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思想も強けりゃ邪教に至る  作者: 北村 陽
異端の章 第一幕――晩春、日常の崩壊は美少女と共に
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第6話

 振り返ると本当に、俺は自覚ができるくらいに単純な男であるものだ。女の子に心の内を吐いて、言葉をかけてもらって、勝手に決心がついて。今まで散々思い悩んでいたのに、こうも簡単に気分がガラリと変わってしまった。――結果として、俺に必要だったのは自分じゃない誰かに話すという、ありきたりで当たり前だが難しいことだけだった。

 でも、俺をこう考えるまでに至らせるのは誰でもよかったわけじゃないと思えるのは確かだ。浪川は俺の事情を知り理解を示してくれた第三者であり、尚且つ俺に必要だった変化を与えてくれたからこそ、俺は何だってやってやろうと決心することができたと思う。

 俺の啖呵を切ったような言動に対し、浪川は一切動じることはなかったが、決して俺の言葉を受け止めていない様子はなかった。


「ふふっ、わかりました。朝夜くんは私のことを信じてくださるのですね」


「あぁ、信じるっていうか、俺自身がこの方が最善だって考えただけ。でも、朝夜くん()って、その言い方だとまるでお前が今まで誰にも信じてもらえなかったみたいじゃないか」


 出会った人全員に対して、最初の告白の時のような言葉をかけたのならば、そのようになることは火を見るよりも明らかだ。だが、浪川がそのような愚行を常習的にするようには思えない。しかしそんな俺の思いは「はい、その通りです」と、首を縦に振った浪川のほんの一動作であっけなくかき消されてしまった。


「今の私には、社会からその功績を認められるような実績がありませんので」


 ふいに視線を逸らしながらそう言った浪川の言葉の真意が気になってしまった。社会で認められるような功績だなんて、今の時点で持っている高校生の方が少ないというのに。


「どういうことだ?……まさか、今まで人に言えないようなことでもしていたとか」


「ふふっ。それにつきましては、こうである方が面白いなと朝夜くんが思った方を選んでください」


 と、今度は邪教に相応しいようないたずら気のある表情を浪川は浮かべて俺を見ていた。こんな顔もできるんだと、俺は内心どきりとしたことはさておき。


「……なんだそれ」


「いずれわかることです。では、今後の方針が決まったところで。そちらの入信書に、サインをお願いします」


 と、浪川はお手本のような営業スマイルを披露し、俺が手にする入部届に手を向けた。思わず俺はその気味悪さから一歩後ろへと後ずさり。


「えっ、入信書ってお前、やっぱり怪しい宗教の勧誘だったってオチじゃねーよな?」


 俺は手にした入部届を広げて、その内容を何度も確認する。だが何度見ても紙には怪しい箇所はなく、最小限の言葉と記入欄だけが印刷されていた。

 すると手前から愉快気な笑い声が聞こえてくる。


「ふふっ、あははっ」


「なっ、さてはお前俺のことをからかってるだけだろ!くそっ……、どうせあいつら俺のことをからかい甲斐のある奴だとか言いやがったんだ」


 口ではこう言っているものの、今の状況や感覚は俺にとってどこか懐かしいものだった。それもそのはず、あいつらといた頃はこれが日常だったのだから。――あいつらは俺が計画を達成するために、クールキャラを演じようとぶっきらぼうになってることを利用して、ちょっかいをかけて、俺がむきになると楽しそうに笑っていた。

 言葉にすればこのように酷いものになるが、決していじめられていた訳じゃないことは確かだ。悪い気分は一切しなかったし、あいつらは頭がいいから節度というものをわきまえてくれていた。


「はぁ、すみません。別に朝夜くんのことをただからかおうとしたつもりはなかったのです」


 十分笑って満足したのか、浪川は一呼吸置いて顔を上げた。


「はぁ。ま、どうせ俺のことを気遣ってくれたとか、そんなところなんだろ。まったく、そういうお節介なところがあいつらそっくりだ」


 これがあいつらの優しさであると同時に、俺があいつらから距離を置く理由でもあった。他人からの親切を受け取るのに資格なんていらないとわかってはいるものの、どうしても今の俺のままではあいつらの前に立つことができないと、そう勝手に自分に言い聞かせていた。


