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思想も強けりゃ邪教に至る  作者: 北村 陽
異質の章 第一幕――初夏、取材を前にして
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第12話

「……その、どうして急に髪型を……」


「――それじゃあ朝夜くんに質問するねぇ」


「……」


 突然浪川から、浪川じゃない誰かの声がした。ほんの少しゆったりとした発声に、特徴的な間延びした語尾。それは在実に最も近しいものであるとわかるが、目の前にいるのは浪川であるため脳がうまく状況を処理をしきれずにいる。

 食品サンプルや造花とは違い、本物の質感をまとった精巧な偽物を浪川は用意してくれていた。


「もしも私が、普通じゃない考えを持っていて、急にそれをさらけ出したら。朝夜くんたちはどんな反応をすると思うかなぁ?」


「それは……」


 ――え、待って、めっちゃ在実なんだけど!?

 声音やしぐさ、視線の動かし方まで。何から何まで全てが在実と一致していた。その事実で埋め尽くされた俺の頭は、驚愕のあまり処理が一瞬止まる。

 少しの間を置き、在実(浪川)の質問に答えようと考えを巡らせた。


「まぁ、急にどうしたんだ?とか、気でもおかしくなったのかなぁって思う、かな」


「つまり?」


「つまり……――ってあぁ、そういうことか」


「お、何か気付いたかなぁ?」


 在実(浪川)が首をほんの少し傾けて問いかけてくる。

 ここまで誘導されて、ようやく俺は在実たちの内面の変化に気付けなかった理由が分かった気がする。いや、当たり前のことに気付いたと言うべきだろうか。


「そうだな、言葉にするならこうだ。――長い間付き合いがあるからこそ、相手は自分のことをよく知っている。けど、自分がまださらけ出していない部分を親しい相手に知られたときに、よく知られていることがかえって相手に強烈な違和感を覚えさせてしまう。――ざっとこんな感じだろ?」


 簡単に言えば、在実たちは自分が変な子だと思われないようにしているだけなのだ。よく知っている、つまりは相手の中でこの人はこういう人だという認識が強固であればあるほど、自分のさらけ出していない部分を相手に知られたくないものだ。急にどうしたん?と、思われてしまうから。

 いい感じに考えがまとまった。すると正面からぺちぺちと細かな音が聞こえた。


「おぉ、さすが私の朝夜くんだ」


「だろ?……っておい、ちょっと待て」


 俺にとって聞き覚えのある言葉を、在実(浪川)は小さく手を叩きながら口にした。だが、このことに関して少し問題がある。そう、この言葉は俺がまだ在実と付き合っていた頃に在実からよく聞いた言葉だ。それも、二人きりの時だけに聞ける言葉。仕草も酷似しているため、どこか気味が悪い。


「……そのセリフ、何で浪川が知ってるんだよ。在実が俺と二人きりの時しか言ってない言葉なのに」


「へへ、それはさておきぃ。朝夜くんは、どうすれば私から思想を引き出せると思う?」


「随分と強引に話を逸らしたな……。まぁ、そうだなぁ」


 どうすれば在実から思想を引き出すことができるのか。天井を仰ぎ見ながら考えを巡らす。

 直接聞いてしまうのは、俺が頭のおかしい人だと思われかねないため却下だ。もっと、明日の状況を想像して作戦を立ててみるべきだ。


「明日は二人きりで、俺は作品のための取材をしていて、それに在実が同伴している……。うーん、どうやって精神をすり合わせるべきか」


 方法はいくつかあるのだろうが、それが具体的で明確なイメージに繋がらない。在実が抱えている思想がどういったものなのかがわからない以上、うかつなことをするともれなく俺は頭のおかしい人になってしまう。

 少しの間頭を悩ませ、結局俺は助けを求めるように在実(浪川)に視線を送った。


「ふふっ、私の朝夜くんでもさすがにお困りのようだね」


「うん。在実の思想の手がかりさえ掴めればなぁ」


「ふーん。それじゃあ私から特大のヒントを特別にぃ」


 すると浪川は席を立って足早に俺の方に近づいてきた。何をするのかと見ていると、


「ちょっと耳かしてー」


「えっ?あぁうん」


 背後に回り込んできた在実(浪川)は、ためらう様子もなく俺の耳元まで顔を近づけてきた。

 ――ちょっ、えっ、浪川さん!?

