マスター冒険者くるみ(前編)
文字数が多すぎるので前後編に分けました。
俺はちんぴい。ちんぴいではない。
昨日○やまを倒した俺たちは、そのままティガータニに到着した。
俺たちを出迎えたのはレンガ造の巨大な門だ。建築の規模感がハジメ村とは大きく違い、圧倒される。
「ここがティガータニか。何故だか、俺との運命を感じる名前だ。」
「いやアナザー・タニシすぎる。はよ行くぞ。」
門を通過し街に入ろうとしたが、門兵に呼び止められた。
「レディースエンジェントルメンボーイズエンガールズ。」
「ボーイしかいねえだろ。」
「なぜか自分らを男の子だと思っているようだが、普通にお前らおっさんだぜ〜。悪いが、今は街に入る際身分証の提示をお願いしているぜ。」
突然流暢に喋り出した門兵に、身分証を提示しろと言われた。こんなご時世なのでこんなこともあるだろうと、きちんと身分証は全員用意してきた。
「ちんぴいに、タナカに、木村だな。ニート3人がこんな街までどうしたんだ?」
「魔神討伐の旅で。」
「へえ、魔神ねえ。そんならあんたら冒険者か。」
「冒険者?」
「冒険者を知らねえってどんな田舎から来たんだ?冒険者組合って組織があってな。能力に覚醒したやつらに仕事を斡旋する組織だな。この街にも冒険者ギルドがあるぜ。もっとも、あんたらひ弱そうで冒険者には到底見えねえけどな。」
門兵からいい情報を聞くことができた。冒険者とやらになれば、魔物を倒して経験を積みつつ金を稼ぐことができそうだ。
門兵に冒険者ギルドの場所を聞いた俺たちは、まずそこを目指すことにした。
街の中は非常に活気が溢れており、そこら中から人の声が聞こえる。
「フシ焼き芋〜フ芋〜。」
「オォウ…イスタンブリーチ。」
「エイヨー。」
「こんなに人がいる場所を訪れるのは初めてだな。」
「ヒトトタス多すぎる。」
「あんまりキョロキョロしてると田舎者だと思われますよ。ギルドに向かいましょう。」
「実際そうだろ。」
焼き芋屋、ポテトフライ屋、ポテトチップス屋など様々な出店が路上に出ており、ついつい買いたくなってしまう。
誘惑を跳ね除けつつ、言われた通りの道を進み冒険者ギルドという場所に到着した。
街でも一際立派な建物で、屈強な男たちが出入りしており入るのは少し気が引けるが、2人も壁がいるなら大丈夫だろう。
「いらっしゃい!」
中に入ると元気よく挨拶をされた。
ギルドと言うので殺伐とした空気の場所だと思っていたが、酒場やよろずやなどがあり総合施設のような場所なようだ。
「お前ら酒でも一杯決めるか。」
「ちんぴいは未成年だから飲めないだろ?俺と木村2人で楽しませてもらう。」
「あ、でもお金は全てちんぴいが管理しているんでしたね。僕とタナカがお金を持つと飯代に浪費するからとか言って。」
「身分証偽造してるからいける。」
俺たちも身長だけは立派なので怪しまれないだろうということで酒場に入ってみた。
さすがに冒険者ギルド内の店ということで客は冒険者らしき男たちばかりだ。
「一杯目はみんなエールでいいな。」
「酒なんか飲んだことないのにそんなにイキって大丈夫か?ちんぴい。」
「いけるじゃろ。すいません。エール3杯お願いします。」
「エール…?ああ、えいるですね。承知しました。」
エールではなくえいるという酒なようだ。
早速飲んでみたが、苦味とえぐみが強く飲めたものじゃない。俺にアルコールは早かったようだ。
タナカと木村はと言うと、水くらいの速度で飲み干して余裕そうにしている。こいつら酒豪属性あったのか。
「そんなに質がいい酒ではないな。外に出よう。」
「そうですね。」
「やるやん。」
酒場を後にした俺たちは、よろずやにも来てみた。
傷薬や大きいマントなど、魔物の討伐で役立ちそうなアイテムが多く並んでいるが、全部タナカの召喚で出せるため買う必要はない。
「このまま店を出るのもあれだから、何か1つ商品を買った方がいいだろう。これとかどうだ?」
「なんだよそれ。くさい香水?」
「ああ、これをつけるとそのくささによりしばらく魔物が寄りつかないそうだ。」
「寝る時の安全は課題だったので丁度いいですね。」
そこまですごいアイテムもないので、タナカが持ってきたくさい香水とやらを買うことにした。胡散臭いことこの上ないが、これ1つ買う程度なら懐は痛まない。
「すいませんすいます。このくさい香水を1つください。」
「えっと…くさい香水、ですか?」
「?はい。」
「このくさい香水はくさい匂いをつけることで魔物が寄りつかないというものでして…。」
「??わかってますよ。」
「えっと、でしたらその…。」
「大丈夫ですよ。買います。」
「いや殺すぞお前。冷やかしか?お前もともとくっせえからくさい香水なんかいらないだろって言ってんだよ。鼻腐るからさっさと帰れ。」
