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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第三章 ある日の一日と携帯電話
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その22 「ふんっ」

 口直しにとウニを注文。すぐに届けられたそれを口いっぱいに頬張る。隣のちさも「はわ~」とか言いながらウニを食べている。生ものは苦手だと言っていたのにとても嬉しそうだ。もしかしてウニの美味しさに目覚めたとか? ついにボクは同志を得たのかもしれない。沙紀が半眼でボクを見つつ、ため息をついた。


「よく食べるわね。飽きないの?」


「ガリしか食べてない沙紀先輩に言われたくありません」


「そんなに食べたらお腹が痛くなるわよ?」


「胃薬飲みながら言わないでください」


 さらさらとした粉薬を口に含み、お茶を啜る沙紀。きっと彼女の辞書には限度という言葉がないのだろう。まったくこれだからガリマニアは……。


「ふー。もうご飯はいらないや。充分食べた。あ、颯先輩、そこの中トロ取ってください」


「お前自分が今何を口走ったか覚えてるか?」


「いいから取ってくださいよ。食べたお皿をレーンに戻すだけが仕事じゃないんですよ?」


「ちょっ、お前何さらっとありえねーこと言ってんだよ! ほら、店員がこっち睨んでるじゃねーか!」


「そんなことはどうでもいいので中トロ取ってくださいよ。流れちゃいますから」


「分かった取ってやるからさっきのは冗談ですって店員に聞こえるように言えよ!?」


 颯が憤然としてレーンから中トロを取り茜に手渡す。


「取ってやったぞ。ちゃんと言えよ?」


「はいはい。さっきのは事実を織り交ぜたフィクションですよー」


 興味なさそうに言いながら、切り身をお箸で持ち上げ、醤油を付けて口に放り込んだ。あぁ、なるほど。「ご飯はいらない」とはそういう意味か。


「織り交ぜてねーよ!」


「『食べた』までは本当じゃないですか」


「そこかよ! ってお前のせいでまだ店員に睨まれてるじゃねーか! いやすみませんさっきのはコイツの冗談ですので、お皿をレーンになんて戻してませんから本当に」


 ペコペコとレーン越しにいる職人さんに頭を下げる颯。何を真面目に謝ってるんだか。別に店員さんだって冗談だってことは分かっている。こんなにガラガラならレーンを見れば一目瞭然だ。睨まれていたのはたぶん茜と颯がうるさいせいだろう。だって隣にいて耳が痛いし。


 と、店員さんを見ていたときだった。入口の方、待合席の窓の外を見ると、そこに見慣れた姿をした女性を発見した。思わず声を上げそうになって、慌ててここが店内だと言うことを思い出し口を紡ぐ。


 なんでこんなところに? ってそうか。この回転寿司屋の前、道路を挟んだ向かい側には行きつけのスーパーがあるじゃないか。そのついでに覗いたらボクがいたってところだろう。何故覗いたのかはこの際考えないことにする。


「あら司こんなところで偶然ね」


 ほら、お店に入ってきた。手には買い物袋をぶら下げて、どう見てもお客じゃないのに堂々と正面から入店。裏口から入られても困るけど。


「エンタメ部の方ね? いつも司がお世話になってます」


「い、いえいえ、こちらこそ」


 茜がペコペコとお辞儀し、お母さんはそれを見て微笑む。さすが外面だけはいい。ぜひ家でもそうしてほしい。この中でお母さんと面識があるのは、うちに遊びに来たことのある颯だけ。颯は何度もお母さんと会っているから「どうも」と気楽な感じで挨拶している。


