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思想も強けりゃ邪教に至る  作者: 北村 陽
初夏【2021年4月末~】
7/15

【異質の章-4-】お嬢様と執事、そしてそこらへんの一般人

「んぅ、ついたー」


 到着早々、車から降りた在実は身を反らしながら息を目一杯吸い込んだ。

 一時間強のドライブの末、ついに目的地であるロックハート城へと着いた。想像していたよりも山奥にあるものだと、緑と起伏のある道中の景色を見ながらそう思っていた。休日ともあってか、駐車場の空きはほとんど見られず、家族連れやカップルといった様々な人々が場内へと続く入口へと向かっていた。

 俺も目一杯空気を吸い込んで、伸びをする。


「先生、ありがとうございました」


「うむ。では行こう」


 普段先生の姿は見慣れているはずなのに、身なりが違うだけで印象が大きく違っていた。後ろで束ねられた白銀色の髪、外人特有の長身に高潔さを感じさせる衣装。作品の中でしか見たことがない要素を、先生はその身にまとっている。


「ふふっ、朝夜君、こういう恰好が大好きだもんねぇ」


「うん。ちょっと羨ましい」


 凝視の末、パシャリと。気付けば俺は先生の後姿を写真に収めていた。しかしどういうことか、先生は一番前を歩いているというのに、俺がスマホのカメラを向けた瞬間にさりげなくピースサインをしてみせた。この人は足音がしないだけじゃなくて、後ろにも目がついているのだろうか。気味が悪い。ついでに在実も撮ってほしそうな仕草をしていたので、入り口の前で内側のカメラを使って一緒に写真を撮った。自撮りは中学生の頃に散々研究していたので、お手の物だ。

 石畳の道を行くと、すぐに入場券の販売所へとたどり着いた。少しずつ、景観が西洋風なものへと移り変わっている。

 入場料を確認して、俺と在実は財布から現金を取り出そうとする。すると、


「大人一人、高校生二人でお願いします」


 そう言った先生は俺たちの分の料金をまとめて払って、受け取ったパンフレットと一緒に入場券を手にしていた。俺たちは互いに顔を見合わせて、先生のもとへと近づいていく。


「あの、先生。入場料は……」


「――おや、これはこれは。私としたことがいけません。ついうっかり余分な入場券を買ってしまいました。一体どうしたものでしょうか」


「……えっと?」


 容姿は普段の先生であるはずなのに、いつもと違った言葉遣いと朗らかな表情と声音、それらと執事服が組み合わさって別人のような雰囲気を漂わせていた。それはまるで、昨日の部室での浪川のよう。先生は、自分じゃない誰かを違和感なくその身に宿していた。しかし、浪川と同様に違和感がないことがかえって奇妙さを引き出している、そのようにも感じられた。

 俺が突然のことに戸惑い言葉を失っている中、隣にいた在実が前に出る。


「ふふっ。――アリステア、丁度ここに一人いるではありませんか」


「……えっ、俺のこと?」


「はい。よろしければ、こちらを受け取っていただけますか?」


 そう言って在実は先生から入場券を受け取ると、その片方を俺に渡してきた。俺が次の行動を考えている最中に、在実は先生を執事としたロールプレイを即座に実行していたのだ。その振舞い方は見事に先生の即興劇と同調し、遊びの天才と呼ばれていただけの頭の回転の速さが窺える。

 俺だけがこの状況に適応できずにいるため、今はただ呆然と立ち尽くしてしまっているのが悔しかった。


「えーと、どうもありがとう。……その、名前を伺っても?」


「はい。私のことは『アル』とお呼びください、朝夜さん」


 と、絵に描いたような笑みを浮かべて在実は、いや、アルは俺を見ていた。これまた同じく、違和感がないことによる奇妙さがにじみ出ている。しかし、この場においては今の状況に適応できていない俺が一番浮いていると言えるだろう。そもそもの格好からして二人と系統が違うのだから。


「アル、か。わかった。あ、そうだ、アリステアさん。入場券ありがとうございます」


 俺が先生に軽く頭を下げると、この時ばかりは在実も一緒に頭を下げて感謝の意を口にした。


「いえいえ。こちらも丁度困っていたところでしたので助かりました。では、私は先に場内へと行ってまいります。それではお二人とも、どうぞゆっくりとお楽しみください」


 滑らかな動作でお辞儀をすると、先生は一人先に入場ゲートを通過して場内へと歩いて行った。結局、先生は最後までロールプレイを続けたままだった。その余韻に浸っていたところで、ふと在実と目が合った。


「……ふっ、ふふ。なんだよ先生、急に別人みたいに振舞ってサ」


「ふふっ、私もびっくりしたよ。まさか、先生があんなことができるだなんて」


 即興劇が終わり、現実に戻ってきたことで俺たちは思わず笑ってしまった。先生がああいったことができる人だと知らないのは、どうやら在実も同じらしい。普段、俺は先生と皮肉の言い合いをよくするものだから、優しさに満ちた振る舞いをした先生を見ると、じわじわと腹の底から面白おかしさがこみ上げてきりがない。


「それにしても、よくあの場で先生の演技に合わせられたよな」


「えへへ。だって、車内でずっといろんなシチュエーションを考えてたからね。私はお嬢様、先生は執事、そして朝夜くんはそこらへんの一般人」


「そこらへんの、一般人……」


 在実は本心で嫌味を言っている訳ではないのだろうが、駅前で普通の格好をしている俺に残念そうな表情を見せていたことがあったせいで、尋常じゃないいたたまれなさが胸を締め付け始めた。


「それじゃあ私たちも行こうか」


「あ、あぁ。そうだな」


 俺の気などつゆ知らず、そんな様子で在実は軽快な足音を鳴らしながら入場ゲートを通過していった。その後姿を追いかけながら、俺も場内へと足を踏み入れる。そして、ここに来た目的をもう一度頭の中に浮かべて考えを巡らせる。

 ――さて、いよいよ取材をするときがやってきた。

 まずは作品の制作に向けた舞台設定のためのイメージ作り。これは場内を見て回っている間にできそうだ。だが、もう一つの目的である『在実の内側に潜む思想を見つけ出す』というものは、慎重に行わなければいけない。もし仮に探っていることを悟られてしまうと、在実は心の内を見せないようにしてしまうかもしれないからだ。これだけは何としてでも回避しなければならない。

 ある程度、昨日の時点で作戦は考えてある。あとはそれを実行するだけ。

 途端に覚えた緊張感を手に、俺は在実と共に場内に満ちた異境の空気に触れていった。

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