Communion of Saints
ーーー1
西川遥輝は空を見上げている。
そこには虹があった。
「ところで、虹って何でできているか知ってる?」
「太陽の光を水が反射しているんじゃなくて」
佐藤愛子が答えた。
彼らは並んで歩いていた。
時々二人の間に光が煌めいた。
西川は言葉を紡いだ。
「きっとどこかで誰かが勝手に作ったんだ」
「人?神様?」
「どっちかな」
ーーー2
教室。
「よう遥輝! 最近元気ねえぞ。どうしたんだ?」
「そんなことないが、周吾。相手もいるし」
「隅に置けねえな、ようし!」
坂上周吾は窓の外に乗り出すようにした。
「西川遥輝、彼女できました!!!」
「いや馬鹿じゃねえの」と西川
「ほんとバカ」と軽井沢茜
英語教師が入ってきた。
「静粛に。授業の準備を粛々としろ」
「はあい」と坂上
ーーー3
昼休み。
「ところで遥輝、お前の彼女って誰?」
「まだそんなこと言ってるのか。いねえよ、んなもん。もしくは俺自身」
「それってナルシストの完成形か? やべえよやべえよ」
「冗談だよ。一人で間に合ってますってこと」
「俺がいるじゃねえか」
「それとこれとは別問題。静かな生活に友達は排除されないだろ」
「俺のこと友達と思ってくれてたのか」
坂上周吾は冗談めかしく言った。
「地球と友達。お前は地球。全ては一つ」
「ウパニシャッドかよ」
ーーー4
放課後。
「西川君、昨日はどうも、楽しかったー」
「棒読みか?」
「そんなことない!ふん!」
佐藤愛子と西川遥輝は教室前の廊下で話していた。
「それより、生きるって楽しい?」
「分かんない。楽しく生きてればいいんじゃない?」
「それもそうだな。悪い、変なこと聞いて」
「それよりさ、西川くんは私と遊びたいと思う?」
二人は歩き出していた。
「どの次元で?」
「やっぱり変態なんだ」
「額面通りの男だからな」
「ふふ、じゃあまた明日!」
「じゃあな」
ーーー5
西川遥輝は一人帰路にいた。
彼はスマートフォンを眺めていた。
『俺の命の価値は月と太陽の関係くらい儚い』
彼はそう打ち込んで、画面を暗くした。
見上げると夕暮れ空に沈んでいた。
彼はそこに手を伸ばして、大ぶりにゆっくりと振った。
「UFOとか迷信だよな」
その言葉に反応はなく、彼は雲の陰に隠れた月に視線を合わせようとした。
「今日も一日、俺よ、お疲れ」
彼はそう言って電信柱に背中を預けた。
ーーー6
西川遥輝の自室。
彼はベッドに寝転んで天井を見上げた。
「遊びたいと思うか、か」
横を向き目を閉じた。
「本気を出して遊んだらどうなるんだろう」
ベッドの脇に座った。
「それもこれも諸説あり」
彼は立ち上がり、本棚の前まで行った。
そこで中世ヨーロッパに関する著作を手に取った。
「聖と俗、ね」
するとベッドに投げ出されていたスマートフォンに通知があり、西川は振り返った。
『今何してる?』
佐藤愛子からのメッセージだった。
『永遠とは何かについて考えていた』と西川は返信した。
『何それ笑 永遠は心の中にあるものでしょ。ずっとこのままっていう』
『それを牢獄というんじゃかいかな。無限牢獄』
『そうかな、ルールの下の自由は循環しそうだけど』
『再生産性ね。それは冗談として明日どうするか考えていたよ。学校に行くかどうかも』
『会いに来てよ』
『了解』
彼はそう打ち込んで、電気を消した。
ーーー7
佐藤愛子の部屋。
「遥輝くうん」
彼女はそう言って自分の裸体に触れていた。
「なあんて、いつになったらその気になってくれるのか、はあ」
彼女は胸の間にスマートフォンを乗せて、彼との会話の画面を当てていた。
「好きかどうかじゃなくて、嫌いかどうかでもなく、愛されることを知りたいだけなのかもしれない」
彼女はそう呟いた後、自分のSNSにそれを載せた。反応はさほど多くない。
彼女は服を着て、机の前に座り、様々な動画を流し見ていった。
「退屈凌ぎを超える永遠がほしいよね。愛はどこまで続くのだろう」
ーーー8
朝。西川遥輝の自室。
彼は布団を蹴飛ばして寝ていた。
目覚ましのアラームが鳴る。彼はスヌーズにする。
それを繰り返して何度目かで起きた。
「ようし、今日も一日よろしく」
そう言って頬を叩いた。
