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思想も強けりゃ邪教に至る  作者: 北村 陽
異質の章 第二幕――初夏、己が心に邪を宿す
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第19話

 まとまらない考えに頭を悩ませながら、俺は帰宅した。

 浪川は姉の影響で小説や絵描き、勉強、そして演劇(・・)をするようになったと言っていた。この演劇という言葉が、ずっと思考の中央に居座ってなかなか離れない。

 浪川は子役でもやっていたのだろうか。違和感なく他人をその身に憑依させることなど、常人には不可能だ。必ずそういった経験がなければ、演技であると素人ですらわかってしまう。

 そういえば、今日の先生も一芝居をしていた。とても同一人物とは思えない自然な演技だった。先日、先生は浪川家と関係があるということを言っていた。

――もしかしたら、浪川家は代々演劇活動をしていた家系なのだろうか?

 次々と考えが浮かぶが、そのどれもが浮かぶばかりで関連性が見出せない。余計に思考を圧迫するばかりだった。

 部屋着に着替え、自室に入ると途端に眠気に襲われる。明かりもつけないままベッドに倒れ込み、焦点の合わない視界に天井を収める。

 ――もう一回、夢の中で何かがつかめれば。

 そう期待して目を閉じるも、何故かこのときばかりは夢を見ることができなかった。

 それは就寝時も同じで、何も得られないまま次の日の朝を迎えた。

 ――あぁ。現実で見ているものが夢そのもので、だから俺は眠っても夢を見れないんじゃないのか。

ふと、『胡蝶の夢』という言葉を思い出す。だが、俺は蝶である自分を夢に見たことはなく、人間である自分しか知らない。だからここは夢じゃなくて、現実だ。当たり前のことを納得するために、寝起き早々無駄に頭をはたらかせることになった。

 ロックハート城から帰るまでは晴れやかな気分だった。すんなりと、在実との関係を元通りにすることができたから。だが、カフェで浪川と出会ってからのほんの数十分で、今までの出来事すべてに裏があるようにしか思えなくなってしまった。いや、きっと裏しかないのだろう。

 浪川は自分のことをこう言った。昔から変わることのなかった俺だと。そして、教典に書かれた内容に従って行動していると。

自分が物語の登場人物として動かされている気がしてならなかった。どれもこれもすべて、記された物語をなぞった結果なのだと。

 一度こんな考え事をしてしまうと、在実ですら浪川の共犯者なのではないかという疑念を抱いてしまう。本当は、昨日の出来事はすべて浪川から指示されてやったことで、在実自身の言葉ではない、と。

 ――……いや、違う。

俺だって、自分から動いて取材をしたわけじゃない。在実の思想を引き出すために、浪川からヒントをもらって話を組み立てていた。

――裏があるのは、俺の方だった。


「……」


 俺にとっての黒幕は浪川であるのに、在実からしてみれば俺が黒幕じゃないか。本当に俺は在実の取材をしたと言えるのだろうか。誘導尋問のような、でっち上げをした感覚がしてならない。

 ベッドの上で横向きになり、スマホを手に取る。すると最初に目についたのは、在実からのメッセージだった。


「在実から、なんだろう……」


 俺は起き上がって、すぐにメッセージを確認した。


「……――えっ」


その内容は、俺に動悸をもたらすのに十分なものだった。


【おはよう、朝夜くん】

【突然だけど今日のお昼過ぎ、空いてるかな】

【もしよければ、私とお茶しない?】

【もう少し朝夜くんのことを細かく知るために、取材したいなーって】


「俺の、取材……」


 書かれていた内容を何度も繰り返し見て、その意味と意図を何度も考える。そしてやっとのことで意味を受け取った瞬間、つい先程まで俺にまとわりついていた眠気が一気に取り払われた。

『取材』という言葉に、過剰に反応せざるを得なかった。今の俺にとって、それは単に相手のことを知りたいという目的の言葉ではなかったから。

 俺は在実を誘うときに、ロックハート城の取材をしたいと言って本人の取材をすることを伝えていなかった。それは浪川から取材をしていることを相手に知られてはいけないと言われていたからだった。だが一方で、在実は明確に俺の取材をしたいとメッセージを送ってきた。

 真っ先に考えたのは、浪川の存在。もし、浪川が俺と同じように在実にも何かしらの指示を出していた場合、在実は俺のことを取材したいとは言わないだろう。このことから浪川が在実に何らかの関与している可能性が低くなった。

 そうとわかれば、俺が在実からの取材を断る理由はない。俺はすぐに了承の返信を済ませて、在実がどのような質問をしてくるのかについての予想を立てることにした。


※※ ※


 午後二時過ぎ。俺はカフェの一角でコーヒーを口にした。

 最近になってようやくブラックコーヒーを抵抗なく飲めるようになった。これは苦みをはらんだ味に集中して飲むものじゃない。鼻腔を通り抜ける香ばしさやほどよく宿った熱、そして白いカップと褐色の液面のコントラストが生み出す、シックで気品のある色合いを見て雰囲気を得るもの。俺にとってのコーヒーとは、このような認識をしてようやく『飲み物』から『飲める物』という地位を俺の中に確立した。


