【プロローグ】邪教の教祖の取材を前にして
さて、部屋着から着替えを済ませ、荷造りを終えたところだ。取材の末に手にした題材をもとに、俺は俺に与えられた役目に従い作業に取り掛かろう。
目の前のことに集中できるよう、室内の空気を入れ替えるために自室の窓を開け、何も入れていない琥珀色のぬるい紅茶を口にして、椅子に座った俺は新調したばかりのノートパソコンを開いた。
ロック画面を指紋認証で突破すると、画面にはある程度文章が刻み込まれた文書が現れる。
「……はぁ」
俺は思わず溜め息を吐く。窓の隙間から、肌にまとわりつくような湿気のある熱気が舞い込んできたのだ。
夏は嫌いだった。群馬は山々に囲まれた盆地だから、熱い空気がなかなか外へと逃げないらしい。
まだ午前八時前だというのに、俺は堪らず冷房をかけた。
一度椅子の背もたれに体重をかけ、天井を仰ぎ見て頭を回らす。
あの時、――高校二年生に進級して早々に、浪川来藍という女子に呼び出された時を思い出す。
それがきっかけで俺は知ることとなった。世の中には、人間という器に収まっているのが不思議だと思えるほどの、[異質]で『異様』で《異形》で【異端】な精神が、その身を隠しながら存在しているということを。
言い換えればそう、あいつらは普通の人間では決して辿り着きもしない”思想”を心のうちに抱えていながらも、普通の人間として社会規範から逸脱することなく生きているのだ。
もし、身近に存在するよく見知ったやつらが、そのような存在であったとしたら。大抵の場合、その事実を知った時点で相手のことを今まで通りに見れなくなり、接することもできないだろう。だが俺の場合そのようなことは決してなく、むしろそれはとても興味深く面白いことだと思える。何故ならそういった事実がそのまま、物語の設定としてありのままを参考に、あるいは転用することができるからだ。
『現実での出来事はすべて、作品作りのための題材にすぎない』と。
『無意味で満ちたこの世界では、創作行為と物語の主人公にふさわしい行動だけが価値を作り出せる』と。
『世界はあらかじめ与えられた結末に従って動いているが、行動次第で結末を書き換えることができる』と。
俺は今、そいつらの思想を形あるものにするために、一つの作品の原稿を作ろうとしている。――いや、「邪教」の教えを一纏めにした教典を創作しているというべきか。
あれだけ得意とした文章を書き連ねるという行為は、今となってはなかなか手が動かない。
それもそのはず。何から書き出せばいいのかわからないほど、彼らの思想というのは人間という小さな器を基準にすると壮大で、そしてそのどれもが真っ先に文章として表現したいと思えるものだからだ。
だがやはり、こういった難儀に頭を悩ませている間が一番楽しい。思い描いた場面を表現するために、激しく流れゆく語彙の濁流から一つ一つ言葉を拾い上げ、それを意味が通るようにきれいに並べ上げ、そして満足するまでこれらを繰り返す。
絵を描くのも、文章を書くのも、やることは違えど自身の想像の中にしか存在しないものを形あるものへと昇華させることに変わりはない。
まるで魔法だ。魔法が大好きな俺にとって、創作という作業はこの上ない生き甲斐なのだ。
「おにーちゃーん、出かける準備してるー?」
すると部屋の外から妹の大きな声がした。
今日は俺と妹が所属している漫画研究部のメンバーで、群馬県の桐生市にある祖父母の家を訪ねる日。そしてそこで俺は、浪川来藍という少女の取材をする。――そう、無気力に浮遊していた俺をここまで導いた、名もなき邪教の教祖の取材を、だ。
「もう準備してあるー」
「わかったー」
短いやり取りを終え時計を見ると、出発までまだ一時間もある。わずかな時間であっても、今の俺は創作の衝動を抑えきれなかった。
――のちの小説家『四季明 暮』のデビュー作は、現在進行形で着々と形を成していた。