彼は本棚から小説を手に取って、机に座ってそれを読み始めた。
正確には流し見ていた。その意味は完全には理解できていないはずだったが、会話文を追っていた。
「恋愛猿になる秘訣って何ですかね」
彼はそう呟いて、支度を始めた。行き先は学校のはずだった。
部屋から出て、今は家を空けている両親の部屋の前を通り、外に出た。
ーーー9
コンビニに西川遥輝は入った。
そこで飲み物売り場に行き、エナジードリンクに手を伸ばした。
「お、ハルキッド、何を買うつもり?」
「笹倉か、ちょっと景気付けに」
「体に悪いよ」
「精神には良いからね」
「そういう問題じゃないよ」
笹倉小畑は少し心配そうだった。
「まま、そんなこと言わず。俺の自由だから」
「それを束縛と言うんだよ」
「苦しいのが好きなんだよ」
「気持ち良いの間違いだろ?」
「そんなところさ。それよりお前は何を?」
「ああ、公共料金の支払いをね。お願いされたんで済ませておいた。これから学校だろう? 一緒に行こうや」
「いや、ちょっと付き合えよ。俺の元気が百倍になるまで」
西川はやや小走りにレジまで急ぎ、エナジードリンクを購入した。
ーーー10
「ああうめえ」
「侵されてやんの」
「そういう本番もありってことで」
「いや何を言っているんだか私はさっぱり」
西川と笹倉はそう会話しつつコンビニから離れたところを歩いていた。
「人生って何でしょうかね」と西川。
「出会いと別れ」と笹倉。
「では物語の始まりと終わりは小さなスケールでは繰り返されるということでよろしいか」
「まだ始まったばかりだろう? 俺もお前も」
彼らは公園に入り、それぞれブランコに並ぶように座った。
「このままここで一生を過ごすってのも乙じゃね?」
「野垂れ死ぬまでか? それはどこかで破綻するんだよ。人間それだけ生き延びる能力には長けているってことさ」
「死にたくても死ねないって辛くねえか」
「お前まさか死にたいのか?」
「いんや。ただ、永遠とは何か分からなくてね」
「communion of saintsだ。覚えておけ」
「聖人の何?てか何で英語?」
「いつかわかる日が来る」
「そんなものかな」
ーーー11
佐藤愛子のいる教室。
(遥輝くん、来てるかな、ドキドキ。いやいやオノマトペ)
「授業を始める」
(国語教師の遠藤先生、なんか眠くしてくるお姉さん。まあいいんだけど)
佐藤愛子は教材を取り出して、ノートを開いた。
黒板に書かれていく文字を拾っていく。教師の声も聞いている。だが眠気に襲われる。
(RPGの敵キャラになれるでしょ。なんかねむらせてくるやつ)
「おいそこ、しっかり授業受けなさい」
佐藤はビクッとした。しかし指摘を受けているのは別の生徒だった。
(安心はできないが、油断なら? いやそういう問題じゃなくて、遥輝に会いたいー! いやいや覚醒方法の模索じゃなくて)
授業は遠藤聖のやり方のまま続いた。
ーーー12
休み時間。
西川遥輝のいるはずの教室の前で。
「おはよう! 瑞希ちゃん。今日西川くんは来てないの?」
「うん、来てないみたい。でも良くあることだしね」
「そうだね。何しているんだろう」
「気になるの?」
「そういうのじゃ……うーん、何だろうね」
「自分の心に正直になることだよ」
「複雑怪奇なんだ。でも動線は見えている」
「あはは、またそんなこと」
すると何者かが佐藤愛子の肩に手を置いた。
「おはよう佐藤愛子。こんなところで何してるの?」
「何って、ちょっと、西川くんのこと心配して」
「笹倉の小畑と話してただけだよ。ディープにね」
「気になるなぁ。冗談だとしても」
「哲学してたようなものかな。本当に大切なことは何かって」
「それは?」
「目の前にいるあなた」
佐藤愛子はハッと目を開いた。
「あはは!冗談!どう思う?」
「私もあなたのこと大切」
「皆がそう思えるといいね。はい、おしまい。授業、始まるよ」
「遅れてきた人が何言ってんだか」
ーーー13
放課後の教室。
西川遥輝は一人で座って窓の外を眺めていた。
「こうして時は過ぎゆくのか。俺は大人になれるのかどうか」
「なれるさ」
坂上周吾が話しかけてきた。そして続けた。
「どうすれば大人になれるか知ってるか?」
