その17 「たかが1センチ」
沙紀に正体がバレて、エンタメ部に入部することを伝えたその足で部室へいくと、案の定そこにいた茜に抱きつかれて、ボクは「うにゃ!?」と声を上げてしまった。
茜も颯も、ボクの入部に喜んでくれた。どうやら今年から最低部員数が五人になったらしく、ボクがちょうど五人目だった。茜、沙紀、颯、ボク、そして今日は用事でいないという沙紀の親戚の新一年生。ボクが入らなければ同好会に格下げされていたかもしれなかったのだ。
そんな状況なのに、沙紀はボクに入らなくていいと言っていたわけだ。部よりもボクのことを考えてくれた。それがとても嬉しかった。
機嫌のいい茜は「明日は新入生歓迎会をやります」と宣言した。だいたいの予想をつけつつ、それに心踊らせるボクはきっと単純なんだろう。
そうして入部初日は終わった。
◇◆◇◆
「やあ、吉名さん、司さんおはよう」
昇降口でまたあの男と会った。名前なんだっけ。たしか、い、いず……泉。そうだ泉だ。
「おはよう」
「おはようございます。泉先輩」
ボクの挨拶に、美衣が怪訝な表情をする。
「泉? 司、この人は泉じゃ――」
「吉名さん待つんだ。僕の名前は泉。泉なんだよ」
「……はい?」
「司さんが僕のことを泉と呼んだんだ。だったら今から僕は泉さ」
美衣が眉間に皺を寄せ、「何言ってるのコイツ」という顔をしている。会話と様子からして、どうやらこの男は泉ではないらしい。いくら変な人でも、名前を間違えるのはよろしくない。ここは素直に謝ろう。
「すみません。名前を間違ってしまって」
「構わないさ。それに、今僕は自ら『泉』と名乗ったんだ。構うことはないよ」
自称泉がフワサッと髪を払う。今日は香水を使っているらしい。いい匂いがする。でも正直ちょっとキモい。
「ああ。この香りかい? 今日はフレグランスを振ってみたんだ。どうかな?」
いやどうかなと言われても。良い匂いとは思うけど、それ以上の感想はない。ボクにとってそれは、フレグランスとクリアランスが似ていることくらいどうでもいい。だから自慢気に両手を広げるのはやめてくれ。それと、あまり香水の匂いがキツイと風紀委員に捕まるぞ。いくらうちの学校が校則緩いといっても、ものには限度というものがある。
「えっと……いいと思いますよ」
実年齢18歳、大学一年生らしく、最大限の営業スマイルで答える。これが大人の対応ってやつだ。
「そ、そうかい? 本当にそう思うかい!?」
「ひっ。は、はい」
途端に泉がその目をやたらキラキラと輝かせ始めた。びっくりして小さな悲鳴が漏れてしまった。
「フフフ。今日はいい日になりそうだ。……おっともうこんな時間か。引き留めて悪かったね。早く教室に行くといい。ホームルームが始まってしまうよ?」
「は、はい。それじゃ失礼します」
会釈して早々にその場を離れる。数歩歩いて振り返ると、美衣が泉に鞄を放り投げていた。ちらりとこちらを見た美衣と目が合ったので、グッと親指を立てた。
◇◆◇◆
この学校を卒業したことのあるボクにとっては、受講するそのほとんどが一度は経験したカリキュラムだったが、二度目となるどの授業もとてもためになり、そしてとても興味の惹かれる内容だった。さすが義務教育ではない私立の進学校の先生だ。どうやったらボク達が飽きることなく真面目に授業を聞いてくれるのか理解している。おかげで毎時間ホントに楽しくて、夢中になって先生の話に耳を傾けた。やはり高校の授業は面白い。
……なんてことがあるはずもなく、呪文のような教科書の朗読や、ホワイトボードに展開される幾何学模様とミミズ文字にバタフライ並の睡魔の魔法をかけられたボクは、毎時間のように酷い眠気に襲われ、それに全力で立ち向かっていた。……え? 眠気に負けて寝てたんじゃないかって? もちろんそんなことはない。その証拠にちゃんとノートは取っているんだから。ただ、全部書き写したはずのホワイトボードが、次に気付いたときには全て書き直されているのには毎回驚かされているけど……。
それにしてもだ。なんだこの授業は? こんなの習ったっけ? まったく記憶にございません。これでも去年は希望の大学に合格するため、一年から三年までの教科書全てに目を通し、総復習したのだけど……。はっ、そうか。きっと授業内容が改訂されたんだ。それでボクが習っていないカリキュラムが新たに盛り込まれた。間違いない、それだ。でも、そのわりには理解不能な箇所が多い気も……いいや気のせい、気のせいだ。