「あの朝夜くんが、本当にブラックを飲んでる……」


 前方から、驚きのあまり震えたわざとらしい声が聞こえてくる。


「大丈夫?苦かったら、ここに砂糖とミルクがあるからねぇ」


 スティックシュガーと小さなカップに注がれたミルクが、正面から素早く差し出される。


「いや、在実は俺のことをなんだと思ってるんサ……」


「へへっ、あまりおいしそうに飲んでないから」


 そう言った在実は、いかにも甘そうなカプチーノをおいしそうに飲んでいた。白のシャツに、ベージュのカーディガン、そして濃紺のパンツ。落ち着いた色合いの装いからは、視覚だけでいい匂いがしそうな気がした。


「その、別に無理して飲んでるわけじゃないから……」


 俺はまだコーヒーをおいしいと感じられる領域に至れていないことはさておき。気がかりなことがありすぎて落ち着いて座っていられない。いつ、ここで、何を聞かれるのか、まるで面接を直前にした受験生の心境だ。

 コーヒーを味わう間もなく俺は一気に飲み干したが、のどの渇きを少量のコーヒーが潤せるわけもなく。俺は追加で水を頼んだ。


「ふふっ、コーヒーってそんなに一気に飲むものじゃないよぉ」


「知ってるサ。ただ、のどが渇いただけ」


 カップからあっさりとなくなってしまった三百円をテーブルの端によけ、運ばれてきた水を口に含む。


「それで、在実は俺のことを取材したいんだろ?」


「うん、取材って言うほど堅苦しいものじゃないんだけどねぇ。もうちょっと、朝夜くんとお話したかっただけ」


 そう言いながら、在実はバッグからタブレットとタッチペンを取り出した。


「話をしたいだけにしては、やけに準備するんだな」


「えへへ、クリエイターらしいでしょ?それじゃあ質問を始めるねぇ」


「……あぁ」


 来たる取材の開始に、俺は固唾を少量の水で流し込んだ。


「まずは、ちょっと昔のことについて。――どうして朝夜くんは、私のことが好きだったの?」


「っ!?」


 俺は思わず歯を食いしばってしまった。初めの質問にしては内容があまりにも濃く、予想外も予想外。もっとこう、春夏秋冬朝夜という人間をちょっとずつ掘り下げてくるものかと思っていたら、いきなり大量の火薬で吹き飛ばされた。危ない、もし水を飲んでいたら確実にむせていた。


「……えーと、その、いきなりすげー質問だな……」


「え、そうかなぁ?それでそれで、どうしてなの?」


 俺のことを追い詰めるように、少し前のめりになった在実の声音に控えめないたずら気が混じり始めた。


「それは、そのー……」


「そのー?」


「その、在実が一番、俺に与えてくれたものが多かった女子、だったからかなぁ……」


 かろうじてひねり出した俺の言葉は、何とも曖昧な表現で飾られたものだった。そのせいか、在実は首を少し傾げている。


「与えたもの?私、朝夜くんにたくさん贈り物渡してたっけ?」


「いや、そういう物的なものじゃなくってサ。何と言うか、面白い遊びを考えてくれたり、絵を描くきっかけを与えてくれたり、俺がしたことや考えたことを理解してくれたり、とか。要するに、在実は俺にいろんな影響を与えてくれたってこと」


「……ふーん」


 今までの俺の人生を振り返ると、在実が俺に与えてくれた影響は無視することができない。ただでさえ俺は交友関係が少ないのだから、ずっと俺のことを気にかけてくれた女子を意識するなと言う方が無理だ。

 すると俺が言った言葉の意味を理解したのか、在実はしばらく俺をぼんやりと見つめたあと、思い出したかのようにペンを動かしてタブレットに記入を始めた。


「ふふっ、そっかぁ。てっきり顔が好みだったのかなぁって思ってたから」


「それは……。それもあったけど」


 在実は自分の可愛さを自覚している。その顔の良さは誰も否定することのできない事実であり、そのせいで俺の目はだいぶ肥えてしまった気がする。この柔らかくて温かそうな頬が、俺の視線を釘付けにして離さない。


「へへ。朝夜くん、来藍ちゃんの顔も好きでしょ?」


「いや、その……。否定できない、けど」


「ふふっ、やっぱり」


 ――あぁもう、一体俺は何を言わされているんだ。

 こんなことを言わされに来たつもりなんて微塵もなかったのに、別の意味で落ち着いて座ることもできない。これじゃあ俺の取材じゃなくて、ただの恋バナをしているだけじゃないか。

 運ばれてきた水の残りが半分以下に差し掛かり、どうにかして話題を逸らさなければと必死に考える。


「来藍ちゃんは私のいとこだからねぇ。私と骨格がちょっとだけ似てるよね」


「あー、確かに――。……ん?ちょっと待て。今、なんて言った?」


 何か、ものすごく重要な事実がサラッと言葉にされた気がした。


「え、私と来藍ちゃんは骨格が似てるよねーって……」


「いや、それじゃなくってサ。その、いとこなのか?浪川と」


「うん、そうだけど。……ってあれ、もしかして知らなかったの?私と来藍ちゃんが親戚だってこと」


「なにそれ……」


 在実と、浪川は、親戚という関係。すなわち、秀樹と浪川も親戚という関係。前々から、浪川と在実は雰囲気が少し似ている気がしたが、まさかその予感を裏付ける事実をこの場で聞くことになるとは思いもしなかった。


