幕間 断彩の独白
ーー刻はアッシュ起動前夜。
夜の風が、調律の塔の高みを撫でていた。
星はなく、空はただ鈍く光っている。
灰の粒が漂い、風の流れの中でかすかに舞っていた。
私はその静けさを、何度も選んできた。
それが唯一、世界を保つための道だったから。
――あの夜のことを、今も忘れない。
世界が崩れ、感情が炎となって空を裂いた夜。
私はその波を“止める”ために、すべての色を断った。
音を沈め、風を鎮め、命の律をひとつに還した。
それが“ゼロの調律”。
そして、私が“断彩の魔女”と呼ばれる理由。
あの夜、私は恐怖しなかった。
痛みも涙も、理の前ではただの揺らぎ。
だから私は、迷わず世界を静寂へ導いた。
……けれど。
沈黙の底に、たしかに“声”があった。
――やめて。
――まだ、歌える。
あの声を、私は“世界のノイズ”として切り捨てた。
正しさのために、祈りを殺した。
それが、巫女としての選択。
けれど、ひとりの“人間”としての私は――今も、それを赦せていない。
ルミナリアが、静かに脈動している。
白銀の光は変わらず美しい。
だがその中心に、わずかな揺らぎ――
白にはない、淡い翠が、息づいていた。
私は手を伸ばしかけて、止めた。
触れてしまえば、理は崩れる。
私は均衡を保たねばならない。
それが、巫女としての宿命だから。
「……揺らぎを知らぬ心で、世界を均せるように。」
この言葉を、私は祈りとして繰り返す。
何百年も、何千回も。
それが“救い”の形だと信じてきた。
だが今、風が鳴る。
沈黙のはずの夜に、音がある。
灰の中を渡る風が、遠い昔の“歌”を運んでくる。
“風は生まれ、風は還る。声ある者よ、風に己の色を託せ。”
古い詩。
――この世界のどこかで、風と共に生きていた人々の祈り。
その記憶が、今も私の中で息をしている。
私はあの場所を離れ、世界の均衡を選んだ。
そして、歌を断った。
それでもなお、風は私を呼ぶ。
――あの夜の続きを、見せようとするように。
風よ、私はまだ揺らがない。
理に従い、均すために生まれた。
けれど、もしこの胸にわずかな色が残っているのなら……
それもまた、世界の断片なのだろうか。
夜の中で、塔が静かに息をする。
私はルミナリアを胸に抱き、そっと目を閉じた。
「断彩の魔女――いいわ。その名で呼ばれるうちはまだ、
世界が“色”を憶えている証だから。」
風が応えた。
冷たく、それでいて優しい。
私は微笑み、独りごちる。
「……アッシュ。貴方が目覚めたとき、私はもう迷わない。」
夜の風が歌った。
それは、誰にも聞こえない“懺悔”の旋律だった。