「ふふっ、朝夜くんは皆と仲が良かったのですね」


「まぁな。つっても、今はどうかわからんけどもサ」


 すると間髪入れず浪川は「いいえ」と言って首を横に振り、俺の言葉を否定してみせた。


「その答えは、参道を下ればすぐにわかります。ですがその前に、せっかくですのでお詣りでもしていきませんか?」


「お詣り?」


 浪川は俺の返事を聞く間もなく、石段を一人上がっていった。神様に願い事を聞いてもらうことに関して特に考えることもなかったため、俺は「まぁ、せっかくだから」と口にして浪川の後を追った。

 スクールバッグから財布を取り出し、五円玉を握り、つい三か月前にも訪れた焦げ茶色の本殿の前に立つ。初詣の時とは違い後ろに人の群れがいないからか、この神社全体が形作る空気が違うように思える。馴染みのある場所をそっくりそのまま再現した異空間にでも迷い込んだように。


「それにしても、何でお詣りをしようだなんて思ったんだ?」


「本殿の前に来てまでただ帰るというのも、少し変だと思いまして。それに、私はファンタジーが大好きですので」


「はは、神様をファンタジーって……」


 浪川がスピリチュアルなものが好きなのはよくわかったが、本殿を前にしてそのような発言をするということは、特段怪しいことにのめり込んでいる訳ではなさそうだ。敬虔な信者は神などの上位存在をファンタジーなどと表現することは決してないはずだから。

 浪川は手にした百円玉を賽銭箱に放ったので、俺もそれに次いで五円玉を投げ入れた。するとここで、自分がどういった願い事をしようか考えていないことに気付いた。ならばせめて形式だけでもと思い、俺はとりあえず頭を二度下げた。

 二礼二拍手一礼。テレビで何度も紹介された正しい拝礼作法を頭に、それらを実行しようと行動に移す。するとふと、隣の浪川が微動だにしていないことに気付いた。


「……」


 頭だけを少し下に傾け、目を閉じ、静かに手を合わせて願いに徹す。浪川は作法をまるで遵守していなかったが、粗雑に形だけを真似ようとしている俺よりずっと、神様に願いを聞き遂げてもらう姿勢が出来ていた。

 浪川が何かを願う間、俺はその様子を瞬きも忘れて見つめていた。

 思わず指先で突きたくなるような白い柔肌の頬に、筋の通った小さな鼻。サイドテールの片側から覗く、細く温かそうな首筋。このまま写真に収めて鉛筆で模写をしたら、どれ程の満足感を得られるのだろうか。

 神様の前にいるのにも関わらず、俺の頭は煩悩で満たされていた。

 すると浪川は願い事を念じ終えたのか、おもむろに目を開けた。


「……あの、どうかしましたか?」


「あぁいや、その、別におかしいとか不適切だとか言うつもりはないんだが、変わった拝み方をするんだなって」


 煩悩を悟られないように誤魔化すと、浪川は納得したように口を開いた。


「あぁ、だから私を見ていたのですね。実は私、こうして神社でお詣りをするのは初めてなんです」


「……え、初めてって、浪川は日本人だよな?」


 すると浪川は何かを考えるように上を向くと、「えぇと、体はそうですが、心は少し違います」と笑みを浮かべながらそう言った。

 浪川以上に”大和撫子”という言葉が似合う存在を見たことがない俺にとって、その言葉はいささか奇妙に感じたが、その意味はすぐにわかることとなった。


「私は生まれてから十四歳になるまで、アメリカのイリノイ州にあるシカゴで暮らしていたんです」


「あぁ、そういうことだったのか」


 なるほど、浪川は日本語話者なだけで数年前までアメリカ暮らしだったのか。確かにそれなら神社に来るのが初めてな訳だ。しかしイリノイ州もシカゴも、名前だけは聞いたことがあるが、実際アメリカのどこに位置するのかまるで見当がつかない。


