第四幕 友人達の会合
とある都市、とある広いマンションの一室。
いや、一室というのには憚られる程に広い高級マンションのワンフロア。高層ビルのような建物の一階丸ごと使用したこの部屋は、賃貸の一月分の家賃だけで随分と金がかかる。
豪奢な部屋に、集まっているのは五人の人物。誰もがとある人物を友人に持つ、複数の男女である。
「最近、忙しそうだよな」
「まだ学生だ、仕方ねえだろ」
眼鏡の、サッパリとした顔つきの青年の言葉に、この中で一番の年長者であろう男性が答える。
仲間内では、大塚、遠藤とそれぞれに呼ばれている。
「受験でしょう?大変よねー」
メリハリのある容貌と、体を持つこの中で唯一の女性も口を開いた。佐藤と呼ばれるこの女性は、自分も辿ってきた苦労を思い出し、今それを味わっているであろう友人に思いを馳せる。
「犯罪心理学、だっけ?濃いよなあ・・・」
茶髪の、華やかな容姿をした青年も口を開いた。赤塚、と呼ばれている彼は仲間内では――
「筋肉馬鹿とは違うのよ」
と呼ばれる人物である。因みに、好きな事はスキー。
「小林ー、お前は何か言わねえの?」
「何をだ」
「いや、何か」
必要ない、と切り捨てた青年は随分と期限が悪いようだ。だまって、目の前に置かれたワインのグラスを傾けている。小林、一部では小林様と呼ばれる見た限りではこの中で一番に容姿の整った人物である。
今日の集まりの主役は、何を隠そう彼なのだが・・・。ある人物がこの場に居ないことによって、その機嫌は最高潮に悪い。黙って酒を飲み、料理をつついていた。
五年前に同じ状況であったならばおそらく、ここまで機嫌を悪くするということもなく。また、それなりに機嫌よく話していたのだろうが・・・。
恐るべき事に、たった一人の友人の存在が今となっては自分達のムードメーカー的ポジションに立っているという事実。
彼の友人は、決して・・・決してキャラクター性が濃いというわけでもなく。また、特に際立った容姿を持っているわけでも勿論無い。
まあ、犯罪心理学を嬉々として研究するというのは随分と濃い部類に入るのだろうが・・・。
そんな、チャームポイントとも言えるものなど自分達にとっては霞と同じ。良くも悪くも、『濃い』という表現すらもう既に超越していると自覚があるのだ。
なのに、彼の友人の言動には全員で影響される。要は、悪目立しているのかもしれないが。
そもそも、この集まりの中にいて個性が埋没せず。あまつさえ主張までこなすのは既に、大分普通から逸脱しているような気がする。
一般、普通といったような括りで判別するのは難しい。常識や慣習に完璧に倣う人間なんぞ異常である。
しかし、『普通の人』というものは必ず存在する。というか、社会の大多数がそれであることを知っている。
彼の友人、飯方初実は『普通の人』であり。
そして同時に『一般の異常』であった。
普通に生き、一般に埋没しながらも非日常に踏み入れる余地を持つ。
一般と異質の間をゆらゆらと、まるでそう・・・綱渡りのように生きていく。
片方に揺れようが、またすぐに自身の均衡を取り戻す。超越的なバランサー。
要は、懐が深いのだ。
非日常と日常を一度に許容するキャパシティ。それが彼女の特性であり、そしてそれ故に自分達は友人としていられるのだ。
どんな突飛なことをしようが、ぶつぶつと怒りながらも結局『ハイハイ』と嘆息して流され流してくれるのだから。
普段から対人関係においては処世術やらなんやらでしか他人と付き合っていけない自分達にしてみれば、居心地の良いことこの上ないのである。
「本人は、あくまで普通だと認めたいみたいだけどな・・・」
「無理があるな」
「確かに。こう言っちゃ可哀想だけど、私もそう思うわ」
遠藤の言葉に小林が同意し、佐藤も申し訳ないとは思いながらも同様に頷く。
何かをやらかしてみる度に、「常識を考えろ」「心臓が保たない」「厄介ごとを持ち込むな」などとギャアギャアわめきたてるくせに、結局最後は「今度だけだからね」と言って許してくれるのだ。
たまに、面白がって積極的になったりすることもあるが。
まあ、結局。
「お人好しって事だあなあ」
飯方初実はお人好しなのである。
五人の友人達は此処に居ない六人目の友人を思い出し、全員でうんうんと最もらしく頷いたのだった。
本人が聞いていれば、どう言ったのかは知らないが。
数分後〜〜〜
「なあ、どうするよ」
「今年はスキーにするか?」
「あんた、いっつもスキーじゃない」
「いや、いいだろ」
「どうしたんだ小林、アウトドアに趣旨がえか?」
「たしか、飯方が好きだったはずだ」
「なるほど」
「じゃ、春はスキーって事で」
「「「「賛成」」」」
→三月某日の一幕に続く
一応、『三月某日の一幕」の前の話と言う事で書きました。