「えっ、じゃあ浪川がこの学校に通っているのって……」


「あぁ、そうだね。あれは私たちが中学二年生のころだったかなぁ。まだアメリカにいた来藍ちゃんが私たちと同じ高校に行きたいって突然言いだして、それでこの学校に入学するための準備をしてたんだぁ」


「マジか、そんなことがあったのか」


 舞い込んだ新情報に脳内をかき乱されつつ、少しずつ思考対象に転換させていく。

わざわざ、浪川はこの学校に通いたいと言っていた。この言葉が気になって仕方がない。

先生は浪川がこの学校に入学した理由の一つとして、自身が務めていることを挙げていた。だがそれよりもずっと、在実たちが通うということの方が重要であるように思える。

この進学校で学力一位を掴み取れる実力者が、わざわざこの学校を選んだ理由がわからない。海外の学校では駄目な理由があるのだろうか。


「なぁ、どうして浪川は日本の学校に行きたいと言い出したんだ?」


「えーと、確か創作活動のためにって言ってたかなぁ」


「創作活動?」


「うん。ほら、漫画とか、アニメとかの文化は日本が一番栄えているでしょ?将来はそういったことをしていきたいから、ここに来たんだってぇ」


「そういうことか、なるほど……」


 聞けば聞くほど、浪川来藍という人間が普通の人間とはかけ離れた存在であることを意識させられる。もし仮に浪川と同じような夢を持ち、同じような環境で生きてきたとして、果たして俺は日本に行くことができただろうか。それを認める両親もすごいし、実行できてしまう浪川は同い年とは思えない精神力があると認めざるを得ない。


「すごいよね、来藍ちゃん。行動力だけじゃなくって、実力もあって」


「ほんとに、自分の人生と比べるだけで生き恥を晒しているような気分になる」


 性格や信条といった人間性はともかく、天才の人生と自身のそれを比較してしまうと、平凡に生きていただけで何も成しえていないという怠惰を自身に対して覚えてしまう。


「ふふっ、確かにそう思いたくもなるよねぇ。でも、私は朝夜くんも負けてないと思うよ」


「どうして?」


「朝夜くんにだって、物語にしたら読み応えのある経験がたくさんあるでしょ?私と、お兄ちゃんと、眩昼ちゃんとの、誰も知らない秘密の出来事がたくさん。ね?」


「……」


 それについて、思い当たる節しかなかった。確かに俺だって、元群馬県で一番頭がよかった人間だ。今でこそその面影もなく、自身ですらそうだったという感覚が失われているが、それでも普通の人間よりも普通じゃない経験をたくさんしているじゃないか。

 正体を隠しながら校内試験のトップを占領し続け、自身の恋愛経験を創作活動の題材にしようとし、妹の才覚に現実を見せつけられ、劣等感と虚無感に苛まれながら孤独を選んで。俺だって十分、物語に登場するだけの価値がある人生を送ってきたじゃないか。


「さっき、朝夜くんは私がたくさんのものを与えたって言ってくれたでしょ?」


「あぁ」


「でも、それは私にとっても、みんなにとっても同じ。みんな、人生で楽しいって思える瞬間に、必ず朝夜くんがいた。朝夜くんがいつも、私たちを突き動かしていた」


「……そっか」


 水面に揺れ映る、自分の影を見て考える。

俺が存在することの影響は、俺が思っている以上に強いものだったということが在実の言葉からわかった。だがどうしても、その実感がまだわかない。今の俺には昔のような、何者にでもなれて何でもできる原動力が存在しない。だから在実の言葉が過大評価のように聞こえてしまう。


「それじゃあこの質問はここまで。次の質問に移るねぇ」


「あぁ、わかった」


 俺の考え事を置き去りにして、在実は次の質問へと話題を移す。


「次の質問が、ここに朝夜くんを呼んだ一番の理由。昨日のことで少し、聞いておきたいことがあるんだぁ」


「昨日のこと?」


「そう、昨日のこと。これは、物語を作るために私が知らなくちゃいけないことだから、正直に答えて」


 少しだけ、在実の表情と声音から柔らかさが消えた気がした。途端に俺の意識が警戒を宿すこととなり、努めて平静を装おうと顔を強張らせる。


「――どうして、朝夜くんは私に嘘をついたの?」


「……え」


「どうして、私と違うはずなのに、私と同じ考え(・・)だって嘘をついたの?」


 その澄んだ瞳には、昨日の俺が言ったことが嘘であることの確信が表れている。そしてその奥には、俺に対する隠し切れない疑念が確かに身を潜めていた。

 想定すべきは、想定外。だが、想定外のことだから俺は考えもしなかった。――俺の噓が、在実に見透かされるということを。

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