奢ってやろう。さて、あとはサービスカウンターで手続きを済ませるだけだ。とはいえ、手続きに1時間以上かかるから、手元に届くのはもう少し先だけど。


 機種のナンバーを覚えてお母さんの元へ戻ろうと振り返る。しかしそこでは、


「す、すみませんお客様。店内での撮影はご遠慮願いませんか?」


「娘を撮っているだけです。お構いなく」


 お母さんが店員と何か言い争っていた。その手にはビデオカメラとデジカメ。その隣ではお父さんが船を漕いでいる。周りを見回して美衣を見つける。お母さん達の方をちらちらと見ながら、スマートフォンを弄っていた。他人のふりをするつもりらしい。


「い、いえお客様、そういうわけには――」


「だから私はいないものだと思って――」


 ……もう少し他のものを見てみよう。うん。どれにするかは決めたけどもう少し見ていよう。


 ◇◆◇◆


 十五分後。落ち着いたお母さんを連れてようやく携帯電話の契約の手続きに入った。提示された書類に必要事項を記入していく。そしてある項目を見てボクは驚愕した。知らぬうちにボクの誕生日が六月二十日から一月二十六日に変更されていたのだ。


 たしかに、元のままでは怪しまれる要因になりかねないだろうから、変えておいて損はない。特に誕生日に思い入れがあったわけでもないので、変わっていても別になんてことはけど……なんでこんな日を誕生日に? ……ああ、なるほど。たしかお母さんの誕生日が一月二十五日だ。単純に自分に近い日をあてがっただけか。


『司と一緒にお祝いされたいのよ!』


 そんなお母さんの心の声が聞こえた気がした。

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