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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第二章 せっかくの縁だから為になることをしよう
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その15 「美衣の妹の吉名司です」

「あ、司ー!」


 中庭のベンチでぐったりしていると、渡り廊下からボクを見つけた美衣が上履きのままでこちらに走ってきた。


「土足厳禁」


「細かいこと言わない。こんなところでどうしたの?」


 美衣がボクの隣に座る。


「ん、いや、別に……」


 さっき校舎裏で手紙を渡して、告白を断ってきましたなんて言えない。


「あ、告白を断ってきたとか?」


「なんで分かるの!?」


「……司、そんなにすぐバラしちゃダメだよ」


「あ……」


 やられた。鎌をかけられたのか。美衣が大袈裟に肩を竦める。


「でも、なんで断ったの? 二年の坂本君って言えば女子の中でも結構人気あるのに。顔良し性格も良し。運動神経も良くてクラスでも人気者だよ?」


「な、なんで坂本から告白されたこと知ってるんだよ!?」


「しーっ。司、『坂本先輩』だよ」


 美衣が口の前に人差し指を立てる。声が大きくなっていたことに気付いて慌てて口を噤み、周囲を見回す。……よし、誰もいない。


「司も坂本君も知名度あるから、これぐらいみんな知ってるって。明日になれば振られたことも広まるんじゃないかな?」


「そ、そうか。悪いことしたかな」


 明日になればアイツもさらし者の刑……ん? いつの間にボクの知名度が上がってるんだ?


「司は坂本君と付き合いたかったの?」


「いや全然まったくこれっぽっちも」


 全力で否定する。


「ならいいじゃない」


 結果としてはそうだろうけど、それによって彼が心に傷を負うと思うと、どうしても罪悪感が生まれてしまう。こういうのを偽善というのだろうか。


「まっ、司は根が真面目過ぎるからね。気になるのも仕方ないと思うけど、そういうのは気にしたら負けなんだって」


「そ、そういうものですか……」


「そういうものです」


 むんっと胸を張る美衣。ボクより大きな胸が強調される。やっぱり大きいと肩こりとかするのだろうか。ふとそんなことを思う。


「それよりジュース飲みにいこうよ。喉渇いちゃった」


「いいよ。今日はボクが勝ちそうな気がするし」


 美衣が勢いよくベンチから立ち上がる。ボクもそれに続き、並んで渡り廊下へと向かう。


「司はジャンケン弱いし、それはどうかな~。じゃあ私はチョキ出すから」


「ちょ、宣言は卑怯だ。あれ出そうって決めてたのにそんなこと言われると揺らぐじゃないか」


「ってことはグー出すつもりだったんだ」


「な、なぜそれを……」


「だからバラしちゃだめだって……」


「あ……」


 また美衣が肩を竦める。廊下の手前で靴を脱ぎ、靴下で上がる。靴下の裏が汚れるけど仕方ない。いちいち外からぐるりと昇降口まで回っていたら時間がかかる。一度昇降口へ向かい下駄箱に靴をしまって上履きを履く。そして食堂前にある自販機コーナーへと廊下を歩いている時だった。


「っだ」


 曲がり角で誰かにぶつかった。走っていたわけじゃないので倒れるようなことはなかったが、少し鼻をぶつけてしまう。


「ああ、悪い。怪我はなかったか? ……え、えくすきゅーずみー?」


「だ、大丈夫です。あと日本人なので日本語で結構……」


 顔を上げると、そこには見知った顔があった。思わずぽかんと口を開けたまま凝視してしまう。


 ぶつかった相手は颯だった。一年前と何ら変わらず、だらしなく裾の出たカッターシャツの上に濃い赤色のカーディガンを着て、首に巻いたネクタイはしないほうがいいんじゃないかってくらい緩めてある。上は着崩してるのに、灰色チェックのズボンはどこも弄弄ることなく普通に穿いている。風紀委員に注意されそうな金色の髪だけは一年前より若干伸びている。その姿は全体的に見ると、町中で時々出会う不良のようだ。あ、ピアスとかしてない分まだマシか。


「どうした? 俺の顔に何かついてるか?」


「……ヘ? あ、いや」


 凝視していたことに気付き、慌てて顔をそらす。


「な、なんでもない……ですっ」


 タメ口で話してしまいそうになって、急いで取り繕う。あ、危なかった……完全に努として話していた。それより、なんでここに颯が? って、そうだよ。電話でも言ってたじゃないか。今年三年なんだって。ここにいて当たり前じゃないか。


「あー、司だー」


「うにゃ!?」


 颯の影から現われた茜に、避ける暇も無く抱きしめられた。また驚きと圧迫で変な声が出た。


「今日もかわいいねー」


「あ、あの……っ」


 いつものように頬をすり寄せてくる。入学式のあの日からずっと変わらない。出会えば毎回これだ。頭一つボクより背が高いせいか、体を持ち上げられてつま先立ちになる。しかも藻掻けば胸の感触が伝わってくるので無闇に動けず、逃げようにも逃げられない。


 どうしよう。さすがに鬱陶しい。すねでも蹴ってみようか。それくらいなら許されるような気がする。しかしその場所は弁慶でも泣いてしまう人体の急所。いかに強靱な茜でも痛みを伴うだろうし……。