二度目の高校生活なんだから楽勝楽勝。もしかすると、一度目では無理だった学年成績トップテン入りも夢ではないかもしれない。……と、入学式の翌日まではそう思っていたのに、数日経たずして急ブレーキがかかってしまった。しかし、みんなよりも大きなアドバンテージがあるのは事実。科目を担当する先生もだいたい同じでテストの傾向もバッチリ。これだけの優位性があれば、トップテンは無理でも上位陣に加わることは出来るはずだ。テスト後の廊下に張り出される張り紙の上部に名前を連ねるボクを見て、美衣が腰を抜かす日も近い。クックック……。
「ん、どうした? 突然笑い出して」
「クックックッ……なんでもない」
危ない危ない。いつの間にやら笑い声が漏れていたらしい。立夏が変な顔をしている。しかし、こんなことになるんだったら「大学合格記念!」だとか言って、三年間書き溜めたノートをシュレッダーに突っ込むんじゃなかった。あんなことしなければ、今頃こんな苦行に苛まれることなく、惰眠をむさぼれていたものを……。いくら二度目で強くてコンテニューだと言っても、復習のためにノートは必要なのだ。
過去の行いを悔やみながら前方で展開される幾何学模様を頑張ってノートに写していた二限目の数学の授業中。ふいに二回ノックされた扉がゆっくりと開いた。
「そろそろ一組が終わりそうなので、保健室へ来てくださーい」
半身だけ覗かせた女の子は、それだけ言って扉を閉めた。
「もうきたのか。いやだなー」
立夏がボクの方を向いて言う。周りがざわざわと騒がしくなり、先生は板書を止めて、「終わったら戻って来いよー」と、近くのパイプに座って文庫本を読み始めた。
「司、なにぼーっとしてるんだ?」
いつの間にか席を立っていた立夏がボクの顔をのぞき込む。
「保健室に何しに行くのかな~って」
「何って、身体測定だよ。ホームルームで言ってただろ?」
ホームルームの間はぐで~としていたから話なんて右から左だ。なんとなくそんな話をしていたような気がしないでもないけど。
「あー、うん。言ってたかも」
「かもじゃなくて言ってたんだよ。ほら行くぞ」
立夏に手を引かれて無理矢理立たされる。教室を出て廊下をぞろぞろと歩いて行く。保健室前にたどり着くと、中から男性の看護師が出てきた。まずは男子から、女子はしばらく待つようにとのこと。
「じゃあ行ってく――」
ボクは立夏に手を振って保健室へ――
「ちょっと待て。どこへ行く」
立夏に腕を掴まれた。一瞬なんで? と思ったが、すぐに自分が女だったことを思い出す。
「あ、あはははは」
「笑って誤魔化すな」
「……ぼ、ぼーっとしてた」
立夏が呆れたようにため息をつき、ボクを半眼で見つめる。
「まったく、司は時々ぼけーっとするよな。ほら朝もそうだったし」
「そ、そうかな?」
「そうそう。今日は特に酷い。ちゃんと朝ご飯食べ……って、今日はさすがに食べてきてないか。そうか、それで今日は朝からぼけぼけしてるのか」
そんなにぼけぼけ言わなくても。これでもしっかりしてるつもりなのに。たぶん。
「はぁ。お腹が減ったぁ~……」
「まだ二限目なのに?」
「朝食べてないからな。司もそうだろ?」
「いつも通りパンと牛乳とサラダ食べたよ」
子供の頃からずっと朝ご飯は食べてきたので、朝を抜くと調子が出ないのだ。やっぱり朝は食べるべきだよ。うん。
「身体測定の朝にご飯を食べてくるとは……あー、なるほど」
立夏が眉間に皺を寄せ、ボクを見て下から上へと視線を移す。
「な、なに?」
「……する必要ないってか」
吐き捨てるように言うと、窓枠に手を置いて外を眺め始める。声をかけづらい雰囲気だ。立夏は大きくため息をついた。
「世の中って、不公平だよな」
遠くの空を見上げ、少しだけ憂いを帯びた表情をして、立夏は目を細めた。黄昏れたい気分なのだろうか。まあ、立夏も高校生だ。いろいろと思い悩むこともあるのだろう。ここはそっとしておいてあげよう。
よく分からないまま立夏と一緒に窓の外を眺めていると、しばらくして女性の看護師が保健室から顔を出した。
「お、やっと女子の番か」
窓枠から手を離し、保健室へと歩き出す立夏。
「いってらっしゃい」
「司も行くんだよ」
またもや腕を掴まれた。立夏はすぐに手を出す。困ったものだ。
「分かってるって。じゃあ保健室、に……?」
そのとき、ボクはあることに気付いた。そういえばこれ、このボクの状況。周りはみんな女の子。ボクも一応女だけど、元男。そんな状況下で身体測定。これって……。