「お賽銭を入れるといった断片的な知識はありますが、初詣がある年末年始には地元に帰省しますので、こういった経験がないのです」


「なるほど。それじゃあ、浪川には形だけでもお詣りの仕方を教えた方がいいな。まぁとりあえず見てな」


 突然芽生えた日本人としての自覚から、俺の気分は外国人観光客に日本の文化を教えるガイドのようになっていた。

 本殿を正面にして手を体の側面に添え、二度頭を下げる。その後二回の拍手の末、自身の願いを念じる。――どうか、事が面白い方へと向かいますように、と。そしてもう一度、頭を下げる。

 今までは無心で流れのように行っていた動作だったが、今回ばかりは自然と動作一つ一つに意味を持たせられた気がした。


「二礼二拍手一礼。これが基本的な拝礼作法だ。とは言っても、厳格にこうしないといけないって決まりはないから、無礼さえなければ問題はないはず」


「なるほど、そうなのですね。二礼二拍手一礼、わかりました」


 すると浪川は習得した技を披露するように、再び体を本殿の方に向かせて拝礼をし始めた。

 相変わらず、関節の数が俺の倍以上あるのではないかと思うくらい滑らかな動作だ。あまり人のことを凝視するのはよくないとわかっているものの、こればかりは無意識のうちに俺の視線を奪ってしまう浪川が悪い。

 手を合わせて念じ、最後の一礼を終えると、浪川は満足そうに、そしてどこか得意げそうに俺の方を見た。


「どうでしたか?これで、私も日本人の心に近づけたでしょうか」


「あぁ、絵になるような出来だったサ。あ、そうだ。せっかくだからおみくじでも引いたらどうだ?どうせ引いたことないだろ」


 賽銭箱の隣、そこには「おみくじ」と書かれた木箱が置かれていたので俺は指をさした。

「おみくじ……。えぇ、ぜひ引きましょう。思い出しました、これも一つの楽しみですものねっ」

 すると浪川はどこか浮ついた様子で、一人先におみくじ箱の方へと向かっていった。淑やかさの中に垣間見える年相応の純真な好奇心に導かれるまま、俺もおみくじ箱の方へと向かう。『一枚百円』と書かれた立て札に従い、浪川は百円玉を惜しむ様子もなく木箱に入れて、折りたたまれた一枚のおみくじを手にした。


「あれ、朝夜くんはおみくじを引かないのですか?」


「あぁ、俺は初詣の時に引いたから……。いや、やっぱ俺も引く」


 ――まったく、我ながらちょろい男であること。

 終始浪川から期待の眼差しを向けられていたので、俺は思わず選択を捻じ曲げることとなった。惜しみつつも俺は財布から百円玉を取り出して、それと引き換えにおみくじを手にした。


