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思想も強けりゃ邪教に至る  作者: 北村 陽
異端の章 第一幕――晩春、日常の崩壊は美少女と共に
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第4話

 ――なんだろう、シチュエーションは最高なのに、なんか違う。

人のいない静かな境内、そして隣に美少女。できることなら、青春を体現するような甘酸っぱい気持ちを抱えながら歩きたいところだが、今は劇薬を隣でちらつかされているような気分だ。でも、不思議と悪い気分じゃないことは確かなところが気味悪い。

 この神社は普段賑やかな初詣の時期にしか訪れたことがなかったため、人のいない静まり返った境内は人知を超越した神秘が満ちていると、そう思わざるを得ない雰囲気だ。

 俺を取り巻く空間と状況全てが波乱の前兆を暗に示すのに十二分なものだと、そういったことを考えながら俺は浪川の言葉を待った。


「ではまず、春夏秋冬(ひととせ)くんが一番気になっているであろうことから――」


「あー、そうだその前に。俺のことは名字じゃなくて名前で呼んでくれ。皆、俺のことを名前で呼ぶことがほとんどだから、苗字で呼ばれるのはあまり聞き慣れなくて」


 俺は浪川の言葉を遮るようにそう言った。

 名字で呼んでくるのは大抵大多数の親しくもない大人や同級生からだ。だから名字で呼ばれると妙に距離を感じてしまい、嫌なのだ。そうは思いつつも、俺は浪川のことを浪川と呼ぶ。いきなり初対面の女子を名前で呼べるほどの度胸はなかった。

 そんな俺の事情を知ることのない浪川だったが、余計に詮索する様子も、何かを察する様子もなく、


「そうですか、わかりました。では改めて、朝夜くんが一番気になっているであろうことにつきまして」


 二人して正面を向きながら歩いていたところ、本殿を前にして浪川ははたと歩みを止めて俺を見上げた。


「先ほど、私は朝夜くんに邪教の教祖になってほしいと言いましたが、当然あの言葉はそのままの意味を示すものではありません」


「はぁ。つまり?」


「私が部長を務める漫画研究部に所属して、作品の原稿となるものを一緒に作ってほしいという要望、その前置きとなる言葉です」


 と、浪川は先ほどの衝撃的な発言に隠された真意を俺に語った。

 なるほど、漫画研究部の部長である浪川であれば、俺のことについて知っている訳だ。漫画研究部には俺の妹と、そして俺の数少ない昔からの友人が所属している。だから、俺の話題が上がるのも当然のことだ。


「なるほど、なぁ。なんとなくだが、浪川と接点がなかった俺が急に呼び出された理由がわかった気がする」


「はい。朝夜くんについて、妹の眩昼(まひる)さんや、お友達の秀樹(ひでき)くんや在実(あるみ)さんから時々話を聞いていたので、以前よりどのような人なのか気になっていたのです」


「……ふーん」


 ――はは、浪川は以前から俺のことが気になっていた、だってさ。

可憐な少女からそう言われると、無視できないいたたまれなさから俺はつい視線を逸らしてしまう。今まで平穏過ぎた高校生活を送ってきた俺にとって、浪川という存在が目の前にいるだけで気がおかしくなりそうなのに。

 ここはひとつ、コホンと咳払いをして気を取り直す。


「まぁ、それはともかく。俺に原稿を作ってほしいと言ったって、俺は漫画を描いたことがないからな。絵はそこそこ描けるけども。それでもいいのか?」


「はい。朝夜くんに依頼したいのは、何も漫画を描くことではありません。私たち漫画研究部員が漫画を描くために必要なストーリーを、朝夜くんに書いてほしいのです。ですので、よろしくお願い致します」


 すると浪川は滑らかな動作でその小さな頭を下げた。このことに堪らず俺は周囲を見渡しながら、


「まてまてちょっと待て、そんなかしこまらなくていいって!俺は賞をいくつも取った小説家とかじゃないんだからさっ」


 ここまで言うと、浪川はようやく顔を上げてくれた。


「そうですか。では、私の依頼を引き受けるかどうかについての考えがまとまり次第、この場でお返事を聞かせてください。待っていますので」


「うぅ、この場でとはいきなり過ぎないか……。あぁでもわかった、ちょっと待っててくれ。考えをまとめるから」


 浪川の言動は一つ一つ丁寧なのだが、どうしても会話の主導権を常に浪川に握られている気がしてならない。そして意外にも強引なところがあるというか、そういう点においては俺の扱いに長けているとも言える。

 仕方なく、俺は腕を組んで考えを巡らせてみることにした。

 漫画の原稿を「かく」というのは、「描く」の方ではなく、「書く」の方であった。

 俺にファンタジーを題材とした物書きの趣味があることは、眩昼(まひる)伝手で浪川に伝わっていたのだろう。だから俺に原稿の作成を依頼した、そう考えるのが妥当だろう。

 だが、俺は一度たりとも作品を他人に見せたことはない。それどころか、作品と呼べる段階まで小説を書き切ったことがない。

 決まっていつも、途中で納得がいかなくなってしまう。ストーリーの展開や結末、登場人物らの設定などは最初から思いついているのに、それを文章という形にしていく作業の途中で違和感を覚えてしまう。――何かが足りない。この物語の中で生きている彼らと自分の間で、ずれが生じてしまうのだ。

