宿
『で、宿も泊まってみるの?』
宿に向かって歩いているとまたもやテリファの声が聞こえる。
「泊まるも何もそうせんと、我らも体がもたん。ここのところゆったりと寝とらんし。」
『私のところで布団で寝てたよね?』そう言われて、ああそうだったと思い返すも、
「その後がいかん。 気を張ることばかりで、せめて宿でゆったりと・・おぉそうじゃ温泉などあれば最高じゃな」と宿屋への期待を膨らませる。
『まあ、いいわ。・・じゃあこのまま続けるのね?』テリファが念を押すが、、そもそもテリファは忘れている。徳丸たちにVRの意味など解っていないし、それ以上に体験が生々しいほどリアルなのだ。
なので帰ってくる返答は
「続けるも何もほかに道はござらんじゃろ?」とまあ、そういう感じ。
テリファも気づけばよいのだが・・・『はい。 はい。』と徳丸たちが意地を張っているというぐらいにしか思っていない。
とにもかくにも紹介された宿へと何故か温泉の期待まで混じってしまって足取りの軽い一行であるが・・・
「通りから1・・2・・3の角を越えて左に曲がれば・・と・・発見!」徳丸は特に上機嫌
「あぁ、あれでござるな」お文も宿を発見して・・・徳丸がお文をジト目で見つめる。
「・・おふみよ。言いたくはないが、せっかく着るものも違えて良いものに変わったというに・・その口調は頂けん。」徳丸にそのように指摘され思わずハッとするお文であるが、お忠からは、「よいではないか?誰も周りに居らんじゃろ?」との援護が入る。
「いやいや常から心がけておらねば、いざと言うときにぼろが出るもの。毎日毎時が鍛錬じゃ。」と徳丸がたしなめる。
と、まあこんな細かいやり取りもしながら目的の宿の前にたどり着いた三人は、思わず立ち止まって建物を見上げる。
「これはまた、肝がつぶれんばかりのどでかいもんじゃ。」
「ほんにでかいのぉ」
「ひー、ふー、みー と3階建てか。」とそれぞれが感想をつぶやきあう。
まあ、宿の前で建物を見上げながら動かん人が居れば気になるのは、宿で働く人たち。早速何事かと出てくる者もちらほら。
「お客様当宿に何かございましたか?」
その呼び声に我に返る徳丸。「あ。これは申し訳ない。見たこともない程に大きかったものでつい見とれてしもうたわ。」ハッハッハ と声に出して誤魔化しながら応対していると、
「さようでございましたか?」と言いながらも我らの視線の先が気になったのか振り返って建物を確認する宿の従業員
日ノ本にあって彼らの見知る高層建築は城である。街中には平屋、長屋と言った横や奥に広いものはそこそこあるが、縦に長いものだと火の見櫓がせいぜいか。要するに彼らは2階建て以上を見たことがないのだ。
「おお!そうだった。」つい建物に見とれてしまい肝心の要件を忘れていた三人。お忠とお文が徳丸の脇腹をこつこつとつついたことで徳丸も思い出した。
徳丸は袂から木札を取り出すと、「この宿の者か?」と聞いたうえで、「先ほどあちらの店で紹介を受けてな?」と今来た道を振り向いて続ける。
「え~と、たしか・・・何とか・・あんの・・せ。とか言ったか?」どこかコーヒーのシロノワールの餡のせみたいになっているが、当然彼らはそんなことは知らない。
「・・ひょっとして、ルーアンと言うお店でしょうか?」従業員のうちの一人の女がそういうが、三人は横文字の音に全くピンと来ていない。すべて頭の中で聞いたことのありそうな日本語として解釈している。なので、
「・・・・そうだったかもしれん。」と不明瞭な応え、そこで彼女は徳丸の手に握られた木片を目にする。「・・それは?」徳丸の手元を示しながら尋ねると「おー、そうであった。」と木札を示し、「これを見せればよいと言うておったわ。」と彼女に手渡す。
差し出された木札を受け取った彼女は改めて木札を確認すると、
「やはりルーアンのジョセ様ですね。」とだけ言って、徳丸たち三人に「ご案内しましょう。」と宿の中に案内した。