「さあな」
「戦うってことだよ。抗うってことだよ。この命に」
「そんな深刻な問題か?」
「そうさ。苦難を経験しない人は一人もいない。あのイエスのキリストだって……」
「ナザレのおっさんの話はよしておけよ」
「そう腐すなって。それがお前の気持ちなのは分からんでもないが」
「そういうお前は何か信じているのかよ」
「うーん、突き詰めれば目の前にいるお前がいることくらいしか信じられないのかも」
「もっと突き詰めろ。信じるか信じないかを検討しているお前自身しか信じられないはずだ」
「いやあ、俺という存在自体不確かなものだからね、絶対者である神を仮定するくらいが誠実じゃないかな」
「神はここにいるよ」
西川は自分の親指を自分の胸に指した。
「お前の神様はお前しかいないってやつ?」
「いや、人の心の中に住むんだよ。きっと」
「だといいがな」
すると佐藤愛子が教室に入ってきた。
「何々、何の話してるの?」
「愛子ちゃん、君は女神だって話」
「そうなのー?」
佐藤は西川をじっと見つめた。
「佐藤にも神様は注がれるはずだよ」
「胡散臭い話?」
「ううん、もっと現実を超えた現実に根差した話。佐藤は純粋な心を持っていそうだなって」
「そんなことないけど」
「愛子ちゃんの存在そのものから滲み出るパルファムは芳しい」
「ミスター・ワン・ナイト、あなたにラブはあげませんのよ」
「ああ、なんと凛々しいお言葉」
「お前ら何やってるんだ」
三人で笑った。
ーーー14
西川遥輝の自室。既に夜になっていた。
「今日は少し楽しかったような」
彼はそう言ってベッドに飛び込んだ。
「いやだからと言って何も前進しなかったような」
彼は毛布を抱くようにしてゴロゴロした。
それからスマートフォンを持ち上げ、連絡が来ていないか確認した。
「佐藤愛子も俺に気があるのかないのか。あったところで俺を愛する人を俺は愛せるのか」
『女神様は縫い目のない服着てるの?』
西川はそう打ち込んで、送信せずに消した。
「いや、これくらいは通用するだろう。だが」
すると通知が来た。
『西川くん何か送ろうとした?』
『いや、何でもないけど。ウィットに富んだジョークをひとつまみと思って』
『くださーい』
『女神様、あなたはどうして女神なの?』
『本当にそれだった?』
『ちょっと違うかも。本当のところは内緒』
『エッチなこと?』
『捉え方によると思う。でも俺はそんなにスケベじゃない。スケッベと言ったところ』
『もう』
ーーー15
「遥輝くんの、んんっ」
佐藤愛子は目を瞑った。
それから表情を和らげ、座って、静かに服を着た。
「まあ今日はこんなものかな。本物はいざ知らず」
彼女はスマートフォンの画面を眺めて、西川遥輝との会話履歴をスクロールした。
「全身演じ切ってよってね。そういう意味なのかは知らないけど」
彼女はそう言って、立ち上がり、部屋の扉の前に立った。
「自分の気持ちに正直になれれば全てが」
彼女はそう言って振り返った。机の上には教材が出しっぱなしになっていた。
「明日はどうしようかな」
そう言って髪を握った。
ーーー16
学校の敷地内。
「西川くん、おはよう。今日は早かったね」
「待ってたの?」
「そう、話したいことがあって」
「グッドニュース? オア バッドニュース?」
「私の気持ち。シークレット・マイ・ハート」
するとそこへ一人の女子生徒が近づいた。
「愛子ちゃんと西川くん、仲良し?」
「楓ちゃん」と佐藤。
「うん佐藤愛子が人には言えないことをしてるみたい」
彼女は顔を赤らめ、手を振った。
「そうじゃない。何でもないから忘れて」
そう言って校舎の方へ走って行った。
その様子を見つつ櫻井楓は言った。
「あの子絶対西川くんのこと好きだよね」
「櫻井さんもそう思う? 勘違いの専門家である俺から言わせてもらうと、最後の1%が足りないと言ったところですね」
「告白されるまで待つつもり? それは女の子に可哀想よ」
「そうじゃなくて、佐藤愛子には俺がいてもいなくても幸せであるような形が一番良いんだけど」
「それが可哀想なの! 手を出す時は出さなきゃ」
「損得勘定で俺は動かないからなぁ」
櫻井は西川の背後に周り、背中を押した。
「まあいいじゃない。手くらい繋いであげても」
