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灰の焔の下で

――これは、観測の記録。

世界が灰に沈み、色を失ったその果てで、

私はひとり、燃え残る焔を見ていた。


それは、ただの残滓だったのかもしれない。

けれど、その微かな光が――確かに“生”の名残だった。


灰の風が吹く。

地平は静かで、どこまでも白く、何も映さない。

空も海もなく、ただ“均された世界”だけが在る。

音がない。匂いもない。

けれど、そこに“誰かの祈り”だけが残っていた。


私は、その祈りを記録している。

彼女――イリス。

色彩を断ち、世界を均した“調律の巫女”。

感情を封じるために生まれ、

感情を誰よりも愛した存在。


彼女の歩んだ道を、私は観測していた。

彼女が“何を選び”“何を失い”“何を赦したのか”を。


灰の中で、微かな焔が揺れている。

それはまだ消えていない。

そして、私はその中心で彼女を見た。


――イリス。

その名を呼んだ瞬間、風が止んだ。


彼女は振り向かない。

ただ、静かに灰を撫でるように膝をつき、

その手に淡い光を抱いていた。


「……これが、私たちの選んだ調律なのね。」

その声は、涙のように穏やかで、

どこか遠い昔の“祈り”のようでもあった。


彼女の髪は白銀。

灰の光を受けて、虹色のきらめきを帯びていた。

それは、かつてこの世界にあったすべての“色”の名残。

彼女の瞳には八つの光が宿っている――

喜びの金、悲しみの蒼、怒りの紅、希望の翠。

そのすべてを抱えながら、彼女はなおも“無色”を選んでいた。


「感情が世界を壊したのなら、

 せめて、静かな終わりを与えたい。」


その言葉を、私は確かに聞いた。

だが同時に、彼女の胸の奥から――

誰にも届かない“かすかな願い”が滲んでいた。


(本当は、もう一度だけ……この世界を愛したい。)


その響きは言葉にはならず、

灰に呑まれて、どこかへ消えた。

けれど、私は確かにそれを“観測”している。


風が再び吹いた。

灰が舞い、彼女の頬を撫でて過ぎる。

光が消えかけたその瞬間、彼女は空を仰いだ。


「――これが、いつか赦しに変わることを、私は願っている。」


その声と共に、灰が炎となり、世界がわずかに震えた。

燃え尽きたはずの大地に、

かすかに“色”が戻っていく。


紅でも、蒼でもない。

灰の底で生まれた“白い光”。

それは希望の名を持たない、名もなき色だった。


――その時、私は理解した。

彼女の調律は、終焉ではなく“始まり”だったのだと。


灰の焔は静かに揺れ、

その中に、ひとりの“器”が立っていた。

無色の瞳、銀灰の髪。

世界のあらゆる感情を受け止め、ただ存在する。


――アッシュ。


イリスが残した“赦しの証”。

彼女が世界に託した“無色の器”。


灰の風が吹く。

世界はまだ、完全には止まっていない。

調律の波は静かに続き、

遠い地平の先で、新しい歌が生まれようとしている。


――この旅の終わりに、

 無は愛へと変わり、理性は涙へと還る。

 世界が再び“色”を取り戻す、その日まで。


これは、感情を赦す物語。

そして――“観測”は、まだ終わっていない。

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