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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第二章 せっかくの縁だから為になることをしよう
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その13 「昨日ちょっと声をかけられたぐらい」

 午後からは体育館で部活紹介だった。ボクと立夏は混むのを避けるために、早めに体育館へと向かった。中に入るとまだ人の姿はまばらで、上級生とおぼしき人々が奥の舞台上やその近くで右往左往している。たしか去年も直前になってから舞台順を決めていて今のような状況に陥っていた。その光景をまさかまた見る側に回ることになるなんて。


 担任の先生が立っているところへ並ぶ。順番はどうでもいいとのことなので、立夏と並んで座る。ぼーっと舞台を眺めていると舞台袖から見知った顔が現われた。そのうちの一人の茜は、舞台中央にいた男子生徒に何かを叫び、指を差してからチョークみたいなものを投げた。続けてまだ何か投げようとしたところ、慌てて出てきた女の子に後ろから羽交い締めにされた。彼女はいまだ暴れる茜を引きずりながら舞台袖へと消えていった。


 ……なにしてるんだアイツは。


「なんか舞台の方が騒がしいな。喧嘩でもしてるのか?」


「ど、どうだろう」


 すみません。それうちの後輩です。とは言えないので話を合わせるにとどめる。吉名司は、茜とはほぼ付き合いのない、ただの上級生下級生という立場なのだ。だからボクとはまったくの赤の他人――


『おぉーい! そこの銀髪美少女ぉ~! 昨日振り~!』


 再度舞台袖から出てきた茜が、こちらを向いて大きく両手を振った。満面の笑みで。


 大勢の人が一斉に振り向けば、それは音を発するのだろうか。バッという洗濯物を干すときのような音が体育館に響く。そして向けられる百以上の瞳。ひぃっと悲鳴をあげそうになった口をなんとか押さえ、飲み込む。こ、怖い!


「司。あの先輩と知り合いなのな?」


「き、昨日ちょっと声をかけられたぐらい」


 通算二度目の出会いです。


「はは~ん。司、お前目を付けられたな?」


 立夏がにやにやと笑う。「そうかも」と苦笑を浮かべつつ曖昧に返事する。


『27番目くらいにあたし――がっ!?』


 また何かを叫ぼうとした茜に、舞台袖からバールのような物が飛んできた。鈍い音がしてバタリと倒れて動かなくなった茜の首根っこをむんずと掴むと、「すみません」と頭を下げながら舞台袖へと消えた。


 途端に場内がシーンと静まり返る。数秒後遠くから「いっだあぁぁ!」と声が聞こえて、そこにいた全員が安堵のため息をついた。ボクはこっそり舌打ちしたけど。


 それ以後は何事もなく進み、1年生のほぼ全員が体育館に揃ったところで、今日のメインイベント、部活紹介が始まった。配られた手作り感満載のパンフレットには前半体育会系、後半文化系の部活と大きく分けて掲載されており、1つの部活に付き1ページが割り当てられ、それぞれ個性的なレイアウトで自分達の部をアピールしていた。大抵はそのページの一番上に部の名前が大きく、その下に写真が1、2枚と活動日時、活動場所、活動内容、部員数などの部の情報を箇条書きに並べ、さらにその下に部長の勧誘メッセージが添えられていた。


 それを眺めつつ、舞台で行われている部の代表者による勧誘紹介演説を見聞きする。そのほとんどがパンフレットを読むだけのやる意味があるのかどうか微妙なものだったが、中にはユニフォームを着て、実践してみせるような積極性のある部もあった。落語部は文字通り即興の落語を始めたが、時間切れで凄く中途半端な終わり方をしたり、ボーリング部は舞台でボーリングの玉を転がして先生に怒られていた。ちなみに野球部は何故かタイヤ引きをしていた。意味が解らない。


 そして27番目。ついにやってきた。


『では続いては、エンタメ部の勧誘演説です』


 エンタメ部。活動日時不定、活動内容とくになし、活動場所は第二校舎の4階突き当たりの特別教室7。部員数2人。パンフレットにはそう書いてある。


 なんてあやしい部だ。パンフレットの中身のなさが怪しさに拍車をかけている。


「変な部活だな。なんでクラブじゃなくてちゃんとした部として成立してるんだろう?」


「さ、さあ?」


 単純にちょうど暇そうな先生を顧問にできたからです。


 舞台を見れば、舞台袖から茜が出てきて、中央に置かれたマイクスタンドの前に立った。なんか凄く面倒くさそうな顔をしている。


『えー。本当なら照明やら舞台効果を使って派手な演説をかましてやろうと思ったのですが、生徒会に拒否られたのでテンションだだ下がり中です。ギリギリまでお願いしたのに首を縦に振りませんでした。期待してくれた人にはすみませんが、悪いのは生徒会の会長なのでそっちによろしく』


