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思想も強けりゃ邪教に至る  作者: 北村 陽
異端の章 第一幕――晩春、日常の崩壊は美少女と共に
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第1話

 味気なかった高校生活も一年が終わり、二年生へと進級したものの、依然として虚無の気配が足を引きずったままの今日この頃。春の陽気が満ちたほのかに古臭い教室は、昼休みとなってがやがやと人の往来で騒がしくなっている。

 教室の窓の先から見えていたはずの桜花は今となってはその影もなく散り、草木はどれも変わり映えなく青々としている。風が運ぶ匂いも、どこか張り切っているような気がしてならない。

 高校二年生になった俺は、今日も昼休みに一人教室の隅の机で頬杖を突きながら日向ぼっこをしていた。一年前も同じようなことをしていたが、その時は淡い期待を常に抱いていた。どんな期待かというと、誰かが話しかけてくれるのではないかという儚い期待だ。

 だが今はそんなことをしていないということは、そういうことだ。昼休みにもなってじっとしているやつに、話しかけようとするやつはいない。

 だから代わりに考え事をするようにしている。今は何について考えているかというと、魔力という存在の正体についてだ。もちろん現実は魔法などのファンタジー要素の一切が存在しない、退屈なくらい普通の世界だ。だからこそこういったことを考えるのが楽しいものだ。


 ――魔力の正体を仮に微細な粒子だとすると、それは宇宙から飛来してくる宇宙線の一種だと考えた方が理にかなっているな。そうすればどこにいても魔力が存在するということが説明できる。そうなると、術者が魔力を蓄えるというのは、身体に微細な粒子を蓄える仕組みができていると考えられるな。魔力を蓄える場所はどこにしようか。……そうだ、脊椎やその付近の尾骨や翼の骨にしよう。そうすればドラゴンや有翼人といった尻尾や翼がある種族が、普通の人間よりも強いという設定が作れる。


 はは、我ながら天才だと、思案タイムに一人耽っていると、教室の扉がガラリと開いた。

 出入りの激しい昼休みだから特段気にすることなく思案タイムを続けようとすると、


「――春夏秋冬(ひととせ)くん、春夏秋冬(ひととせ)朝夜(あさや)くんはいますか?」


「……ん?」


 それは退屈なくらいに平穏で平凡な俺の人生に、紛れもないイレギュラーが生じた瞬間だった。その声は騒々しい教室内でもはっきりと聞こえるほど、透き通った落ち着きのある声だった。だが、俺にとっては心の平穏をかき乱すものでもあった。

 すると俺が声の方を向くよりも先に、周囲の目が俺の方を向いていた。それもそのはずだ。何故なら声の主は、この学年では誰もが知っている学力一位の優等生――『浪川来藍(こらん)』なのだから。

 この学校の女子の制服は、白と黒を基調とした、明暗がくっきりと分かれているデザインだ。

浪川を横目でちらりと見る。絹が逆に質感を寄せたのではないかと思えるほど、滑らかで艶のある黒髪は白紐でサイドテールに。傷一つない珠のような透明感のある白い柔肌に、切れ長の目そして小さな唇。

 誰がどう見ても美少女と言わざるを得ない月のような存在が、スッポンの名を呼んだのだ。そりゃあ誰もが俺を見る訳だ。

 ――あぁよせ、みんなして俺を見るな。気付かれるだろーが。

 少々の気まずさから、浪川に呼ばれた当の本人は返事をしないでやり過ごそうとするも、


「えーと。……あっ、見つけました」


「うっ」


 あぁ、とうとう見つかってしまった。浪川と完全に目が合ってしまったのだから、もう逃れることはできない。浪川に手招きされるまま、俺は気乗りせずも立ち上がって浪川の方へとのそのそ歩いて行った。

 ――なんだろう、やっぱりちっちゃい。でも、相変わらずきれいな顔してるな。

 ふと、一年前の出来事を思い出す。あの時以来、俺の中で浪川という存在は避けるべき人物という認識が芽生えていた。だが幸いなことに、俺と浪川では住んでいる世界が違った。俺はそこら辺の石ころで、浪川はこの学年のトップアイドルのようなもの。関わるきっかけも機会もなかった。――今までは。

 浪川の目の前に立つと、俺の背の高さも相まってか浪川の小ささが際立つようだった。そして視界に収めるだけでも恐れ多いと感じてしまうほどの顔の良さに、人生で初めて目線が他人に見えないタイプのサングラスが欲しいと思った。


