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思想も強けりゃ邪教に至る  作者: 北村 陽
初夏【2021年4月末~】
9/16

【異質の章-6-】異質な感性に寄り添って

 俺の方から過去の話を切り出さずとも、在実は自ら過去に触れた。中学校を卒業してから、俺も在実も互いの関係とその結末を誰にも話すことがなかった。だから過去に触れたとき、俺は中学生当時の気持ちが貼り付いたままの状態になっている。相手を見たときに感じるいたたまれなさや、後悔、それらが今も変わらず残っている。それはきっと、在実も同じはずだ。


「……ごめんねぇ、朝夜くん。せっかく私を取材に誘ってくれたのに、こんな話をしちゃって」


「いや、気にしなくていいよ。だって、俺が在実をここに誘ったのは、いつまでも昔のことがくすぶらないようにするためでもあるんだからサ」


 互いに目を合わせず、隣に並んで外の景色を眺める。眼下には大人数での集合写真が撮れそうな広場、そしてその背後には移築された城が堂々と構えている。ベージュの外壁とくすんだ青色の屋根をもつロックハート城は、城と言うよりも大屋敷と表現する方がしっくりとくる大きさだ。どうしても、城というものは小説やゲームで出てくるような巨大なものを想像してしまうため、そのように思ってしまう。

 しばらく景色を眺め、意識を在実の方へと傾ける。できることなら、在実からもう少し過去の話を引き出したい。在実の心を過去で染めて、噛み砕くことができなかった行き場のない感情に蝕まれてほしい。――そうすれば、内側が不安定になった心を利用して、今まで口にすることのなかった思想を引きずり出すことができるかもしれないから。

 邪悪な目論見が、俺の脳裏に黒々とうごめいている。


「ねぇ」


「うん」


「朝夜くんにとって、私の存在はどういうものだったのかなぁ。気遣いとか、そういうものをなしに、教えてくれる?本当はどう思っていたとか、何でもいいから聞いてみたい」


 在実が見つめているであろう視線の先、そこには仲睦まじく歩くカップルの姿があった。スマホを片手に写真を撮り合い、指と指をからめ、互いの熱を感じられる距離まで肩を寄せている。その姿には、俺と在実の関係になかったものが確かにあった。

 俺は姿勢を少し変えて、焦点の定まっていない視界に過去を重ねた。


「まぁ、告白されたときは、正直言って驚いたかな。在実にとって、俺はただの熱烈なファンみたいな存在なんだろうって思ってたから」


「……そっか、そうだよね。朝夜くんは、私の一番のファンだったからね」


「うん。でも、それは今でも変わらないというか、俺に絵を描く楽しさを与えてくれたのは在実だし、高校一年をギリギリ腐らず生きていられたのは、そのおかげでもあるんサ。だから、俺にとって在実は今までもこれからもずっと、人生に彩を与えてくれた大切な人に変わりはない、かな」


 俺は意図して在実を異性としてどう見ているかということについて触れなかった。触れてしまうと、これから先、在実が俺に対して抱く認識に揺らぎが出てしまうと思ったからだった。

 ――正直言って、昔の俺は在実のことが好きだった。それはれっきとした、恋愛的感情と呼べるものだと断言できる。もっとこの手で触れて、身を寄せ合って、熱を感じて、目に見えないものだけでなく五感で在実を感じていたいと。そう思えるくらいに、俺には普通の感性を持ち合わせている部分もあった。

 だが、在実が俺に向けて放った「好き」という言葉の意味は、普通のものとは違うものだった。互いの時間を共有することに関して、在実は積極的だった。しかし、在実自ら俺に触れようとしたりはせず、俺が触れようとしても在実は心の底から喜ぶ素振りを見せなかった。それは決して拒絶されているわけではない。ただ、物的な接触で俺は在実の心を満たすことができなかった。


「大切な人、かぁ。……結局、朝夜くんにとっても、私は恋人になれる存在じゃなかったんだねぇ」


「まぁ、俺と在実は恋人の関係に至るには少し、互いの感性が異質だったのかもしれないな。でも、別に歪んでるわけじゃないと俺は思うけど」


「……どういうこと?」


 視界の端、在実が俺の方を見上げている。ほんの一瞬在実と視線を交わし、俺は再び正面をわけもなく眺める。


「普通の感性だったり生物としての本能に従うのであれば、好きな人に求めるものの一つに、物的な接触がもたらす幸福感ってものがあるはず。けど、俺と在実にはそれがなかった。つまり、偶然互いに最初からなかっただけで、感性が歪んでいるわけじゃない」


 あたかも自分が在実と同じであるかのように、真っ赤な大嘘を堂々と晴天のもとに披露する。心苦しさから口の中が乾いた感覚に襲われるが、目的のためならば仕方ないと自分を納得させる。

 この大嘘に付随する考えは、昨晩用意したものの一つに過ぎない。俺も在実と似たような存在であるという信憑性を高めるために用意した、ただの飾りつけだ。

 俺が言葉を途切れさせると同時に、在実が顔を向けて俺を見つめていた。


「……ふふっ」


「どうしたんだ?急に笑ってサ」


 クスリと、吐く息にのせた小さな笑い声が聞こえてくる。


「いやぁ、やっぱり、さすが朝夜くんだなぁって。普通の人よりもずっと、考えてることが面白いなぁって。でも、昔よりもずっと、今の朝夜くんの方が面白いって思える」


「それは……、意外というか。ほら、今の俺って普通の格好をしてるじゃんか?てっきり、そういうところから面白くない人間になったのかって思ってたから」


 今朝の駅前での出来事を気にしていないと言えば嘘になる。普通の格好をしてきた俺に対して、在実は少し残念そうな表情を浮かべていた。もう在実とは恋人でも何でもないとはいえ、相手が自分のことをつまらない人間になったと思ってしまうことだけは勘弁だ。俺だってしっかり心に傷を負うのだから。

 すると在実は「ううん、そんなことはないよ」と、首を横に振りながら体を俺の方へと向けた。


「朝夜くんは変わることができたんだなぁって、羨ましいなぁって思ったらつい、いじわるなことを言いたくなっちゃっただけだよぉ」


「なんだそれ」


「えへへぇ。でも、羨ましいって思ったのは本当だよ。今でもずっと、私は昔のままだから。……昔の思い出が何よりも大事で、今でも手放せないから」


 在実はくだり用のらせん階段の手すりに手を添えて、片足を一歩階段に踏み出した。

 ――さて、そろそろいい頃合いではないだろうか。と、俺は動き出した在実の背中を追いながら、次の行動について考えを巡らせる。

 在実の心はきっと、様々な思い出や感情が揺らいで隙ができているはずだ。ならば今が畳みかける好機だ。俺も在実と同じ、異質な思想を抱えているという片鱗を見せるときが来た。

 適度な緊張感と共に、俺は意を決して口を開いた。

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