王子に全てを丸投げされた次期王妃は、辺境で静かに暮らしたい
――枠組み。
制度、法律、憲法、ルールなど様々な表現はあるが、それが機能している限り、人は変わろうと国は変わらない。
セーリオ公爵家の長女、カロリーネとして生まれた私も例外ではない。
私が切り捨てられたあとでも、それは同じだ。
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私は三歳の頃、前の人生の記憶を思い出した。
たぶん日本人だったと思うが、はっきりとは覚えていないし、興味もない。重要なのは今世の生活だからだ。
セーリオ公爵家という、国でも王族を除けば頂点に立つ貴族家で生まれた私。
ノブレス・オブリージュ。
父であるセーリオ公爵家当主リボルは、この言葉を地でいく人物だ。
当然のように、公爵家長女の私も貴族教育は厳しいものだった。
数学、歴史、社会などに加え、将来他国との折衝で困らないよう外国語も教育に含まれた。
これら教育に加え、私が次期王妃となるべく父は積極的に国王陛下と話し合い、最終的に第一王子殿下と仮で婚約することとなった。
セーリオ公爵家として、次期国王陛下を補佐し、国をより良くしていくためだ。
こうして公爵家で朝から晩まで教育を受け、八歳のとき、正式に婚約が決定された。
私は居住を王城へと変更され、そして王妃教育を受け始めた。
王妃教育の内容は、基本的に国王のサポートだ。それに加えて、国王不在時の代理でもある。
このため、ほぼ国王と同じ教育内容となっている。
異なる点は、王妃ということで貴族女性を取りまとめる存在だということだ。
男性ならばパーティが主体となるところ、女性だとお茶会が主戦場となる。
円滑なコミュニケーション、それでいて王妃という立場を把握し、うまく貴族たちをコントロールする。
そして信賞必罰、功を得たものには公平に、罪を犯したならばそれに応じた罰を与える。
目が回るほどの教育量だ。
ただし一つ一つは理にかなっていて、私としては覚えやすかった。
その中で一つ、公平とは言い難いものが目についた。
確かに貴族というのは、様々な富、権力、地位を持っている。だが、うちの父は、その代わりそれ相応の働きをする義務があるという。
これは、ある意味公平と言えよう。
しかし継承権、これは長子から順番に割り当てられる。そこに公平さはない。
長男であれば次期当主となるが、次男であればなれない。
どちらも同じ父と母から生まれたにも関わらず、生まれた順番で決まってしまう。
「マリアナ夫人」
「カロリーネ様、いかがなされましたか?」
「貴族の継承権についてですが、なぜ長子が継承権一位なのでしょうか?」
「それが一番、誰から見ても分かりやすいからですね」
「えっ? それだけですか?」
「分かりやすい、ということは重要ですよ。第三者から見ても、誰が次の家督を継ぐのか、一目でわかるではありませんか。余計な争いも起こらず、スムーズに相続することは重要です」
確かにスムーズだ。
後継者争いで滅んだ国や家など、過去の事例を見ても腐るほどある。
そういった無駄を省き、誰が見ても分かりやすい枠組みを作った。
これはこれで一理あると思う……が、釈然とはしない。
「ですが、公平ではありませんよね?」
「ではカロリーネ様なら、この問題をどのように改善しますか?」
「わたくしでしたら、後継者たちの普段の行いを見て、良いこと、悪いことを記録して判断しますね」
「当主自らですか?」
「いいえ、さすがに当主もそこまで時間を取ることは不可能でしょう。ですから、後継者たちの普段の様子などを集めてくる人を複数人用意し、記録すればいいのではないでしょうか」
マリアナ夫人はペン先を鈍らせ、何やら思案する。
そして数秒後、顔を私へと向けてきた。
「賄賂が横行しそうですね」
「はい、しますね。だからこそ、集めてくる人たちが裏切らないよう、賄賂以上の報酬を約束するなど、何らかの対策は必須だと思います」
なるほど、とマリアナ夫人が再び考え込む。
そこに、思いついたことを一つだけ付け加えた。
「賄賂を受け取る以上の見返りがあるなら、わざわざ裏切ったりはしません。少なくとも、わたくしがその立場であれば、そうします」
正規の報酬が賄賂よりも多ければ、大抵の人は裏切らないだろう。
中には不穏の種を蒔きたい人などいるかもしれないが、それらは採用時に弾けばいい。
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本日はカロリーネ様の王妃教育の進捗報告です。