「こら茜」


 ふいに茜の頭に大きなハリセンが振り下ろされる。スパーンと乾いた音が廊下に響く。


「いだっ!?」


 茜が涙目で振り返る。腕の力が緩んだ隙に茜から離れる。ふぅと息をついてから顔を上げると、そこにはハリセンを持った女の子が立っていた。


「まったく茜は……。ごめんなさい。茜は相手のことなんか考えずにすぐ行動に移すから。でも悪い子じゃないから許してあげてね」


 女の子は目を細めて、にっこりと笑った。


「私は五百藏沙紀いおろいさき。茜の友達よ」


 もちろん茜同様に沙紀のこともボクは知っている。茜と同じ三年三組で、部活も同じエンタメ部に所属していることも。


 沙紀は金色に近い茶色のセミロングの髪とそれを結わえた大きな白いリボンが特徴的な女の子で、茶色の両目はいつも眠そうに半分閉じている。動きも人より少し緩慢でトロそうに見えるけど、頭の中では常にいろいろ考えているらしく、突然切れ味鋭い言葉を口走ることもある子だ。茜とは違って大人しい子だから、ほとんど良い印象しかない。って、それでいいんじゃないか。茜を標準で考えてどうする。


「ほら茜、ちゃんと謝って」


「ご、ごめんなさい」


 沙紀に頭を押さえられて半ば無理矢理頭を下げさせられる茜。二人の関係は相変わらずのようだ。


「あら。隣にいるのは美衣ちゃんよね?」


「は、はい。五百藏先輩お久しぶりです」


 美衣が緊張した様子で挨拶する。美衣は美術部に所属しているため、エンタメ部の面々とは疎遠なのだ。


「お久しぶり。美衣ちゃんはこの子の知り合い?」


「えっと、あの」


「あー、そういえば司って苗字が吉名だよね? 親戚か何かとか?」


「そ、そう、ですね……えーと……」


 美衣が言葉を詰まらせ、ボクに助けを求めるように視線を送る。それは同時に、颯という友達に、そして茜、沙紀という仲の良かった後輩に、『司』のことをどう説明するのかをボクに問う意味も兼ねていた。いや、むしろそっちの意味合いが強いだろう。


 これはボクの問題だ。美衣が答える必要はない。こっそり美衣のブレザーの裾を引っ張る。美衣がそれに気付き、口を閉ざす。


 遠くからこちらに向かって歩いてくる生徒が見える。だからというわけじゃない。きっと周りに誰もいなくても、ボクはこう答えただろう。


「ボクは美衣の妹の吉名司です」


『妹!?』


 三人の声が綺麗に被る。そして大きく開いた目がこちらに向けられる。


「髪とか目とか全然違うのに!?」


「隔世遺伝といって、ひいお婆ちゃんに似たみたいです」


 「へぇ~」と茜が髪と目を交互に見る。


「努先輩にこんなかわいらしい妹がいたのね」


「去年までずっと病気の治療のために親元を離れていたんです」


 「そうなの」と沙紀が悲しげに眉尻を下げる。


「けどそんな話、努から一言も聞いてないんだけどな……」


「そ、それは――」


 言葉が詰まる。すると今度は美衣がボクの裾を引っ張った。


「きっとお兄ちゃんは言えなかったんだと思います。末っ子の司が病気と闘っているというのに、自分は親元で普通に生活しているということに、後ろめたさを感じていたんだと思います」


 美衣の言葉に颯がハッとしてボクに目を向ける。沙紀同様に目尻を下げたそれは、憐れみの目だった。……なんか居たたまれなくなってきた。胸が痛い。けれど本当のことを言うつもりはなかった。今はまだ、これでいいと思う。


「そうか……。そうとは知らず、酷いことを聞いてしまった。悪かった……」


 相変わらず人を疑うことを知らない颯は簡単に信じてしまった。目尻をぐっと押さえ、何かに耐えているようだった。え、もしかしてコイツ、今ので泣いたの?


 天を仰ぎ、そしてボクを見た。


「楽しい高校生活になるといいな」


 笑顔でそんなことを言われた。きっと彼の脳内では、ボクは凄まじい療養生活を送ってきたことになっているのだろう。さらに居たたまれなくなった。


「自己紹介がまだだったな。俺は明坂颯。君の兄の友達だ」


 言いながら手を差し出してきたので、それを握り拍手する。あれ、そういえば颯は女が苦手だったはず。なのに、自分から握手を求めるなんて。留学で少しは女嫌いを克服したのだろうか。とにかくそれは喜ばしいことだ。これなら、そのうちボクが努だと明かしても……いや、やっぱりダメだ。よく見ると颯の顔が少し引きつっている。きっとボクが努の妹だから我慢しているんだ。


 頭を殴られたような衝撃が僕を襲う。予想通りの反応のはずなのに、ボクは自分が思っていた以上にショックを受けていた。


「颯先輩。そろそろ行くないと時間が」


 沙紀が時計を見ながら言う。


「あ、ああ、そうか。じゃあな、美衣ちゃん。司ちゃん」


「まーたねー。それで颯先輩。部長はどうするんですか?」


「茜がやればいいだろ? 俺は平でいいよ」


「えー。部費の計算とか面倒なのにー」


 颯と茜が言い争いながら去って行く。話の内容からして、エンタメ部の次期部長を誰がするのか、のようだ。沙紀だけは頭を下げてゆっくりと二人の後に続いた。三人が見えなくなるまで、ボクと美衣はその背中を見送った。


「……ふう。疲れた」


「良かったね。バレなくて」


 周りに誰もいないことを確認して美衣が耳元で囁く。


「ああ。さて、今度こそジュースを買いに――」




「努先輩」




 難を逃れたことで完全に油断していた。突然背後から聞こえた声に、ボクは反射的に振り返ってしまった。気付いたときにはもう遅かった。


「やっぱり、そうなんですね……」


 そこにいたのは、いつもと変わらぬ微笑みを浮かべた沙紀だった。

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