「なにしにきたの?」


 睨むようにしてお母さんを見上げる。高校生での会合に親は必要ない。さっさと帰ってほしい。


「なにって、近くに司の気配を感じたから買い物ついでに寄ってみただけよ」


「け、気配?」


 この人はいったいなにを言ってるんだ。なにかのバトル物の漫画じゃあるまいし。


「なによ。人を変なものでも見るような目で見ちゃって」


 実際そう見てます。


「お母さんくらい子供を愛していれば、近くに我が子がいるとピーンとくるのよ。ついでに何をしているかくらい手に取るように分かるのよ」


 来ないと思う。絶対分からないと思う。人にそんな能力はない。たぶんそれはお母さんだけの特殊能力だと思う。さすがお母さん、能力もストーカーちっくでなんかキモい。


「あの、つーちゃんのお母さんでしょうか? 初めまして。五組の比与森千沙都といいますです」


 ペコリとちさが頭を下げる。その動きが早くて、小さい子供が頑張って挨拶しているように見える。ちょっとかわいい。


「千沙都ちゃんね。ああ見えて司は引っ込み思案なところがあるから友達ができるか心配してたの。ぜひ友達になってあげてね」


「は、はいです!」


 引っ込み思案ねぇ……。ボクとしてはそんなことはないと思うのだけど、お母さんからするとそう見えるのだろうか。


「この子、お母さんと一緒にお風呂入りましょって誘っても一緒に入ってくれないの。引っ込み思案よねぇ」


「だ、誰が一緒に入るもんかっ!?」


 テーブルをバンと叩いて立ち上がる。お母さんが「えぇ……」と声を漏らす。なんでそんな悲しそうな目でボクを見る?


「まあ、その話は帰ってからゆっくりするとして」


「しないっ!」


「晩ご飯食べて帰るならちゃんと連絡しなさい。ご飯を作るお母さんの身にもなりなさい。せっかく作ったのに食べてくれなかったらお母さん泣いちゃうわよ?」


 シクシクとわざとらしく目尻を拭う。もちろん涙は出ていない。しかし、実際そうなるとお母さんは本当に泣いてしまう。以前買い食いをして帰って、ご飯いらないと言ったら泣き出したお母さんを思い出す。そんな過去の経験もあり、


「ちゃんと昨日の夜に言ったでしょ? 今日は歓迎会だからご飯はいらないって」


「そうだったかしら。記憶にないんだけど……。本当に言ったの?」


「そう言われると、言ってなかったような気も……。あれ、どうだったかな……?」


 別に意識して言ったわけじゃないからちゃんと覚えていない。疑い始めるとどっちが本当か分からなくなる。たぶん言ったと思うけど……。


「どちらにしても、当日には確認も兼ねて一言でいいから連絡しなさい。会社の方にね」


「なんで晩ご飯いらないってだけで会社に電話しなきゃいけないんだよ……恥ずかしい」


「取引先の電話よりも大事なことじゃない! どうせあのハゲ、見積り早く寄越せしか言わないんだから! あのハゲ! ハゲ散らかし!」


 拳をギュッと握って力説する。頭の髪の密度は関係ないだろ……。


「って、その会社じゃなくて、会社の携帯電話よ。個人の方は仕事中だと出るのが遅れることあるから」


「えー。十一桁も覚えてられないよ。書いた手帳を取り出すのも面倒だし」


「め、面倒っ!?」


 お母さんが目を見開き、顔を引きつらせた。そして沙紀に「ここいいかしら?」と尋ねてから座り、テーブルに肘をついて手で顔を覆った。本当に面倒だ。


「そうやってお母さんをないがしろにして、最後には捨てるのね」


 それ昨日のドラマのセリフだ。使ってみたかったのか。それにしても、どうしようこの状況。目を動かして周りを見る。ふと茜が腕を組んでうーんと唸っているのを目にする。頼むから変なことは言わないでくれ。


「あっ」と声を漏らして、茜がぽんっと手を鳴らして口を開く。


「司のお母さん。司に携帯電話を買ってあげてはどうですか?」


 お、茜のわりにいいことを言った。このメンバーで携帯電話を持っていないのはボクだけ。新しく入ったちさは、さっき部室で茜や沙紀、颯と電話番号の交換をしていた。もちろんボクも交換したが、四人がデジタルなのに対し、ボクだけメモ帳というアナログ。しかもメールアドレスのない家の電話番号との交換。ちょっと悲しかった。