私――マリアナは国王陛下、並びに王妃殿下とカロリーネ様の父君であるセーリオ公爵閣下との会談中です。
その会談の際、教育中の様子や気になったことをまとめ、資料として提出しております。
「マリアナ夫人、カロリーネ嬢の教育はどうだ?」
「はい、順調です。現時点でおおよそ九割方終えられました」
「ほう、優秀だな。十二歳で九割も終わらせたか。さすがセーリオ公爵が自慢する娘だ」
「幼少の頃から、王妃になるべく教育してきましたからな。私の期待以上の成果ですな」
国王陛下とセーリオ公爵閣下は、幼少のころから親しく、王と配下ではなくまるで親友同士の気軽さで、御歓談されております。
「ところで、この後継者問題とはなんだ?」
「そちらについては、突然カロリーネ様からご質問を頂きまして……」
教育中に起こった出来事を、詳しくご報告すると、国王陛下は深く考え始めました。
「なるほどな。確かに後継者制度には、儂も懸念がある」
「ほう、陛下。それはどのような?」
「長子であれば無条件に次の王となる。儂も若いころはそうだったが、それ故に危機感を持てなかった」
「ああ、確かに。私が発破を何度かけたことか」
「あの時、公爵には色々迷惑をかけたな」
確か陛下も若いころは、色々と貴族学園で無茶をやったと伺っておりました。
それを制御されていたのが、セーリオ公爵閣下だとか。
「それで、娘のこの意見をどうするつもりで?」
「うむ、息子にはセーリオ公爵ほどの忠臣がいない。誰も諫言するものがおらず、だからこそ慢心しておる。ここで儂からの通達をもって、危機感を持ってもらいたい」
「おや? 陛下は、これを王族まで適用すると?」
「当然だ。まず上が示してこそ、下もついてくるのだ。お前に何度言われたことか」
陛下には三人の息子がいらっしゃいます。
現在は長子である、クラウス第一王子殿下が次期国王となっていますが、もしこれが適用された場合、色々と動きがあるでしょう。
第二王子殿下や、第三王子殿下にも、今まで以上の教育が行われるはずです。
「貴族にはそれ相応の責務がございますからな。王族であれば、当然のことながら一番責務も重い」
「ふふふ、その通りだ。ではカロリーネ嬢の意見を採用するとしようか。おい、この案をまとめて処理しろ」
「かしこまりました、陛下」
陛下の声とともに、側に控えていた文官たちが一斉にペンを握りしめました。
「王命とせよ、期限は三年以内だ」
「はっ!」
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殿下の婚約者となってからはや七年、とうとう貴族学園に入学する十五歳となった。
懸念は、殿下とは、年に一度ほどしかお会いしていないこと。
しかもお会いする時間は一時間に満たない。
本当に婚約者なのだろうか?
確かに、お互い教育で忙しい身ではあるものの、さすがに年に一度は少なすぎかと思う。
しかも殿下は、その教育を放っておいてあちこち出かけている、という噂まである。
良いのだろうか?
そんな不安を抱えたまま、学園生活が始まった。
貴族学園では、王族が生徒会に入るのが決まり事となっている。
殿下も王族である以上、所属する必要はあるのだが……。
定刻になっても殿下が来られず、婚約者であるわたくしを、生徒会のメンバーが尋ねてきた。
「わたくしにもどちらにいるのか、さっぱり分かりません」
「そこを何とか! カロリーネ様にはお手数をお掛けして申し訳ございません」
「はぁ……殿下がどちらにいるのか、探してください」
「はい、カロリーネ様」
わたくしは次期王妃であり、公爵家長女という立場でもある。
このため学園では、当公爵家の寄り子貴族たちがわたくしの世話を担当している。
本来ならこんなことは業務の範疇でないのに、本当に申し訳ないと思う。
「殿下は第二中庭で、ご休憩なさっておられました」
王族である殿下は非常に目立つ存在だ。
十分ほどで、どこにいるのか調べてきてくれた。
「では、参りましょう」
彼女たちが調べてきてくれた通り、第二中庭に殿下がいらっしゃったが……女の子たちに囲まれていた。
わたくしとしては、責務を果たしてくれれば、どうでもいい事だ。
「殿下、生徒会の会議です」
「ああカロリーネ、代わりに出てくれないか?」
「えっ? わたくしは、生徒会に入っていませんが」
「ああ、そこは俺の代理人として通達しているから大丈夫だ。しょせん生徒会など形式的なものだろう?」
「はぁ……かしこまりました」
お仕事の丸投げか。
彼の側近たちは何も言わなくていいのだろうか?
