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あいそまたーんっ  作者: 本知そら
第二章 せっかくの縁だから為になることをしよう
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その12 「男と付き合ったことなんてないのに」

「ふわ……うぅ」


 欠伸をかみ殺し、鈍痛がして頭を押さえる。今日はこんなにも天気がいいのに、ボクの調子は曇り時々雨。あまり芳しくない。朝起きた時なんて、頭痛の酷さのあまり二度寝しようと思ったぐらいだ。けれどボクは高校生。しかも入学してまだ二日目。ちょっと頭が痛いから休むということが許されるはずもなく、三度寝しようとしたところで美衣にたたき起こされたボクは、今日も健気に高校へ登校中。


 こめかみの辺りをグリグリとマッサージしつつ、右手に江角川を臨む。その土手を歩くボクの隣では、美衣がキョロキョロと辺りを見渡している。


「周りに誰もいないよね?」


「うん。寂しいくらいに」


 斜め前に猫だけならいる。あ、逃げた。猫に踏まれて散った花びらが風に吹かれて水面に落ち、川を流れていく。風流だ。ここで一句詠めれば格好いいのだけれど、いかんせんボクは日本語が得意ではないので何も浮かばない。お、日本語が得意じゃないって、ちょっと外国人っぽい。


「お姉ちゃん、調子悪そうだね。薬飲む?」


「薬に厄介になるほど頭が痛いってわけじゃ……なんで薬持ってるんだ?」


「生理の時によく飲むから常備してるの」


 ふーん。整理か。そういえば最近部屋の掃除してなかったな。今日帰ったら掃除機で床ぐらいは綺麗に……。って違う! 生理だ生理。女なら毎月定期的に訪れ、『月のもの』だとか『女の子の日』だとか暗喩され、多くの場合歓迎されることのない生理現象だ。


「そ、そうか。なるほど……」


 男にとってその言葉は強く女性というものを意識してしまうので、少し恥ずかしい。美衣はけろっとしているが、ボクの方は落ち着かない。


「お姉ちゃんは生理まだなの?」


「はぇ!?」


 声が裏返る。突然美衣が変なことを言うからだ。……変ではないか。同性であれば、こういう会話は普通なのかもしれない。


「ま、まだ来てない。というより……来るのかな?」


「来るんじゃない? お姉ちゃんも女の子なんだから」


 女の子なんだから。女の子なんだから。女の子なんだから……。美衣の声が頭の中でこだまする。肩をガクッと落とし、深くため息をつく。


 そうだよな~。吸血鬼だからって例外ってことはないよな~。お母さんも吸血衝動やそれに付随する目の発光やらを除けば、吸血鬼も普通の人間だって言っていたし。ああ、まだ生理が来てもいないのに憂鬱だ。考えるだけで胃が痛くなる。だってそうだろ? 生理と言えば、女性が体調を崩す代名詞。個人差はあれど大なり小なり出血して不調を訴え、症状が酷い人では起き上がれないほどの苦痛をもたらすとか。


 ボクはどうなんだろう。症状が重いのか、それとも軽いのか。できれば軽い方がいいなあ……。


「み、美衣は結構重い方なのか?」


「んー。普通? 保健室で休むほどでもないけど、しんどいと言えばしんどいし。……もしかしてお姉ちゃん、怖いとか?」


「そりゃあ怖いだろ。男には未知の領域だからな」


「そうだよね。男の子には関係ない話だもんね。けど、嫌でも来るときはきちゃうから、それまでは出来るだけ気にしなければいいんじゃないかな。気にしても疲れるだけだし」


 そう割り切れればいいんだけどな。一度気になるとそう簡単には止まらない。はあ。『生理』。たったこの二文字で、ボクの心は雨模様だ。


 ◇◆◇◆


 校門を抜けて昇降口へ。2年と1年では下駄箱が離れているので、ここで一度美衣と別れる。下駄箱を開けようと手を伸ばして、そこで思い止まる。


 ラブレター、なんて入ってないよな? 昨日の美衣の言葉が頭をよぎる。惚れた、ねぇ。元男だから分からなくもないけど、それでも外見だけで惚れるだとか、どうしてもその人が軽い人にしか思えない。


 ゆっくりと下駄箱を開ける。中をのぞき込んで、良かったと安堵の息を吐いた。中には上履きしか入っていなかった。手を伸ばしてローファーと入れ替え、履き替える。廊下に出ると、美衣が誰かと立ち話をしていた。相手は男で、面倒くさそうな顔をしている美衣とは真逆に、鼻息荒く熱心に話しかけている。