 お母さんがピクッと肩を揺らし、顔を上げた。


「駄目よ。高校生が携帯なんて持ったら」


 ぴしゃりと否定する。いつも通りのお母さんの言葉にやっぱりかと落胆する。


「どうしてですか? 携帯があれば便利だと思いますよ?」


「司が携帯なんて持ったら……」


 お母さんの手がプルプルと震えている。ボクが携帯電話を持つことに何をそんなに怖がっているんだろう。


「彼氏が出来たときにお母さんに内緒でメールしたり電話したり、デートの約束したり結婚の約束したり、お母さんを無視して勝手に美味しい話を進めるじゃない! お母さんは司の恋愛に凄く関わりたいのっ!」


「……はっ?」


 ぽかーんと口が開いてしまう。あれ、前と言ってることが違うような……。


「お、お母さん。前聞いたときは、携帯でネットに繋いで架空請求されたり、携帯を盗まれて悪用されないように、とか他にももっと真っ当な理由を付けてダメだって言ってなかったっけ……?」


「え? ああ、それは全部デタラメよ」


「デタラメ!?」


「ええ。そうじゃなきゃ美衣に携帯買ってないでしょ?」


「美……お姉ちゃん携帯持ってんの!?」


 衝撃の事実。美衣は携帯電話を持っていたらしい。ずっとボクと同じように持っていないものだとばかり思っていたのに……。


「……あっ。そ、そういえば美衣に携帯持たせているのは司には秘密だったわね……」


 お母さんがおそるおそるこちらに目を向ける。ボクは目をそらす。今はとてもとても気分が悪い。


「つ、司?」


「……」


「ねぇ、司ちゃん?」


「……ふんっ」


 お母さんがあわあわと慌て始める。面倒くさいお母さんだけど、それでも僕の親だ。嫌いってわけじゃない。どちらかと言えば好きだ。だから、なんだかんだとボクはお母さんの相手をしてしまい、こうやって無視したことはほとんどない。それだけ今のボクは怒っているということだ。


「あ~あ。これは司、本気で怒っちゃいましたね。機嫌直すには携帯を買ってあげるしかないんじゃないですか?」


「で、でも携帯は……」


「今の携帯は凄いんですよ? ちゃんとセキュリティソフトを入れさえすれば架空請求なんてこなくなるし、携帯を盗まれてもすぐにロックがかけられて安全です」


 茜がお母さんの説得に乗り出した。いいぞもっと言ってやれ。そしてお母さんの首を縦に振らせるんだ。たぶん無理だろうけど。


「そしてなにより、GPS機能が内蔵されていますから、司が携帯を持っていれば、お母さんの携帯から、今どこに司がいるのか、いつでもどこでも確認できますよ。司の安全を考えるなら、携帯はぜひ持たせておくべきアイテムだと思います」


「司の安全……」


 ……え、あれ、お母さん、結構食い付いてる? 凄いな。こんなに携帯の話でお母さんが興味津々なのは初めてだ。ところでGPSってなに? 


「それに、何かあればすぐに司と連絡ができます。司の声が聞きたくなったらいつでも電話して声が聞けるんですよ? そしてなにより最も素晴らしいこと。それは携帯を買いに行くということは、休日に司と買い物に行けるということ。しかもそこで携帯を買ってあげれば、司はありがとうと可愛らしい笑顔で喜んでくれるんですよ? もうこれは買うしかないでしょ!」


「そうね、買うわっ!」


「……へっ?」


 お母さんが目を輝かせてボクを見つめる。突然の肯定に目をそらすことも忘れて見つめ返してしまった。


「お、お母さん。今のはホント?」


「ええ。司との楽しいショッピングと笑顔のために、お母さん携帯を許可するわっ」


「……あ、ああそう」


 うわぁ~……。ダメだこの親。早くなんとかしないと。まさかそんなことが決め手とは。携帯電話を買ってくれることは素直に嬉しい。これでみんなとの連絡が取りやすくなるのだから。ただ、あれだけ拒否されていたのにこんなどーでもいいことで許可がでるなんて……。


「だから、司機嫌直してね」


「もうそんなこと通り越してるよ……」


 頭を抱えていると、「あ、そうそう」とお母さんが話を続ける。


「司は今日の晩ご飯いらないわよね? ウニが安かったらウニ丼用にウニをたくさん買ったんだけど――」


「食べるっ!」


『えっ?』


 顔を上げて即答すると、一斉にみんながボクを見つめた。いいじゃないか。ウニは別腹なんだよ。

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