その後、殿下に用事のある方々はわたくしを通すようになってきた。
「殿下、この生徒会の件についてですが……」
「それらは、全てカロリーネに一任する。全て良い様にしてくれ」
「はぁ……かしこまりました」
殿下に対するお仕事は全て一任され、わたくしの見解で対応していく。
これでは、殿下の代理人ではないか。
確かに将来的には、国王のサポートを行うのだが、全てが全てわたくしがやることではない。
しかもその中で、どうしても殿下でなければならない、通達事項もあった。
どうやら殿下は王城でも似たようなことをやっていたらしい。つまりは、責務から逃げ回っている、ということだ。
さすがに学園内部まで、王城に勤めている大人の方々が来ることはできないだろう。
このため、八歳から王城へ居住を移していたわたくしに、通達を伝えて欲しいと依頼が回ってきたのだ。
「殿下、国王陛下から通達がございました」
「全てカロリーネに一任すると言っただろう? 任せる」
「いえ、これはわたくしでは対処できな……あっ、お待ちください!」
「大丈夫! 俺はカロリーネを信用している!」
信用って……ああ、走っていった。
これは国王陛下からの通達だ。いわば王命であり、放置してよいものではない。
でもわたくしは、きちんとお伝えした。ただ殿下が聞く耳を持たなかっただけだ。
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学園の卒業まで、残り半年となった。
そしてこの頃、国外に不穏の種があるらしく、国王陛下が何名か人を連れて現地へ赴いた。
その中には、王妃様や父も含まれていた。
あとを任されたのは宰相閣下だ。
殿下は陛下がいないためか、とうとう学園内でも色々なことをやらかしていた。
とくに最近は、どこかの男爵家のご令嬢と仲が良いらしく、常に二人で一緒に行動しているらしい。
「カロリーネ、次回の生徒会会議も任せたぞ」
「かしこまりました、殿下」
相も変わらず、殿下はわたくしへお仕事を丸投げだ。
もう卒業まで残り半年しかない。
いまさら殿下が生徒会にきたとしても、何もすることはないだろう。
「さあ、行きましょう殿下! 今日はどちらへ出かけますか?」
「ははは、そうだな。ソニアの好きなところへ行こうか」
「ほんとですか! やったぁ!」
ソニアと呼ばれたご令嬢が殿下と去っていくとき、一瞬だけこちらを振り返った。
その表情は、まるで勝ち誇ったように見えた。
「カロリーネ様、よろしいのですか?」
「ほんとに、あの子は一体何様のつもりでしょうか」
わたくしの周りのものが憤る。
「殿下のお言葉は、王族としての命令となります。貴族として従う必要があります」
「ですがカロリーネ様があまりにも――」
「ノエミ!」
咄嗟に彼女を制止する。
それ以上は、王族に対する不敬にあたってしまう。
「だめです、それ以上口に出してはなりません」
「……かしこまりました」
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国王陛下が戻らないまま、学園の卒業式を迎えた。
そしてわたくしは、卒業式の夜に行われる卒業パーティにて、殿下から追放処分を受けた。
「カロリーネ・セーリオ。貴様は本日をもって、追放とする!」
なぜ追放なのか?
わたくしにはさっぱり理解が追いつかない。
「殿下、わたくしに何の罪状がありましたでしょうか?」
「ここにきて、しらを切る気か! 貴様はソニアをいじめていたそうだな。次期王妃として驕ったか?」
「はぁ……さようでございますか」
いじめ? なんだそれは?