 ボクに気付いた美衣が手招きする。あまりいい予感がしないが、無視するわけにもいかないので美衣の元へ向かう。


「なに?」


「この人が司を紹介しろってうるさいの」


 そう言って美衣が顔を寄せ、


「昨日話したでしょ。入学式を見に行って『惚れた』って言った人。この人だよ」


 と囁いた。惚れた、ね……。外見だけで人を判断するのはいけないことだと、両親から教わらなかったのだろうか。彼は目を見開いてたどたどしく話す。


「き、君が吉名さんの妹かい?」


「はい」


「驚いた。近くで見るとこんなに綺麗で可愛いなんて……」


「ど、どうもありがとうございます」


 唐突に容姿を誉めてられて動揺してしまう。軽く礼をしながら、彼を観察する。正直、格好いいと思った。長身でスラッとしたモデル体型。茶色い髪はサラサラとした直毛で、顔の造形も良く非の打ち所がない。さぞモテることだろう。


「前置きはいいから。早く自己紹介してよ。私も司も教室へ行きたいんだから」


「ああ、そうだった。ごめん。僕の名前は出間暁人いずまあきと。君のお姉さんと同じクラスだ」


「吉名司です。1年2組です」


「司か……いい名前だね。君にぴったりの名前だ」


 アイドル張りの笑顔と、そしてキラッと光る歯が垣間見えた。悪い人ではなさそうだ。でもちょっとキモいかも。


「それにしても、なんて可憐な姿なんだ。まるでおとぎ話から現われた無垢な妖精のよう。校庭に咲く数多の桜も、君の前ではただの引き立て役に甘んじることだろう」


「は、はあ」


「とくにその宝石よりも煌めく碧眼は僕の心を掴んで離さない。いつまでも見ていたいよ」


「そ、そうですか」


 まるで王子が姫に告白をするような、演劇の一場面のようだ。あまりに場違いで曖昧な返事しかできない。この人は舞台俳優でも目指しているのか? そういうのは一人でやってもらいたい。彼に気付かれないよう、美衣にアイコンタクトを送る。「コイツをなんとかしろ」と。


「出間君。司は用事あるらしいから、もういい? 目的だった自己紹介も済んだし、いいでしょ?」


「ああ、そうだね。朝の忙しい時間に引き留めてすまなかった。……あと最後に一つだけいいかな?」


「はい。なんでしょうか?」


 早くしてほしい。時間がどうのこうのではなく、昇降口のど真ん中でこんな話していると目立って仕方ない。その証拠にさっきからやたら視線を感じる。まさかこの……えーと名前なんだったけ。たしか……そう、出雲だ。出雲のファンの子が、親しげに話しかけられているボクを見て、嫉妬の視線を向けているのかもしれない。


「司さんは」


 おっと初対面で早くも名前で呼ぶとは、遠慮のない人だ。今凄くこの場を早足で去りたい気分だ。


「彼氏はいるのかな?」


「いるわけないじゃないですか。男と付き合ったことなんてないのに」


 とにかくこの場を離れたかったボクは深く考えもせず、反射的に答えてしまった。でもしょうがない。元男として、ボクが男と付き合ったことがあるなんて、誰からも思われたくなかった。たとえそれが今日知り合ったばかりの、出雲という男でも。隣では美衣が呆れたとでもいいたげな視線を向けている。


「そ、それは本当かい?」


「はい。あの、もう行ってもいいですか?」


 早くここから離れたい。人が多くなってきた。


「あ、ああいいよ。……そうか。いないのか」


「……? それでは失礼します」


 ブツブツと何か呟いている出雲に一礼してその場を去る。去り際に美衣に軽く手を振り、1年の教室がある4階へと急いだ。


 ◇◆◇◆


 目立たないよう後ろの扉から入った1年2組の教室は、今日も不気味なほどに静かだった。ひそひそと聞こえる声は何を話しているのかさっぱり分からず、心なしかちらちらと見られているような気がして落ち着かない。


 隣の教室から笑い声が聞こえる。1組は仲良くやっているようだ。それに引き替えこっちはお通夜だ。ホームルーム前の貴重な朝の時間なんだから、もっと昨日のドラマやら、最近流行の音楽やらの話で盛り上がって交友を深めればいいのに。それとも、もしかして2組には自分から友達を作ろうという殊勝なこころがけな人がいないのか? クラスメイトの今後を危惧しつつ、立夏と挨拶を交わし席に着く。