「どした司。顔が赤いぞ?」
「へ? な、なんでもない、なんでもない! あははは」
「変なヤツ」
不思議そうにボクを見てから、保健室へと入っていく。もちろん腕を掴まれているボクもそれに続いた。
「うわぁ……」
中に入り、目の前に広がる光景に思わず後ずさる。
うちの学校は結構親切設計で、身体測定の時に付き添う看護師や医者は、男子の時は男性が、女子の時は女性と、それぞれ同性が担当することになっている。今のボクが男か女かと聞かれたら、おそらく十人中十人が女と答えるような、どこからどうみても女なわけで、必然的に身体測定も女の中に放り込まれる。
つまり、今ボクの周りには女の子しかいないのだ。
「あーん。体重が去年より増えたぁー」
「あんた春休み前に合格祝いだかなんだか言って、お菓子バリバリ食べてたものね」
「あら、二人は中学一緒?」
「ええ。この子今はこんなだけど、中学の頃はウエストにくびれがあったのよ?」
「えぇー。今もあるよー。ほら」
「なに言ってるの。お肉付いてるじゃない」
「きゃっ。ちょっと摘ままないでよー」
……おぉう。目が甘い。味覚があるはずのない目が凄く甘い。男子の身体測定ではあり得ない光景だ。男の身体測定はただ黙々と計測して終わるのが普通なのだが、眼前では女の子が自らの制服をまくり上げてお腹を出し、別の女の子が後ろから抱きつくようにしてウエストをぷにっと摘まんでいる。異性がいないからみんな開放的だ。簡単に素肌をさらけ出している。
なんだよこんなの予想してなかったよ!? 見ているこっちが恥ずかしくなって、顔を手で覆いたくなる。でもそれは女同士だというのに不自然すぎる。できるだけ見ないように目を逸らす努力をするが、元男の本能がそうさせるのか、どうしても目がそっちにいってしまう。
きっと男からすれば、今ここは桃源郷なのだろう。しかしそれは自分が安全な立ち位置であればの話。さらに今のボクは女。男ではない。変な反応をすること自体おかしいのだ。平常心平常心……。
「司、本当に大丈夫か? 顔真っ赤だぞ」
「う、うん平気平気! ちょーっと保健室が熱いせいかな~」
とてもとてもわざとらしく、手をパタパタとする。
「そうか? んじゃまあ体重から測ろうか」
身体測定は二人ペアになって交互に測定することになっている。ボクは立夏とペアを組むことになっている。まずは体重。ボクからということで、脱いだブレザーと貴重品を近くのカゴに入れ、とくに躊躇することなく体重計に足を乗せる。針が動き、ある目盛りで止まる。
「な、なんだこの見たこともない数字は……?」
「ふーん。こんなもんか」
女の子というものは軽いんだな。あ、身長が低いからか。
「こんなもん……? クッ。勝者の貫禄かっ」
「なにが?」
「何でもない!」
そっぽを向かれる。首を傾げていると、クラスメイトの子が後ろから肩を叩いて「触れないであげて」と哀愁満載で微笑んだ。
続いて立夏。ブレザーを脱ぎ、ポケットをまさぐり、携帯やらハンカチやら財布やらあめ玉やらコンビニのレシートやらをカゴに移す。あ、そういえばさっき時計をしたままだった。誤差だろうし別にいいか。
「朝は抜いてきた。下剤飲んでトイレも行ったし、ワイヤーなしのブラもしてきた。抜かりはないはず」
またなんかぶつぶつと呟いている。後ろがつかえているから、早く乗ればいいのに。その後も二言三言呟いてから、立夏はそっと体重計に乗った。ガチャンと目盛りが動き、止まる。
「な、なんで増えてるんだ!?」
「んー? ボクと三、四キロしか違わないよ」
「言うなあぁー!」
口を塞がれた。間近にある立夏の顔が赤い。三キロぐらい誤差だと思うけど。
「こ、こうなったら制服脱いでもう一度測定を――!」
「り、立夏! ストップストーップ!」
慌ててスカートのジッパーを下げようとした手を掴む。
「ちゃんと制服分の一キロ引いてるんだから脱がなくていいって!」
「ぬぐぐぐ……。そ、そうだな。みんな同じ条件で計っているんだ。あたしだけ違うのは公正に反するよな」
納得してくれたようで、ジッパーから手を離してくれた。でも、記録用紙に書く時の手はプルプルと震えていた。
続いては身長。お互い測定し終えると、立夏は上機嫌になった。
「よしっ。司より一センチも高い」
「くぅ。たかが一センチ」
「たかが一センチ。されど一センチ。二桁目が変わる一センチはとても大きいんだよ」
「い、一利ある……」