 それが作品のリアリティの欠如によるものなのか、自身の技量のなさから生じるものなのか、俺にはまだわからない。だからこそ、このずれを埋めてくれる何かを探すために、俺は今でも白紙の文書と向き合っている。


「……やはり、この場で答えるのは難しいですか?」


 俺が長いこと考えを巡らせているからか、浪川はそう問いかけてきた。


「うーん。まぁ、原稿を書く、ってことならいくらでもできる。物書きは俺の趣味だからな。けども、問題は俺が納得のいく物語を書き切れないってこと」


「それはどうしてですか?」


 浪川は俺の目を覗き込むように尋ねる。


「なんだかいつも、書いてる途中で作品の中の世界と自分が分離してるような気分になるんさ」


 別にこの悩みを誰かに理解されなくたっていい。口に出したものの相手の共感と理解を大いに期待していないのは、こういった悩みは実際に味わったことのある人間にしかわからないことだと思うから。

 しかしためらいもなく悩みを口にできたのは、漫画研究部に所属している浪川にはもしかしたらと、そうどこかで思っているのかもしれない。


「分離、ですか。なるほど。――では、こうしましょう。こちらをどうぞ」


 すると浪川は手にしたスクールバッグを開き、中から一枚の小さな紙を取り出した。それを浪川は前に突き出して、俺は手に取って内容に目を通した。


「ん、なんだこれ。えーと、これって部活動の入部届だよな?」


 それは一年ぶりに見ることとなった、一枚の未記入の入部届だった。


「はい、その通りです。おそらく朝夜くんの思い悩んでいることは、取材や調査が足りないことよって引き起こされるものだと考えられます。私も以前は、朝夜くんと似たような悩みを抱えていましたので」


「えっ」


 思考よりも先に出てしまったその声は、相手に聞かせるつもりがないほど小さく風の中へと溶けていく。


「それって、浪川も何か書いていたってこと?」


「はい、その通りです。ふふっ、こう見えて私はドラゴンが登場したり、剣や魔法による戦闘描写が豊富なファンタジーが大好きなのです」


「マジか」


「マジです」


 この言葉を聞いた瞬間、不覚にも俺は浪川に対して親近感を覚えてしまった。

 人を見た目で判断してはいけないとわかってはいるものの、学年一位の学力を有するということも相まって、ますます中身と外見が不釣り合いのように思えてしまう。

 ただの本好きであれば、なんら違和感を覚えることはなかっただろう。だがしかし、浪川はバトルファンタジーが好きであると俺に告白した。こうなるといよいよ、浪川にとって可憐で淑やかな少女という自身の器は、もはや自身の精神を入れ込み他者に認識してもらうためだけの器でしかないように思える。


「……それはその、意外というか。お前みたいなやつでも、俗なところがあるんだな」


「ふふっ、よく言われます」


 浪川は俺が言ったことに対し特に反応を示していないことから、このようなことを言い慣れていることが窺える。


「では、一度話を戻しまして。原稿を書くということは後にして、まずは漫画研究部の部員の皆さんをを取材してみてはいかがでしょうか?」


 と、浪川は人差し指を立てて俺に提案してきた。


「取材?」


 しかしその発言の内容に対してすぐに疑問が浮かび上がった。――何故俺がよく知っているあいつらの取材をするのだ?と。今更取材をしたところで、俺の悩みを解決する何か得られるものがあると言えるのだろうか。


「おそらく朝夜くんは今、どうしてよく知っている人物の取材をしなくてはいけないのだと、そう思っていますよね?」


「はは、お前にはお見通しってことか。あぁ、そうだよ。眩昼は俺の妹だし、古谷兄妹だって小学生の頃からの付き合いだ。だからそんな出涸らしを取材したところで、俺が何かを得られるとでも言うのか?」


 俺は疑心をあえて包み隠さず露わにする。だが浪川を見てみると、その目じりはすぼめられ、口角はわずかに上がり、どこか愉快そうにしていた。まるで俺がこのようなことを言うことを、最初から予期していたかのように。そしてその表情のまま「はい」と、自信ありげの返事をしてみせた。


「意味なら大いにあると言えます。これは私たちの作品のためだけではなく、今の朝夜くんにとっても、です」


「ん?どういうことだ」


 あいつらを取材することの意味が、作品を作成する以外にもあるというのだろうか。しかもそれが、俺のためにもなるとは、一体どういうことなのだろうか。

 まずい、どんどんと会話に引き込まれている。悔しいが、そういった実感をはっきりと覚えてしまうほど、浪川との会話は俺にとって興味をそそられるものだった。

 すると浪川はおもむろに遠くの空を見だした。


「その前に一つ。朝夜くんに関して、私がどうしても気になっていることがあるのです。――かつて誰もその正体を知ることのなかった、模試の県内成績第一位。通称『アンノウン・ファースト』が、何故今となってはその面影もなく没落してしまったのかについて」


「――っ!?」


 ――どうして浪川がそのことを!?

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