フロントでは何事かと外での様子を見守っていたがやがて三人を連れて戻ってきた従業員に木札を示されると一人が宿屋の主人を呼びに奥に入って行った。
「いらっしゃいませ。」
フロントに残った人たちが一斉に恭しく、深く頭を下げ、三人を迎える。
「あいや、・・これはまた、身に余る丁重なお出迎え、有り難く存ずるが・・」それには慌てて飛び出してきたこの宿の主人が言葉を遮るような形で割って入る。
「もったいない。ジョセ様のご紹介とあらば、このくらいは当然。・・・はて、いささかお若いように見えますが?」ペコペコしながらとにかく入ってきた主人。ようやくここでお客の姿を見て子供じゃないかと気づく。(が、しかしジョセ様の紹介?)主人は素早く辺りを見て案内してきた従業員に目配せする。
(これっ!本当にジョセ様の紹介か?)と、そして(あれを見せなさい。)と。
三人を連れてきた彼女は主人に木片を示し、間違いありません。とゆっくり頷く。
主人はその一連の騒ぎと三人を見比べながら、若干の違和感を覚えながらもフロントに声を掛ける。
「ただちに、あのお部屋を・・」そして引き連れてきた彼女に「ミュールはお部屋までご案内をして差し上げなさい。」
「わかりました。・・ではご案内しますので私についてきて下さい。」と三人に声を掛けると、
「すまぬな。では案内を頼む。」とミュールについて行った。
扉が開かれ、三人はミュールの案内で部屋に入ったところで固まった。今日何度目の固まりだろう?
「それではゆっくりとおくつろぎください。」と言うとミュールは入口に向かい部屋を出ていくところだった。
三人はそれにも気づかずただひたすらボーッと見とれていた。
ばたん! さほど大きい音でもなかったが扉の閉まる音で現実に戻る三人。
「これは・・これまた立派な・・・」と口をあんぐりと開けたまま。
今でいうならスイートルームとでも言えばいいのか?
「あっ!・・そうじゃ、ふろはどこじゃ?」お忠は風呂のことを思い出し、すぐにミュールが出て行った後を追おうとしたが、素早くお文に手を取られる。お文はお忠を振り返りもせず外を向いたまま
「おたださん?・・あの外に見えとるのは風呂じゃなかろうか?」と言ってお忠を引いたままずかずかとテラスへ出てゆく。
「・・思った通りじゃ・・・」景色は街中でさすがに良いとまでは言えないが、周りの建物はほとんどが平屋なため視界を遮るものがなく展望は良い。
「しかも・・広い湯舟じゃ・・・」これはさぞ気持ち良い風呂が味わえると思い描いたお文とお忠はすっかり夢心地。そこに遅れて徳丸もやってきて「おぉ」と感嘆の声を上げる。
「では三人で入ろうか?」無意識に出た徳丸の言葉に即座に反応したのがお文。
「徳丸殿?其れはさすがにまずいのでは・・?」ふとかけられた言葉につい「なんでだ?」と応えてしまって思い当たる。「さもありなん。・・・・男女同じゅうせず・・か。」
「そう言うことです。」ニコッと笑ったお文にどうしたものかのお忠。
お忠も身は童女ながらまだまだ心は忠義、これはどうしたものかと悩んでいれば、
「お忠殿、ここは、私とご一緒するのがよろしかろ?」とお文は一緒に風呂に入ろうという。
「されど・・某も中身は男、そなたも男。されどお互いの身は女。・・いろいろとまずいのではないか?」お文は一瞬困ったような表情を見せたが、
「なれば・・でございます。また男に戻れるならばそれもよろしかろ?されどおそらく女子として生きてゆかねばならんとすれば、これもまたその試練かと・・」お忠をじっと見て話すお文の視線に耐え切れなかったお忠は、「まあ、それはそうじゃが・・」と歯切れが悪い。「一緒に入りなされ。」とお文が強く繰り返すと「・・いや、しばらく。某も覚悟が付かん。』今日のところは勘弁してくれ。」と鳴きが入る始末。
「ならば、明日は必ずと約して下さるなら、・・今日のところは・・・」と渋々のお文。お文としても決して覚悟ができているわけではないが、何事にも勢いは必要、そうならば善?は急げとばかりに考えただけではある。