「えぇ…。」
残念ながらくさい香水を買うことはできなかった。
都会は買い物するにも一苦労なようだ。
「てか目的を見失いすぎだろ。冒険者に登録しに行くぞ。」
「そういえばそんなものもあったな。」
寄り道しすぎたのでさすがに当初の目的を果たすことにした。
ギルドの奥の方へ進むと、多くの受付や掲示板などがあるコーナーに着いた。どうやらここで冒険者の登録ができるようだ。
受付は女性がしており、壁にはスローガンが飾ってある。眠くなったら寝る、と書いてある。
とりあえず掲示板を見てみると、討伐依頼やパーティーの募集など色々なものが貼られてある。
しかし、そこに1つ異質なものがあった。
【エリート止まりのゴミ。立ち回り〇〇すぎるから冒険者やめろ。】
言葉に出すのも憚られるような暴言と共に男の写真が貼られている。
何か失敗でもしたのだろうか。にしても、こんなみんなが見る場所に貼り出されるのは少し可哀想だ。
まあ、俺はタナカと木村としか魔物の討伐はしないだろうから大丈夫だろう。
一通り施設の中を見て回ったので、ついに冒険者登録をすることにした。
「冒険者になりたいんですけど受付ここで合ってますか。」
「はい、冒険者登録ですね。では、まず適性を確認させていただきます。」
そう言って受付嬢は大きな水晶のようなものを持ってきた。
適性というのは、冒険者としてのだろうか。さすがにあの力が覚醒したわけではなくたまたまというのは考え辛い。」
「こちらの水晶に手を翳してください。」
「よし、じゃあまずタナカから行け。」
「ああ。俺はそこまですごい能力ではないな。」
「おお!お名前はタナカ様で、召喚のスキル持ち!なかなかいませんよ!職業は召喚士ですね。」
「あ、どうも。」
タナカのスキルはかなり珍しいもののようだ。タナカはすました態度を取っているが、内心かなり喜んでいるだろう。
「次は俺で。」
「はい。お名前はちんぴい様で……………うーん、これは…見たことがないスキルです。職業は…戦士でしょうか。」
「え、どんなスキルなんですか?」
「えっと………………………。」
受付嬢から俺のスキルについて色々と聞いた。正直よくわからないスキルで、どこで使えばいいのかもわからない。
俺のスキルがよくわからないものでがっかりだ。
「では、最後に僕がやらせてもらいます。」
「はい。お名前は木村様で……おお!なんとスキルが3つも!」
「3つ!!やはり僕は格が違うようですね。」
「3つがそれぞれ、鑑定、万引き、置き引きです!職業は盗賊ですね。」
「盗賊というかただのスリでは?」
「お前よろずやでなんか盗んでないだろうな。」
こうして3人のスキルと職業が判明した。
俺が戦士で、タナカが召喚士で、木村がスリ。タナカは近接戦もかなりいけるので、なかなかバランスがいいパーティーではなかろうか。
「冒険者登録資格があると確認できたので、皆さんを冒険者に登録させていただきます!今から冒険者について説明しますね。」
「アザトース。」
「ご存知かと思われますが、冒険者ギルドは、各地で目撃情報があった魔物の討伐を、能力が覚醒した皆さんにお願いする組織です。対価として報酬をお支払いします。」
「魔物倒すだけでお金もらえるんですか。最高ですね。」
「魔物の情報が入ったら、その魔物の討伐依頼を貼り出します。討伐依頼には7段階のランクを設定しており、自分と同じランクか下のランクのものしか受注できません。」
「ランクってのはなんすか。」
「冒険者の皆様の強さの指標となるもので、依頼をこなすなどすると上がります。ランクは7段階あり、下からブロンズ、シルバー、ゴールド、ダイヤモンド、エリート、レジェンド、マスターになります。」
「俺たち魔神軍の幹部倒してるんですけどブロンズからスタートですか?」
「そうですね…。倒した証拠などがあれば本部にかけ合えば高めのランクからにできるかもしれませんが…。」
「ないのでいいです。」
「ぱち勘弁してください。」
冒険者としての活躍によりランクが上がり、ランクに応じた難易度の討伐依頼を受注できるそうだ。
さっきの掲示板に晒されていた人物も、エリートなので冒険者として弱いわけではないだろう。
「討伐依頼は基本2人以上でパーティーを組まないと受注できません。ですので、まずはパーティーを結成してみてはどうでしょうか。」
「あなるほど。お前らパーティー名どうする。」
「タナちんぴいカタナカはどうだ?」
「きむちんぴいら木村はどうでしょう。」
「お前らに聞いたのが間違いだった。じゃあ、パーティー名は【ちちんぴいらちんぴら】でお願いします。」
「承知しました。」
仲間2人のネーミングセンスが壊滅的だったので、申し訳ないが俺1人で名付けさせてもらった。