 ああそうか。さっき舞台上で揉めていたのは生徒会の会長だったのか。とりあえず誰も期待してないから安心してほしい。


『えっと、我がエンタメ部はとくに何もせずだらだらと部室でくっちゃべる自由が売りの部です。顧問もやる気がまったく見られない数学の川辺先生です。あの脱いだ靴下を机の下に集めるのが趣味の先生です』


 いやそのネタは新入生には受けないって。


『なので入っても目新しいことはありません。ぶっちゃけ何かしようとか言われても困るのでそう言う人はレクリエーション部にでもいってください。やる気のない人、でも部室にはちゃんと顔を出す人を募集しています。できればあと二人。あと二人入らないとクラブに格下げされるんですよ。それだけは阻止したいので、ぜひあと二人誰かよろしく』


 ……いったい今の演説で誰が入ろうだなんて思うのだろう。きっと誰も思わない。ええ、このボクでさえも。


『今なら昨日ゲーセンのクレーンゲームで取ったこのやたらでかい2/1スケールのムラサキウニのオブジェあげるから』


「よし入部しよう」


「つ、司?」


 呼ばれて目を向けると、立夏が変な顔をしてボクを見ていた。ん? ……あ。おぉっ。危ない。危うく入部させられるところだった。茜、恐ろしい子っ。


『ああ、そうだった。やっぱり募集は一人でお願いします。入れたい子が一人いるから』


 茜の目が獲物を狙う猛獣のようにギラリと光った気がする。しかしボクは何も見ていないのでこれ以上獲物を追い詰めるのはやめて下さい本当にお願いします。


 ギラギラと目を光らせたまま、茜は舞台袖へと去って行った。大きく胸を撫で下ろして一息つきながら、ふとボクは気付いた。これってもしやボクがエンタメ部に入る布石? まさかそんな……やばい軌道修正しないと。


 その後も部活紹介は滞りなく進み、続いて体験入部受付へと移行した。2、3年が体育館の壁沿いにずらっと並び、自身の所属する部の名前が書かれたプラカードを掲げた。1年はこの中から体験してみたい部へ自分から出向き、体験入部届けにサインすることで、今日から一週間、その部に仮入部できるというものだ。積極的な部であれば、向こうから勧誘に来ることもあるが、無理な勧誘は御法度。先生が監視しているからそのあたりは安心だ。


 予め入部先を決めていた立夏は女子陸上部へと向かった。しばらくして陸上部の方からキャーと黄色い声が聞こえてくる。見ると立夏の周りに陸上部員らしき女の子が集まってキャツキャと騒いでいる。もしかして立夏って有名人?


 ボクにはあの女の子特有のキャーキャーというテンションの高いノリについていけない。女になった今でも、友達を作るなら女よりも男の方がさっぱりしていて自分には合っている気がする。やはり作るなら男友達だろうか。いや、それは女子の方々から非難を浴びそうだ。自分からというのはやめておこう。


 そう考えると、立夏みたいな子が近くにいて、友達になってくれて本当に良かった。あの子は普通の女の子とは違う、どちらかというと男みたいなサバサバしたところがある。一緒にいて疲れることがない。


 そんなことを体育館のど真ん中で思案していると、気付けば周りでは勧誘合戦が始まっていた。たまに先生が間に入って注意するほどに白熱しているようだ。その状況下で、いまだボクは誰からも勧誘されていなかった。ちらちらとボクを見ていく人は多いけど、声をかけるどころか近寄ろうという人もいない。おかげでボクを中心とした半径1メートルくらいに不気味な空間ができている。


 やっぱり話しかけにくいんだろうな。どこにも入るつもりもないし、邪魔になるだろうから、とっととここからおさらばしよう。その前に、とボクはエンタメ部のプラカードを探す。ちゃんと勧誘活動をしているだろうか。


 目的のプラカードは、何故かたまに薬局前で見かけるカエルの人形に括り付けられていた。額に『絶賛変温動物』と書かれたカエルは、首に『体験入部とか甘チョロいことを考えるな』と赤文字で書かれた木の板をぶら下げ、その足元には入部申請用紙がばらまかれていた。


 ……アイツらやる気ないだろ。 

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