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思想も強けりゃ邪教に至る  作者: 北村 陽
異質の章 第二幕――初夏、己が心に邪を宿す
19/23

第17話

 昼食を終え、一通り場内を歩き回ったところで俺たちは帰宅することにした。迷路のような庭園に、ルーン文字による占いができる場所、その他にもいろいろとあった。

 今日撮った在実の写真を改めて見返すと、入場したときとは少し違った印象を受けることに気付いた。心なしか、城内での対話の前よりも生き生きとして見えていた。それは在実の写り方や表情が変わった訳じゃなく、きっと俺の意識が変わったからだと考えられる。いつものように、さくっと自己分析をしてそのような結論を得た。

 ほんの数時間の滞在時間であったが、得たものや成し遂げたことは大きかった。そう思える数時間だった。

 在実に依頼された、物語の作成。主人公は、他者の人生を記録した本を保管する図書館の館長。その舞台は現代か、ファンタジーか。それはまだ決まっていない。

 どのようにして館長は人に声をかけ、どのような人々の人生に目を通し、どのようなことが起きるのか。無限に広がる物語の展開に心が躍るが、同時に収拾のつかない可能性に対してもどかしさを覚えてしまう。

 先生の車の中に乗り込むと、日の光によって暖められた車内に思わず眠気が存在感を増してくる。それは在実も同じようで、車が発進してから十分ほどで助手席の在実から返事がなくなった。


「朝夜君も疲れたのであれば、寝ても構わない」と、先生は言った。


 最初は寝ることすら惜しいと思って考え事をしていた。今日一日の出来事の満足感を、何度も何度も噛みしめたいと思っていた。だが、疲労感によって強化された睡魔が幾度となく俺の意識に襲い掛かり、気付けば俺も寝てしまっていた。

 しかし、意識が完全に消えたわけではなかった。現実ではない場所へ、移り変わっただけ。


「……」


 ここは、夢の中だ。そうはっきりとわかるほど、目の前に広がる景色はあまりにもきれいすぎた。

 まだ誰も来ていない、早朝の教室。窓が開いていて、カーテンが風になびいている。ここはきっと、高校の教室だ。高校に入学してからずっと、俺は何かを期待して一番乗りに教室についていた。けど、何も起きることがなく高校一年生を終えた。そのことを表したのが、この場所なんだろう。

 教室の中央に立つ俺は、動けないまま外を眺めている。何も映らない景色を、ぼんやりと見つめている。


「――くん」


 ふと、誰かの声が遠くから聞こえた気がした。けど、まだ振り返ることはできない。

 耳を澄ますと、一歩、また一歩と軽快な足音が近づいてくる。丁度俺がいる教室の前で足音が鳴り止むと、扉が開く音が聞こえた。


「朝夜くん」


 それは閑静な教室内に突如として響き渡っても、一切のやかましさを感じさせない柔らかな声だった。そして、俺はこの状況をどこか知っている気がした。

 あれは確か、昼休みに浪川から呼び出されたときだ。

 でも、少しだけ違う。春夏秋冬という、親しくもない多数の人間が物珍しさから呼びかけてくる名字で呼ばれなかった。そして、ここには昼休みのような騒々しさの一切がない、静かで爽やかな空間だった。

 俺は振り向こうと、体を横に捻ろうとした。きっと、振り向けばそこにあの人がいると思うから。


「……」


 期待と共に振り返ると、この場所が夢であることを再認識させられることになった。どういうことだろうか、俺の予想に反して教室の扉の前に立っていたのは、中学生の頃の制服に身を包んだ在実の姿だった。

 今より背丈が少し低いが、中身そのものが変わっていないことが見てわかった。そんな在実の姿に懐かしさを覚えると同時に、一定の距離までしか近づくことができない自分がいた。いや、近づいてはいけないと本能が訴えかけていた。

 妄想癖をこじらせすぎると、たまにこうして夢にまで現実での出来事と似たようなものが出てくる。そしてその内容は決まっていつも、俺が一番意識していることがほとんどだ。過去の在実が出てきたということは、今日一日が過去と現在についてそれぞれを深く考えることになったからだろう。

 この幻は、きっと俺が何かしなければ消えることはない。自分が作り出した夢であるからこそ、自分のことだからわかる気がした。だから俺は、腕を組んで堂々とこう言ってやるしかなかった。


「……もう、俺も在実も、あの時のままじゃないから」


「そう、なんだぁ」


 幻にそう語りかけると、ほんの一瞬だけ幻は驚いたように目を見開いた。そして、微かに笑みを浮かべて俺を見上げた。

 俺の脳内には、これまでの在実との思い出が高密度で流れている。だがそれらに覆いかぶさるように、今の在実との思い出が色濃く渦巻いている。べつに過去の出来事を悪いものとし、捨てようだなんて思っていない。ただ、今は在実が抱える思想に則り、作品作りのための大切なものとして無害な形を保つようにしている。