 突然の接近で心の準備ができていない俺の心は荒ぶりかけるも、何とかして耳元へと意識を集中させる。が、今は自分の挙動を正常に行うふりをするだけで精いっぱいだった。


「へへっ、それじゃあ一度だけ教えてあげるね」


「……あぁ」


 大してありもしない唾を飲み込み、言葉を待つ。


「――私はね、朝夜くんの存在ですら、作品作りのための題材に過ぎないって思ってるんだぁ」


「――――…………」


 耳元で囁かれたいたずら気混じりの声が、聞こえなくなった今でも脳内で強く反響している。在実(浪川)は言い切った途端に俺のそばを離れたが、体温や気配や匂いまでもが感覚として神経に焼き付いてしまっていた。

 言葉の羅列だけが記憶され、意味を噛み砕き味わう作業は完全に停止している。体を自由に動かせるはずなのに、動かそうにもぎこちなさが表れてしまいそうで身動きが取れない。――俺は遊び(・・)の天才を憑依させた少女に、心をもてあそばれて(・・・・・)いた。

 かろうじて動く視線に映る在実(浪川)は、バッグを手にして部室の扉の方へと足早に向かっていた。


「さて、それじゃあ私は帰るねぇ。鍵閉めよろしくー」


「あっ、あぁわかった。……えと、じゃあな」


「ばいばーい」


 手を振る在実(浪川)に手を振り返すと、まともに返事もできないうちに在実(浪川)は部室を出て行ってしまった。パタパタと、在実らしい軽快な足音が廊下に響いている。


「……はぁ」


 一人だけになり、真っ先にとった行動は、深呼吸だった。

 しばらく半開きになった扉の先を眺めていると、少しずつ正常な自分を取り戻していく。ようやく浪川が残した特大のヒントについて考えられるようになったきた。

 ――俺ですら、作品作りのための存在に過ぎない。

 この言葉を聞いて真っ先に思いついたことは、浪川が言っていた「俺との思い出は、物語にしたいと思えるものだった」という言葉だ。

 これら二つの言葉をすり合わせると、ある程度在実が抱えている思想がどういうものなのかがわかってきた気がする。――そう、在実にとって現実の存在や出来事というものは、所詮物語を作る上での題材に過ぎない。

 たとえ相手が誰であろうと、どんな経験であろうと、それらを全て題材として扱う。クリエイターらしい思想であるが、別に隠すほどのことでもなければ、口にするほどのことでもない。だが、相手に知られれば「変な子だなぁ」と思われるような思想だ。


「なるほど、なぁ」


 この推測が正しければさっきよりもずっと、在実の思想を完全に引き出すための作戦を練ることが出来そうだ。

 会話というものは、精神をすり合わせる行為の一つであると浪川は言っていた。これらの行為は相手の精神の状態や種類、それらを考慮して行うものである。

 ――ならば、俺の精神を在実のものと近づけてみればどうだろうか?

――自分と同じような変わった思想を抱えている仲間だと思わせることができれば、在実は心の裏側を俺に見せてくれるのではないだろうか?

