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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第三章 ある日の一日と携帯電話
19/83

その18 「ふぁん?」

 放課後。新入生歓迎会ということで嬉々として部室へと向かった。一年二組の教室がある第一校舎の一階まで降りたところで立夏と別れた。第一校舎とエンタメ部の部室がある第二校舎は一階の渡り廊下で繋がっている。そのため教室から部室に行くには、一度一階まで降りて渡り廊下を経由し、そこからさらに四階まで上がらなければならない。二つの校舎は平行して立っているので、ボク達の教室がある四階からはエンタメ部の部室を眺めることができる。それなのに、実際そこへ行くには長い道のりを歩かなければならない。あまりの遠さに、以前は四階から四階へ飛び移れないだろうかと本気で考えたものだが、一歩間違えれば簡単にあの世行きなので、さすがに自重した。ちなみに計算では、第一校舎の屋上から踏み切り板を使って思いっきり飛べば、なんとか第二校舎四階の窓枠に手がかかる算段だ。試してみたい人はぜひ試してほしい。


 第一校舎を出て渡り廊下を歩く。渡り廊下に壁はなく、安っぽいトタン屋根があるだけの簡素な作りだ。第一校舎と第二校舎に挟まれた中庭に吹くビル風がボクの長い髪を揺らしていく。


 片手で髪を押さえながら歩いていると、前方から大量の本を重ねて運ぶ女の子を見つけた。前がよく見えないようで、「ほわっ」とか「はわっ」とか声を上げながら、栗色の大きなポニーテールを左右に揺らし、あっちへこっちへフラフラとしている。見ていてとても危なっかしい。もう少しで彼女とすれ違うというとき、今までより少しだけ強めの風が吹いた。


「わわわっ」


 彼女が声を上げ、バランスを崩した。積み重ねた本が向かって左に流れ、それに引かれるように彼女の体も倒れる。ここは渡り廊下。下はコンクリート。転ぶと怪我をする。けれど今から走って手を伸ばしても間に合わない。それならっ。


 頭の中でカチッと音が鳴ると同時に地面を力強く蹴る。体中にGを感じながら数歩必要な距離をたった一歩で詰める。すぐに彼女の体を支え、空いた手で崩れそうな本を押さえる。


「大丈夫ですか?」


 コンタクトを入れていない右目を閉じて声を掛ける。彼女はぎゅっと閉じていた両目をおそるおそる開く。


「は、はい。ありがとうございますー」


 前を向いたままペコペコと頭を下げる。


「いえ。重そうですけど、手伝いましょうか?」


「すぐそこなので大丈夫です」


 言いながら彼女が僕の手から離れる。胸元を見ると白い校章を付けている。同級生だったらしい。


「君も一年?」


「はい。助かりましたー。もう少しで大惨事になるところ――」


 彼女はボクより少しばかり背が高いが、それでも平均を下回る背丈に、とても大きくパッチリとした目にリンゴのよう赤い頬。そしてポニーテールが特徴的な、全体的に幼さの残る女の子だった。


 その彼女はボクを見つめたまま固まっていた。目の前で手を振っても反応がない。どうしたのだろうと少し心配になってきたところで、ようやく彼女の口が動いた。


「妖精さん……」


「へ?」


 声が小さくて聞こえなかった。「なに?」と聞き直すと、慌てた様子で「な、なんでもないです」と首を振った。


「そ、そそ、それではちさは用事がありますのでー」


「あ、うん」


 ペコリと頭を下げて、早足に第一校舎へと歩いて行った。そのフラフラと危なっかしい後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、ボクは第二校舎へと向かった。校舎に入るとまずは目の確認と、一階のトイレの鏡を覗き込んだところ、すでに目は元に戻っていた。


 第二校舎は、いつもボク達がいる第一校舎とは違い、移動教室や文化系の部室という常に人がいるわけじゃない部屋が集まっているせいで、とても静かなところだ。第二校舎とは言うが、建てられたのは第一校舎よりもずっと古く、そのため用途不明の空き教室がいくつかある。そのうちの一つが、現在エンタメ部の部室となっている最上階の四階突き当たりにある特別教室七だ。


 広さは普段ボク達がいる教室よりも一回り小さい。少人数の部の部室としては広々としている。部屋の一角には何故かキッチンが備え付けられており、ガスも通っている。学校でいらなくなった冷蔵庫と、各々の家から持ち寄った鍋や食器を置いてあるので、簡単な料理なら作ることができる。


 部室の中央にはゆったりと二人がけできるソファーがローテーブルの周りに三つ。そこから部室の奥を見れば、元からこの部屋にあったガラクタと、茜がどこからか拾ってきたガラクタが山積みにされている。中には何かに使えそうな物があるから捨てずにおいてあるのだけど、そろそろ整理しないとなだれが起きそうだ。


 ちなみにエンタメ部はボクと颯が「学校内に自由に使える部屋がほしい」という、しょうもない理由から起ち上げた部活だ。正式名称は『せっかくのエンだからタメになることをしよう部』。略してエンタメ部。決してエンターテイメント部の略ではありません。


