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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第三章 ある日の一日と携帯電話
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その19 「つーちゃん!?」

 四月上旬の雲一つない晴天。こんないい天気の日に新入生歓迎会や部長就任祝いをするのではあれば、普通一番始めに候補に上がるのは、満開の桜の下でのお花見じゃないだろうか。桜もあと一週間もすれば見頃を過ぎてしまう。やるなら今しかないだろう。しかし、


「とーちゃく!」


 茜が腕を振り上げながら振り返って声を上げる。その手にはぐしゃっと握りつぶされた茶封筒。中では日本史に名を残したお偉いさんが凄いことになっているに違いない。


 やってきたのは、毎年この時期になるとローカルニュース番組で桜が満開だと取り上げられる城町公園ではなく、学校から北に位置するショッピングセンター。飲食店が立ち並ぶその中の、回転寿司屋の前にボク達はいる。もちろん花見とはまったく無縁の場所だ。


「おいおい。本当に回転寿司かよ。こういうときって花見をするもんじゃないのか?」


「花見? 冗談もほどほどにしてください。エンタメ部の年度初めは回転寿司と相場が決まってるじゃないですか」


 チッチッと人差し指を立てて左右に振る茜。そう。茜の言うとおり。他の部活ではどうか知らないが、ことエンタメ部において年度初めの歓迎会は回転寿司以外ありえないのだ。三年間部長を務めたボクが言うんだから間違いない。しかしそれをちゃんと覚えていて引き継ぐなんて、茜もやるときはやるじゃないか。見直した。


「それは努のヤツがウニウニうっさいからそうなっただけで、別にエンタメ部がってわけじゃないだろ?」


 回転寿司屋を目の前にして、颯が今更になってそんなことを言いだした。たしかにそれは至極もっともな意見だ。春と言えば花見。ウニと言えばムラサキウニかバフンウニくらい当たり前のこと。しかし、今その発言は必要ない。ボクはこれ以上変なことは言うなと、思いを込めて背後から睨み付ける。


「エンタメ部初代部長が決めたことに従うだけです。あたしも久しぶりにお寿司食べたいし。それに桜を見てなんになるんですか。花より団子。桜の花びら食べるよりお寿司食べた方が美味しいじゃないですか」


「花より団子の意味が微妙に違うが……。とにかく、今年は努もいないんだし、花見にしないか?」


「えー。花見よりこっちの方が断然いいですよ。ねえ、沙紀もそう思うよね?」


 茜が沙紀に話を振ると同時に、沙紀がボクに視線を送る。それに無言で頷いてみせる。花見よりお寿司の方がいいに決まっている。


「ええ。それに、もうこの時期であれば桜はピークを過ぎている頃だと思います。緑の葉が散見し、多少見栄えが悪いかと」


「そんなん気にしないって。雰囲気を楽しめればいいんだから。ああそうだ。ここは俺達じゃなくて今日の主役の一年に聞いて、それで決めようじゃないか」


 颯が決定権を一年であるボクとちさに譲渡する。見た目と違いなんと下級生思いの先輩だろうか。余計なお世話過ぎる。


「主役というなら、部長就任祝いも兼ねてるのであたしの意見も――」


「千沙都と司は花見と回転寿司、どっちがいい? 他に希望があればそれでもいいぞ」


「無視されたぁー!」


 茜が頭を抱えて空を仰いだ。頑張れ茜、今だけは応援する。


「遠慮せず言ってみな」


「……実はちさは生ものをあまり食べたことがなくて。ですから、できればお花見の方が嬉しいかな、と」


 いつの間にかボクの隣にいたちさが遠慮がちに答える。なんてこった。生ものが苦手だなんて。


「そうか。じゃあ生ものオンパレードな回転寿司はダメだな。やっぱり花見が――」


「ち、ちょっと待ってください。まだ司に聞いてないじゃないですか」


「ん、ああそうだった。悪い。でも千沙都が生もの駄目ってんだから、回転寿司は選択肢から消えてるぞ?」


「う、う~ん……」


 茜が腕を組んで眉間に皺を寄せる。やばい、長考に入った。こうなるとそう簡単にいい案は浮かばないだろう。こんな状況で一年の立場からでは花見としか答えられないじゃないか。半ば諦めていたそのとき、


「颯先輩、知ってますか?」


「なにを?」


「司ちゃんも、努先輩に影響されてウニが好きだっていうことを」


 と、沙紀が言った。それを聞いて颯がボクに目を向ける。


「へぇ~。さすが兄妹だな。でも悪い。千沙都が生ものが嫌いって言うから、今回はパ――」


「回転寿司行きましょう! さあ行きましょう!」


 突然ちさが声を上げた。そして何故かボクの手を取って、ズンズンとお店に向かって歩き始める。


「は? い、いや、千沙都はさっき生ものは嫌いだと」


「嫌いとは言ってないです。あまり食べたことがないと言っただけです」


「でも花見の方がいいと」


「ちさそんなこと言ってませんよ? たぶん颯先輩の空耳です。つーちゃんがウニ好きというなら迷うことはありません。ウニを食べに行きましょう」


「つーちゃん!?」


 やけにテンションの高いちさから飛び出た言葉に耳を疑う。つ、つーちゃんってボクのことだよな? 会って間もないのになんでそんなに親しげな呼び名が……あ、もしかしてちさは友達にあだ名を付けるタイプとか?


「そ、それでもだ。ここは去年まで通っていたひと皿百円均一の店じゃない、皿の色で値段が決められた店。しかもここらじゃ値段の割に美味しいと評判のワンランク上の回転寿司屋だぞ? さらにこの店のウニは、たしか量が多いせいか値段も高く、上から二番目の金の皿だったはず。うちみたいな弱小の部に割り振られた部費じゃ五人分なんてとても――」


「ふっふっふ。あたしがそんなことも考えてないとお思いですか?」


 茜が不敵に笑い、店の駐車場の周りに建てられたのぼりを指さした。


「今日は月に一度のどれでもひと皿100円の大漁市の日! どう見ても売れ残りを裁くために設けられたイベントで、いつもより若干ネタの鮮度が落ちますが、それでも100円均一のお店より鮮度も味も全然上です!」


「月に一度……まさか茜」


「リサーチ済みです」


 キラリと茜の目が光る。その表情は「どうだ」と言わんばかりの自慢顔だ。なるほど。それであんなにも回転寿司に行きたかったのか。


「さあ、どうしますか颯先輩?」


「さあ、颯先輩行きましょう!」


「ぐっ……。つ、司も千沙都もここでいいと言うなら、仕方ない……」


「勝った!」


 茜が勝利宣言をしてクルクルとその場で回る。何故かちさもガッツポーズをとっている。それに対して、颯が悔しそうに唇を噛みしめる。


 うん。今の颯の気持ちはよく分かる。別にそこまで強く争う必要はないし、争うつもりもない。だけど、茜の意見が通ると凄く負けた気がして悔しいんだよな。ボクとしては颯を応援したいけど……今回ばかりは許せ。ウニの誘惑には勝てない。最近食べてないんだ。


「それじゃ、れっつごー」


 茜と沙紀がまず店内に入り、それにちさとちさに手を引かれたボクが続く。その後ろを颯がトボトボと付いていった。

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