 俺の脳内を埋め尽くす全てをぶつけるために、俺は言葉に力を込める感覚で口を開いた。


「だからサ、もうその姿で俺の前に現れるな。今の在実が、あの頃をどう思っていたのかがわかったから」


「……うん」


 台本の台詞でも読んだような俺の言葉に対して、きれいな笑顔をするものだと思ったが最後。俺が瞬きをする一瞬で、在実の幻は風になって消えてしまった。あっという間の出来事だったので、俺はそのあっけなさに口が半開きになったままだった。

 夢というのは、いつだってそうだ。現実と違って展開が予測できないし、整合性のとれた結末を見せてくれないし、いいところで目が覚めたりするもの。


「――夢の中で、夢について考える。へへ、朝夜くんらしいねぇ」


「えっ、あれ?いつの間に……」


 ここは夢の中だから、なんでもありなんだろう。さっき消えたはずの在実は、高校の制服を着た状態で窓際に現れた。自分の脳が作り出した夢であるのに、現実の在実が言いそうな言葉だった。


「朝夜くんは、私のことをどんなふうに書いてくれるのかなぁ」


 独り言にしては大きな声で、在実は外を眺めながらそう言った。


「どんなふうにって、どうして俺が在実について書くことに……。いや待て」


 ここでふと、現実で在実に言われたことを思い出す。

誰かの人生を本にするというストーリーには、登場人物が送ってきた人生や性格、そして行動によって得たり失ったりしたものが魅力的でなければ面白くない。それらを考えるのは容易ではなく、なかなか骨の折れる作業だ。

 ――だったら、在実を登場人物の一人にしてみるのはどうだろうか?


「現実での出来事は全て、作品作りのための題材に過ぎない。……まさか、この思想が早速役立つなんて」


 一気に手間が省けたような感覚がした。これから先、俺は秀樹や眩昼、そして浪川といった人物の取材を控えている。これはつまり、四人分のネタが手に入ることが確定していると言ってもよいのではないだろうか。まぁ、捕らぬ狸の皮算用かもしれないが。


「朝夜くんは、邪教の教祖になるんだよね?」


「いや、まぁ。なるというか、成り行きでそうなっているけど……」


 現実的に考えて、事情を知らない在実が絶対言うことのない言葉だが、この空間は俺の脳が勝手に作り出したものであるため何でもありだった。


「それじゃあこれからの朝夜くんは、館長であり、教祖なんだ」


「……」


 俺には館長という側面と、教祖という側面がある。在実はそう言った。

在実が言う館長が、どのようなことをする人物であるかについての具体像ははっきりとしている。だが、教祖に関しては未だ何をするのかが不鮮明だ。

 何をもって邪教とし、何を為して教祖となりうるのか。提案者である浪川から邪悪な思想のような何かを感じることができていないため、正体が未だわからない。

 ――一体何故、浪川は『邪教』という言葉にこだわるのだろうか?


「さっき言ってた言葉、それってどういうことなんだ?在実」


「……」


「浪川の言う邪教って、何なんだよ。どうして俺に、教祖になって欲しいって言ったんだ?」


「……」


 都合よく答えてあげるわけないでしょ?と言わんばかりに、在実の幻は俺の目を細んだ目で見たまま動かなかった。夢は都合のいい世界を見せてくれる時があるが、都合よく進行しないのもまた夢だ。どれだけ俺が問いを投げかけても、暖簾(のれん)に腕押しという言葉のようにすり抜けてしまう。

 現実での謎や疑問はまだ解決されていない。だから俺の脳が勝手に見せている夢が、答えを示してくれることはない。


「――朝夜くん。おーい、朝夜くん」


 頭上から急に連続で名前を呼ばれると同時に、周囲が少しぐらつき始めた。いや、違う。周囲じゃなく俺が揺れている。

 夢によって構成されていた空間は徐々に漂白され、薄く単調と化した。次第に世界の認識や境界線が曖昧になっていく。もうすぐ俺は、夢から覚める。そう考える間もなく、在実の声は確かな感覚として聞こえていた。

 ――くそっ。あと少しで、何かがわかったかもしれないのに……。


「朝夜くん、起きてー。もうすぐ駅に着くよー」


「……起きてる」


「あ、起きた」


 片側に全体重がかかるように寝ていたからか、上半身がきしむように痛かった。寝ぼけた猫の如く本能のままあくびをすると、高崎駅周辺の見慣れた景観に囲まれていることに気付く。


「……そうだ」


 夢の出来事を忘れないように、もう一度考えないと。

 夢の中で俺は、在実たちの取材によって得たもので物語を作成していくという考えを手に入れた。この考えを得られたことは大きい。物語の登場人物の人物像をより安定した状態にすることができる。だが、俺の立ち位置が不安定になってしまった。

 俺は人生という書を保管する図書館の館長であるのと同時に、邪教の教祖。本来混ぜ合わさる要素のないものだが、夢の中という特別な状況がこの二つを俺に当てはめ結び付けた。

 ――この二つに共通点を見出そうとするのは、俺の勝手にすぎないのか?それとも、邪教に対する何かが眠っているという勘が働いたからか?