「えーと、確かお前は浪川だよな。もしかしてだが俺をお呼び出しってのは、そのー、人違いじゃないのか?」


 ――頼む、そうであってくれ。

 初対面の開口早々にこんなことを言うのはどうかと思いつつも、俺は本心をそのまま口にした。すると浪川は一瞬ポカンと口を開けたまま俺を見上げていたが、次第に小さく笑い出し、


「ふふっ、春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)と書いて春夏秋冬(ひととせ)と読む。これほど珍しい苗字を間違える訳がないじゃないですか。やはり、話で聞いた通り面白いことを言うのですね」


「はぁ、誰からどんなことを聞かされたんだか……」


「まぁそれはさておき、今日の放課後、少々お時間をいただけますか?」


 お手本のような上目遣いに、意味ありげな一言。それらによって、長年惰性で動いていた俺の鼓動はここぞとばかりに過去一番の働きっぷりを見せ始めた。


「あー、いや、まぁ、時間だったら作れるけど……」


 視線を逸らし、何とかして予定を調節しようとする様子を見せつつも、本当は物凄く暇だ。だからこそ暇人だと思われたくなかった。


「そうですか、それならよかったです。眩昼(まひる)さんの話では、いつも誰よりも早く帰宅してしまうと聞いていたので」


「うっ、あいつ余計なことを……」


 俺の脳裏に浮かぶは、ぺかーっとした笑顔で俺のことを包み隠さず話す、双子の妹『春夏秋冬(ひととせ)眩昼(まひる)』の姿だった。

 こうなればもう、俺が格好つける理由もなくなった。


「はぁ、わかったわかった。それで、俺は放課後どこに行けばいい?」


「話が早くて助かります。では、校舎の裏手にある神社の、参道を登り切ったところまで来てください。待ってますので」


「ん、神社の参道って……――え?」


 耳から脳に送られた刺激が理解のできるものへと変換された瞬間、俺は間の抜けた声を上げて呆気にとられてしまった。

 だが、そうなるのも無理はない。何故ならこの高校にはこんな噂があるからだ。


【高校の裏の神社で告白し結ばれると、必ず同じ将来を歩むことができる。そしてその関係は告白した場所の高さが高ければ高いほど、長く強いものとなる】


 つまり浪川が指定した場所は、一生を添い遂げたいという思いを相手に伝える場所であった。


「その、神社って、すぐそこの?」


「はい」


「参道を上がったところ?」


「えぇ」


「ほんとに?」


「ほんとです。もし信じられなければ、どうぞ頬でもつねってみてください」


 そう言って浪川は柔らかそうな自身の頬を、手本のようにむにっと一つまみしてみせた。思わず俺は浪川の頬に手を伸ばしたい欲求に駆られてしまうが、言われた通り自分の頬をつねった。しっかり痛い、確かに俺の感覚は正常に機能していた。だがこの痛みを現実であることの証明として扱うには、少しばかり無理がある状況に直面している。

 ――その、つまり、これって……、そういうことなのか?

 するとさっきまで静観を保っていた周囲の学生らが、途端に騒めきだした。できることなら俺も一緒にざわざわしたいところだが、ここは歯を食いしばってグッと堪える。


「では、放課後に」


「あっ、待て浪川!……ってあぁ、行っちまった」


 浪川は頭を小さく上品に下げると、俺の言葉に聞く耳を持たず、春風のように颯爽と廊下の奥へと行ってしまった。その様子を口を半開きにさせて見ることしかできなかった俺の姿は、さぞかし滑稽なものだったろう。

 しかし、何故だろうか。俺の目には、見るものすべての色が鮮やかに映っている。青々とした木々や、ガラス窓越しに見える青空、そして浪川が遠のいていく先に続くリノリウムの廊下の反射光。そのどれもが普段よりも増して存在感を俺に示している。

 ――もしかしてこれが、青き春の輝きだというのか……?

 思えば一瞬の出来事であったが、人生の中で一番色濃く残る瞬間であることは間違いなかった。いや、二番目に色濃いと言うべきだろうか。まぁいい。

 ――いや待て、駄目だ駄目だ。思い上がるな、春夏秋冬朝夜。まだ告白されると決まったわけじゃないんだ。罰ゲームでやらされているだけかもしれないんだ。

 収まる様子をまったく見せない鼓動の高鳴りを静めるために、俺は自身にそう言い聞かせた。

 するとここで俺は気付いた。周囲から向けられていたものが、視線に加え言葉が徐々に混じり始めたということに。

 俺は堪らずその場から抜け出し、第二の居場所である図書室へと後ろを振り返らず突き進んでいった。

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