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介錯

「では、それがしが介錯つかまつる。」

八谷 源三郎は、香西家に仕える足軽組頭である。代々槍の名家として主家に仕え、当然その流れで源三郎も幼き頃から叩き込まれた槍の名手であり、将来を嘱望された若武者である。

昨年の三好が原の戦いに初陣で参加し、以降幾多の戦功を上げ、あれよあれよという間に組頭の地位を得、また此度の戦においても敵大将を捕縛して帰るという手柄を収めた。世間では彼のことを「担ぎ槍の源三郎」と呼ぶ。何しろ、ものすごい胆力で戦場では槍を担いだまま敵陣深く躍り込み、槍の一振りで敵陣を薙いでくるというのだからすさまじい。

その源三郎の使う槍は1丈5尺通常より持ち手が太くしなりが少ない。穂先は長めで2尺3寸余り

その丈夫な柄と長い穂先の槍は金剛槍と銘打ってある。

しかしながらこの源三郎、名の表すように八谷家の三男坊。長兄、次兄に万一のことがなければ家を継ぐことはなく。かと言って長兄次兄の不幸を願う訳でもない。自ずと将来は自身の働きで立身出世をし家を興すのだと考えている。

此度の戦をその潮時と捉え、大いに発奮此度の手柄となったわけである。

ところが、本人の思惑とは別に、何やら雰囲気がおかしい。お城の殿様のお声がかかり城でお目通りと、おかしな方向に進んでいる。

「さすがに兄上を差し置いて、己が真っ先に出世するなどとは、・・いかん。」と困惑しきり。

が、主家としてもこう度々戦功を重ねる武者に褒美も与えんとなれば、他の者の士気にもかかわる。

それよりも何よりもこれだけの猛者、他家に出奔となれば、脅威以外の何物でもなく、直接取り立てよとの声まで上がる始末。

しかし当の本人は全く出世欲はなく、戦での働きも兄上たちのため、お家のため、極めつけは先ほどのように「兄上たちより先にとは・・・」である。


それでも何でも殿様のお召しとあっては登城せぬ訳にも行かず、本人としては腹を決めての登城となったが、ちょうどその日は論功行賞の人あって多くの戦功あったものが登城してくる。

そこに先の戦で捕らえた敵将が門前に座らせられて居った。

戦場であれば、我先にの部分もあるが、こういった平時では少々気まずい。。

あえて見ぬふりをして通り抜けようとしたのだが、そこは敵将、我を捕らえし憎き相手、忘れるはずもなく「そなた、先の戦場で相まみえた八谷殿とお見受けいたすが?」と声がかかる。

さすがに、「人違いじゃ」とも言えず、やむなしと「・・・いかにも」と答えるほかなく。

「やはりそうであったか。あの時はさすがに口惜しきことと思ったが、後々になればそなたほどの槍の名手とうたわれる御仁に相まみえ槍数合を交えられしこと、誇りにこそ思えん。」と言われれば、

周りにいる同じ登城組の目線がこそばゆく、

「いや、それがしもそなたほどの腕前のものに出会ったことがござらん。」と応え、敗将とは言え、恥はかかせられんとするのが精いっぱい。

その言を聞いて敵将は「突然の声掛け失礼つかまつった。」と頭を下げる。源三郎はまた、会うような気がして思わず、「また相まみえますれば。」と応えたもののよく考えればこの敵将はほぼ間違いなくこの後処刑されるに相違あるまい。なのに・・・なぜまた会うような・・と



謁見の間には十数人の登城者が居り、戦功多きと言えど身分の低い源三郎は末席でひたすら額を畳にこすりつけている。と言うのも殿様がお出ましになられて論功により褒美が言い渡されているからだ。

「何々のもの。何々の功により、何々を何ほど与える。」とか何とかその度に「ははー」とか、「有りがたき幸せ」とかの声が響く。

「次、八谷源三郎。・・・馬廻り番衆に任ずる。」(え?馬廻り・・・)あまりのことに思わず間が開く。

「如何した?源三郎。」家老 池山様から問いかけの声がかかる。

「馬廻りでは不満か?」続けて急くような声

慌てて源三郎は返事をする。「まさか、まさかあまりのことゆえ驚きまして・・身に余る光栄、謹んでお受けいたします。」胃が締め上げられて内容物が上がって来そうな感覚に襲われながらも無理やり押し戻しながらなんとか応える。