 失敗すればただの変な人になりかねない諸刃の剣のような作戦だが、それでも試してみる価値は十分にあるはずだ。

浪川に様々な考え方や視点を与えられて、以前よりも世界の見え方が変わってきた。だから在実の思想がどんなものであれ、きっと得られるものがあるはずだ。


「……フ、フフッ」


 込み上げてきた高揚感が薄気味悪い含み笑いとなって、暗がりに消えていく。この感覚は、中学生以来だ。

 とある目的のために何かを演じ、周囲を欺く。そうだ、俺は他者に知られることのない秘密を抱えているというだけで、毎日が楽しかったのだ。

 今回の相手は在実ただ一人であるのに、何故だか大きな満足感を得られる気がしてならない。今まで散々振り回されてきた分、今度こそ俺は遊びの天才に勝ってみせる。


「――どうした?何か悪だくみでも思いついたのかね?」


「いっ!?……って、先生!?」


 それは突然の、そしていつもの出来事だった。心臓が止まりかける思いを俺にさせたのは、前触れもなく聞こえてきたしゃがれたいい声だった。

 廊下の方を見てみると、先生は半開きになった扉の隙間から半身だけを覗かせて扉の前に立っていた。


「そう何度も驚くな。私とて、君を脅かすつもりはないのだから」


「だ、だったら足音くらいさせたらどうですか!毎回毎回音もなく現れて!その、びっくりしたというか、恥ずかしいところ見られたじゃないですか!……あぁもう」


 ――最悪だ。よりによって、俺の一番気持ち悪い部分を先生に見られてしまった。何であの人は足音がしないんだ!足音を立てることくらい、誰だってできるだろ!

 俺が両手で顔を覆っている間に、先生は部室の中へと入っていった。


「それにしても、何故この部屋は暗いのだ?」


「あー、浪川が消したんです」


「ふむ、なるほど……」


 先生は視線を俺に向けながら、考え込むように手を顔に当てた。


「その、別に浪川と怪しいことなんてしてませんからね。断じて、してません」


「あぁ、わかっているとも。君にそのようなことをする度胸がないことくらい」


「……」


 ――耐えろ、今は耐えるんだ春夏秋冬朝夜。これは試練。俺の心を強靭な鋼にするための試練だ。

 俺は多分、この人のせいで奥歯が一ミリ程度擦り減っているはず。食いしばった奥歯がぎりぎりと音を立て、やがて一呼吸を置くことで俺は精神に平穏をもたらした。


「ふむ。では、ここに来た目的を果たすとしよう。私は君に一つ提案をしに来たのだよ」


「提案、ですか?」


「あぁ。よければ明日、私の車で君と在実君を取材場所まで送り届けよう」


「……マジすか?」


 それは俺にとって思ってもいない提案だった。

 ロックハート城へのアクセスは駅からタクシーを利用しなければならないため、高校生にとっては交通費だけでもそれなりの金額がかかってしまう。しかし、その問題が先生の提案で解決することとなる。これほど魅力的な提案はないと言えるだろう。


「以前来藍君が訪れた際も、私が送迎を担当したのだよ。そして、今回私がこのような提案したのは来藍君直々の要望があってのことだ」


「浪川……。そうだったんですね」


 そこまでして俺の取材をサポートしてくれるだなんて。何か裏があるとしか思えないが、ありがたいことに変わりはないため心の奥に疑心を沈めておく。


「それで、この提案を君はどうするのかね?」


「えーと、とてもありがたいことなのでお願いします。それにしても、先生って意外と顧問らしいことするじゃないですか」


 すると先生は一度視線を逸らして、何かを思い出すように目じりを細めた。


「はは。かつて私が若かりし頃、浪川家に色々と助けてられたものでね」


「えっ、それじゃあ浪川と先生って知り合いだったんですか?」


「あぁ。来藍君がアメリカからこの高校に来たのは、私がこの学校に勤めているからでもある」


「へぇ、そうだったんですね」


 まさか先生と浪川にそんな関係があったとは。先生の言葉から考えるに、先生は浪川家の人に助けてもらった恩義に報いるために浪川の要望に応えているのだろう。

 このような事実を知ると、先生の過去についても取材してみたくなってきてしまった。まだ在実の取材すら済んでいないのに。


「それでは明日の予定と集合場所について決めよう」


「はい、そうですね」


 ――こうして俺は先生と明日の取材について話し合いをすることとなった。

 俺の取材に協力してくれる人が想像していたよりも多く、嬉しい反面する必要のない余計な緊張をしてしまいそうだった。

 必ず在実が抱える思想を引き出し、俺の作品作りの題材として活用してやる。その気概を胸に、俺は眠りにつくまで明日の作戦を何度も考えていった。

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