「それじゃあ同時に開くか。いくぞ、せーの」


 俺の掛け声と同時に、折りたたまれたおみくじを開封した。

 白い紙に、朱色で印刷された文字列がずらりと。その上方、お目当ての箇所に目をやると、


「えーと、俺は……。げっ、また末吉だ」


 末吉。ただの『吉』より文字数が多いから運勢は上だと思いきや、実は末吉が吉カテゴリー内の一番下に位置している。

 何とも言えぬ結果に目を通している俺に対し、浪川は喜びを前面に出した面持ちでその内容を眺めていた。おそらく、聞くまでもないが大吉なのだろう。


「はぁ、浪川はどうだった?」


「見てください、朝夜くん。ほらっ」


 差し出されたおみくじに目を通す。そこに書かれていたのは、


「えーと、どれどれ……。――えっ、お前も『末吉』じゃないか」


「はい。朝夜くんとお揃いの、末吉です」


 それは二人揃って大吉を出した時にするべきものでは?と口にしたくなるような笑みを浪川は浮かべていた。


「……その、この神社は凶が出ないらしいから、末吉ってあまり運勢がよくないってことなんだが」


「あぁ、そうなのですね。ですが、これから先に波乱が待ち受けていると考えたら、少しワクワクしてきませんか?」


 その言葉は一瞬突っかかるところがあるものの、決して理解できないものではなかった。退屈なくらいの平穏を過ごしていた俺にとって。


「まぁ、何もないよりはいいかもしれないけど……」


「これから運勢最下位同士、よろしくやっていきましょう。ふふっ」


 すると浪川は俺のことなど気にも留めない様子で、一人先に歩き出してしまった。


「おい、ちょっと待てって」


「あ、そうです。伝え忘れていたことがありました」


 すると浪川ははたとその場で立ち止まり、俺の方を振り返った。サラリと黒髪が流れ、心なしか花のような香しい匂いが風に浮かぶ。


「なんだよ、急に歩き出したと思ったら立ち止まって」


「いいですか、朝夜くん。皆さんには朝夜くんが皆さんの取材をしているということを内緒にしておいてください。そうでなければ、朝夜くんが気づけないことがあると思いますので。いいですか?」


 と、浪川はこれまた真意が見えない言葉を口にしてみせた。もう今更何かを考えたところで無駄だとわかっていた俺は、


「あぁ、理由はよくわからねぇが、わかったよ。要はスパイ映画の潜入捜査みたいなもんだろ?」


「はい、そのような要領でお願いします。それと、取材するにあたって一つだけ留意していただきたいことがあります。それは今の朝夜くんになくて、皆さんにはあるものが何なのかを探してみてください。ヒントは、『思想』です」


「思想……」


 皆目見当もつかないことだらけで深々と考えないようにしていたが、ここで興味深いワードが聞こえてきた。

 ――『思想』。すなわち、自身が抱く考えといったところだろうか。世間的には「思想が強い」や、「思想が偏っている」といったようにあまり良い言葉としての認識は少ないが、浪川によるとどうやらこの『思想』という言葉が重要らしい。


「もし朝夜くんが皆さんとの違いを探すことができたのならば、私が言う邪教がどのような意味であるのかが、少しだけわかりやすくなると思います」


 どうやら浪川は俺に言い放った衝撃的な言葉の真意をすぐには教えてくれないらしい。だが、その方がこれからの取材のし甲斐がありそうだ。


「ふーん。つまりそれがわかるまでは、どうして俺に邪教の教祖になってくれと言った理由を教えてくれないと」


「ふふっ、そういうことです。そして最後に、皆さんの取材を終えたら私のことを取材してみてください。きっと、朝夜くんにとって面白いものになると思いますよ」


 浪川は意味ありげな様子でそう言うと、止めていた足を再び動かし始めた。俺はこれ以上何かを言うことはなく、ただ浪川の小さな背中を見ながら参道を下って行った。

 相変わらず、群馬は風がよく吹くものだ。ここに来る前は俺の心と風が同調してどうのこうのと考えていたが、今となっては全くそのようなことを考えることはなかった。

 当たり前だが、風は俺の気分とは関係なしに吹いているだけだ。ここを上るときと同じように、今でも木々は騒々しいほど風に揺られている。

 だが不思議と、同じ状況であるにも関わらず嫌な気分が増幅することはなかった。木々に囲まれ薄暗いこの空間は今までの俺を示し、そして参道を下った先にある日の当たった場所は、これからの俺が新たな一歩を踏み出す場所のよう。

 このように考えれば、先を行く浪川はまるで迷える子羊を導く先導者だ。いや、俺にとってはこの言葉の通りだ。まだ何かが変わった訳じゃないが、何かが変わる予感がしてならない。それがいい方向であっても、悪い方向であっても、俺は浪川に導かれるまま突っ走っていくのだろう。

 すると参道が残りわずかになったところで、いくつもの見知った影が談笑している姿が見えた。


「……おいおい。まさか、さっきお前が下ればわかるって言ってたのはこのことか?」


 浪川に問いかけるまでもなく、そこにいたのは眩昼と秀樹そして在実の三人だった。だが俺らが来たことにまだ気づいていないのか、スマホを手にした秀樹を中心に三人で画面を覗き込んでいた。

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