(兄上・・・済まぬ。)


ひととおり論功行賞が終わったころお庭に先般の敵将が引き出されてくる。

座敷にいた者たちの目線が一瞬で集まる。「皆、知っての通り先の戦で、八谷殿が引っ捕らえし、敵将見延忠義じゃ」宣言の後座敷中から「ほー」や「ふむ」などそれぞれに声が上がる。

「この忠義の素っ首を刎ね、青峰城に送り付けてやらん!」口々に叫ぶ者共の声もどこ吹く風と当の身延忠義はじっと目を閉じたまま身じろぎ一つせず静かに座ったままだ。

「だれぞ。この見延忠義の首を刎ねてやれ!」と声がすれば、何となく八谷源三郎に視線が集まる。

(捕らえたのは確かにわしじゃが・・・)斬って捨てれば良いならば、あの戦場で斬り伏せていた。生かしておいたのは、もっと使いようがあるのではと考えたからだ。何より敵の大身何とでも利用方法はある。なのに・・

源三郎は槍働きが目立ち、剛の者との印象が強いが決して猪武者でも、阿呆でもない。柔軟な考えができるからこそ戦場で働いてこれるのだ。なのにこの家中ときたら・・・


これもやむなし。視線を集める源三郎は、殿座に向かい一礼をすると、「僭越ながらそれがしにお任せを。」と解釈の許しを請う。

「よかろう。源三郎が適任じゃ」殿様の同意が得られると源三郎はその場に立ち上がるとそのまま庭に降りるために草履を履く。

草履を履き終わる頃には自身の刀が預け所から運ばれて、源三郎の手に渡る。

刀を手にした源三郎は履き終えた草履姿で殿さまに向き合うと一礼すれば、庭に静かに坐する見延忠義に近づき腰を落とす。

「先ほどは失礼つかまつった。」

「某も介錯人がそなたで嬉しいわ。されどそなたの表情浮かぬ顔をして居るが・・」傍らの番人に不審がられぬよう小声で話す。 

「いや、なに。そなたほどの者ほかにも如何様にも利用・・相すまぬ」源三郎も小声で返す。

「ふ・・構わぬわ八谷殿はこの家風に合わぬ様子で・・」

「それは・・言われるな・・」立ち上がる源三郎。

見延の左後ろに立ち、刀を鞘から抜き去る。

源三郎は番人に向かって一言発する。「美延殿の縄を解いてやれんか?」

番人は驚くも家老の方に素早く視線を投げ、良いか?と問う。家老もすぐには判断できず後ろの殿を振り向いて仰ぐ。

殿は何やらおかしいものを見るような気がして、黙って頷くと、家老はそれを良しと見て番人に声高く伝える。「そのものの縄を解いてやれ。」

源三郎ははその間抜き身の刀を控えさせて片膝で待機していて、家老の声を聴いて身延公に「よかったな」と声を掛けると自身の脇差を腰から抜いて身延公に引き渡す。身延公は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔になり、黙って脇差を受け取ると、自身の目の高さでさやから抜き取り、鞘のみ源三郎に返す。「頂戴いたす。」

その刹那座敷の連中が一瞬ざわつくが、殿座から殿が一喝する。「静かにせい」と

それを聞いた身延殿、俄かに源三郎を振り返ると「良き殿にあらせられる」と静かに言う。

「・・・・」何も答えずただ笑みを浮かべる源三郎。その後すっくと立ちあがると再度立ち位置を確かめるよう足場を見る。

「用意はよろしいか?」

「うむ」返答を聞くと源三郎。刃紋が浮き上がる刀身に静かに水を垂らして、その時を待つ。

「最後に言い残すことは・・」

「最後に良き御仁に巡り合えたわ」

「すまぬな」何とも言えず口を突いたのがその言葉

場が静寂に包まれる。

「では、それがしが介錯つかまつる。・・・・いざ」源三郎が刀の刃先を高く真上に振り上げる。

身延忠義が源三郎の脇差をしっかと握り刃先を自身の腹に向け大きく前方に突き出す。


その瞬間、二人を・・いや三人をまばゆい光が包む。誰もが動けない。身延も八谷も番人も

ましてや座敷の面々も・・・・

(・・・何も見えん)咄嗟に目を閉じたはずなのに瞼を通してなお眩い光。。。

フッと意識も遠ざかっていく。まるで光の沼に落ちていくように・・・




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