何はともあれ、これでパーティーも結成できて正式に依頼を受けられるようになった。
「じゃあ、早速何か依頼受けたいです。どんなのがありますか?」
「ブロンズだと…猫探し、落とし物探し、エンシェントイモムシの討伐……。」
受付嬢がブロンズでも受けられる依頼を探していたその時、突然ギルドの扉が開いた。
そして、何やら言い争っている様子の男たちが受付の方へ向かってきた。
「ガチでお前立ち回りドブすぎん?俺の仕掛けに合わせる気ないやん。」
「て、てめぇ!さっきからずっと偉そうに!殺されてえのか!」
「いや殺してみろよ。レジェンド止まり対面力思考力全部カスのお前と俺じゃ次元違うってまだ理解できんのか。もし俺に傷つけれたとしてもギルド内暴力で冒険者資格剥奪されるのお前だし。」
「ちっ…。そもそも、魔物の様子がおかしかったじゃねえか!明らかにマージスネークの強さじゃねえ!」
「言い訳すんな。もういいわお前。二度と依頼やるなよ。おい受付、味方のせいで依頼失敗した。」
「は、はい。ええと、マージスネークの討伐に失敗、ですね…。」
とんでもないモラハラ男が入ってきて、パーティーを組んでいたと思しき味方に暴言を吐き受付に向かっていった。なんだあいつ…。
「あれ誰なんですか?」
「あれは…くるみさんという冒険者さんでして、このギルドで活動する冒険者さんで唯一のマスターランクです。」
まさかのマスター冒険者だったようだ。さっきの掲示板に貼ってあった晒しも恐らくあのくるみのものだろう。
マスターか。あれだけ威張ってるってことは、相当の実力なのだろうか。それにしてもあまりに社会性がないように見える。
「くるみさんは即席でパーティーを組んで依頼に行っては解散というのを繰り返していて、このように毎日のように口論になっていて…。」
「なんていうか、トップがやばいと組織って大変ですね。」
受付嬢と話していると、先ほどくるみにボロクソ言われてた冒険者がこちらに来た。
「ピピスさん…その、災難でしたね。」
「ああ、最悪だ。あんなやつと組むんじゃなかったぜ。それよりよ。さっき受けてきた依頼の魔物なんだが、明らかに様子がおかしい。情報ではマージスネークと言われていたが、ありゃ別物の何かだ。調査を頼みたい。」
「わ、わかりました。」
横から入ってきて急に話し始め、俺たちは蚊帳の外にされた。
「やべえやつもいるもんだな。」
「俺があんなことを言われていたら手が出ていたかもしれないな。」
「タナカは誰にでも手を出すでしょう。今日は忙しそうですし、宿を取ってまた後日依頼を受けにきましょうか。」
一旦宿で休み、日を改めてから依頼を受けに来ることになった。依頼と言ってもブロンズだとまともな討伐依頼はなく雑用のようなものばかりっぽいので、小遣い稼ぎ程度にしかならなさそうだ。ランク上げるのだりいな。
2日後。寝たり賭博をしたりしてリフレッシュした俺たちは再びギルドを訪れた。
掲示板を見ると、ブロンズ用にも何個か依頼が張り出されている。軽くできそうなものだと、やはりこのエンシェントイモムシ討伐だろうか。
「よし、この依頼行くか。なんよ。」
「ああ、そうだ………。」
タナカが喋りかけた瞬間、突然ギルドのドアが開き遮られた。
「緊急です!街の東部に…タケ・ナーガが!」
「なに!?」
「タケ・ナーガだと!?なぜこんな場所に!」
ギルド中の冒険者が騒然とし出した。何かやばい魔物なのだろうか。
「あの、受付嬢さん。なんでみんなこんな騒いでんすか。」
「一昨日、ピピスさんからマージスネークの様子がおかしいと言われ、ギルドから調査隊を出したんです。そして今、マージスネークと思われたものの正体がタケ・ナーガだと!」
「タケ・ナーガって強いんですか。」
「マスター級の冒険者が複数集まらないと討伐できないほどの強さです!おそらく、今ギルドにいる冒険者全員で討伐に向かうことになるかと…。」
どうやらタケ・ナーガという魔物はえぐい強さのようだ。ブロンズである俺たちですら討伐に駆り出されるほどの強さか。
「とにかく、ちんぴいさん達も今すぐ準備をお願いします!命だけは守ってくださいね!」
タケ・ナーガの緊急レイドが開かれることになった。強いということは、討伐できれば報酬もかなり美味いだろう。強い冒険者に討伐は任せておいて、ワンチャンおこぼれをもらえるかもしれない。
「よし、久々にかますぞお前ら。」
「今回は、トゲをつけたヘルメットを召喚した。これを被っておけば、魔物に触れられたら魔物にもダメージが入るだろう。」
「頭以外殴られたら何も起こらなそうですけどね。」
「俺とタナカは大丈夫だろうけど木村は殴られたら死にそうだからあんまり前出るなよ。」
「いやけつすぎます。」
冒険者たちが続々と装備を整えて出発していったので、俺たちも着いて行った。