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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第三章 ある日の一日と携帯電話
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その21 「完全にアウトですよ!」

 茜が聞き慣れない品を注文したので、気になってメニューを開いた。品数豊富な一覧の中に、たしかに炙りチーズと椎茸はあった。しかも写真付きで。店長オススメの一品らしい。つまり店長は茜と似た味覚の持ち主となる。経営大丈夫だろうか。


 さて、頼んだウニ三皿は食べてしまったし。まだまだ食べられそうだから、追加注文しよう。


「すみません。ウニ三つください」


「またウニ。ほんっとに司はウニが好きね」


 茜の声に視線を巡らすと、何故かみんながこっちを見ていた。


「とても美味しそうに食べるんですね。ずっと見てて飽きませんっ」


「ずっと……?」


 まさかさっきウニを食べている間ずっと見られてた……? そんなことはないだろう。


「たまにはガリでも食べたら?」


「たまにはお寿司を食べてください」


 沙紀の前にはいまだお皿は一枚だけ。その上にガリが盛られている。胃がもたれないか心配……って、よく見ればテーブルの隅に胃薬が置いてある。そうか、そこまでして食べたいか……。


「美衣ちゃんはそんなことないのに、司は努と似てるんだな。ウニしか食べないところとか。そんなに好きなのか?」


「へ? あ、はい。……小さかった頃に健康食ばかり食べていて、そのときに一回だけ食べたウニが凄く美味しかったんです。たぶんそのせいで今もウニが大好きなんだと思います」


 実際に好きになったのは、家族で北海道に旅行に行ったときに食べたウニ丼が美味しかったからだ。ただ、『司』は療養していたという設定なので、こっちのほうが自然だろう。即興にしては我ながらいい嘘だと思う。


「そうだったのか……。すまない、言いにくいことを言わせてしまって」


「べ、別に気にしてませんから」


 颯が頭を下げ、慌ててそれを制する。あっさり信じてくれたことに安堵しつつも、その誠意過ぎる態度に良心が痛む。


「だけど、ウニばかり食べてると努みたいに偏食になるぞ? アイツはウニが好きすぎて、そのせいでウニを食べている合間に他の物を食べると拒絶反応起こすようになったからな……。普通ならそんなことにはならないだろうが、司はアイツの妹だし、そうならないとも限らない。司は体が弱かったんだろ? 偏った食生活で、また体を壊しでもしたら大変だからさ」


「は、はあ……」


 なんで颯に食生活を案じられないといけないんだ。まさか颯は、ここに『努』がいないからと、兄の代わりを買って出てくれているのだろうか。ありがた迷惑だ。


「だからそうならないためにも、試しに一度別のを食べてみたらどうだ? 炙りサーモンとエンガワが俺的にはイチオシだ」


「え。あ、その……ああ、そうです。実はボクも生も――」


「ウニ喰ってんだから、千沙都みたいに生ものはダメってことはないよな?」


「へ? も、もちろんです。あははは……」


「じゃあ、一つ何か好きそうなものを頼んでみろよ。無理なら残り一つは俺が食べてやるからさ」


 ぐっ……。な、なんというお父さん風だ。ウニ以外のお寿司を食べることになってしまった。勧められた炙りサーモンもエンガワも一度として食べたことがない、というよりこの十八年間食べようとも思わなかった。


「じ、じゃあ、ガリを一つ」


「ボケなくていいって」


 ダメか。なんか視界の隅で沙紀が不満そうだが無視しよう。そうこうしていると、さっき注文したウニが届く。それを食しつつ、何を注文するか思案する。ウニ美味しい。


「う~ん…………エ、エンガワで」


 悩んだ末に、結局颯がオススメだと言っていたものにする。食べたことないし、これでいいだろう。颯が自分の分と一緒に注文し、しばらくするとそれはテーブルにやってきた。颯が好んでよく注文するから見たことはあった。以前通っていた百円均一の方では、身が小さく大葉が挟まれていたのに、ここのは少し大きく、大葉が挟まれていなかった。


 ちらりと横を見る。颯が「どうぞ」とエンガワを勧め、千沙都がボクと同じウニとエンガワを注文して、じーっとボクを見つめている。対面では茜が喉を詰まらせたらしくお茶を飲んでゴホゴホと咳き込み、沙紀はやっと二皿目のお寿司を食べていた。ちなみにそれはアボカドだった。


 ……覚悟を決めよう。よしと気合いを入れ、おそるおそるエンガワを口に運ぶ。やっぱり丸ごとは口に入らないので、半分だけ囓り、もぐもぐと咀嚼する。ウニみたいな味の濃いものを食べてしまったからだろうか、味がほとんどしない。食感もふにゃっとコリッとしてよく分からないし、なにより生臭さが口の中いっぱいに広がって気持ち悪い。ダメだ。颯に勧められたけど、とてもじゃないが美味しいとは言えない。


 そんなことを考えていると、それはふいにやってきた。鼻がむずむずすると思った次の瞬間、ツーンと鼻の奥に衝撃が走った。あまりの辛さに我慢できず、すぐにお茶で流し込んだけど、すでに目からは涙が滲み出ていた。


 慌てて目を手の甲で拭う。わさびが多かったのだろうか。しかしこれほどの衝撃を受けたのは初めてだ。涙まで流すなんてちょっと恥ずかしい。


「はぁ~。つーちゃんかわいいです」


「ぐすっ……はい?」


 鼻を啜りながら目を向けると、ちさが口をもぐもぐと動かしながら目を輝かせていた。身長はそこまで変わらないのに、座るとちさの顔が少し上になる。涙を拭っていたせいで顔を俯かせていたボクは自然と上目遣いになる。ピロン。突然電子音が鳴った。見れば茜が携帯を目の高さに持ち上げて操作している。


「保存っと。あっ、気にしないで。ただ小さな女の子同士がいちゃいちゃしているところを録り溜めるのが趣味なだけだから」


「いやいやいや、気にしますよそれは」


 今の言葉で気にしない人がいればぜひ紹介してほしい。小一時間説教してやる。


「別に変なことに使うわけじゃないし、いいでしょ? ちょっと自分の部屋にA2サイズに引き延ばして壁や天井に張り付けるだけだから」


「なるほど。それなら別に構いませんと言うと思いましたか完全にアウトですよ! しかもA2サイズって、どこでそんなに大きく引き延ばすんですか?」


 普通家庭用のプリンターはA4サイズまで、大きくてもA3サイズまでだ。それ以上となると学校のコピー機か専門の業者に頼むしか――


「もちろん家よ。A1サイズまでカラー印刷できるプリンターがあるから」


「……えっと、茜先輩の家って普通の家庭でしたよね?」


「うん。両親共働きの営業マン。だからプリンターはあたしがバイトして買った個人のものよ」


 ……何のためにそれを買ったとか、これ以上聞くのはよそう。


「ワサビで大変だったみたいだが、エンガワはどうだった? 結構食べられるもんだろ?」


 茜から颯に視線を移すと、何故か彼はボクを見て驚いた。まだ僅かに残る涙を拭いながら、正直に感想を述べる。


「味がしませんでした。それなのに生臭いし、食感があまり……」


「そ、そうか。口に合わないなら仕方ないな……」


 自分の好きなものを否定されてなのか、残念そうに肩を落とす。しかしそう落ち込むことはない。颯は十分頑張った。ボクにエンガワを食べさせたんだから。以前のボクなら絶対にウニ以外のものなんて口にしなかった。

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