これはちょっと、いやかなり悔しいかもしれない。というより、身長低すぎるだろ。男の時より二十センチ以上低くなっているなんて。
くよくよしても仕方ないので、これから毎日今までの倍の牛乳を飲むことを誓って、座高へ移る。
「や、やっぱり司は外国人だろ……」
「生粋の日本人だって」
「ありえない……あたしより身長が低いのに、あたしより脚が長いだなんて!」
立夏が頭を抱えた。「胴長短足」と呟く立夏をまあまあとなだめ、スリーサイズを計るためのメジャーを持ってくる。
よし、これが済めば、あとは内科検診で終わりだ。心の中でガッツポーズをとって視線を立夏に向ける。
「最近バストとウエストとヒップが出てきた気がするんだよな~……って全部じゃないか! ははは」
「り、立夏!?」
一人でボケツッコミしていた立夏が笑いながらブラウス、そしてスカートを脱いだ。無防備にさらけ出される眩しい女の子の肌。もちろんブラもパンツも隠すことなく丸見えだ。
「わわわ……」
せっかく落ち着いてきていたのに、また顔が熱くなってくる。
「な、なんで脱ぐの!?」
「なんでって、脱がないと計れないだろ?」
男の時は服の上からだったのに。……ってそうか。女は男と違って体の凹凸が激しい。ちゃんと脱いでからでないと正確に計れないのか。
「それじゃよろしく」
「う、うん……」
えっと。メ、メジャーを当てて計るんだよな? バストとウエストとヒップ。……い、いいのか? どうやっても触っちゃうぞこれ?
「さ、触るけどいい?」
「そりゃ触らないと計れないだろ」
ごもっともです。では……。
「できるだけ見ないようにするから」
「むしろちゃんと見て計ってくれ」
目がそらせなくなった。くぅ……こ、こうなったら覚悟を決めるしかない。が、頑張れボク。立夏は同性、同性なんだ。だから触れても何ら問題なし。問題なんてこれっぽっちもないんだ。
震える指先でメジャーを持ち、ぐるっと立夏の体を一周させる。そしてバスト、ウエスト、ヒップと当てていき、計っていく。女の子らしい曲線を描いた体は、見ているだけでもドキドキするのに、触るとふにゅふにゅと柔らかく、胸なんかはとくに触っていて気持ちよかった。おかげでのぼせそうなくらいに頭に血が上り、くらくらとした。あ、鼻血でそう。
「は、はかりおえまひた」
「ありがと。どれどれ。まったく、また胸だけ育ちやがって……って、司はなんで鼻を摘まんで上を見てるんだ?」
「ひょっとひんひゅうひらいでひて(ちょっと緊急事態でして)……」
トントンと首の後ろを叩き、しばらくして鼻から手を離す。危なかった。ちょっと血みたいなものが喉を流れた。自分の血を飲んでも仕方ないのに。
「次は司の番な」
「うん。……へ!?」
制服を着直しながら立夏が言った。次はボクの番。ボクの番。ボクの……。
「えっと、服の上からでいいよ?」
「だめだめ。ちゃんと計らないと。ほら脱げって」
「わわっ、ちょっと!?」
立夏がボクのブラウスのボタンに手をかける。一つ二つと、上から順に外していく。あまりの手際の良さに、気付けば全て外され、胸やらお腹やら隠れていた部分が周囲に晒される。
「うわっ。細っ、白っ」
『――っ!?』
「ひぃぃっ」
立夏の声にバッとクラスのみんながこちらに視線を向ける。なんか目がギラギラしている。ふいに脳裏にお母さんの姿が浮かぶ。そうだ。これはお母さんがボクを見るときに見せる目だ。恥ずかしさにブラウスの前を手で押さえる。明らかに残念そうな顔をして、みんなが視線を外した。
「り、立夏。悪いけど、このまま手を差し込んで計って貰えるかな?」
「いいけど。そんなに恥ずかしがらなくてもいいんじゃないか?」
「あんまり人前で肌を晒したことなくて。あ、あはは」
この前女になったばかりだからな。
「ふーん。んじゃ、ウエストから計るからな」
立夏がその場にしゃがみ、できるだけブラウスが捲れないように下から手を差し込んでウエストにメジャーを当てる。
「ひゃんっ」
「あ、メジャーが冷たかったか?」
「う、うん」
ひんやりとしたメジャーがお腹に当って声が出てしまった。
「司って敏感なんだな」
「そう?」
お腹のメジャーがキュッと締る。「なにこれ」と目盛りを見る立夏が眉間に皺を寄せている。機嫌が悪そうなので触れないようにする。次は胸と、ブラウスの中にさらに手を差し込む。たまにぺたっと肌に触れる手がくすぐったい。メジャーが胸の一番高いところに当てられる。
……んっ。今立夏、ボクの胸を揉まなかったか?