「おっはよう。なあ、司って男と付き合ったことないのか?」


 唐突になんてことを聞いてくるんだろう。知り合って二日目という浅さでこの質問。ある意味凄い。度胸のある子だ。体裁を気にしない人なんだろう。


「おはよう。ないけど、それがどうかしたの?」


 隠すことでもないので正直に話す。そして質問を返す。


「ないのか。へぇ~、噂は本当だったんだな」


「噂? ……え、それってまさか」


「クラスで話題になってたからさ。司は男と付き合ったことがないって」


 話題にって……。そのことを喋ったのはついさっきのこと。たった数分前のことだ。その僅かな間に広まったっていうのか? 恐ろしい伝播速度だ。


「まったく……まあ、別に隠すことでもないし、広まったって構わないけど」


 半分本気半分やせ我慢してぼそっと呟く。ちゃっかり聞いていた立夏がにやりとして両腕を首の後ろに回して背を逸らす。自然と胸が強調され……って立夏、案外胸大きいんだな。


「広まったら困ると思うけどな~」


「困るって……ああ、彼氏を作ったことのない寂しいヤツって?」


「むしろその逆というか」


「逆?」


 寂しいの逆? 首を捻って考えたけど、さっぱり分からなかった。


 ◇◆◇◆


 朝のロングホームルームでは、昨日の宣言通りにクラスの委員を決めることになった。だけど、どの委員にも立候補するものはなく、推薦もなかったため、結局クラス全員であみだくじをすることになった。ボクも立夏も運良く外れを引かずにすみ、無事委員に就くことはなかった。


 そして休み時間。朝二度寝をしてトイレに行かなかったのが悪かったのか、まだ1限目が終わったところだというのに、尿意をもよおした。男のようにぐっと我慢というわけにもいかないので、面倒だがトイレに行くことにした。


「どっかいくのか?」


「ちょっとトイレ」


 何か言おうとしていた立夏を無視し、小走りで教室を出る。他クラスの教室の前を通り過ぎトイレの前へ――


「なっ――っ!?」


 目の前の光景に驚愕し、立ち尽くす。そこには、


「おーい、おいていくなよ。トイレならあたしも……ってどうしたんだ?」


「立夏大変だ。トイレが男用と女用で分かれてる!」


 二つのドアの間辺りを指差して言う。一つは横断歩道の赤信号のマークを青色にした絵が、もう一つはワンピースを着た女の子のような赤色の絵が描かれたプレートが貼られている。


 見るからにその二つは『男子用便所』と『女子用便所』だった。ずっと春休みの間は家に引きこもっていたから忘れていた。公共のトイレは男女でトイレが別だった。これじゃいったいボクはどっちに入れば……ってこの場合ボクは確実に女子用の方なのだろうけど、いいのか入っても? いや、たとえ良くても、入るのはとてもとても抵抗感が……。


「そりゃ学校なんだから別々になってるだろ? ほら、いくぞ」


 突然立夏に手を掴まれ引っ張られる。


「え、ちょ、待って。せめて一緒にじゃなくて交代で」


「なんで?」


「なんでと言われても……」


 踏ん張って抵抗するものの、立夏の力が強すぎて徐々にトイレへと近づいていく。抵抗空しく、女子トイレへと引きずりこまれてしまった。


 お、おぉ。これが女子トイレ。殺風景な男子トイレと違い、暖色系のタイルやら多めの照明やらで室内が明るく、清潔感がある。手洗いの鏡も顔だけが見えるくらいの小さいヤツじゃなくて大きいし、なによりトイレが個室しかない。


 立夏が一番手前の個室に入った。ボクも結構やばかったので、躊躇しつつも一番奥の個室を選ぶ。個室の中は男子のとそれほど変わりはなかった。違うところと言えば、壁に消音用のボタンがあるのと、個室の角にサニタリーボックスがあるくらいだ。


 体がブルッと震える。限界が近いらしく、いそいそとパンツを下ろして洋式のトイレに腰掛ける。はあ、と息をついて、すぐに現状を思い出す。……お、落ち着かない。女として用を足すこと自体はさほど気にならないけど、女の子と一緒の空間にいるというのは、なんかこう背徳感的なものが……。とりあえず右手は消音ボタンを連打している。音を聞くのも聞かれるのも恥ずかしいから。


 しばらくしてガチャと扉が開く音がする。連打する指を止め、パンツを穿いて立ち上がる。


「司顔が赤いな。便秘か? あははは」


「ま、まあそんなもの。ははは」


 慣れないといけないよなぁ。と、心の中でぽつりと呟いた。 

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