「それくらいなら、まあ。結婚してから最後まで、それが俺の信条」
「そんなこと言っていてもすぐなし崩してしまうのが男女間というものよ」
「櫻井は本当に大切なことが何かくらい知っておかないと」
「そうね」
二人は校舎に入って行った。
ーーー17
放課後の教室。
西川遥輝は窓際に寄って、街を眺めていた。
「遠いな」
「西川くん」
彼が振り返ると少し気まずそうにしている佐藤愛子がいた。
「どうした? 俺はシークレットを聞ける?」
彼女は頷いた。そして続けた。
「今がいい?」
「いつでもいいよ。ていうかさ」
「何?」
「communion of saintsって何か分かる? あえて調べてないんだ」
「うーん、何だろう。もしかして話逸らした?」
「勘なんだけど聖徒の交わりだと思うんだ」
「うん」
「聖なる者同士の交流。俺たちもそうなれたらいいね」
「それってさ」
「うん」
「私が何言うか予想している?」
「バレた?」
西川遥輝は佐藤愛子に手を伸ばした。
「俺は変態だって佐藤は言ったよね。でも二人のあるべき姿に関しては敏感でありたいんだ」
「手繋いでいいの?」
「もちろん、佐藤のためだけに開かれている」
「うん、す、す、」
「いや言わないで、こっちに来て」
西川は佐藤を壁際に挟んだ。
「知ってるか? 大魔王からは逃げられない」
「うん。魔王なの?」
「佐藤は魔女」
「何それ」
「いつか結婚しような」
「は、はい」
「好きだよ」
西川遥輝は佐藤愛子に口付けした。
ーーー18
佐藤愛子の部屋。
彼女は一人座ってじっとしていた。
(遥輝くんどこまで本気なんだろう)
「ああ、聞けない」
(でも)
彼女はスマートフォンを持ち上げて文字を打ち込んだ。
『好きだから……』
そこまで書いて止まった。
「どうしよう」
『好きなのです』
(トートロジー、ふふ)
彼女はそれを送らず、スマートフォンを置いた。
(終わることのない永遠の命があるのなら西川遥輝のために使いたいな。天国があるなら今日遥輝くんが言ってたことの意味だって)
すると通知が来た。
『佐藤、人には言えないことしてたりしない?』
(もう)
『してたとしたら?』
『全部泡沫だった夏の日の思い出なんてだな』
『どういう意味?』
『俺はいつだって真剣だってこと』
『そう、ありがと。西川くんは何してたの?』
『全ては一つなのか考えていたら、時間が過ぎてしまって』
『なんか眠くなりそーだね笑』
『でも二つは一つに、多数は一つになり、まとまり、包摂が定まり、善と悪に分かれるのかもしれないって』
『つまり』
『俺と佐藤はどっちも善か、どっちも悪か、でも決して失われないと思う』
『永遠』
『俺も言い過ぎかもしれないけど笑 でも天国でも地獄でも本質はそこにないかもしれないということ』
『せっかくなら天国に行こうよ』
『そうだね。二人の明日は』
ーーー19
数年後、教会。
「……永遠の愛を誓いますか?」
「誓います」「誓います」
西川遥輝は佐藤愛子にキスをした。
ーーー20
西川遥輝と佐藤愛子の家で。
「遥輝くん、私って幸せ者だなぁ」
「俺は何もしていないけどね」
「ううん、全部やってくれた」
「神様がって言った方がいいんじゃない?」
「同じことなの。私からしてみれば」
「不遜だね」
「ていうかいつになったらお父さんになってくれるの?」
「やるべきことをやっていたらいつかはね」
「私はあなたのために生きていきたい。それから……」
「俺は俺のために生きているだけかもね。若しくは天を見上げて」
「虹を?」
「そう。虹の下でプロポーズするのが理想だったけど。そう予定調和には行かないか」
「それも含めて全ては一つだったってあなたは言いそうだけど」
「全ては一つではないよ。二人は一つにまでは言えるけど。そこから全てが始まったことも」
「そうね。愛。私、愛子の愛」
「それが本当の先祖崇拝、子孫継承だとして、どこかで途絶えても、ここでなくなったとしても、愛は永遠に残る。見たくても見られない。どこにでも現れる」
「虹のよう。そうだ女の子が生まれたら西川虹って名前にするのは?」
「いやいや、でも一案としては十分だよ。ありがとう」
二人は笑った。