「こんにち――」


「つっかさー。昨日振りだねぇー!」


「みゃっ!?」


「こら茜っ」


 部室に入ったボクを見つけると、さっそく茜がボクを抱きしめた。沙紀に頭をハリセンで叩かれて、渋々茜はボクから離れソファーに座った。沙紀、茜が座るソファーの対面には颯が、そしてボクはそれとは別の三つめソファーに腰を下ろした。


 沙紀が淹れてくれたお茶を啜る。「美味しいです」と感想を伝えると、沙紀は「ありがとう」と微笑んだ。


「千沙都が来るまでもう少し待ってね。そろそろ戻ってくるはずだから」


 キョロキョロと部屋を見回していたボクに沙紀が言う。


「私の親戚の子で、一年五組の比与森千沙都ひよもりちさとって言うのだけど、知っているかしら? クラスが違うし、司ちゃんは知らないでしょうね。千沙都は司ちゃんのことを知っているようだけど」


 そう言って沙紀が意味深に含み笑う。茜や颯と違って表情から何を考えているか読み取れないのでちょっと怖い。


「さっきまでいたのだけど、茜がガラクタの中から図書館で借りた本を見つけてね、それを返しに行って貰っているのよ。ここに来る途中でそういう子見なかった?」


 見た。渡り廊下で高く積んだ本をふらつきながら運ぶ女の子。そうか。あの子が――


「戻りましたぁ。もう、茜先輩酷いですよー。先輩が借りた本なのに返しに行ったちさが怒られたじゃないですかー」


 入ってきたのはボクが想像していた通りのポニーテールのあの子だった。


「ごめんごめん。だってあたしが返しに行ったら絶対他の本も催促されるから」


「もう茜先輩の……都合……で……」


 比与森さんと目が合った。『え』の形で口が開いたまま固まっている。ボクがお茶を啜りながら首を傾げると、「はわっ」と声を上げた。何をそんなに驚いているのだろう。


「ど、どど、どうしてここに妖精さんが!?」


「ぶっ!?」


「うおっ!?」


 吹いたお茶が颯にかかった。ゴホゴホとむせながら鞄からハンカチを取り出す。


「す、すみません」


「いや大丈夫。たいしてかかってないし」


 ボクからハンカチを受け取ってカーディガンを拭く。幸いにして上着のあたりにしか飛ばなかったようだ。茜がボクをじーっと見つめる。


「妖精さん……たしかにそう見えなくも」


「見えませんっ」


「見えるって。ソファーに広がる銀髪サラサラストレートヘアーに、透き通るように青い目と白い肌。そしてこのミニマムサイズ。うん、これはもうあたしのだ」


「さらっと最後になに言っちゃってるんですかっ」


「これは、私の、ものです」


「和訳みたいに言わな――うにゃ!?」


 茜が抱きついてきた。突然のことに驚いたが、すぐに我に返り、彼女を引きはがそうと手に力を込める。しかしボクの腕力ではうんともすんとも言わない。


「茜、離れなさい」


「えー、すべすべして気持ちいいからもう少しこのままー」


 茜が頬ずりしてくる。鬱陶しくも、これぐらいなら身体測定の立夏よりマシだなんて思っていたら、左手をブレザーの中に差し入れて胸まで揉んできた。さすがにこれはやり過ぎ――


「茜、離れなさい」


「もうすこ――っ!?」


 茜の体がビクッと震え、サッと引き下がった。何事かと見上げると、バールのようなものを手に持った沙紀がニッコリと微笑んで茜を見下ろしていた。


「司ちゃんが困るから、大人しくしなさい。分かった?」


 ぶんぶんと首を縦に振る茜を尻目に、比与森さんがボクの隣に座る。


「さ、先ほどはありがとうでしたー。えっと、比与森千沙都と言いますです。五組です。よろしくお願いしますです」


 そう自己紹介する比与森さんの目は輝いていた。なんというか……ウィンドウショッピングで気に入った服を見つけた時の美衣のようだ。


「えっと、比与森さんね。ボクは――」


「ちさのことはちさとお呼び下さい。吉名司さんですよね? 入学式の登校の頃からファンでした」


「ふ、ふぁん?」


 思いもよらぬ言葉が飛び出てきて反応に困ってしまう。ファンってどういうことだ。ボクは一般人だぞ?


「そうですファンなのです。司さんは知らないと思いますが、今五組を中心として秘密裏にファ――」


「はい、千沙都。それ以上はダメよ」


 相変わらずニコニコとした沙紀が千沙都の口を両手で押さえた。ちさがなにを言おうとしたのか気になったけど、沙紀の笑顔が怖いのでやめておこう。


「さて、これでエンタメ部員全員が揃ったわけだけど……さすが五人もいると部活って感じがするね。よしっ!」


 茜が勢いよく立ち上がる。


「昨日言ったとおり、新入生歓迎会ということで、ご飯でも食べに行きましょっか」


「別にそれはいいけど、安いところにしとけよ?」


「そのあたりは抜かりありませんっ」


 茜が胸を張る。信用していいのか悪いのか。茜のことだからどっちに転ぶか分からない。


「とにかく、新入生歓迎会アンドあたしの部長就任祝いということで、この部費を使って――」


 茜が立ち上がり、鞄から茶封筒を取り出す。きっとあれに部費が入っているのだろう。それを握りつぶした。


「恒例の回転寿司へ行こうっ!」

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