「おぉっ。司の胸、小さいけど柔らかくて気持ちいいな」
と思っていたら、大胆にも二つの膨らみを両手で鷲づかみされた。
「り、立夏ちょっと、あっ、やめ。そこは、ダメっ、んあ!」
『――っ!?』
「ひぃぃっ!?」
身悶えていると、またみんながボクを見ていた。しかも今度はみんなの目が血走っているような……。いやいや、今はそれよりも立夏を止めないと。
「り、立夏。そろそろ、やめ、あぅ。止めないと、ひあっ!? 怒るよっ!?」
「えー。もう少し」
「も、もう少しって、ふうぅ……」
人差し指を囓って声を抑える。視界に映る女の子の一人が前に出て手を上げた。
「立夏、あたしにも触らせて!」
「わたしも!」
続いてもう一人。触らせてって、なにこれ立候補!?
「ダメダメ。司が困るだろ?」
もうすでに困ってるんですけどっ!?
「それにこれは出席番号の近いあたしだけの特権だからな」
「そんなこと言わずに少しだけ!」
「ダメなものはダメ」
立夏に断られ、がっくりと肩を落とすクラスメイト。なんで世界が終わりを迎えたような、悲しげな顔をするんだ。その後やっと胸を解放した立夏はとても満足げだった。こっちは息が上がってるというのに。
胸を計ったら最後はヒップ。もういいだろうとブラウスのボタンを留めると、「あぁ……」とどこからともなく落胆の声が聞こえた。そんなに見たいなら自分のを見なさい。
ヒップはスカートを穿いたまま計ることができた。また立夏がぺたぺたと触ってきて「いいなあ」と呟いていたがスルー。早く終わらせてくれ。
そうしてやっと測定が終わった。
「二勝四敗。完敗だ……」
立夏が膝をついて項垂れている。そうしたいのはこっちだ。はあ、これがお嫁にいけないってヤツかぁ……。まさか自分の身で体験することになるとは。……いいや、立夏にしか触られてないから、まだ良しとしよう。うん。
その後は内科検診。ここからはついたてをした先で医者に診察してもらう。医者に見られてしまうわけだけど、知人ではなくまったくの他人に見られるわけだからまだマシだ。冷たい聴診器を胸に当てられたときは声が出そうになったけど、なんとか踏みとどまった。「目を見るからコンタクトをしているなら外して」と言われた。躊躇したが、これは診察だと割り切って、左目のコンタクトレンズを外し、ケースにしまう。家族以外に素の左目を晒したのは初めてだ。どんな反応をするだろうと伺っていたら、医者が「おぉ……」と小さく声を漏らした。ボクの視線に気付くと、「すまない。君の瞳がとても綺麗だったからみとれてしまった」と言って謝った。医者が患者の身体的特徴について感想を述べるのはどうだろうと思いつつも「気にしていません」と答える。
診察が終わり、お礼を言ってその場を去る。近くに鏡がなかったので左目は閉じたまま、先に診察が終わっていた立夏の元へ戻った。
「左目どうかしたのか?」
「気にしないで」
答えながら教室へと向かい歩き始める。トイレでコンタクトを入れ直そうかと考え、そしてどうやって先に立夏を教室に戻らせようかと頭を働かせる。
いろいろと考えた結果、きっと立夏はトイレだろうがどこだろうが付いてきそうに思えたので、ここはあえてトイレに誘い、彼女が個室に入ったところを見計らい急いでコンタクトを入れ直した。微妙にずれて入って涙が出たけど、作戦は成功。ただ、個室から出てきた立夏が、左目から涙を流すボクを見て「ど、どうした!?」と気が動転した様子で肩をガクガクと揺すられたのは想定外だったけど。