 脳みそがおからのようになるまで考えを絞ってみても、何も得られず。結局俺らは午後三時あたりに駅に着いた。


「先生、今日はありがとうございましたぁ」


「ありがとうございました、先生」


「うむ、礼はいい。では来週また会うとしよう」


 俺と在実が下車すると、先生は後続の車の列を見てすぐ車を発進させていった。


「在実は電車で帰るんだろ?」


「うん。だから今日はここでお別れかなぁ」


 交通費の削減のため、俺は電車に乗らずにここまで自転車で来た。


「あっ、もうすぐ電車が着いちゃいそうだから、急がないと。それじゃあね、朝夜くん。今日はありがとねー」


「あぁ、こちらこそ。それじゃあな」


 互いに手を振ると、在実は足早に駅内へと向かっていった。その後姿をぼんやりと眺め、俺は一度深く呼吸をした。


「……」


 ――妙だ。

 今日の一連の流れを振り返ると、あまりにも事が順調に進んだため、途端に気味悪さを感じるようになっていたのだ。誰かが、何かが俺と在実の裏に存在していて、俺たちはそれにうまいこと踊らされていたような。その正体は浪川であることは間違いないのだが。

 ――そもそも、俺は昨日の時点で浪川から在実の思想について教えてもらっていたようなものだ。それなのに、どうして俺は在実からそれを引き出そうとしたんだ?

 俺になくて、あいつらにあるもの。それが『思想』だと浪川は言っていた。確かに在実には思想と呼べるものがあることを確認した。俺にはない、クリエイターらしい思想だ。それを引き出すために、俺はあたかも同じ思想を抱えている人間のように接した。

 ――思想を引き出して違いを知るという目的に対して、浪川が与えてくれたヒントはネタバレと言えるほど明確なものだった。そうしたのはなぜか?

 俺が苦戦していそうだから、特大のヒントを与えてくれただけだろうか。だが、先に答えを知ってしまっては俺が在実を取材する意味がない。そうなると、今回の取材には別の意味や目的が込められていると考えられるのではないだろうか。

 ――もしその場合、俺の存在はどのようなはたらきをして、どのようなことを為す想定でいたのか?

 浪川が俺に提案したことは、本当にあいつらとの仲の修復だけなのだろうか。もっと、『邪教』という言葉にふさわしい何かが隠されているはず。そうでなければ、浪川という人間が話したことのない男子生徒に声をかけるはずがない。

 考えれば考えるほど、晴れやかだった気分に余計なノイズが走っていく。まだ、終わりじゃない。むしろこれからが始まりな気がする。

 俺はすぐにスマホを取り出した。そして浪川に連絡を取ろうとメッセージを送った。


「――『浪川のおかげで、在実との関係を元に戻せた。ありがとう』と」


 とりあえず黒幕の浪川に感謝だけ伝えた。実際に在実との関係を改善できて嬉しかったので、礼を言いたかった。

 すると十秒程度でサムズアップのスタンプが返信された。仕事ができる人は返信が早いと聞くが、おおよそ間違ったことじゃないと思った。自分の中に浮かんだ疑問がまだ熱いうちに、浪川に聞いてみよう。その一心で俺は浪川に通話できるかとメッセージで尋ねた。

 すると再びメッセージが返ってきた。


「えーと、なになに……。『通話する必要はありません。建物の少し右側を見てください』って、どこを見れば……」


 視線を建物の壁に沿わせ、滑るように右側へとずらしていく。ドラッグストア、駅舎の出入り口、カフェを通り過ぎようとしたとき、


「って、うわっ。 えっ? ちょっと待て、うそだろ……」


 カフェのガラス窓越しに、微笑みながらこちらに手を振っている美少女の姿が見えた。

その顔を俺はよく知っている。だが、一瞬だけ脳が混乱してしまったのは、浪川が着ている服のせい。自分の目を疑うように近づくと、そこには清楚なイメージとはかけ離れたゴスロリファッションに身を包んだ浪川が、いかにも甘そうな飲み物を口にしながら黒いブックカバーがかけられた本を開いていた。。

 今までの気味悪さは一瞬にして吹っ飛び、俺はすぐさま浪川が待つ店内へと足を運んだ。

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