首をかしげるも、思い当たるものは一切ない。
「何たる言い草だ! カロリーネ! 貴様との婚約は今日、ここで破棄とし、辺境の地へ追放とする!」
「殿下、それは王族としての命でしょうか?」
「当然だ!」
「かしこまりました」
王族としての命。
この国の枠組みとして、頂点に立つ王族からの命は、貴族として受け入れなければならない。
わたくしは、いまだ婚約者であり、籍は公爵家にあるからだ。
まあ、その婚約者という立場も、今しがた消えたが……。
わたくしの返事が意外だったのか、周囲のざわめきが消えた。
その静けさの中、わたくしは淡々とパーティ会場をあとにした。
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儂は宰相だ。長年国に仕えていて、国の様々な運営に携わっておる。
一年前、陛下がどうしても現地で対応せざるを得ない状況になり、その間を代理として儂に任された。
国に纏わる内容であれば、儂で対応することは可能だが、王家の問題に関してはそうはいかない。
とくに王位継承権。
第一王子殿下が、陛下のいなくなった隙に色々とやらかしていた。
その報告書は儂に届いているが、一目見ただけで問題ありと言わざるを得ない。
だがこれは王家の内事であり、臣下として軽々しく口には出せなかった。
そしてようやく陛下が戻ってこられた。早速、殿下の報告書を陛下へと差し出す。
「クラウスを呼べ、至急だ」
「かしこまりました」
そして一時間後、殿下が執務室へとやってこられた。
それと同時に陛下が殿下へと無慈悲な言葉を投げつけた。
「クラウス。貴様を王位継承権から外す」
「なっ! 何故ですか父上!」
当然驚く殿下。
しかし、何故も何もないだろう。あの報告書を見れば一目瞭然だ。
「何故はこちらが聞きたいわ! なぜ勝手にカロリーネ嬢との婚約を破棄し、追放処分とした!」
「それはあの女が、次期王妃だからと身勝手に振舞い、あげくソニア嬢に対しいじめをしたからです!」
「報告では、そのような事実はないとなっておる」
「それはカロリーネが、報告した者に賄賂などを渡したのでは!」
「これらの報告をあげてきたものは、王家の影たちだ。あれは王直属であり、儂以外の命は受け付けぬ」
王家の影は陛下以外の命は受け付けぬ。儂や王妃殿下ですら、彼らを動かすことはできぬ。
ましてや、カロリーネ嬢に動かせるはずがないわ。
それすら知らないとは……。
「三年前、王家を含めた貴族全てに、後継者に関する変更を行ったが、知らぬとは言わさぬぞ」
「そのようなことは、知りません……」
「はっ、貴様はカロリーネに全て丸投げしていたではないか。知るはずもないわっ!」
「…………」
「しかもそれは儂の命だぞ? 貴様は王命を何と心得ている!」
黙ったままの殿下。
それを冷たい目で見下ろす陛下。
「出ていけ。貴様は王族からの籍も抜く。一人で生きていけ」
「そ、そんな! 俺が次期国王では!」
「貴様は既に継承権はなく、さらに王族でもない。どこへなりとも、好きにせよ」
「父上!」
殿下……いや、元殿下は護衛たちに連行されていった。
「ところで、追放を受けたカロリーネ嬢はいかがなさいますか?」
「当然、こちらへ戻す。追放処分など取り消しだ」
「かしこまりました」
しかしカロリーネ嬢が追放されたのは、半年も前。
既に彼女は王都にいなかった。
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「いい空気ね」
半年前に追放処分を受けたわたくし……いえ、私は辺境生活を満喫していた。
追放先は、とある辺境の地であり、そこを治めている辺境伯閣下のご令嬢とは面識があり、そのご縁で家などを用意して頂くことができた。
そして私は、この地に住んでいる子どもたちに勉強を教えていた。
せっかく幼少の頃から様々な教育を受けてきたのだ。それを利用しない手はない。
家のことについては、辺境伯閣下からお借りした侍女がいるので、全く不便はない。
そうして、数か月が経ったころ、王都から使者がやってきた。
「カロリーネ様、国王陛下から追放処分について、取り消しがありました」
「そうですか」
追放か。あの忙しかった日々も、すでに懐かしい。
たった数か月前、というのに、だ。
父には申し訳ないことをしたが、気の張った日々よりも、子どもたちに勉強を教えながらの生活。
私にはこんな生活が性に合っているようだ。
「ぜひ王都へお戻りいただきたく」
「その件については、回答を待ってください」
「なぜ、でしょうか?」
三歳の頃から私は教育の日々だった。
しかしここでは、本当にゆったりとした生活に癒されている。
正直、疲れていたのかもしれない。
もうしばらく、ここで生活したい。
「そういえば、殿下はどうなりましたでしょうか?」
「国王陛下から追放されました。王族からも籍を抜かれていますので、すでに平民となっております」
「そうですか」
その内容を聞いても、私には何の感情も沸かなかった。
もう過去の話だからだろう。
風が頬を撫でてきた。それに微笑むと、私は使者へと向き直る。
「この地でやるべきことが終わり次第、改めてご回答させていただきます、と国王陛下にお伝えください」
やるべきことは長期休暇ください




